第4章 因習は骸を喚ぶ(上)
第4章 因習は骸を喚ぶ(上)
§六波羅の掟§
宍戸さんに一筆書いてもらった紹介状を携え、北九州市の妖殺斡旋処兼甘味処<みたま>を訪ねた。
そこで、おれと韮崎愛羅の妖殺屋登録を済ませ、市内に懇意にしている不動産屋に渡りをつけてもらった。
春先の引っ越しのピーク後ではあったが、妖殺屋専門のマンションがうまいこと見つかり、当座必要なものだけを買ってその日は床についた。
結局東京を出発する日になっても<色男>は捕まらず、宍戸さんに伝言を託してきた。
翌日、韮崎愛羅と買い物に出ていたおれの携帯に、<みたま>の店主から連絡があった。
早速、九王家からおれに対する<試し>の招集がかかったとのことだ。
<試し>は西の勢力圏独特の慣習で、新参の妖殺屋が適当な実力を持っているかどうか、九王家の監察方が試験するのである。
九王家の目にかなわなければ、西で妖殺の仕事にありつくことは事実上出来なかった。
「え?買い物どうするの?まだインテリア何も見てないのに。それと、荷物いっぱいあるし」
「ごめん、愛羅。続きは明日にさせて。<試し>を受けないと、大学もないからただの無職になってしまう…」
「この借りは高くつくわよ、八式くん。女の子にこんなたくさんの荷物、持たせるなんて」
韮崎愛羅の目が据わっていた。
「…最初の報酬が出たら、何でもプレゼントします」
「りょうか~い。旦那様、いってらっしゃ~い」
***
北九州市の外れに、古くから建っているであろう日本家屋があった。
石垣の塀は高く、敷地内には立派な松が植わっている。
屋敷や白塗りの倉の屋根には瓦が敷かれ、窓には格子が張ってあった。
九王家が一家・西陣家である。
広い庭の一角に、石を敷き詰められた演舞台があり、そこで九王家が捕らえた妖魔との模擬戦闘が実施されるのだ。
演舞台の四方は呪符で結界が巡らされていて、妖魔もおれも逃げ出すことは叶わない。
演舞台の周囲に設置された観客席には、九王家から派遣されてきた監察方と妖殺斡旋処のお偉方、西で著名な妖殺屋などが列席していた。
結界に放たれた妖魔は大型の鬼が2体で、体つきはおれより二回りは大きかった。
「曲宮八式殿、宜しいか?」
「いつでもどうぞ」
妖魔を縛る索が解かれた。
おれは<ミョルニル>の一射で片方の鬼の頭部を爆散させた。
すかさずもう一方の鬼が飛びかかってくる。
ナイフで格闘を挑んでもよかったのだが、敢えて銀の籠手からピアノ線を1本だけ引き抜いた。
<死線>を見て、観客がざわめいた気がした。
<死線>は伊織玲子の銀の兵器だったわけで、伊織家が九王家であることを鑑みれば、知られていてもおかしくはない。
鬼の背後をとり、銀糸で首を巻きとって、瞬時にはねた。
「お見事。方々、如何か?」
判定役が客席へと問いかけた。
演舞台の結界が解かれ、おれは2個の<聖石>を拾い上げて台下へと降りた。
「…さすが、あの中臣の家で鍛えられただけのことはある」
客席の老人が声をあげた。
それを皮切りに、好評が相次いだ。
「動きに無駄がない。相当実戦経験を積んでいる証拠だ」
「<九王会>が頼みとするだけのことはあるのう。一撃の威力が尋常ではない」
<試し>は合格となった。
おれからすれば当たり前のことで、最後に与えられた口上の機会にぶち上げてみた。
それは九王家に対するアプローチでもあった。
「おれより腕のいい妖殺屋は、東にはもう2人しかいません。果たしてこちらに1人でもいると面白いのですが」
***
<色男>からアクセスがあった。
呼び出されたごく普通の居酒屋では、朝霞恭平とショートの茶髪を毛先でカールさせた少女とが先に杯を空けていた。
「遅いぞ。最強の男」
「へえ~。彼が東の3番手なんだ」
おれは朝霞恭平の向かい、少女の隣に腰を下ろした。
「西は、情報が伝わるのが早いんだな」
「そりゃそうだ。お前さんが啖呵を切ったのは、西の元締めだぞ。知ってたら、忠告していた」
「何て?」
「絶対に止めとけ、とな」
「…別にでまかせを言ったつもりはない」
