第5章 死闘(下)
第5章 死闘(下)
地を滑って、それはおれの側へと届けられた。
<ミョルニル>だった。
「…何で?」
這いつくばって手に取ると、銃身の歪みが無くなって元通りに修復されていた。
…こんなことは有り得ない。
韮崎愛羅だ。
彼女が戦闘中に支援してきたのは初めてのことだ。
おれは銀弾を装填して、心を鎮め<首無し鬼>に狙いを定めて銃撃を加えた。
弾は足の1本を捉え、貫通した。
『先に死にたいようだなあ』
<首無し鬼>は屍を諦め、7本足で地を蹴ってこちらに向かってきた。
倒れたままのおれにはその進攻を止める手段もなく、あと一射に懸けることに決めた。
その時は迫った。
§LIFE§
おれの最後の一射はさすがに魂がこもったのか、<首無し鬼>を一瞬怯ませるほどにはその腹を叩いた。
それでもすぐに体勢を立て直され、炎の槍で正面から突かれる。
おれを貫く寸前に、槍は銀の鎖に巻き取られてその動きを止めた。
「曲宮八式、立て!」
おれは衛藤係長の檄に反応して、ほとんど無意識に<死線>の陣を編んで<首無し鬼>の槍を持つ手を削った。
続けざまに斬撃と打撃が<首無し鬼>を襲い、おれを庇うように朝霞恭平と中臣静、高柳蓮が姿を見せる。
「待たせたな、ガンマン」
「八っちゃん、無事?」
「曲宮さん、後ろに下がりますよ!」
仲間たちは口々に言って、<首無し鬼>を取り囲んだ。
おれは高柳蓮の肩を借りて中距離まで下がった。
『雑魚が集結したようだなあ』
さして攻撃が効いた風もなく、<首無し鬼>が多少傷ついた手で槍を構え直して言った。
小走りに天星姫城と熊田が駆け寄ってきた。
おれは間をおかずに<ミョルニル>を放つ。
衛藤係長は銀の鎖を、高柳蓮は<銀鞭>を飛ばした。
朝霞恭平と中臣静、天星姫城、熊田はそれぞれ接近戦を挑んだ。
『温いわ』
朝霞恭平の小太刀二刀と天星姫城の<草薙>を炎の槍で弾き、中臣静の薙刀や熊田の刀には蹄でもって撃ち合って<首無し鬼>が言った。
<ミョルニル>、<銀鞭>、銀の鎖による中距離攻撃はさしてダメージにもならず、おれたちは数の利を活かしきれないでいた。
「核だ!こいつの核を砕くしかない!」
おれは声を上げ、<ミョルニル>で<首無し鬼>の腹部を強撃する。
次いで両肩、脚部と狙いを変遷させた。
「核ですって?」
<銀鞭>を振るいながら高柳蓮が問う。
「そうだ。奴にも急所はある。そこを狙い撃ちするんだ」
熊田が蹴り飛ばされて背後のビルの壁面に叩きつけられた。
炎の壁が<首無し鬼>を守るように取り囲んで、朝霞恭平らの攻撃の手が緩む。
「爆炎がくるぞ!備えろ!」
叫んで、おれは高柳蓮を背後に庇った。
<首無し鬼>を中心に炎の壁が放射状に破裂して、爆風が一体を襲う。
おれの背後から高柳蓮が防護呪符を放り、炎風からは守られた。
「姉さん!」
おれは有らん限りの力を込めて<首無し鬼>へ駆け出した。
辺りでこもった煙が晴れると、<色男>と中臣静が変わらず<首無し鬼>と撃ち合っていた。
天星姫城と衛藤係長が離れた位置で何とか立ち上がるのが見えた。
おれは慎重に狙いを定めて、<首無し鬼>の足を1本ずつ銃撃していく。
どこに核があるのかわからない以上、あらゆる部位を的にするしかない。
懸念材料は、おれに残された僅かな生命力と<首無し鬼>の防御力の高さの2点。
