第3章 狭間に生きる(上)
第3章 狭間に生きる(上)
§策謀§
妖殺屋7人が皆殺しにされた現場には、テレビや新聞といったマスコミが大勢押し掛けていた。
それとわかるのも、おれが自宅リビングのテレビで「大量死の怪!山中で集団殺し合い?」というニュース報道を見ていたからだ。
すでに全国に配信されているであろうことを考えれば、<九王会>は頭を抱えているはずだ。
現時点では、妖魔や関係者に関する具体的な情報は表に出ていない。
情報規制が速やかになされるとしても、いつ、どこから妖魔に関わるネタが漏洩するとも限らなかった。
「次の仕事、どうするの?」
韮崎愛羅が、入れたての紅茶をおれに手渡して言った。
「別に。普通に行くだけ」
アールグレイの香りを楽しむ。
「私が前に言ったこと、覚えてる?」
「うん?」
「人間の芯には妖魔の根源と同じ力が備わっているわ。それを引き出せるのが、妖殺屋。そして最大限に効率化するのが銀の兵器よ」
「それが、魂で撃つ…」
「そう。気合いを入れるだけじゃ駄目。魂を込めないとね」
すると、おれは今まで浅いところで<ミョルニル>をぶっ放していただけで、武器の性能に助けられた戦い方をしていたことになる。
これではあまりに情けなく、あの世で師匠に合わす顔もない。
「魂で、撃つ…」
おれは決意を新たに、もう一度だけ呟いた。
***
おれに割り当てられた妖殺は、対象が獣魔でも夜叉でもなかった。
その2種に加え、長野の件から影女にも組織行動の兆しは見られた。
今回の相手は悪霊で、おれたち妖殺屋でも実態の捉えにくい難敵だ。
場所は新宿駅からほど遠い、鉄筋5階建ての空ビル。
商業施設が抜けて1年以上が経ち、がらんとした様相だ。
まだ日が高いので、ビル内の視界はゼロではなかった。
「よし、行くか。ガンマン、援護よろ」
朝霞恭平がビル内の階段を上がりだした。
今日の面子は、フリーが<色男>とおれともう1人。
<九王会>からは日下部と春山の2人が、お目付け役として参戦していた。
「死にそうになったら助けてやる。基本、俺らをあてにするんじゃねえぞ、小僧」
日下部が憎まれ口を叩いた。
2階に上がっただけで、妖気計が一気に反応を見せた。
朝霞恭平はデイパックから2本の小刀を取り出して、両の手で構えた。
彼の獲物は双刀の小太刀だ。
「2階フロアに悪霊の群を発見。八式、突っ込むぞ!錦は3階を見張れ」
おれともう一人の妖殺屋・錦に指示を出して、<色男>が突入した。
おれも<ミョルニル>を手に、その後ろに続く。
悪霊は分かりやすい形状をとっていた。
血のように濃い赤をした目と口が、黒い靄の中央に浮かんでいる。
靄は悪霊の本体で、どれもだいたい人間と似たようなサイズだった。
ざっと見渡しただけで、フロアに20は漂っている。
おれたちの出現に気付き、生々しく脈動する赤目が一斉にこちらを見た。
「気色悪っ!」
<色男>は悪霊の群の中に飛び込んで、ところ構わず対妖呪符をバラまいた。
そして、呪符の爆音に怯む悪霊たちを、小太刀で次々に切り刻んでいく。
おれはフロア奥の悪霊に向けて銃弾を叩き付けた。
<色男>が近接を、おれが遠方を担当し、ハイペースで悪霊の数を減らしていった。
「…なんで、あんなにも悪霊にダメージが通るんだ?」
<九王会>の春山が、フロアにダークスーツを滑り込ませて疑問を口にした。
それはおれ自身意外に思っていたことだが、確かに今日は悪霊への銀弾の通りが良かった。
