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トキぞう、忘れんぼう

 

 ティトの家からロバ車で揺られながら五分ほどで、集落の中ほどにある先生の家に着く。途中で籠を持った樵の奥さんを見かけたので、手を振って挨拶をしたメイは突然大声で叫んだ。


「シップ!」


「シップがどうした?」


 ティトが大きな声に驚いて聞き返した。


「あのね、シップね、日の当たらない場所に置いといて! んで、朝と晩に取り換えて!」


 どうやら、奥さんの持つ籠を見てシップの入った籠を思い出したらしい。バター作りのことで頭がいっぱいになりすっかり忘れていたようだ。忘れてしまったことを恥じているのか、少ししゅんとしている。


「分かった。ありがとうな」


 トキぞうは、メイちゃん忘れんぼう、と言ってくふふと笑っている。


「んとね、あとね、治っても二日くらいは貼っといて! 血の巡り良くなんだから!」


「分かった、分かった」


 メイが言い終わるのを見計らったかのようにロバ車も停まった。先生の家の前に着いたのだ。

 家の前には小さな木の立札があって、拙い文字で「ふわふわのパン屋」と書いてある。これは字を教わったメイとティトとトキぞうの三人で作って、先生にプレゼントしたものだ。

 ティトがミルクの荷物を降ろしている間に、トキぞうは走ってドアベルの紐を引っ張った。パン屋が開いているのは午前中だけで、午後は閉まっているためこうやってベルを鳴らさないといけないのだ。

 ほどなくして出てきたのは、背の高い逞しい顔の整った男だ。その上、いつもにこにこしているため、村中の女性の心を鷲掴みにしているらしい。


「やあ、トキちゃんじゃないか。どうしたんだい?」


「あのね、ティトの配達」


 トキぞうがロバ車を指しながら言うと先生は首を傾げた。


「あれ? 明日じゃなかったかな?」


「配達するついでに、ティトに家まで送ってもらう」


「そうだったのかい。ありがとう」


「先生こんにちは! 今日配達に来ちゃったけど良いですか?」 


「ああ、もちろんだよ」


 ティトがミルクの樽を持って、メイはヨーグルトの入った皮袋とチーズを持ってトキぞうの後ろに立っている。先生は樽を片腕でひょいと抱えて、皮袋ももう一方の手で難なく受け取ると、ちょっと待っててね、と言って家の中に入って行った。


「すげぇ、力持ちだな、先生。頭は良いし、力持ちだし、優しいし……かっこ良いな」


 そんな先生を熱心な眼差しで見つめるティトに、うんうん、と頷く二人。そして、三人で先生のかっこ良さについて話していると、先生が戻って来た。手には小さなパンが乗っている。


「これ、さっき作ってみたんだ。干し果物が入った甘いパン。食べてみて感想を言ってくれるかな」


 三人は二口ほどで食べ終わってしまいそうなパンを、むしゃむしゃ食べた。

 美味しい美味しい、と言ってあっという間に食べ終えてしまった。美味しい、と言う以外に言葉はないが先生には十分伝わったようだ。

 それから、美味しいパンについて話ているうちに日がだいぶ傾いてきた。

 いくら暖かくてもまだ春になったばかりで、暗くなるのは早い。


「さあ、三人とも。これ以上暗くなる前に帰りなさい」


 と先生に言われて三人は元気よく返事をした。


「じゃあ、まずメイを送ってからトキぞうだな」


「あたしんち、こっから近いから歩いて帰れるから良いよ」


 メイはそう言いながらも走り出していた。元気よく手を振る姿に、トキぞうもティトも先生も手を振って見送る。


「じゃあ、トキぞう送ってやるから乗れ」


「ん! ありがと。先生、またね!」


「ああ、明日あたりお店に行ってみるからね」


 二人がロバ車に乗って動き出すと、先生も家の中に戻った。

 ロバ車は林を抜けて、街道にでてすぐにトキぞうの家に着いた。ロバ車はとことこのんびり進むがそれでも、歩くよりはだいぶ早い。

 トキぞう商店の前に着くと、ぴょん、と荷台から飛び降りてティトにお礼を言うと、ティトは手を振りながら引き返して行った。


 今日は、あちこち出掛けて楽しい一日だった、と巾着を外すともう一つ余計な物を肩から下げていることに気が付いた。

 不思議に思いながら中を見ると、分離しかけのバターが入っている。


「忘れてた!」


 先生に用事があったことをすっかり忘れていた。

 トキぞうは皮の袋を一生懸命振りながら、明日先生が来たときに相談しよう、と心に誓った。



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