side by side
なんだかよく分からない。気持ちが高ぶっているときに現れる期待感と、予測不能なことが起きるような気がする緊張感。
「ふう……」
駅の階段を昇りながら、嘆息とも吐息ともつかない息を漏らす。
階段を昇り切って顔を上げると、そこの広場の手摺りによりかかった一人の人と目が合った。
わたしは手を上げて微笑んだ。なぜか。自分でも知らないうちに、勝手に笑みがもれていた。
わたしが近付くと、彼は手摺りから離れてこっちへ来た。
ことの始まりは二ヵ月前。
中学校時代の友人である彼からメールがきた。何通かメールを交わして話題が突きたころ、
[話題が尽きましたねえ]
わたしは正直にそう送った。少しして、割と早く返事が返って来る。
[そうですねぇ……そうだ、今度どこか行かない?]
さらりと読んで、また読み返す。
[なにそれ、デート?(笑)]
あえてふざけて返すことぐらいしか、わたしにはできなかった。
[まあ、そうなりますか(笑)]
わたしだって付き合った人の一人や二人はいないわけではない。だけど、デートはしたことがないというのはしばしば友人にも驚かれる。付き合っても、デートするまでに至らずに終わるのがわたしの恋愛パターンだったからだ。
だから、彼のその言葉にわたしは戸惑い、焦った。
彼のことは嫌いじゃない。むしろ友人として良い人だと思う。あくまで、友人として。
どう答えようか迷ったけど、それは数瞬のことでわたしは、
[いいよー]
と返信していた。断ることが、どうしてできよう。
中学一年の頃は好きだった相手なのに。
ホームのベンチに腰掛ける。ただそれだけなのに、こんなに緊張している。そういえば、昔から彼の隣はそうだった。
彼とは今は違う学校に通っているから、互いの学校の話とか、テストの話とか、まだ電車が来ないからいろんなことを話した。
ホームのベンチの端っこ。彼はその隣に。
わたしの横には、なんのための物だかよく分からない機械があって、吹いている風に加えて、そこからくる風にまで晒されてかなり涼しい。三月とはいえ、外はまだ寒い。
「そっち寒いべ」
そのことに気付いていたみたいで、そう言って彼は席を代わってくれた。
「あ、ありがと」
その行為はどこにも不自然さを感じなくて、どこか不思議だった。
それにしても、わたしは人の優しさに弱いのだろうか。さっき「寒いね」と言ったら頷いた癖に、自分だって寒いだろうに。
どこに行くかとか、わたしは本当に何も考えてなくて、結局駅前からバスでショッピングセンターまで行った。
バスに乗ったときもわたしに席を譲ってくれたし、どこに行っても着いてきてくれて、常にわたしがちゃんと着いてきているか気にして――心地よかった。
お昼も奢ってくれた。わたしがお金ないからバイトしたいって言ってたこと、覚えていたみたいだった。しかもバイトはできなかった。
ゲームセンターに行って、景品のキーホルダーを指差して、
「かわいい」
とわたしが呟くと、真剣な顔で悩んでいた。
「これは無理でしょ」
と言うと、頷いて無理と言ったけど、一回りして戻ってくるとまたそのゲーム機の前で立ち止まった。
二回やってみたけど、やっぱりだめだった。だけどそれだけでわたしは嬉しかったことを、彼は気付いているんだろうか。いや、気付いてないと思った。
駅までの帰りのバスの中、来たときとは違って中はがら空き。二人掛けの席に先に座った彼の隣は、少し狭そうだった。
「座れる?」
「ん、大丈夫」
座るとやっぱり少し狭くて、彼の腕とわたしの腕が触れ合うくらいだった。
やっぱり。なぜか彼の隣は緊張する。
「寝んなよ」
「はは、寝ないよ」
わたしは笑いながら答えた。
緊張していた。でも、触れた腕から伝わる体温がすごく心地よくて、これが人の温かさなのかなと思った。
――危ない、眠くなりそう。
バスがすぐに駅に着いてしまうことを、少しだけ、ほんの少し恨んだ。
ショッピングセンターの近くの駅は無人だった。田舎にはよくある駅だ。
そこでも隣合って座ったけど、どうしても少しは緊張する。周りには誰もいなくて、静けさがさらにそれを煽っているようだった。
外より温かい車内に入ると、わたしは少し眠気に襲われた。
「眠い?」
「少しね」
「いいよ、寝ても」
彼はわたしの方を見て言った。
「ええ? ――いいよ、大丈夫。寝ないよ」
言ってから、本当に寝なくて済んだ。なんだかいろんなことが頭に浮かんでは消え、寝る余裕なんてなかった。
だってそうだ。寝れるわけがない。
彼は誰でも構わずデートに誘うような人間だったろうか。わたしの記憶にある彼なら違うはず。ならどうして?
わたしはなるべくそのことを考えないようにした。考えないようにはしたけど、やっぱり緊張がとまらない。
ふと隣を見ると、彼は眠ってるみたいだった。つい、ふっと笑ってしまった。
各駅に止まるごとに起きるものだから、三つか四つ、駅を過ぎてから、
「眠い?」
と聞いた。
「うん、すっげえ眠い」
「寝てればいいのに」
「次、着くから」
寝てたわりに、ちゃんとアナウンスは聞いていたらしい。
実は、わたしは家に嘘をついて出掛けてきた。家族には「部活の友達五人くらいと遊びに行ってくる」と言って来た。
だから実を言うと、迎えが来たときに二人でいる姿を見られることはまずかった。
そこまで考えてか、彼は玄関から見えない、階段の真ん中くらいで止まってくれていた。
「じゃ」
「ん、風邪ひくなよ」
「うん」
どこまで気を遣っていて、どこまでが自然と出てくる優しさなのか、全く分からない。
何かあるかなと期待した自分がばかみたいだった。何を期待していたんだろうか、彼に。
家についてから、電車の中では感じなかった眠気が戻ってきた。でもなぜかまたいろんな考えが頭を過ぎって、横になってもなかなか眠れない。
まだ、触れた腕が温かいような気がした。今夜眠れるかどうかが心配になった。