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フシギアナの向こう側

純真とは、時に刃となる。

僕はそのことを、知らなかったわけがないのに……

「さて、準備はこんなところでいいだろう」

「やっと終わったみたいだな。なげーんだよおっさん」


 アスランと少年は、異界への扉に向かうための準備を進めていた。

 進めていたといっても、少年にはこれといった持ち物が無かったので、せっせと準備を進めていたのはアスラン一人だったのだが、


「いやはや済まないね。必要最低限だけ揃えようと思ってたんだけど、こんなに荷物が多くなっちゃったよ」


 そう言ってアスランは自分の体より肥大化した探検バッグを少年に見せつけた。でかい。


「そんなに詰め込んで最低限って……どういうセンスしてんだよおっさん」

「ふふ、気になるかい? 僕のバッグの中身が」

「いや全然」


 アスランは、かぶりを振って興味がないアピールをした少年を完全に無視してバッグを探り始めた。


「見たまえ! これが僕の探検セットだ!」


 出てきたのはインスタントのヌードル数種類と救急セット六箱と、申し訳程度の探検家っぽい道具だった。


「ボケを狙ったんなら突っ込まねえからなおっさん」

「ボケてないよ!? これでも僕は探検家の端くれだよ!? 大体、未知の場所に赴くっていうのにたったこれだけの道具じゃ、命がいくらあっても足りないよ!」

「だからって救急箱×6っておかしいだろ。一個でも十分すぎると思うけどな」

「いやぁそれがボク、探検に行くときは必ず怪我をするタチでして。流石に今回は二人で行くわけだから危険度は減るかなと思っていつもの半分しか救急セットは持っていかないようにしようと……」

「いつもはこれの倍持って行ってるの!? 救急箱六箱で足りない怪我って、それもう救急でどうにかなるレベルの話じゃねえぞ!?」


                ☆


 結局、持って行くものは少年がセレクトした必要最低限の探検セットと、水分と、


「先生! バナナはおやつに入りますか!?」

「許す! だがおやつはバナナ含めて三百円以内に収めるんだぞ!」

「ハイッ!」


 遠足か! というツッコミは敢えて控えておこう。これは恒例行事である。


                ☆


「ん? これは……」


 いよいよ異界への扉に向かおうとした少年は、小屋の玄関である写真を発見した。

 そこには、アスランと子供と女性が――、


「早くしないとおいて行っちゃうぞー?」

「わかってるよ! すぐ行く!」


 少年は若干気に留めたが、写真のことは見なかったことにして急いで靴を履いてアスランの下へ向かった。

 何故少年が写真を目にしたのか、それを気に留めずに見なかったことにしたのか、それは少年自身もわかっていなかった。

 しかし、少年はこの『冒険』を少し楽しみにしていた。自身が自覚できないぎりぎりのラインで、少年は異界というものに興味を示し始めていたのだ。

 

 だから楽しもう。


 ポジティブでいればきっと記憶も戻るだろう。そんなふうに少年は楽観視していた。


                ☆


 異界への扉、道中。


「なあおっさん」

「ん? なんだい?」

「異界への扉って、なんか言いにくくね?」

「そうだねぇ。僕もなんとなくそう思っていたところだよ」

「もっと言いやすい名前はねーのかよ。パッと言えてスッと馴染むような」

「う~ん。そうだなぁ……」

 