気合いと共に発した一射が何とか足の1本を貫いた。
<首無し鬼>がおれを標的にしようと向きを変えたところに、<銀鞭>が鋭く叩きこまれる。
「曲宮さん!どんどん撃ってください!援護します」
高柳蓮はそう言って、強力な攻撃を繰り出していく。
「曲宮、やれ!こいつは止める!」
衛藤係長の銀の鎖が<首無し鬼>の胴体へと巻き付いた。
『降りかかる火の粉は払わせてもらおう』
<首無し鬼>は鎖や鞭をものともせず、近接戦闘を展開していた二人に苛烈な連続攻撃を浴びせ始めた。
あまりのスピードに、おれの照準が合わない。
蹴り、殴打、炎の槍が雨霰と襲いかかり、凌ぎきれなくなった中臣静が殴り倒された。
「姉さん!」
<死線>を構えて近寄ろうとしたその時、天星姫城が「曲宮様!そのまま射撃を!」とおれを制止して、<草薙>を振りかぶって中臣静の前に出た。
<色男>も必死に小太刀二刀で斬りつけていたが、<首無し鬼>の無尽蔵とも思える体力と手数とに有効打を与えられないでいた。
鎖を掴まれ、衛藤係長が中空に引き上げられて遠方へと投げ飛ばされる。
4本目の足を爆散させると、<首無し鬼>の身のこなしに異変が表れた。
<銀鞭>が打ち付けて<首無し鬼>がやや体勢を崩したところに、天星姫城の一刀が綺麗に決まる。
槍を持たぬ左腕を落とされた<首無し鬼>の周囲に炎の柱が複数立ち上った。
おれは炎を無効化しようと槍を持つ腕を狙撃したが、すんでのところで避けられる。
炎の柱はひとつひとつが炎の竜巻へと転じておれたちを襲った。
朝霞恭平と天星姫城は至近から竜巻に飲まれて弾き飛ばされ、高柳蓮は身を呈しておれを庇い身体を持っていかれた。
<ミョルニル>でもって5本目の足を削る。
「…曲宮、おれが引き付けるから、続けろ」
起き上がってきた熊田がフラフラになりながらも力強い目をして言った。
熊田が<首無し鬼>と斬り結んだ少ない時間に、更にもう1本の足に銀弾を叩き付けた。
槍に切り払われて熊田は倒れ付した。
その周囲に血が溜まる。
残った足は2本。
足に核は無いのかもしれないが、奴の機動力は著しく毀損しており、決して歩の悪い賭けではない。
<首無し鬼>が黒炎を洩らした槍を構えて近付いてきた。
2本の足で残りの6本の足を引き摺るようにして歩いている。
おれは<死線>で防御陣を構築した。
「さすがの<骸神>とは言え、きつそうだな」
『忘れたのか。我の分体はもう1体いるのだぞ』
「…だから何だ?いまここでお前を滅ぼして、ゆっくり相手をしてやるさ」
『いまにも死にそうな奴が言うことかあ』
槍で突いてきた。
突きを避けると払いに転じて、<死線>で腕ごと絡めとるが力及ばず痛打される。
「うおおお!」
背から地面に倒れたが、雄叫びを上げて気力だけで起き上がる。
銃口を向けるも、槍に打ち払われて<ミョルニル>が転がっていった。
<銀鞭>が唸って<首無し鬼>の背を打つ。
たじろいだその隙に<死線>を放ち、<首無し鬼>の右サイドを走り抜けて残りの足を裂いた。
ザンッという断裂音がして、手応えを感じた。
<首無し鬼>の体が一段低くなり、槍をついて自重を支えていた。
8本の足を全て撃破したのだ。
「蓮!総攻撃だ!行くぞ!」
『なんてなあ』
「!」
驚くべきことに、<首無し鬼>は傷付いた足ですっくと立ち上がり、前足の蹄で<銀鞭>を弾いた。
