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第5章 死闘(上)

第5章 死闘(上)

§鬼退治§

九王家は真っ二つに割れた。


そうして双方が暗闘を始めたが、おれの標的はあくまでも002鬼頭と鬼の首だけだ。


すでに容疑は三堀、天星、夕霧 木暮の4家に絞られていて、片端から探れば良いと言えた。


中でも三千院忍が属した三堀家と、先の会合で強硬に<九王会>の解体を主張した木暮家が本命だ。


うまい具合に白雪と西陣、伊織、式島、高柳の5家がサポートしてくれることになり、諸々の情報には事欠かない。



<みたま>紹介のアパートから北九州の小倉にある伊織家別邸に移ったおれは、早速中臣静に連絡を入れて、合流を頼み込んだ。


しかし、彼女は<九王会>の手助けで忙しく、それどころではないと断られてしまった。


「なんで静さんを呼んだの?」


韮崎愛羅が<死線>の手入れをしながら尋ねてきた。


「…<色男>が敵に回るかもしれないから。おれじゃあ奴には及ばない。でも、姉さんなら抑えておくことは出来る。その間に全て終わらせればいいと思って」


「首を取り戻したら東京に帰る?」


「そうなるな」


韮崎愛羅が手を止めて、半眼になって言った。


「天星姫城の<銀水晶>は、全ての真実を先読みする。つまり、もう<九王会>と<首無し鬼>の戦いは避けられないということ」


おれは<ミョルニル>を磨きながら、先を促した。


「首を探している間に、東が壊滅してもおかしくはないでしょうね」


おれは手を止めた。


「ではどうしろと?」


「どうもしない。ただ帰るところがなくなるだけ」


「…東には今姉さんがいる。東雲瑠美や、宍戸さん、熊田、衛藤もいる」


おれは彼ら彼女らの顔を思い浮かべた。


伊織玲子との思い出も、多くは東にある。


「…そうだ。白雪家の<草薙>の宝剣を持って行けば、或いは…」


「<首無し鬼>相手に剣の1本や2本なんて、足しにはならない」


韮崎愛羅はとりつく島もない。


「1千年前に奴の首を飛ばしたと聞いたぞ?」


「でも生きてるでしょう?そういうこと」


確かに<首無し鬼>は依然として健在であり、10年前には宍戸さん率いる<九王会>の実戦部隊を壊滅させたのだ。


「…<骸神>は、どうすることも出来ないのか?」


「それを私に聞く?」


韮崎愛羅には005、影女のハイブリッド・チルドレン説も飛び出していたので、最近は<骸神>とは意識していなかった。


おれは敢えて聞き過ぎないようにしていた領域に、間違って踏み込んだのかもしれない。


「…いや、他意はないよ」


「<骸神>の殺し方を知ったら、八式くんは何れ私も倒すのだろうなあ」


韮崎愛羅が視線を手元に落として、再び<死線>を磨き出す。


そして寂しそうな微笑を浮かべて続けた。


「あのね、妖魔にも急所はあるの。言わば核みたいなものね。普通の妖魔ならばそれを突かなくても力押しで倒せるのでしょうけれど。強力なものや<骸神>と呼ばれる上位種ともなると、核を攻める以外に人間の力で以て律することは出来ない」