おれの挑発に、朝霞恭平が面白そうだという表情で「ふうん」と言って、ビールのグラスを傾けた。
「ちょっと。2人して私は無視?」
朝霞恭平によると、彼女は妖殺屋の高柳蓮と言い、福岡の大学に通う女子大生だ。
高柳家は九王家の一家で、彼女はそこの跡取りだと言う。
大きなくりくりした目が特徴的な、チャーミングな少女だ。
「で、ガンマンよ。お前より強い2人ってのは誰のことだ?」
「東雲瑠美と中臣静」
「俺は?」
「<色男>。お前は西の人間だろう?おれは東で3番を名乗ったつもりだ」
「…宍戸さんに聞いたが、まさかこっちに乗り込んでくるとはなあ」
「もう後には退けない。伊織が死んだのだから」
おれと朝霞恭平のやりとりを、高柳蓮は黙って聞いていた。
「八式よ…。ここはな、妖魔を蔑み、憎悪し、またある意味では敬うという、外の人間には理解できない古くからの歪な思想が染み付いた地域だ。ちっぽけな正義感を振りかざして、熱くなるのだけは止めとけ。あっという間に闇に飲まれちまうぞ」
朝霞恭平が諭すように言った。
「恭平。三千院が<会社>から持ち去った首はどこにある?」
高柳蓮が「しっ」と人差し指を立てて黙るよう促し、周囲を見回した。
朝霞恭平も「ガンマン、勘弁してくれ…」と困り顔をしている。
そこに新顔が現れた。
長髪を無造作に後ろに垂らした、武道の胴着姿をした青年だ。
「東京者は物騒だな」
青年はぼそっと言って、朝霞恭平の隣に座った。
「屍、尾行は?」
「外に何人か」
「三堀?」
「おそらく」
屍と呼ばれた青年は、朝霞恭平の質問に言葉少なに答えた。
よく鍛えられているようで、胴着の上からでも筋肉の厚さが見てとれた。
「八式よ、こいつは屍だ。式島家お抱えの妖殺屋だ。強いぜ」
「…曲宮八式だ。東京から来ている」
「聞いている。伊織家の縁者と一緒のようだな」
韮崎愛羅の世界改変は効いているらしい。
屍の式島家が出てきたことで、これで九王家のうち、三千院の三堀家も入れると、朝霞恭平の夕霧家、高柳蓮の高柳家、伊織家、西陣家の6家と関係性が生まれたと言える。
「…伊織玲子以外にも、お前に伊織家と縁があるとはな」
朝霞恭平が不思議そうな様子で言った。
「恭平こそ、夕霧家とはどんな関係があるんだ?」
「<色男>は夕霧家の次男坊よ」
「あ、こら」
高柳蓮が横から教えてくれた。
「なるほど。おれには西のお家事情は分からないが、目的はさっき言った通りだ」
おれは朝霞恭平の目を見て言った。
「わかってるから、この2人を呼んだ。こっちでは数少ない、考えがまともな奴等だ」
朝霞恭平が言うと、高柳蓮は「まるで自分がまともグループにいるみたいな口振りじゃない?」と茶化した。
「うるせえ。…おれは三堀の、三千院忍の家と事を構えるわけにはいかない。困ったら、蓮と屍を頼れ」
恭平は小声で言い、手酌でビールを注いだ。
「三千院のやったことを知っていたんだな?それでなぜ、伊織を責めた?」
「俺はな、ガンマン。<九王会>がどうなろうと知ったこっちゃない。…ただ友人の首をとった奴をとっちめたかっただけだ。忍が殺られた理由にも興味はない」
「…三千院は間接的に伊織を殺した。おれは首を取り戻すぞ。それで東雲瑠美に届ける。彼女は三千院の仇にあたるが、それでもだ」
「…好きにしな」
苦笑を浮かべて、朝霞恭平は席を立った。
「屍、蓮。後は頼む」
そうして朝霞恭平は立ち去った。
「彼、あなたとここで会っていただけでも、凄く危険な立場に立たされてるのよ」
言って、高柳蓮がビールの追加を注文する。
「一括りには出来ないのだけれど、夕霧は三堀の従家みたいなもので、九王家の中でも特に保守的なの。<九王会>なんて天敵も同然」
「君たちは?」
「高柳と式島は九王家では新興で、非主流派だから<九王会>にも誼はあるの。伊織よりも余程ね。あそこは中立だから。ね、屍さん?」
「…私はあなたや<色男>とは違う。ただの雇われで、家の事情とは無縁だ」
屍がぼそっと答えた。
「なら何で来たの?」
「<色男>には借りがある。それと、東の強者に興味があった」
