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終章

終章

§曲宮八式§


桟橋から見えるアガルタは、今にも沈みそうな程に表面のあちこちが朽ちていた。


さすがに地上部分までは窺い知れないが、さぞかし荒廃していることだろう。


一面雑草だらけで、<首無し鬼>との戦闘時より建物が一段と崩壊しているに違いない。


あの日と同じ夏の日差しが、おれを強烈に照らして眩しかった。


「曲宮隊長!やっぱりここにいた」


ダークスーツに身を包み、サングラスをかけた小柄な若い女性が走り寄ってきた。


「なんだ、林田、おれは今日は半休だぞ」


林田はおれの不満を「はいはい」と流して、携帯電話で連絡を取り始める。


「副局長、曲宮隊長を見つけました。直接お連れしますね。はい。はい、了解です」


電話を切って、息を整えてから林田が捲し立てる。


「隊長、いい加減にしてください!昼に出陣式典があるってご存知でしょう?<六波羅>からも幹部が集結してるんですよ!皆さん隊長のことを捜されてたんですから。携帯電話もオフにしてるし…」


「…すまん。どうしても墓参りがしたかったもんでな」


林田が怪訝な表情を浮かべた。


彼女の世代はここアガルタが<骸神>2体を撃滅した戦地だとは認識していても、詳しい話は知らされていなかった。


東雲瑠美の墓は別に政府の共同墓地にあったし、韮崎愛羅のことは記録に残っていない。


「車か?行くか…」


「はい。飛ばしますよ。遅れたら衛藤副局長にどやされますから」


「<三途の川>に寄る余裕はない?」


「あ・り・ま・せ・ん!…熊田さんに何か用がおありですか?」


「いや、別にない。最後になるかもしれないだろ?顔だけ出そうかと思っただけさ」


熊田は一昨年亡くなった宍戸さんのあとを継いで<三途の川>のマスターを務めていた。


長年にわたり妖魔から受けた傷のせいで、近年は刀を握ることすら難しくなっていた。


髭など生やして、今では割と貫禄のあるマスターだ。


「隊長、縁起でもないこと言わないでください!さあ、行きますよ」


林田がおれの手を引いて早足でアガルタを遠ざかる。


もうじき40にもなろうというのに、これでは形無しだ。


出陣式典の会場はごった返していて、来賓席に国家公安委員長代理の夏目麗議員の姿を発見し、人混みに隠れた。


相変わらず神出鬼没で、彼女は未だに苦手だ。


とは言え夏目議員は大マスコミをバックに持つので、<会社>にとっては大事な客と言えた。


後で一声掛けねばなるまい。


肩を叩かれ、振り向くと衛藤が厳めしい面をして立っていた。


「ギリギリだぞ、曲宮」


「でも間に合ったでしょう?」


衛藤は皺の目立つ顔に苦笑を浮かべて、挨拶回りをしてこいと促した。


おれがこうして<九王会>の戦闘部隊長を務めていられるのは、ひとえに衛藤のおかげだ。


彼は18年前の審問の席で、おれを「死刑相当」と断じた後、「それでも<六波羅>と誼を通じ、中臣を継承、そして<骸神>2体を撃破した功績とその実力を鑑みれば、今後も彼の助力は必要不可欠です」と力説し、おれを<九王会>預かりの身分としてくれたのだ。


齢60が近付いてもなお現場の副局長職を全うする衛藤の姿勢は、今は亡き東雲瑠美へと傾けた忠誠の証なのだろうか。


「隊長殿、おそいんじゃないか?ビビって逃げ出したのかと思ったぞ」


「相変わらず口が悪いな、元<色男>」


朝霞恭平が手を差し出してきたので、がっちりと握り返した。


16年前、中臣静がとある神社の神主と再婚してからしばらく音沙汰が無くなった彼だが、再び表に出てきたときには夕霧家の当主におさまっていた。


40を過ぎた今でも現役バリバリの妖殺屋で、<六波羅>では相当な顔役である。


ちなみに何故か浮いた話はない。


「それにしても<ゼダン=カーン>とは。お前の嫁さんも、随分怖いところを持ってきたな」


朝霞恭平は言って、「屍がいたら、喜んだろうにな」と小声で続けた。


「屍さんの分も、私たちが楽しもうじゃないの」


白の戦闘衣を着込んだ高柳蓮が歩み寄ってきて、「やあ」と声をかけてくる。


屍は5年前に悪霊との戦いで命を落とした。


今にして思えば、あの戦いこそ、確認されている最後の<骸神>こと<ゼダン=カーン>が仕掛けてきた発端だったと断定出来る。


高柳蓮は30代後半になるはずだが美しさは露変わらず、その笑顔につい見惚れてしまう。


「ガンマン、涎の出そうな目で蓮を見るなよ。嫁に知れたら殺されるぞ…」


「あら、曲宮さん。やっぱり私を選んだ方が良かったんじゃない?あのアバズレと離婚して私と再婚する?子連れでも全然オーケーよ」


こういうところも変わっていない。


ところで、と断って高柳蓮が聞いてきた。


「姫城が<銀水晶>で詠んだのは、<ゼダン=カーン>が現れるところまでですって?」


「そうだ。あいつが分かる範囲では、八王子市近辺に悪霊の大群を引き連れて出現するらしい」


旧姓天星こと曲宮姫城はおれの妻となって、前線を退いて子育てに専念している。


だが、天星の力は時として<銀水晶>より予知を発し、今回のように危機を未然に知らせることがままあった。


「二人とも年を取ってきたし、私が頑張らないと今回は危ないわね」


高柳蓮が艶やかな唇の端を曲げて微笑をたたえた。


朝霞恭平は「ランキングトップだからって偉そうに…」と舌打ちしている。


事実高柳蓮は今期まで3期連続で全国妖殺ランキングのトップを保持していて、おれや朝霞恭平はその後塵を拝していた。


名実共に、<銀鞭>使いの彼女が最強の妖殺屋だ。


ちなみに、おれの部下の林田明日香がランキングナンバー2だったりする。


<骸神>と戦うのは実に18年振りで、あの時は韮崎愛羅がいて、東雲瑠美もいた。


屍に、今は現役を退いている中臣静や天星姫城、熊田も共にあった。


残った妖殺屋こそ少なくなったが、今は今で立派に戦力となる同志がいる。


人類の未来のために、再び命を賭けることに迷いはなかった。


…もし、韮崎愛羅の魂がこの世界のどこかにとどまっているのならば、ほんの少しだけでいいのでおれのために人間を贔屓してくれ、と願った。


思い描いた愛の形とは違ったのかも知れないが、その温もりは忘れていない。


…もう少しだけ、見守っていてくれ。


「隊長!始まりますよ。早くこっちに来てください!」


林田が手を振るのが見え、それに応えて一歩を踏み出した。





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