おれははっとして韮崎愛羅の目を見た。


韮崎愛羅は自分の心臓部を指で指し示し、「私の核はここ」と小声で告白した。


「聞いてない!愛羅、何でそんなことを言った!」


「怒らないで。八式くんに聞かれなきゃ、私も何も答えない。あなたには嘘はつかないと決めたから。それに、初めて会ったときのことを思い出して」


韮崎愛羅が言う。


おれが<ミョルニル>で彼女を殺そうとした時のことか。


「銀弾、とどかなかったよね?私の防御力はそう破れないと思うよ」


確か光の波紋のようなものが遮って、<ミョルニル>の威力はかき消された。


「おれはお前を殺さないぞ…」


「…ありがとう。でも<首無し鬼>と戦えば、八式くんは必ず死ぬ」


「…出来うる限りの準備はするさ」


韮崎愛羅は悲しそうな表情をして黙った。


おれは彼女の肩を引き寄せて抱き締めた。


***


<色男>には事情を話し、協力を求めた。


「静さんが死んだら人類の損失だしな…。まあ、夕霧や三堀を相手に出来ない身としちゃ、<骸神>と戦るしかねえか」


高柳蓮や屍がぎょっとする。


「ちょ、ちょっと!」


「<色男>よ…自殺願望があるのか?そこまで彼に入れ込む理由は何だ?」


「ガンマンにじゃねえ。こいつの姉貴の静さんは天使だ。俺はそういうことに命をかける」


朝霞恭平は臆することなく言い放つ。


おれは礼を言って、高柳蓮や屍に別れを告げて白雪家を目指した。



白雪家の新当主は、予想外にあっさりと家宝の<草薙>の貸与を了承してくれた。


ただし、剣は九王家の血筋に連なる者しか使い手としては認めないと、強く警告された。


「…すると、九王家の血筋にあり、且つ剣を修めた者にしか扱えない、と?」


「はい。門外漢や未熟者では剣に込められた怨念に取り付かれて絶命するでしょう。それ故該当者はそういません。例えば、夕霧の朝霞恭平殿か、天星の姫城殿」


「天星姫城?」


聞くと、あの巫女は剣道で類いまれなる腕を持ち、学生剣道でも全国上位の実力者だそうだ。


***


朝霞恭平が「おれは嫌だ。小太刀二刀流が性分だ」と<草薙>の使用を頑なに拒んだので、おれは仕方無く無理を承知で天星家を訪ねた。


もし鬼頭が現れたならば、その場で決着をつける腹積もりで<ミョルニル>を持参した。


「…よく顔を出せました。大した胆力です」


天星の本宅は神社の奥にあり、多少間取りに余裕がある以外には、一般の住宅と何ら変わるところはなかった。


玄関を上がりフローリングの洋間に通されて、天星姫城の入れた紅茶を手に話を始めた。


だんだんと天星姫城の顔が強張っていくのがわかる。


「何を抗争中の相手に…。貴方様は血迷われましたか?」


「会合の場では死人が出たな。あれは君の本意か?」


「…どういう意味ですか」


「初見のとき、君は<銀水晶>でおれの居場所を突き止めたにも関わらず、一人で話をしに来た。やろうと思えば、九王家の保守派の連中を巻き込んで荒事も出来ただろう。そんな君が、あの場の妖魔を使役した凶行に本気で与するとは、おれには思えない」


「…それで?」


「今ならまだ君は正道に立ち返られる。どういう運命か今のおれには5家のサポートがあるから、如何様にも説得は出来る。見たところ、鬼の招聘は三千院氏の一存だろう?妖魔を頼りに権勢を保つ修羅道を行くか、禊のチャンスを掴むか。ここで選ばせてやる。…前者を選ぶつもりなら、<骸神>の後で叩き潰しに来るまでだ」


