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トキぞう商店

 

 コリント大陸中西部、大陸を横断するように横たわる大ハガル山脈を北に抱えるシェバ国。その国の北部ハガル山脈の裾野に広がるノス村の外れの小さな一軒家に、読みづらい文字の真新しいこんな看板が掛かっている。


『トキぞう商店~安く買います 高く売ります』


 小さな家は丸太を組み合わせた木造の家で、緑色に塗られた扉を開けて中に入ると、中には所狭しと棚が並び様々なもの――人形、鏡、服、剣、瓶に入ったカラフルな液体やその他の品物が所狭しと並んでいる。

 そのどれにも、読みづらい字の値札が貼られていて、よく見るとどれもゴミ一つ落ちていない。板張りの床ももちろん綺麗に磨かれている。

 その棚の間を通り奥へ向かうと、カウンターが一つありその小さな椅子に店主が座っている。緑色をした小さな耳でお腹がポコンとした生き物だ。

 目は円らで大きく、南の国でよく見られるカバという生き物に似ているかもしれない。

 彼の名前はトキぞう、という。おばあちゃんがくれた大事な名前だ。


 今日はトキぞうのおばあちゃんが亡くなってから初めての開店だ。

 おばあちゃんの店を継いだ彼は、おばあちゃんの教えを守って頑張ろう、と意気込みを新たに椅子に座って時計を見ていた。

 

 朝早くに店を掃除して、品物も埃をはらってきちんと値札が貼られているか確認をしてから店を開けた。

 その緑色の小さな耳の小さな店主は時計を見ながら溜息を吐いた。

 もうお昼を過ぎて半時経つ。


「……メイちゃん来ない」


 おばあちゃんが生きていた頃から、この日は薬作りの孫のメイが来る日だった。

 そわそわと落ち着き無く体を揺らしながら、時計を見ていた彼が椅子から立ち上がろうとしたときに、カランカランとドアベルが鳴った。


「トキちゃん久しぶり!」

 

 元気な挨拶とともに入ってきたのは、少しほっぺの赤い茶色の髪をお下げにしたそばかすの少女だ。擦り切れた薄茶のワンピースにエプロン、木靴に頭巾を被ったその少女は少し息を切らしている。


「メイちゃん!」


 それから少女の赤いほっぺを見ながら店主は両手を口に当ててクフフと笑った。


「走ってきたの、メイちゃん」


「うん。いつもより遅くなっちゃったから。待たしてごめんね!」


 大きな籠を抱えて入ってきたメイは力いっぱい謝ると、トキぞうと同じようにくふふ、と笑った。


「ん、待ってない」


 トキぞうは、力いっぱい首を振りながら待ってない振りをする。

 少女は毎週決まった日に来るが、時間は決まっていない。だいたいお昼前には来るのだが。

 そして、おばあちゃんと三人でお昼を食べるのが決まりごとになっていた。


「お昼、食べる」


「うん! でもその前に、薬」


 少女はそう言いながら手に持っているバスケットをカウンターにそっと置いて、中から瓶を四つ取り出した。

 壊れないように大事にそっと出す作業を、トキぞう店主はじっと見ている。


「ばあちゃん今週は四つしか作れなかったの……ごめんね」


 いつもなら十は持ってくるのに、今日はその半分以下だ。


「ばあちゃん、悪いの?」


 言葉足らずな問だが少女は分かっているのか首を縦に振った。


「うん……この前から咳が出てて、今寝てんの」


 案の定、少女のおばあちゃんの薬師は調子が良くないようだ。トキぞうのおばあちゃんが風邪をこじらせて亡くなったばかりなのに。トキぞうは心配でたまらなくなってきた。


「止まらないの?」


「うん、今朝もひどくって、ばあちゃんが心配で」


 だから少女は遅くなったんだ、と納得した彼はカウンターに置かれた瓶を手に取った。

 それから、先日亡くなったおばあちゃんを思い出して、メイをチラリと見やった。メイのおばあちゃんは大丈夫なのだろうか。


「そいでね、昼は母ちゃんが看てるから、って」


 おばあちゃんの看病をしていたメイだが、お昼前に母親がいつものようにお使いに出したようだ。

 田舎でとくに遊びらしい遊びもないようなところだ。メイがお店に行く日を楽しみにしているのを心得ている母親が、バスケットを持たせて行かせたのだろう。


「あ、んでね、母ちゃんが今日獲れたカブと豆持ってけって」


 そう言いながら赤い蕪を五つとボウル一つ分はありそうな豆をバスケットごとトキぞうに渡した。


「ありがと。かあちゃん元気?」


「うん! 母ちゃん元気だよ。この前父ちゃんの鼻摘まんでた!」


 なぜメイの母が父の鼻を摘まんだのか分からないが、元気そうなので良かった。

 それから瓶を透かしたり片目を瞑って見たりしていた店主は、頷くとカウンターの下から銀色の箱を取り出した。


「だからね、あたし、急いで帰んなきゃなんないの」


 少女があからさまにがっかりして言うとトキぞうは銀色の箱から硬貨を数えながら取り出し始めた。

 

