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序章

序章

§曲宮八式§

駅から5キロも来ると、こうして人の手が入らない林野が姿を表す。


好き放題に伸びた草木が歪に絡まり、頭上遥か高みでは枝葉が日光すら遮る。


おれは携帯電話のGPS機能で居場所を再度確認し、背負ったラクロスケースから獲物を取り出した。


ショットガン<ミョルニル>。

銀の兵器だ。


<三途の川>で宍戸さんに聞いた限りでは、奴等はここら一帯を根城にしているという。


獲物を肩に担いで、林野の周辺をゆっくりと歩いて回った。


武器の特性上、小回りがきかないので木々の間へ身を入れるわけにはいかない。


林野を半周もすると、途端に周辺の空気が重さを増した。


妖魔がいる。


おれは獲物を構えて、足腰にぐっと力を込めた。


がさっと音がしたかと思うと、茂みの中から中背の痩せた小鬼が飛び掛かってきた。


銃口を素早く小鬼へ向けて、トリガーを引く。

バァンという発砲音が響き、小鬼の全身が破裂した。


そばでポトリと小さく音がして、小鬼が四散した跡地に仄かに輝く小石が残される。


妖魔が死ぬと遺す、<聖石>だ。


周辺に気を配りながら、おれは<聖石>をつまみ上げてコートのポケットへと仕舞う。


依頼では3体の小鬼がいるとのことであったが、先程の銃声に反応した節はなかった。


時計の針は14時を指しており、日暮れまではまだ時間がある。



辺りを散策し、気配を探るも収穫はなかった。

諦めて元来た道を引き返すと、スタート地点に人影がひとつ見えた。


シルエットから女性のように思えたのだが、近付く前に、瞬きをした間に見失った。


視線を一度も外していないにも関わらず、だ。


人影があったと思しき地点まで歩み寄ると、そこには2個の<聖石>が転がっていた。


<三途の川>で宍戸さんと話をしたかったのだが、今日は新しい住み処の入居日だ。


妖魔退治のその足で、池袋駅から徒歩10分程のマンションを目指した。


***


ローカル線と新幹線を乗り継いで、3時間少々を要した。


荷物は部屋の前に積み上げておくよう業者に申し渡してあった。


鍵さえ忘れていなければ、今夜は新居で安息を得られるはずだ。


…安息を得られるはずだったのだ。


「ええと、どちら様で?」


マンションの、おれの部屋番号のドア前に佇んでいた女性に声をかけた。


女性は真っ赤なピーコートを着込み、長い艶やかな黒髪を後ろに流していた。


目鼻立ちが驚くほど整っており、これだけの器量よしとは決して面識はない。


「この部屋の…契約者ですけど」


「…?そんな馬鹿な。ここはおれが契約してます。そこらにある段ボールはおれの荷物ですし、鍵もここに」


言って、おれはキーホルダー付の鍵を差し出した。


それをじっと見て、女性が鞄をまさぐって、鍵を取り出して見せた。


まずはおれが自分の鍵を差し込むと、ドアが解錠された。


続いて女性が同様にすると、何とドアは施錠されてしまった。


「…どういうことだ?」


「私、契約書も持っています」


断って見せてもらうと、確かに契約書にはここの部屋番号が明記されていた。


おれはすぐに<408管理局>に電話した。


「もしもし、こちら曲宮八式(まがみややしき)。コードは…」


電話口で妖殺屋としての登録コードを告げ、係員に契約先不動産について調べさせた。


妖殺屋の住居は、妖殺屋免許を管理する、防衛省の外局である<408管理局>が手配することになっている。


「…本当だ。おかしいな…そんなはずはないんだが…」


電話口に出た係員は困惑した様子で、明日には女性側の契約を解除させるから、一晩だけどうにかしてくれと懇願してきた。


電話を切って立ち尽くしたおれに、女性が提案してきた。


「取り敢えず、もう暗いですし、中に入りませんか?」



女性は韮崎愛羅(にらさきあいら)と名乗った。


二十歳で、ここから程近い大学に通う大学生だと言う。


おれと同じ大学で、1歳下にあたる。