おれは一語一句、魂を込めて思いを伝えた。


「…私は天星姫城。天星の巫女頭にある者。脅しになど屈しません」


「そうか…」


「…ですが、妖魔と結んだととられるのは心外です。<骸神>討伐には参加しましょう」


***


電話口で、東雲瑠美は平時と変わらぬ調子で言った。


「曲宮君、色々と尽力いただいてありがとう」


「いえ。鬼の首はまだ持ち帰れませんが、戦力は連れて帰りますから。明日には戻ります」


「そのことですが…道中、長野で影女の居を払ってきていただけませんか?」


「また雪女の類ですか?」


「そうなの。以前に討ち果たしたつもりでしたが、どこに潜んでいたのか…」


雪女は、雪山で暴れる影女の呼称だ。


以前の討伐というのは、昨冬に伊織玲子らと実施した作戦のことだろう。


もう夏の温い空気が気配を見せ始めており、あれから半年が経とうとしていた。


「わかりました。東京に戻る面子で対処します。…そちらの準備はどうです?」


「敵が敵ですから、どんなに準備をしても万全ということはありません。お姉様にも色々とお力添えをいただいてますよ」


中臣静とは別で話したが、九王会は<首無し鬼>との決戦地を東京湾上のアガルタに決めていた。


すでに多数の対妖魔兵器の配備や籠城装備の移送が済み、浮上島それ自体が要塞化されているらしい。


とは言え、10年前…間もなく11年になるそうだが、前回の戦闘を知る宍戸さんからすれば、「曲宮、早く戻って来い。今の<九王会>の戦力では勝負にならん。こちらも出来るだけの戦力はかき集めるが、お前や<色男>の援軍がなければ、いくら<星乙女>でも犬死にだ」ということになる。


「なるべく急ぎます」


「…はい。ところで、そちらで002が暴れたとか」


「ええ。鬼頭と名乗りました。確か002は事故で廃棄になったと聞いたような」


003と004による<九王会>襲撃時に、東雲瑠美の口から聞いた話だ。


「記録上はそうなっていました。おそらく、西が自分達に都合よく操作するために連れ出したのでしょう。…私たちは、本当は今回のような人類の大敵に抗するため産み出されたものを」


おれは何も言えなくなった。


001東雲瑠美。


<九王会>副局長にして、銀の自動化兵器<流星>を操る人類の決戦存在<星乙女>。


彼女は肥大化した責任感でもって<骸神>にあたろうとしている。


おれにはその強すぎる信念が逆に危うく思え、どうにも放っておけなかった。


「韮崎さんに代わってくださる?」


おれから電話を受け取った韮崎愛羅は、東雲瑠美と少し話してから「八式くん、少しだけ向こうで荷造りしていて」とおれを遠ざけた。


おれは言われた通りに隣室に移り、元々少ない私物を片付けていく。


思えば韮崎愛羅が来たことで、調理道具や小物が増えてここにせよ東京の部屋にせよ、実に普通の家庭っぽくなったものだ。


師匠が亡くなって妖殺屋として独り立ちして以来、おれに生活を楽しむ余裕はそれほどなかったし、中臣静の強い勧めで大学に通っていたことくらいが「普通の生活」の全てであった。


常に生きるか死ぬかといった切迫感と隣り合わせの人生だったことを思えば、韮崎愛羅と過ごしてきた半年は、奇蹟と呼ぶに相応しい「普通」の代物だ。


それが例え押しかけと恐怖から始まった時間だとしても。


韮崎愛羅から「もういいよ」と呼び戻され、再び電話を受け取った。


「ありがとうございました。曲宮君、あなたにはまだ何も御礼が出来ていないので、二人とも生き残った暁にはデートでも致しましょう。不精<九王会>副局長の東雲瑠美が全て奢ります。ご奉仕させていただきます」