 アスランはしばし悩んだ。彼が連想したのはまず異界への扉の実物。

 異界への扉は、禍々しいオーラが辺りを包んでいて、初見でもこれはヤバいやつと感知できるような代物だ。

 そんな存在感を誇るモノに名前を付けるとなると、これまた責任感ではないがちょっとした何かがある。


「じゃあ、こうしよう。これからは『異界への扉』のことをフシギアナと呼ぼう! うんうん! 我ながらいいセンス」

「モロパクリじゃあねーかァァァァ!!!! 語呂はいいけど、そのセンスはポケットにでもしまってろ!!」

「え? 何? 掛けたの? ポケ○ンとポケットを?? マジ???(笑)」

「うぜぇコイツ!! 超殴りたい」

「うぅぅ、寒い。手が震えてんだよ。君のそのつまらないギャグのせいで」


 アスランの右手は、プルプルと震えていた。しかし、


「それちょっと力んでるだけじゃん!! 左手が何ともないのが丸見えなんだよ!!」

「バレちゃった? テヘペロ!」

「テヘペロ! じゃねェェェェ!!! おっさんがそんなことやっても気持ち悪いだけだっつーの!!」


 傍から見たらうすら寒いギャグの応酬かもしれない。だが許してほしい。

 彼らはそれでも楽しんでいたのだ。

 楽しければ、どんなにつまらないギャグでも笑えてくるものなのだ。

 だからここは彼らの代わりに謝っておこう。

 彼らの、誇りと……尊厳の為に……ッ!!


「地の文まで壊れ始めやがったぞ!? 何なんだこの状況は!? まるでツッコミが追い付かねえ!!」


 少年はハッとした。

 頭に電撃が走ったような気がして、思い至る。


「俺は……もしかして、記憶喪失になる前は……」

「どうしたんだ少年!? 何か、何か思い出したのか!?」


 アスランが通常モードに戻って、少年に駆け寄った。


「俺は……俺は……!!」


 少年は、カッと目を見開き、言った。


「俺は、記憶喪失になる前はツッコミ要因だったのか……?」


 呆然とする二人。

 彼らに、乾いた風が告げるように囁いた。


風「いやいやw お前、この物語の主人公だから」


 風は過ぎ去り、沈黙が訪れる。

 そして、少年が口を開いた。



「いや、アイツ誰だよ……」

 


 少年の心の底から湧きあがった言葉は、虚しいほどに澄み渡った青空に小さく響き渡るのだった。


                ☆


「一体なんだったんださっきのテンションは……」

「僕も、何かおかしかったみたいだ……」

「舞い上がっちゃって……過剰にツッコんで……ごめん」

「僕だって、何か悪乗りしてたみたいで……何かごめんね……」


 小屋を出発してから早三十分。トボトボと歩いていた二人に、ようやく次の展開が訪れた。


「展開って何だよ……もうツッコむ元気ないって……」

「いや、これは展開だよ。ほら見て! あれ!」


 少年はアスランが指差す場所を見た。少年の目に移った光景は……禍々しいオーラ。


「あれは……!」

「そうさ。あれこそが僕たちの運命を操る巨大な歯車……その名も、『フシギアナ』!!」

「あっ、その名前は決定なのね」

「うん」


 異界への扉もといフシギアナはアスランたちの先数十メートルのところで異常な気配を醸しながら顕現していた。

 二人は、フシギアナの存在を確認すると駆け足で傍へと移動した。


「ここが、この門こそが例の異世界への入り口ってわけか……」


 少年はフシギアナの周りをぐるっと一周しながら呟いた。


「俺はもっとこう、某RPGの旅の扉的なのを想像してたんだけど……想像していたのよりずっと門って感じしてんなぁ」

「少年よ、安易なパクリをすると後々後悔するぞ?」

「……」


 少年は、フシギアナのことを棚に上げて何を言っているんだ。と思ったが、そのツッコミは心の内に留めておくことにした。


「まあ目的地のフシギアナには着いたんだし、さっさと異世界とやらに行こうぜおっさん。どうせここでジッとしてても無駄なだけだろ」

「そうだね。善は急げって言うしね! 早々に異世界へ赴くとしよう!」


 果たして、異世界へと足を踏み入れる行為が善と言えるのだろうか。二人には、少なくとも少年にはわからなかった。


「レッツゴーアナザーワールド!! ヒャッホーイ!!!」

「ちょっ……行っちまった…………」


 アスランは奇声をあげながら門をくぐっていった。門の裏側には彼の姿はなく、少年はこの門が本物の異世界への扉だと理解した。


「フシギアナ……謎だ、謎すぎる……」


 誰でも思うことだろう。フシギアナほどヤバさを放出できる物体はそうそうない。


 少年は、一瞬フシギアナをくぐるのをやめてしまおうかと思ったが、アスランを一人にさせるのは可哀想だったのでやっぱり後を追うことにした。



「行くぜ!! 俺の記憶の手掛かりを探しに……ッ!!」


 