不思議なことに、韮崎愛羅は着の身着のままでここに来ており、部屋に入室したものの、おれが梱包を解かねば茶を入れることも叶わなかった。


「ありがとう」


お茶を啜り、韮崎愛羅が礼を言った。


部屋の契約に関しては明日に棚上げすることにし、差し迫って今夜の寝床を準備することにした。


布団は1セット持ってきているので、韮崎愛羅に貸し与える。


幸運にも暖房器具が設置されているので、おれは毛布やコートにくるまれば凍え死ぬことはあるまい。


「シャワー、浴びたいのだけれど…」


韮崎愛羅がそんなことを言い出した。


見ず知らずの男と部屋に二人きりという状況で、随分太い神経をしているものだ。


タオルや石鹸、ドライヤーなど、一通り段ボール箱から出して設置した。


あまり私物を並べすぎると、居住権を主張し過ぎることになるかと自重していたのだが、こうなっては気の回しすぎだったか。


おれとしては、<ミョルニル>や<聖石>といった妖殺屋の関連物を隠したかったので、シャワーという提案はわたりに船だった。


世間一般には妖魔の存在は秘匿されていて、それに関する知識を知られた場合、即座に相手を抹殺しなければならない。


これは妖殺屋の掟だ。


韮崎愛羅と交代しておれがシャワーを使ったとき、油断があったことは正直否めない。


…まさか、彼女が銀の兵器を吟味しているとは想像だにしていなかった。


「そいつから手を離して」


おれは上半身裸で体から湯気を立ち上らせたまま、韮崎愛羅の背に声をかけた。


彼女はラクロスケースから<ミョルニル>と銀のナイフを取り出して、手にとって眺めていたのだ。


おれは右手をジーンズの尻ポケットに差し入れ、バタフライナイフを静かに立てる。


「どっちも模造品だけど危ないから…離して下に置くんだ」


「これ、模造品じゃないんじゃない?銃身に焦げた跡があるわ。ナイフの握りも使い込まれてるみたい」


韮崎愛羅が半身で振り返って言った。


湯上がりの彼女の濡れ髪がたいそう色っぽい。


だがもう、殺すしかない…。


§韮崎愛羅§

床を蹴って一気に距離を縮め、左手で頭を掴んで右手のバタフライナイフで喉元を深く切り裂いた。


韮崎愛羅は瞳に疑問の色を浮かべたまま、鮮血を迸らせて前のめりに倒れた。


おれは暗い気分でナイフを畳み、後片付けが大変だと意気消沈する。


こうしなければ、おれが<九王会>に消されかねない。


政府は妖魔の存在が公になれば、社会が大パニックになると踏んでいる。

そこで、情報統制が出来ているうちに妖魔を根絶すると決まった。



隣室で段ボールから死体処理用の溶剤と清拭布を出していると、背後から有り得ない問い掛けがあった。


「あなた、いつもこんな感じで躊躇しないの?」


弾かれたように振り返ると、平然とそこに立つ韮崎愛羅を認めた。


信じられなかった。


「狐につままれた感じね」


「…間違いなく、致命傷だった」


「そうね」


韮崎愛羅は首筋を一撫でする。


傷痕どころか血糊すら見当たらない。


どんな手品か。


或いは…。


「妖魔…か」


だとしたら迂闊だった。


手元には銀の兵器はなく、ポケットの中のバタフライナイフのみだ。


妖魔には、純度99.99%以上の銀でコーティングされた武器による攻撃以外は効果が薄い。


銀の兵器と呼ばれる武器がそれで、妖殺屋は必ず2種以上を携行していた。


おれの<ミョルニル>と銀のナイフは先程ドタバタを演じた隣室にある。


おまけに<ミョルニル>に銀弾は込められていない。


万事休すだ。


「銀の兵器があっても、無駄だと思う。少し話がしたいの」


やはり妖魔であった。


これで打つ手は消えた。


「とは言え警戒は解きづらいわよね。あなた日中、小鬼と戦ったでしょう?」


「…ああ」


「3個の<聖石>を持って帰ったみたいだけれど、2個はどうやって入手したかしら?」


「…なに?まさか…」


韮崎愛羅が微笑みを浮かべて頷いた。


「2匹、町中に逃げようとしていたの。そうなったら、あなたが困ると思って」