即ち、韮崎愛羅の忠告通り、「魂で撃てている」のであろう。
おれは腹の底から悪霊を憎んで、苦しいほどに恨みを燃焼させて引き金を引いていた。
「おい、上からも来たぞ…」
言って、日下部が春山の背を押してフロア内にずかずかと入ってきた。
「錦さん、大丈夫ですか?危なかったらこっちに退いてください!」
おれは声を張り上げたが、返事はない。
5匹目を吹き飛ばしたところで、階段方向を意識した。
日下部は警棒を、春山は拳銃を構えて、すでにフロアの入口を守っていた。
錦は蹂躙されたのかもしれなかった。
<色男>がフロア内の悪霊を殲滅するのは遠からずのことで、おれは曖昧な照準で奥の悪霊に牽制を試みながら、新手の侵入路を注視した。
いつまで経っても、新手はやってこなかった。
悪霊を掃討して、朝霞恭平が<聖石>をかき集めてやってきた。
「ほれ。お前は6個な。怠け者め」
「恭平、錦さんはやられたかも…。にも関わらず、奴らが押し入ってこない」
「…悪霊に知性があるとは思えんのだがな」
「いるかな?」
「かもな」
ハイブリッド・チルドレン。
妖魔を指導する彼らが、果たしてこのビルにいるのだろうか。
「おい、早く階段付近を見に行け」
日下部が底意地の悪そうな目でおれたちを睨んで言った。
朝霞恭平は<九王会>の2人の間を無言で突っ切り、無造作にフロア外に進み出た。
慌てて後を追った。
階段の周りには、錦の影も形も無かった。
そして3階を見上げると、1匹の悪霊がこちらを窺って静止していた。
「なんだ…?」
「面白ぇ。誘いに乗ってやるとするか」
朝霞恭平は悪霊に向かって階段を駆け上がった。
小太刀は腰のホルダーに差したままだ。
おれは援護するべく、階段下からそれを見守る。
突如、揺れを感じた。
ズシンという鈍い音が響いた。
「八式!転げ落ちろ!」
朝霞恭平が叫んで、階段上から飛び降りてきた。
階下のおれと激突して、そのまま組み合って1階に転げ落ちる。
根性で<ミョルニル>を手放さずに落ちきったが、脳震盪を起こして立ち上がることは出来ない。
今度は首根っこを掴まれて、ビルの外まで引き摺り出された。
そして、5階建のビルが上層から崩落するのを見た。
轟音と共に視界全てに白煙が立ち込め、落下物が続々とコンクリートに降り注ぐ。
朝霞恭平は相当長いことおれを引き摺って歩き、ビルから遠く離れて後に手を離した。
言葉は出なかった。
黒のバンがおれたちの前を通り過ぎる。
その助手席に、夏目麗の姿を捉えることができた。
バンはビルの方へと向かって行く。
「恭平。今のバンに、新聞記者がいた。夜叉の潜伏先や、おれの入院先にも顔を出した女だ」
何事か考えて込んでいた朝霞恭平は、「<九王会>に事情を連絡して、お前はここを離れろ」と言って、バンを追うように歩き出した。
***
錦、日下部、春山の行方は知れなかった。
あのビルの崩落以来、<色男>とも連絡はとれていない。
そして、大学の周りを夏目麗が頻繁にうろつくようになった。
「曲宮八式君、今日こそ話を聞かせて欲しいの」
「何もありませんよ。おれはただのバイトですし」
「<九王会>の業務中に事故が多発してることは知ってるわね?」
夏目麗が隣を歩いて顔を寄せてきた。
香水が微かに香った。
「…恐い人が来ました」
「え?」
大学から帰るおれとは逆、駅の方から伊織玲子が来るのが視界に入った。
それを確認して、夏目麗はばつの悪そうな顔をして「またね」と手を振って歩き去った。