屍がおれをじろりと睨んだ。
「お眼鏡には、かなった?」
高柳蓮がにやけ面で質問した。
「…気配はある。戦いを知っている気配が」
「だって。さて、曲宮さん、これからの方針はどうする?」
高柳蓮が、出てきた新しいビールをおれと屍のグラスに注ぎながら言った。
おれは周囲に気を払って、今度は小声で言った。
「首が三堀家にあるのは間違いないのか?」
「う~ん。三堀サイドにはあるんだろうけど…夕霧に移したかもしれないし、木暮や天星も怪しいと言えば怪しい。屍さん、どう思う?」
「私にはわからない」
§高柳蓮と屍§
<みたま>で妖殺の依頼を待つこと1週間、遂に目的とする三堀筋のネタが舞い込んだ。
西では、依頼自体に必ず九王家が紐付いており、その家の承認がなくば妖殺屋は受諾することが出来ないという。
その代わり、報酬額は固定で誰を助っ人として伴ってもよい。
炭鉱後に住み着いた鬼の排除という簡単な仕事ではあったが、三堀と信頼関係を築くためには少しの失敗も許されなかった。
電源設備は老朽化により動かず、おれは呪符で灯明を作って<ミョルニル>の銃口近くに貼った。
坑道は暗く、足元がごつごつした岩肌のため足を取られそうになる。
「それだと、発砲したら呪符が破れないかしら?」
高柳蓮が疑議を申し立てた。
「他に妥当な棒がないんだ」
「…仕方ない。私が手に持つわよ。その代わり、鬼が襲ってきたらちゃんと撃ち殺してね」
言って、高柳蓮が呪符を手に取り、先頭に立って歩き出した。
彼女を連れてきたのは結果に過ぎない。
屍を誘ってみたところ「別の依頼とバッティングしている」と断られ、朝霞恭平を頼るわけにもいかず、こうなったわけだ。
「暗いし狭いから、射線が取りづらいんだ」
「げっ。嫌なこと言わないでくれる?」
ピンク色のスプリングコートに下はスカートという、妖殺にそぐわない格好をした高柳蓮が抗議の声をあげた。
実際問題、3メートルもない高さと幅のトンネルなので、同士討ちさえ危惧される環境だ。
見たところ高柳蓮は銀の兵器を所持しておらず、丸腰のようにも見受けられた。
おれはいつでも射撃出来るよう感覚は研ぎ澄ませており、接近戦においては<死線>を使用する腹積もりであった。
この日まで毎日、独自に修練は積んできたのだ。
「何匹か、来たかも」
高柳蓮が足を止めて言った。
おれは目を凝らし、耳をすませた。
ややあって、確かに複数の足音が聞こえてくる。
高柳蓮の感知能力は並外れていた。
おれたちは呪符を壁面の岩肌に貼って後退りした。
案の定、光を見つけた鬼が呪符に駆け寄ってくる。
そこを<ミョルニル>で狙った。
命中し、呪符に触れんとした鬼の頭部が破裂した。
それを見て2匹の鬼がこちらに気付き、向かってくる。
前に出て、<死線>でもって2本だけ銀線を張った。
それが今のおれの精一杯ではあったが、鬼たちは首と足を絡めとられた。
<死線>を手繰って鬼の首を切断する。
再び静寂があたりを支配した。
<聖石>を拾っていた高柳蓮が、「早業ね~」と労いの言葉をかけてくる。
坑道を更に奥へと進むと、中継基地のような拓けた空間に出た。
テントやドラム缶、作業機械などがうっすらと浮かび上がって見えた。
<みたま>で貰った地図を見ると、妖魔が住み着きそうな場所はここしかないように思えた。
おれは高柳蓮に断りを入れて、複数の呪符でもって一気に灯りを点した。
物陰に潜んでいたのだろう、鬼がわんさかと飛び出してきた。
「数が多いな」
<ミョルニル>で1匹ぶち抜いて、おれは高柳蓮を気遣ってみた。
「じゃあ手伝いましょ。このあとデートで服汚したくないから、ちゃちゃっと片付ける」
言って、高柳蓮がコートの中から銀の鞭を取り出した。
振るわれた鞭は、接近してきた鬼のうち前列の2匹を打ち砕いた。
見た目以上に威力がある。
おれの銃撃と高柳蓮の銀鞭とによって、あっという間に十数匹の鬼が葬り去られた。
高柳蓮が1個1個<聖石>を拾い集め、まとめておれに寄越した。
「妖気計も完全にゼロを示してるし、依頼は完遂ということで」