あの落ちていた<聖石>は、そういうわけだったのか。


「妖魔が妖魔を、殺したというのか…」


「ひとくくりにされても困るけれど。あれは、あなたたちが区分するところの、鬼よね」


妖魔は<九王会>の分類では、夜叉・鬼・悪霊・獣魔・影女の5種が確認されていた。


一般人は実態・憑依を問わず認識すら出来ない。


遺伝的に妖魔を視ることができる者が妖殺屋を営み、その秘技は師弟制で細々と受け継がれていた。


韮崎愛羅は、一体何の妖魔であるのか。


見た目は完璧に人間で、憑依でなければ該当するものはないように思われた。


「それに、あなたたち人間だって、同族殺しはやる」


否定はできなかった。


「…何のためにおれを付け回した?」


「何でかしらね?私にも明確な理由はわからない。ただ、アガルタであなたを見かけたときに、ピントきたの」


「…アガルタに、いたのか」


アガルタとは東京湾上に建設された人工浮上島で、5年前の事故以来半ば放置されていた。


程無くして妖魔の徘徊するところとなり、去年<九王会>とおれらフリーの妖殺屋の共同作戦で浄化された。


「たくさんの妖殺屋がいたのだけれど、あなたのひた向きさが光っていたわ」


「あそこには、夜叉と獣魔が集まっていたな。ではお前はそのどちらかか?そうは見えないが…」


「結論を急ぐわね。…私は韮崎愛羅でしかない。でも、あなたたちは、<不死の女王>と呼んで私を畏れるわ」


耳を疑った。


ノーライフクィーンと彼女は言った。


数秒して、彼女のその発言の意味を理解すると、おれの心を絶望が支配していった。


「嘘だ…」


それだけ絞り出すのが精一杯だった。



むくろがみ。


<骸神>という忌み名がある。


妖魔たちの創造主だそうで、神にも匹敵する力を持つという。


現存するのは3匹で、うち1匹とは10年前に<九王会>が交戦した経験を持つ。


結果は、大量の殉職者を出したとしか聞いていない。


その3匹というのが、<ゼダン=カーン>、<首無し鬼>、そして<不死の女王>である。


「私はね、本当に普通の女子大生として過ごしたいだけ」


「…嘘だ。<不死の女王>を語る、悪霊の憑依体だな…」


おれはそう信じ込もうとして言った。


銀の兵器さえあれば、こいつは倒せるはずだ。


韮崎愛羅はふうと一息ついて、「仕方ないわね。試してみる?どうぞ武器を取ってきなさい」と言った。


おれは彼女から目を離さず、最大限に警戒しながら部屋を出た。



銀弾を込めた<ミョルニル>の一撃は、強力な妖魔にすら風穴を空ける必殺の威力を持つ。


これは師匠から受け継いだ力で、おれは妖魔との正面対決には自信があった。


それだけに、受けたショックは尋常ではなかった。


<ミョルニル>による銃撃は、韮崎愛羅に命中した瞬間に波紋のような光の現象が生じ、無効果されたのだ。


それは光の障壁とでも言うのか。


2発、3発と射撃したが、結果は変わらなかった。


その間、韮崎愛羅はひとつの欠伸以外に何もしていなかった。


おれは絶望し、膝から床に崩れ落ちた。


彼女は桁違いに強く、<骸神>かどうかは置いても、まともに戦えるレベルの妖魔ではなかった。


「そんなに落ち込まない方がいいよ。そういうものだから、あなたたちが私たちを<骸神>と忌み嫌うのでしょうし」


「おれにどうしろと…」


「二つだけ、約束して」


韮崎愛羅はパジャマ姿で、悪戯っぽい笑みを湛えて人差し指と中指を立てた。


そう言えばパジャマなどどこから出したのか。


「このまま私と同居生活を続けること。それと、私の正体を誰にも言わないこと」


彼女は一体何を言っている?


おれは訳がわからず、その発言の真意についてひたすら考えを巡らせる。


「約束を破ったら、殺すから。あなただけではなく、東京中の人間を全て殺すわ」


残酷な判決を、意図も簡単に言ってのけた。


おれの背筋を冷たいものが走った。



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