伊織玲子はおれの前まで来て、少しおどけた調子で言う。
「…また来たのね。何も言ってない?」
「何も」
「そう。ならいいわ」
「また長野だって?」
「ええ…正直気が重いわ。どうせまた、待ち伏せに合うのでしょうから」
それだけ言って、伊織玲子は大学へと歩き出した。
<九王会>の作戦は失敗続きだ。
どれも原因は、妖魔側の準備万端な対応にあった。
<九王会>の情報が漏れているのは最早疑いようもなかったが、有効な対策は取れていないようだ。
妖魔や妖殺屋に関する情報は全て<九王会>に集積されており、そうなるとおれを含め妖殺を生業とする全員が、何者かに裸にされかかっているわけだ。
尾行には注意したつもりだったが、結果的に敵をそこに誘導できたのは幸いと言えた。
おれだけではなし得ない邂逅が実現したのだから。
<三途の川>には宍戸さんと熊田がおり、おれは二人にジェスチャーで合図してから銀のナイフを取り出した。
熊田は壁に掛けられていた刀を手に取る。
扉が開き、侵入者が足を踏み入れたところで、おれはその首筋にナイフを突き付けた。
獣魔を指揮していた、あの青年だ。
「動くな。動けば喉を裂く」
「ふん。宍戸副局長、久しぶりだな」
青年はおれを無視して、カウンターに立つ宍戸さんに話し掛けた。
「…004か」
宍戸さんは青年を「004」と呼んだ。
「副局長。その呼び名は不快だ」
青年が静かに怒りを露にした。
「俺はもう副局長ではない」
「らしいな。10年前に俺が完成していたなら、あんたも辞めずに済んだのにな。<骸神>、何なら俺が仇をとってやろうか?」
おれはその台詞に反応して、首筋に押し付けていたナイフを殺す気で引いた。
だが、004と呼ばれた青年は、驚くべきスピードと柔軟性で上半身を海老ぞりに曲げて、ナイフから逃げおおせた。
「いい腕だが、惜しいな」
004が身体を鞭のようにしならせて、切れのあるハイキックを見舞ってきた。
ガードした左腕を弾かれ、そこに重い前蹴りを食らわされて、おれはカウンター内にふっ飛ばされた。
「貴様!」
熊田が飛びかかる音が聞こえてくる。
おれは散乱した酒瓶を掻き分けて起き上がり、ナイフを確かめてカウンターに乗り上がった。
熊田はのされて床に這いつくばっていた。
004に向かって跳躍し、着地と同時にナイフを振るう。
「狙いは鋭い。が、やはり人間レベルのスピードだな」
繰り出したナイフの突きも払いも、全てを紙一重で避けられていた。
当たらないのであれば、一撃に魂を込めようもない。
004の仕掛けてきた足払いを避けきれず、おれはバランスを崩して片膝をついた。
「待て!004、俺に用があってここに来たんじゃないのか?」
「元副局長、残念ながらあんたに用なんてない。俺はこの男を追って来ただけだ」
004は宍戸さんを見ずに、おれの目を真っ直ぐに見て言った。
「…何の用だ」
「分かっているだろう?005を返してもらいたい」
「何のことだ?…だいたい貴様は何者だ?004だの005だの、一体何を言っている!」
004が目を細め、1歩だけ前に出て言った。
「俺たちは、ハイブリッド・チルドレン。<九王会>によって生み出された、妖魔と人間の交配種だ」
ついにこの話が白日のもとに晒された。
宍戸さんは既知のようで、厳しい表情をして押し黙っている。
「俺は獣魔との交配種で、お前が秘匿している005は影女との交配種だ」
影女と人間の混血種。
…ハイブリッド・チルドレンをおれが秘匿?
