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トキぞうとメイのお手伝い

 

 ティトの家は村の一番奥にある。二人はお喋りをしたり歌を歌ったりしながらのんびり歩いた。

 その際にトキぞうは、先日店におじさんと王子様のお客が来たことも話した。メイがものすごく驚いたので、次に来たときはメイにも会わせることを約束した。

 そうして十五分ほど歩くと、ちょうどティトの家の皆がお昼を食べ終わる頃に着く。

 やはりカブやレタス、春ニンジンや玉ねぎが生っている畑を抜けたところの牛舎の向こうに、煉瓦造りの二階建ての家が見える。牛舎の前では荷馬車を牽くロバがニンジンの入った草を食べていた。その周りを仔ヤギが走り回って遊んでいる。

 黒いロバで額に白いひし形模様が入ったロバは優しい目をして、二人が撫でても大人しくしている。ロバを撫でていると仔ヤギたちが二人に遊んで、とせがむように周りを飛び跳ねる。ぴょんぴょん飛び跳ねる元気な仔ヤギのヒゲを撫でたり追いかけっこをしているとティトがやってきた。


「お! トキぞうも来たんだな?」


「ん! ディタ爺にシップ作ってきた」


「あたしも手伝った! あと、バター作りの手伝いに来た!」


 トキぞうが籠ごとシップを渡すとティトは二人を連れて家の中に入って行った。入ってすぐの右の部屋、日当たりの良い部屋でディタ爺はベッドに横になっていた。


「爺ちゃん、トキぞうとメイがシップ持って来てくれたぞ」


「おお、おお。すまんのう。ほれ、二人ともこっち来い」


 ヤギのように白いヒゲを生やしたディタ爺は腰以外はとくに痛めていないのか、わりと元気そうだ。

 ティトが介助をしてゆっくりとディタ爺を起こして、シャツを捲って背中を出した。


「あのね、ディタ爺。ピンクの花が咲いてるオオカタクリで作ったシップだからよっく効くんだよ! 早く治んだよ!」


 メイが嬉しそうに元気に言いながらも、細心の注意を払って丁寧にそっとシップを貼っていく。


「わざわざ作ってくれたのか?」


「うん、トキちゃんがね、ピンクのオオカタクリ持って来て、そんで一緒に作った」


「おお、そうかそうか。ありがとうな、二人とも」


 かさかさにひび割れたしわくちゃの手で二人の頭を撫でるディタ爺にトキぞうは目を細めた。


「横になって。早く治って」


 トキぞうが言うと、ティトはディタ爺の体を支えながらそっと横にした。


「んじゃ、あたしたち、バター作ってくる! トキちゃんも作んだよ!」


「ん! 作る!」


 じゃあ、行くか、とティトに促されて三人で牛舎に向う。牛舎ではお乳を出す牛がべぇべぇ、と鳴いている。どの牛もティトが通るのを円らな瞳で見ている。ティトは一頭ずつ声を掛けて、頭を撫でてやる。トキぞうとメイも真似して撫でようとすると、そっぽを向かれた。

 牛舎の奥の扉を開けると、ティトのお母さんとお父さんがすでに撹拌を始めていた。昨日絞ったミルクの上澄み(・・・)をハンドルの付いた樽に入れハンドルを回して撹拌している。


「おや、二人で来てくれたのかい?」


 お腹の大きなティトのお母さんが汗を拭きながらにこりと笑った。ティトに似ず、可愛いお母さんだ。ティトにそっくりのお父さんはノス村の人間にしては珍しく寡黙で、よく来てくれた、と言ったきりハンドルを回している。


「トキぞうは爺ちゃんのシップ持って来てくれたんだ」


「おやまあ、遠くからすまないね」


 トキぞうとメイは、それぞれ一番小さい子供が両手で抱えられる大きさの樽を撹拌する仕事を与えられた。今回は皮袋を振り回すわけではないようだ。

 初めはトキぞうとメイはお喋りをしながら、ぐるぐるやっていたのだが、時間が経つにつれ二人は静かになっていった。

 そんな二人を見て、お母さんは目微笑みを浮かべているのだが、二人とも回すのに一生懸命で気付かない。

 