 

 少年の体は、門の中に吸い込まれるように入っていって、その場から忽然と姿を消した。




                ☆





「……はっ!? ここは…………」


 少年が先程くぐってきた門から姿を現した。

 彼の目の前には、さっき自分より一歩先にフシギアナをくぐっていった男がいた。


「君も、来たようだね」

「おっさん……」


 空気が、重い。

 空は暗く、月のような天体がこの世界に微量の光をもたらしている。



 死者の国。



 少年がこの世界を目の当たりにして感じた第一印象だ。


「どうやら僕たちは、本当に来てしまったんだね。シドンサイドとは異なる世界に……」

「記憶喪失の身としてはあんまり異世界って実感がないんだけどな。まあそれでも、さっきまでいた場所とは明らかに何かが違うってことぐらいはわかるぜ」


 辺りには人がいそうな気配がする建物は何一つない。

 まず人間がこの世界にいるという前提すら間違っているのかもしれない。


「フフ……」

「急にどうしたよおっさん。もしかして怖くな「フフフ、あははははは!! イイ!! この誰も今だ到達したことのない空間!! 異世界!!! いいかい少年、僕たちは現在進行形で新たなる世界を観測している。これはシドンサイドで大魔導師レベルの偉業だよ!!」


 アスランは全力で喜びを表現した。


「さあ行こう少年!! 新世界への偉大な第一歩を自らの足で刻もうじゃないか!! 探検開始だ! 胸が躍るぞ~!!」


 アスランはそういって歩き出そうとした。片足を出してもう片足を動かそうとした、


 刹那


「――――え?」




 アスランの体は勢いよく地面へと叩き付けられた。

 あまりにも突然のことで、少年は反応に遅れたが、それでも次の行動に移るまでにそう時間はかからなかった。


「おっさん!!」


 少年がアスランの下へ駆けつけようとした、

 だが、


「来るんじゃない!!」

「ッ!?」


 アスランが地面に体を伏したまま叫んで、少年は咄嗟に体を止めた。


「少年、その石のような部分から足を出してはいけない……君はそこにいなさい」


 アスランはゆっくりと体を起こしながら少年に告げた。


「な、何言ってんだよあんた! 急にぶっ倒れたと思ったら……一体どうしたっていうんだ!?」

「さっき僕が倒れたとき、二歩目に出そうとした左足に、何者かの手に掴まれている感触があった……!!」

「何だと!? それって……」

「そう……襲われているんだよ僕たちは」


 この道の世界の、住民に……、


「相手はおそらくまだ土の中だ。だから石の上にいる限り君が襲われることはない」

「じゃあおっさんも早く来いよ! 次にいつ襲われるかわかんねえんだぞ!?」


 アスランはしかしその場から動かず、フッと笑った。


「まあ見てなさい。僕はこれでも探検家の端くれ……この程度の障害で立ち止まっていたらキリがない……!!」


 アスランは神経を研ぎ澄ました。

 次に敵の体が地面から少しでも出た瞬間、一気に決着を着ける算段だ。

 

 ……沈黙。


 物音一つ聞こえない静寂。

 

 それを見守る少年が、ごくりと唾を呑み込んだ瞬間、戦局は動いた。


 何もなかった地面から、ボゴォという音を伴って一つの腕が飛び出してきた。


「今だッ!! その姿を見せてもらおうか!!」


 アスランが放った魔法は、対象の身体の自由を奪い、制御支配できる魔法『サイコキネシス』だった。


 

次回『影取りババア』

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