シュウシュウと焼成のような音と灰色の煙を発して足の傷が徐々に癒えていき、同様に<草薙>によって断ち切られた片腕も新たに生えてきた。
信じられなかった。
これでは勝利することなど絶望的だ。
『顔が青いぞ』
<首無し鬼>は外見上完全に回復した。
…だが、感じる圧力は心無しか弱まった。
推測に過ぎないが、奴は生命力のようなものを削って自己修復したのではないか。
「蓮!攻めるぞ!」
<死線>で陣を張り、<首無し鬼>と至近距離で応酬する。
後方からは高柳蓮の<銀鞭>が<首無し鬼>に連打を食らわす。
すぐに防戦に追い込まれ、槍や蹄が身体をかすめて鮮血が走る。
それでも以前ほどの猛威は無く、<首無し鬼>が消耗していると確信した。
槍が振りかざされ、迸った火線が高柳蓮を直撃した。
「蓮!」
おれは手数をそのままに後ろにステップして距離をとる。
高柳蓮はうつ伏せに倒れていた。
そこで片膝が崩れた。
片膝を地につき倒れることは防いだが、急激な疲労感がおれを襲ってきた。
『限界のようだなあ。無理もない。それだけ血を流せば』
「く…」
<死線>を展開しようにも手が震えた。
「…あと、少しなんだ。あと少しで、貴様は滅びる。まだ、やるぞ…」
おれは立ち上がった。
…立ち上がっただけで、<首無し鬼>の槍に貫かれる時を待つだけの身だ。
『なかなかしぶとかったぞ。じゃあなあ』
「…待ちな」
聞こえたのは<色男>の声。
焼け焦げた戦闘服に、あちこちから血を流している。
小太刀二刀を握ってこちらに歩み寄って来た。
「…八っちゃんだけに任せてはおけないものね」
同じく中臣静が起き上がった。
薙刀を持つ腕は痛々しくも焼けただれている。
「九王家の意地があります…」
ぼろぼろに破れて煤けた巫女装の天星姫城が<草薙>を手におれの隣に立つ。
「ああ痛い…。屍さん、いつまで寝てるんです!」
高柳蓮が涙に滲む顔をおさえてゆっくりと身を起こした。
遠くの瓦礫からは、銀棒を杖がわりに屍が這い出て来た。
「お前ら…」
おれは立ち上がった者達を見回して、胸が熱くなった。
何か力が沸き上がってくるのを感じた。
『死に損ないが増えても結末は一緒だ』
「では決戦といきましょうか」
その声に<首無し鬼>を含め、皆が注目した。
「人類が勝つか<骸神>が勝つか。いざ決します」
東雲瑠美であった。
おれは目を疑った。
東雲瑠美がここにいるということは、たった1人で<首無し鬼>の分体を倒したのか。
彼女の纏う黒衣はあちこちが裂け、口許やこめかみ辺りから血が滴っていたが、足取りはしっかりしていた。
「東雲…副局長!」
「曲宮君。遅れてご免なさい。ここからは、私と<流星>が面倒を見ます」
「いえ。我々もやります。ここでこいつを葬りましょう」
高柳蓮が<ミョルニル>を拾ってきて、おれに手渡した。
肩や背、腰に身に付けた銀の軽装甲<流星>が陽光に反射し、東雲瑠美の表情に神々しさをまとわせる。
最高の笑みがそこにあり、一言「危ないから、皆さんは下がっていて」と残して彼女は<首無し鬼>と対峙した。
『お嬢ちゃん、始めてもいいかい』
「<九王会>副局長の東雲瑠美です。もう一匹のあなたとは先程別れを済ませました。すぐにあなたも葬送致しましょう」
東雲瑠美は正面から突撃を敢行した。
おれたちは見た。