 ぐるぐるしながらトキぞうは別のことを考えている。

 お店にある、使いみちの分からない道具のこと。ネジのような溝が切られている20センチメートルほどの棒が付いた金属の箱だ。

 たしか、おばあちゃんはその棒が回れば、歯車と上手く合わせて回せる、と言っていた。しかし、動力源になる金属の箱が壊れているのか、どうやっても棒は回らない。

 それに歯車が回っても、撹拌するにはどうしたら良いのか見当も付かない。ただ、ぐるぐる回る棒なら、このぐるぐる回す作業もやってくれそうな気がするのだ。


 お腹の大きなお母さんを見て、寡黙なお父さんを見て、それから腰を痛めたディタ爺のことを考える。考えながらぐるぐるとハンドルを回す。


 そこでふ、と思い付いたのが「先生」だ。文字の読み書きはもちろん、計算もカレンダーも作れる先生なら、何か考えてくれるかもしれない。


「今日の帰りセンセのとこに寄ってく!」


 トキぞうが言うと、メイも再びお喋りを始めた。


「センセのとこのパン美味しいよね! あたし、あんなパン食べたの初めてだからビックリした!」


 先生の本業はパン屋だ。家の中を改装した先生夫婦は、小さなパン屋を開いている。

 ノス村には葡萄畑がないため、先生夫婦はヨーグルトを使った酵母とやらでパンを焼いているらしい。

 先生夫婦がやってきた三年前までは、練った小麦を焼いただけのものだったので、初めてふわふわのパンを食べた村人たちの驚きようは計り知れない。もちろんトキぞうもびっくりした。びっくりしてパンを持ったまま椅子から引っくり返って落ちてしまったくらいだ。

 メイは未だにびっくりしているようだ。


「あら、じゃあ二人にお遣い頼んでも良いかい?」


 二人の楽しそうなお喋りを聞いていたお母さんが、少し申し訳なさそうな顔で聞いてくる。断っても良いのだろうけど、トキぞうは大きく頷いてから快く引き受けた。


「そうかい。本当は明日配達の日なんだけどねぇ。ありがとう、助かるよ」


「ん! バターできたら行ってくる!」


 トキぞうがもう一度元気に返事をすると、ティトと目が合ったのでトキぞうは頷いた。


「仕方ないな。じゃあ、俺も行くよ。二人だけじゃ心配だ」


 ティトがそう言うと、トキぞうとメイは顔を見合わせてくふふ、と笑った。


「おめぇは、遊びに行きてぇだけだろうが……。三人とも気を付けて行ってくるんだぞ」


 そして、ティトのお父さんは少し手を止めて肩を竦めて三人を見やり、お母さんはそんなお父さんを見て笑った。

 それから、再びトキぞうとメイはお喋りをしながら作業をして、ときどき休んでまた作業をしていると午後の休憩の時間になった。

 二人が一生懸命撹拌したミルクを清潔な布で濾すと、メイの掌ほどの大きさのバターが八つできた。


「あんなにたくさんのミルクぐるぐるしたのにね」


 メイがちょっとがっかりしながら言うと、ティトはそんなもんだ、と言ってメイの頭を撫でた。それか

ら井戸水を三人で飲んで、トキぞうがまた王子様の話をしているとお父さんが大きなお盆を持って来た。


「ほれ、これ食ってけ。あと、バター持ってけ」


 大きなお盆には真白いふわふわの何か(・・)が乗ったパンと蜜柑水。トキぞうもメイも喜んで食べ始めた。


「あ! あたしこれ大好き! おいしぃ」


「おいしーね」


 トキぞうもメイも口いっぱいに詰め込み、二人ともほっぺたを膨らませたまま美味しい美味しいと言っている。白いふわふわはバターを作るときに出てくる水分で作るチーズだ、とティトに教えられた。そして、あまりたくさんできない上に日持ちしないので村人には譲っていない、と付け加えた。たまに、お手伝いに来てくれる人に分けているだけだ、とも。

 そうして休憩を終えた三人は、ロバ車に荷物を載せてロバを繋ぐと先生の家に向って出発した。

 もちろんティトとメイはミルクの上澄みの入った皮袋を、腰にくくり付けられた。トキぞうは巾着と一緒に斜め掛けさせられた。



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