韮崎愛羅の顔が一瞬頭をよぎった。
「<九王会>の幹部と、それに親しい腕の立つ妖殺屋をターゲットにおれたちは動いた。一番戦果がなかったのが、曲宮八式、お前に差し向けた005だ」
「まさか…韮崎愛羅のことか?」
「おれは004、今では犬飼を名乗っている。005は韮崎と命名していたな。自ら下の名までつけたのかは、知らん」
全ての汗腺から汗が噴き出したかのように、全身が熱くなった。
物を考えられず、ナイフを振りかぶる。
「無駄だぞ」
犬飼は上半身の動きだけでおれのナイフをさばいた。
おれは無意識にナイフを垂直に落とし、犬飼の足の甲に沈めた。
「うおっ!」
「熊田!いつまで寝てやがる!呪符くらい投げろ」
叫んで、おれはナイフを横に払って犬飼の足先を切り裂いた。
悲鳴をあげる犬飼へと、牽制のため蹴りを入れる。
ダメージはないが、犬飼が後ろによろけ、そこへ起き上がった熊田が対妖呪符を投げつけた。
「馬鹿!店の中で…」
店の入り口付近で、宍戸さんの怒声をかきけすほどの爆発が引き起こされた。
おれは咄嗟に屈んで頭を抱えたが、爆発の衝撃波で壁際まで飛ばされた。
<三途の川>の店内はひどい有り様で、宍戸さんはカウンターの残骸に埋もれ、熊田は気絶して床に転がっていた。
おれも火傷や打撲あちこちが傷み、立ち上がるのも一苦労だった。
入口付近では扉はひしゃげ、壁からは緩衝材が飛び出していた。
それでも犬飼は見付からず、扉から外に逃げたことは想像がついた。
おれは捜索を諦め、宍戸さんの上に積み重なった木片やガラス片を取り除いてやる。
「大丈夫ですか?」
「痛た…。なんとか大丈夫だ。004は?」
「逃げたようです。…いくら奴でも、あの距離で無傷ということはないでしょう」
「だといいがな…。あれは、ハイブリッド・チルドレンは、とんでもない代物だ」
宍戸さんが語るところによると、夜叉、鬼、悪霊、獣魔、影女の5種で、001から005までが試験的に造り出されたそうだ。
10年前の段階では、彼らに意識はあったものの、培養槽から出られるレベルではなかったと言う。
今ではこうして<九王会>を脅かし、純粋な妖魔ではないため一般人の目にも触れられる危険な存在となったのだ。
§疑念§
人間と妖魔の交配には、3つの手法を用いたと言う。
遺伝子操作か、呪的合成、そして単純生殖。
妖魔のうち遺伝子が取り出せるものは、夜叉、鬼、獣魔、影女の4種で、呪的合成は全てにおいて可能。
単純生殖は当然、影女以外には適用出来なかった。
人間の男、それも妖殺屋としての適性が高い優秀な者と、捕らえた1匹の影女との間にその交渉はなされた。
そして、005こと韮崎は誕生した。
以後のことは、宍戸さんはよく知らないらしい。
004こと犬飼ら、ハイブリッド・チルドレンが自立化出来ていたこと自体信じられないといった面持ちだった。
***
特に尾行を警戒するでもなく、おれは普通の足取りで池袋へと帰参した。
<九王会>の中にハイブリッド・チルドレンのシンパがいるとすれば、おれの住所など一目瞭然だろう。
だが、だとしたらひとつ疑問が残る。
犬飼は先ほど、何故わざわざおれの後をつけるような真似をしたのか。
韮崎に課されたおれの始末を、自分の手でつけるつもりだったのだろうか。
「ただいま」
「お帰り…八式くん、ぼろぼろじゃない!」
韮崎愛羅は駆け寄って、おれの煤けた着衣を剥いでいく。
「体を拭いて消毒するわ。こっちに来て」
韮崎愛羅のなすがまま、おれはリビングの椅子に座らされて、手当てを受けた。
その最中に、切り出した。
「犬飼と名乗るハイブリッド・チルドレンとやり合った」
韮崎愛羅は手を止めずに、目だけを合わせて頷いた。
「そんなところでしょうね」
「…君は、<骸神>ではなかったのか?影女のハイブリッド・チルドレン…なのか?」
「それは、内緒。私が<骸神>でないとしたら、八式くんは何か困る?それとも、私を退治したい?」
「…困らない。退治する気も、今更ない」
「ふふ。ならいいじゃない。ちなみに、八式くんと私の愛の巣は、彼らには認識できないように妨害してあるから」
それで犬飼はおれを付け回したわけだ。
「彼らが本格的に始動したなら、<九王会>も差し込まれるでしょうね。八式くん、稼ぎ時じゃない?」
韮崎愛羅が治療完了とばかりに背中をぽんと叩いて言った。