東雲瑠美の装甲から幾筋もの銀光が放たれ、輝ける奔流となって<首無し鬼>に襲いかかったのだ。
その一筋一筋は銀刃で、流星雨の如く無限に降り注いだ。
<首無し鬼>は炎の槍を振るって迎撃する。
紅蓮と白銀が交わり、大爆発が引き起こされた。
「うおっ?…みんな、離れるんだ!」
おれは高柳蓮に肩を借りて、戦闘状況からは目を逸らさずに後退した。
爆発は連鎖的に発生していて、その度に場所を移していた。
東雲瑠美と<首無し鬼>が高速移動を伴って激突しているものと思われたが、スピードが速いのと爆発による粉塵に遮られて詳細は掴めない。
おれは<ミョルニル>を、高柳蓮は<銀鞭>を構えて攻撃の隙を窺っていた。
<色男>らも武器を手に集中しており、<流星>による攻撃が止んだタイミングで総攻撃をかける手筈は整った。
炎と刃の嵐がぶつかるごとに火花を炸裂させ、爆発がアガルタの資材を散乱させた。
爆発に次ぐ爆発。
やがて、低層のビルをを薙ぎ倒して巨大な火柱が現れた。
火柱の根元あたりには、全身裂傷だらけで足の半数を断ち切られた<首無し鬼>と、槍に串刺しにされた東雲瑠美の姿が認められた。
「行くぞ!」
おれたちは最後の勝負を挑んだ。
<色男>と中臣静がコンビネーションで斬りつける。
天星姫城は<草薙>を突き立て、屍は<首無し鬼>の残った足を殴打した。
炎の槍を振るう素振りを見せたが、高柳蓮が<銀鞭>で牽制する。
東雲瑠美や皆がつけた傷を、おれの<ミョルニル>の直撃弾が貫通した。
腹を撃ち抜いたその一撃には確かな手応えが感じられた。
核を突き破ったのだ。
『見事だ。ひとの子らよ』
<首無し鬼>の全身が硬化していき、間をおかずして巨大な聖石と化した。
表面を輝かせて、石になっても威風を失ってはいなかった。
後には炎の槍と、虫の息といった東雲瑠美が残された。
「東雲さん!」
「曲宮君…まだよ…。まだ、アガルタの迎撃設備は一門も動かしてはいないもの」
東雲瑠美は青い顔をして言った。
貫かれた腹部から流れ出た血が溜まって、膝まずいたおれの手足を濡らした。
「喋ると身体に悪い。…何がまだなんです?」
「彼女が…来るわ。<首無し鬼>を倒した以上、九王家に持ち去られた首も滅びたはず。ハイブリッド・チルドレンは守護たる鬼の首の力無くして維持はできない。私も間も無く、息絶えます」
「そんな…。え?私、も…?」
「そう。彼女も…厳密に言えば、韮崎愛羅さんの身体も同じ命運を辿るでしょう」
中臣静が凄い勢いでおれの横につけた。
「ちょっと、それどういうこと?」
「…彼女は寄生体です。ハイブリッド・チルドレン005、韮崎の身体を乗っ取った」
東雲瑠美を取り囲むように立つ一同が息を飲むのが伝わった。
韮崎愛羅と東雲瑠美は出立前の電話でこのことを話していたのだろうか。
「それじゃ、あの人は…?」
高柳蓮がおれを気にしながら、言った。
「…<不死の女王>。韮崎愛羅の本体は<骸神>です。…曲宮君、あなたにはどうすることもできないでしょう。私が最期の力で倒しますから…」
そこへ衛藤係長が現れて、東雲瑠美へと報告した。
「副局長、全装備への電源接続を完了しました」
おれは何も考えることが出来なかった。
…そして、韮崎愛羅がやってきた。
その顔には厳しいものが窺え、身体は両の手を水平に伸ばして、まるで十字架を模したかのような姿勢で空中に浮かんでいた。