「えっ…ご奉仕?」


隣で韮崎愛羅が目を吊り上げた。


「はい。韮崎さんにもご了承いただけましたから。では、長野の件頼みます。道中ご武運を」


そうして電話は切れた。


この日の晩は九州出立の前夜ということで、韮崎愛羅と連れ立って外食に出掛けた。


妖魔や<骸神>といった話はせずに、久方ぶりに戻る大学の話題で盛り上がった。


***


長野では、先導者の上手い道案内のおかげでさほど時間を費やさずに、山に穿たれた洞穴へと辿り着くことが出来た。


当然雪は欠片もなく、雪女こと影女は洞穴の奥に隠れ住んでいるものと思われた。


韮崎愛羅を外に残し、おれと<色男>、天星姫城、高柳蓮、屍の5人が洞内へと足を踏み入れる。


「まさかお前らがついてくるとはな…」


朝霞恭平が呪符で光を生み出し、屍が持つ銀棒の先に松明のようにくくりつけた。


「…何故そこにつけるのだ」


「お前の棒が一番長く、太いからだ。棒が。なあ、蓮?」


「…強調しないでくれる?この変態!」


「…曲宮様、今のどこが変態行為にあたるのです?」


天星姫城が真面目に聞いてきた。


洞穴内を一歩ずつ踏み進んで行く中、朝霞恭平が重ねて尋ねた。


「蓮、屍。何でお前たちがついてきたんだ?東には墓があるわけじゃねえだろ」


高柳蓮がチラリとおれを見た。


「…見殺しにしちゃ、可哀想かなって」


そして、おれのすぐ隣をぴたりと寄り添うようにして歩いていた天星姫城を指差して怒鳴った。


「それと、姫城がいるからよ!このアマ、カマトトぶるのもいい加減にしなさいよね!どうしていつもいつも、いつも!人の男友達にばかりベタベタしやがるのよ」


「…私は別に何も。曲宮様に借りが出来たので、御伴つかまつっただけのことです」


「黙れ、この売女が!」


天星姫城がおれの服の裾をちょんと掴み、高柳蓮は憤怒の形相で<銀鞭>を手に取る。


おれはこの展開にただ呆気に取られていた。


この二人は共に九王家が一家の跡取りなわけで、以前から親交があってもおかしくはない。


「なに?お前ら二人して、まさかガンマンを取り合ってんのか?信じられん!何で俺じゃねえ…。俺の方が格好いいし、強えぞ」


「ふふ。<色男>よ、それは分からんぞ。私は彼を観察し続けたが、<死線>の対応力が上がるにつれ、戦闘力は飛躍的に向上していった。今や九王家ではお前と並んで最強クラスだろう」


屍がおれを向いて言った。


「だから私もついてきた。強者と共に戦えるのは、妖殺屋として本望だ」


「…こいつ、棒が太くて長いからって格好つけやがって」


<色男>の意味不明な返しに、屍は「何を言っている」と蔑み、高柳蓮が「下ネタは止めてよね!あと姫城は純真無垢なふりしたら殺すから」と殺気だった。


「…あの、妖気計が反応し出したから、各自戦闘態勢でよろしく」


おれは何とも締まらない気概で言って、<ミョルニル>の銃口を持ち上げた。


***


おれたちの猛攻で10匹超の影女は全滅した。


たいして時間もかからなかったので、日暮れ前には長野の宿に戻ることができた。


明朝の出立までが、残された最後の自由時間だ。


屍は銀の兵器の手入れをすると言って、早々に部屋に引きこもった。


おれは天星姫城と<草薙>の調子をチェックし、<色男>をつかまえてロビーの喫茶店で話した。


「三千院忍は西の命で鬼の首を持ち出し、<九王会>の追手である東雲瑠美に討たれた。<九王会>は守護を無くした結果弱体化して、ハイブリッド・チルドレンの制御をも失った。そして九王家の急進派は<銀水晶>により<首無し鬼>来襲を予期して、これを機会に<九王会>の刷新・掌握を目論んだ」


おれは起こった事実をただ並べ立てた。


朝霞恭平は何事もなく聞いている。


「ハイブリッド・チルドレンの攻勢で倒れた伊織玲子は九王家が伊織家の出で、三千院忍は三堀家。恭平は夕霧家ときた。…お前らはっ!お前らは一体何と戦っていたんだ?くだらないお家騒動で、伊織も、三千院も死んじまった…。くだらない!」


「ガンマンよ…確かにくだらない。くだらないんだ。…俺は夕霧家に属してはいても、嫡男じゃねえから全て蚊帳の外だ。三千院が鬼の首を持ち出した事実を知ったのも、ハイブリッド・チルドレンの真相を知ったのも、奴が死んでからだ。…だが。だがな、玲子に関しては唯一お前さんとは意見が異なる」


「なに?」


「あいつは、お前に全てを語っていない。前にも言ったかと思うが、玲子の<九王会>での身分はアンタッチャブルだった。あれはな、九王家の名代として遣わされていたから、肩書きはともかく<九王会>の実質トップだった。もちろん、ハイブリッド・プロジェクトが始まった経緯に絡んでる年令じゃねえ。それでも、最終的に仕上げたのは玲子だよ」