「はい、銀貨一枚と銅貨六枚」


「うんと、銀貨一枚が銅貨十枚だから……うんと……」


 硬貨を前にとメイがうなり始めると、トキぞうは今度はカウンターの下から皿を二つ取り出した。朝から用意していた麦粥だ。蜂蜜と木の実をふんだんに使ったそれはすでに冷めている。


「分かった! 一つ銅貨四枚だ!」


「メイちゃん、お昼」


 メイの出した答えにトキぞうがそういうとメイは顔を綻ばせた。それが正解のときの答えだ。


「ばあちゃんとトキちゃんのおかげで計算できるようになった!」


 以前はメイがうなり始めると、トキぞうのおばあちゃんと彼は薬代を全て銅貨で出してきた。

 それから、その銅貨をメイの持ってきた瓶の個数分に分けるのだ。瓶が十なら十の銅貨の山を作る。そうすると銅貨は余ることなく均等に十に分けられる。


「いただきま……あ、クルミ。あたし大好き!」


 冷たくなった麦粥だが、メイは嬉しそうに木の匙で掬いながら口に運ぶ。


「ん、知ってる」


「あのね、この前、クルミたくさん取ってきたら、リスがね――」


 二人で取り留めのない話をしながら――メイが一方的に喋り、トキぞうが一生懸命頷くだけだが――あ、と言う間にお昼の時間は過ぎていき、時計の鐘が一つボンと鳴った。


「あ、そろそろ帰らなきゃ……」


「帰るの、もう?」


 トキぞうが聞くと、元気に喋っていたメイが突然俯いてもじもじし始めた。薬を買い取ってお昼を食べてお喋りをして。まだ三十分しか経ってない。



「ごめんね、トキちゃん。ばあちゃん良くなったらすぐ来るから……」


 店の品物を眺めるのもメイの楽しみの一つになっているこは知っている。一つ一つどういった品物か彼が説明するのだ。綺麗な服を見てはうっとりして、大きな剣を見ては驚いて二人で品物を見るのをおばあちゃんが見守っていた。もう、ここにはおばあちゃんはいない。

 そして、トキぞうだけではなくメイも寂しい気持ちになっているのだろう。そんなメイを見て、トキぞうは思い付いたように椅子の上に立ち上がった。


「メイちゃん、薬」


 これにはメイも分からずに首を傾げた。

 だがトキぞうは椅子からピョンと下りると、陳列棚へ向かって行き薬棚から瓶を何個か出した。

 薄いブルーの薬は以前メイが持ってきたものに、トキぞうが蜂蜜やウスムラサキなどの薬草を加えろ過したものだ。咳止めと滋養強壮の効果がある。


「これ、薬」


 その薬を見てメイは首を傾げた。


「なんの薬?」


「咳の薬、ばあちゃんにあげる」


「でも、お金……」


 メイのおばあちゃんの作る薬は一番需要の高い傷薬で、そのせいか価格が安い。風邪や病気の薬となると傷薬の何倍もすることはメイでも知っている。

 銀貨と銅貨をしまった袋を握りながらメイは考えている。


「違う、メイちゃん。野菜」


 すぐにトキぞうはカウンターに置かれた野菜を指差した。それでようやく理解したメイは大きな瞳を細めて口を釣り上げて笑った。


「そっか……ありがと、トキちゃん!」


「ん」


 メイは来た時と同じように元気に帰っていき、彼は手を振りながら見送った。

 それから彼――トキぞうは自分の小さな丸い手を見てから野菜を見つめた。

 どう頑張っても、鍬を持って畑を耕したり器用には動かせない指。精々木の実を拾ってくるのが精一杯。


 ――トキぞうや、品物にはちゃんとした値段ってものがあるんだよ。だけど……


 野菜は彼にとってそれだけの値段がちゃんとある。

 トキぞうはおばあちゃんの教えをちゃんと守れていると信じた。


 その日、彼は夢を見た。


 おばあちゃんと二人で小さな台所でオムレツを作り、二人で食べる夢だった。

 最後におばあちゃんと料理を作った日の夢だった。あれきり寝込んでしまい、そこからは短かった。

 あのとき、やっぱり小さくて不器用な手はあまり役に立たずに野菜を洗うことがちゃんとできなかった。それでも、おばあちゃんは笑って褒めてくれた。


 ――おばあちゃんの、お店。ちゃんと守るから


 おばあちゃんが亡くなってその日初めてトキぞうは泣いた。




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