「…その鞭、随分強力だな」
「東の3番手に誉めてもらえて光栄だわ。これは、高柳家に伝わる家宝だから」
「ほう」
「曲宮さんのその<死線>だって、伊織家の家宝よ。九王家はそれぞれ強力無比な銀の兵器を保有しているの。だから、この世界で影響力を保持出来てるってわけ」
「9個の、強力な家宝か…」
「最強の<草薙>を持つ白雪家を筆頭に、うちは<銀鞭>、伊織が<死線>、三堀は<銀の目>、西陣なら<銀羽織>…といった具合に各家に伝わっているの」
「なるほどな。それだけ揃えば、西が独自に妖魔を狩れるのも頷ける」
「それは東の発想ね。こちらからしたら逆。だって、<骸神>の<首無し鬼>の首を千年前に飛ばしたのは、白雪家の<草薙>なんだから」
「…何だと」
<骸神>の首を飛ばせる程の銀の兵器が、ここに存在するというのか。
***
高柳蓮と依頼をこなしてから3日経ち、<みたま>から新しい仕事の連絡があった。
今度は<試し>で足を踏み入れた西陣家からの依頼で、解体が決まった神社に住み着くようになった影女を退治せよとのことだ。
影女は狡猾で、妖魔の力が増す夜にしか姿を現さないことで有名だ。
影女との戦闘は実に1年ぶりで、奴等の専売特許である精神攻撃への対処に一抹の不安が残る。
屍は、依頼元の西陣家が九王家でも伊織家と並んで中立的な立場のため、助太刀を買って出てくれた。
日が沈んでから待ち合わせ、連れ立って町外れの神社へとやって来た。
周辺は田畑や沢、雑木林の広がる田園地帯で、人影は見当たらない。
屍は登山で使用するような棒杖を持参しており、聞くとこれが銀の棒だと言う。
「屍さんは、影女はどうですか?」
「…どう、とは?」
屍は、質問の意図がわからない、というような不思議な顔をして問い返した。
「いや…おれはあの精神攻撃が苦手で。情けないながら、しばしば幻惑されていて」
「…ふむ。改まって考えたことはないが、あれを得意とする妖殺屋に出会ったことはないな」
思っていたより優しく言われたので、おれは屍という人間に対するものの見方を修正した。
「お互い男同士。鼻の下を伸ばさんよう注意するとしよう」
言って、屍は銀棒を頭上で雄々しく回転させた。
おれは神社の八方に発光呪符を配して、夜の闇の中で視界を確保する。
鳥居の下で待つこと数十分、不意に見ていた景色が高速で流れだし、あっという間に自分が中空に浮いているような錯覚を覚えた。
間違いなく、影女の精神攻撃であった。
隣の屍を意識しようと試みた矢先、前方の雲間から伊織玲子が優しい笑みを浮かべて現れた。
「伊織…」
「曲宮君。私の<死線>を使ってくれてるんだ?嬉しい」
伊織玲子は足を動かしているわけではなかったが、少しずつ近寄って来ていると分かった。
「私、曲宮君のこと好きだったよ。…韮崎愛羅さんに、先を越されちゃったけれど」
「違うんだ!…いや、何も違わないか…。伊織、おれは…」
おれは…何を言おうとしているのか?
韮崎愛羅に愛情が無いと言うのは嘘になる。
では何を?
360度、空は澄み渡っており、そこにおれと伊織玲子だけが浮かんで対峙していた。
「曲宮君。おれは、何?」
伊織玲子の潤んだ瞳がおれを真っ直ぐに見つめた。
その顔が目前まで迫った。
おれに向けて手のひらを差し出してきた。
「おれは…おれもずっと、伊織のことが好きだったよ…」
<死線>を操って、眼前の伊織玲子を銀線で捕らえた。
そして、五体を引き裂く。
バッと夜の神社の景色が開き、<死線>で切断された影女が地に転がった。
影女は<聖石>を遺して霧散する。
影女は幻覚で伊織玲子に擬装し、隙を見てその鋭い爪でおれの喉を掻き切ろうとしたのだろう。
横ではちょうど屍が銀棒で影女の頭を叩き割ったところだ。
「屍さん、妖気計を見るに、あと数匹隠れてます。やりましょう」
「うむ。そちらも無事だったようだな。…女の幻覚だったか?」
屍の問いに頷き、おれは<ミョルニル>を構えて本殿へと歩き出す。
「妖魔にしては、気の利いた幻覚を見せてくれましたよ」