朝霞恭平が煙草の煙を燻らし、遠くを見つめる。


おれは何も言えず、伊織玲子の姿を思い浮かべてソファに沈んでいた。


「みんな家に縛られてるんだよね」


後ろの席から高柳蓮がひょこっと顔を出した。


いつからいたのか、おれは全く気が付かなかったが、<色男>には驚いた節がない。


「そういうのを嫌って風来坊を気取った次男坊も、どこかにいたような」


「…うるせえ」


朝霞恭平が不機嫌そうに言う。


そして煙草を潰して「寝るわ」とだけ言い捨てて去って行った。


「曲宮さんはいいですね。何だか全てから自由な感じがして。中臣家からも、<九王会>や九王家からも」


隣に腰掛けながら高柳蓮が言った。


「…元々が天涯孤独の身だからね」


「そこのところ、取材させて貰える?」


「え?」


夏目麗がそこにいた。


新聞記者で、東京ではおれや伊織玲子を追い回していた彼女がそこにいた。


「曲宮八式君。情報通りここにいたわね。聞かせてちょうだい?あなたの生い立ち」


「夏目…さん。あなた、よく無事でいられてますね…」


「私も記者の端くれですから。それに、決定的なシーンを公開したり、なんてする気はないから」


夏目麗がしれっと言う。


「伊織玲子さんが亡くなった件は知ってるわよね?あなた、彼女の葬儀にも来てないみたいだったけれど、一体何してたの?」


夏目麗の言う葬儀とは、おそらく東京でのダミー葬儀のことだろう。


西で伊織家の墓には参ってきた。


「おれは、こどもの頃に両親を事故で亡くした…ことになっている」


「曲宮さん?どうしたの?」


高柳蓮は、いきなり話し始めたおれを心配してか首を傾げて質した。


「だが、当時からおれの目には見えていた。毛むくじゃらの化け物が、父母の身体を引き裂いて喚声をあげる様を」


「……」


夏目麗は黙って聞いていた。


「そのあとは親戚をたらい回しにされたが、最後に遠縁の中臣家に拾って貰えたのが幸いだった。そこで久方ぶりに家族の縁を持つことが出来た」


師匠と中臣静が笑顔で迎え入れてくれた光景は、今でもたまに思い返す。


「同時に、そこで知らなくてもよかった世界を知ることになった。修羅の道に足を踏み入れた瞬間だ」


おれは立ち上がり、夏目麗に近付いて言った。


「だから、おれは平然とあなたを害することが出来る。…夏目さん、もう引き返すんだ。おれに出来る譲歩はここまでだ」


夏目麗も一歩前に出たので、息がかかりそうな程に距離が縮まった。


「わかった。もう止めるわ。そんなに哀しい顔をしないで。…私もね、二親共に事故で亡くしてるの。原因は明らかに擬装されていたわ。私昔から霊感が強くて、見たくないものが見えたりもしたから…。そのせいかと自責の念を持ったこともある」


「それはないよ。誰のせいでもない」


夏目麗は目を伏せ、「うん」とひとつ首肯して、踵を返した。


高柳蓮は不思議そうな顔をしてそのやり取りを見ていた。


§死の淵§

目が覚めると、韮崎愛羅はすでに服を着ており、簡易のポットで珈琲を沸かしていた。


「八式くん、おはよう」


「おはよう。…本当に寝てないの?」


「昨晩は激しかったから、疲れて寝ちゃった」


韮崎愛羅はぺろっと舌を出して言った。


「ウ・ソ。銃もナイフも、念入りに調整しておいたから」


「助かる。どうせ殺られるんだとしても、少しは手こずらせないと立場が無いしね」


「そういうこと、言わないで」


おれはベッドから立ち上がり、バスローブだけ引っかけて韮崎愛羅を抱き締めた。


「ここに残る?」


「いいえ。アガルタには行く」


戦えないけど、と続くことは分かっていたので、唇でその言を封じた。


間もなく死地へと赴くのだ。


最後の朝くらいは、せめて温もりが欲しかった。



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