三日目後編 終息
大変な事が起こった。
本来であれば、三日前に死んでいたはずの俺に猶予を与えたがために、女性が死んでしまったのだ。
「面倒なことになった」
少女が言い、妹が
「これ、お兄ちゃんの働いてるビルじゃない?」
とテレビの画面を指さした。
すると突然、椅子に座って牛乳を飲んでいた少女が消えた。
俺は目を疑った。さっきまでそこにいたのに、音も無く消えたのだ。
彼女のコップだけ残っている。
「お兄ちゃん、マリーちゃんそこにいなかった? どこに行っちゃったの?」
妹はニュースを見ていたから、少女が消える瞬間は見ていなかったようだ。
「えっと、トイレじゃん?」
俺はごまかす。死神は突然消えたり、現れたりする。
妹が首をかしげながら、部屋に戻ろうとすると、また少女が現れた。
ふっと湧いたように玄関に通じるドアに立っていたのだ。
「ユウ、行くよ」
少女が俺に言う。
妹はそこ声で少女に気が付いた。
「マリーちゃん、いつからそこにいたの?」
少女はそれに答えず、俺の手を引っ張ろうとする。
妹はフっと小さく笑い、
「塾が無かったら、一緒に遊びにいけるんだけど、お別れだね」
と少女に言った。
少女はチラッと妹を見ただけで、何も言わずに家を出た。
「生神の怠慢ね」
少女がうんざりした様子で言った。
俺は事件があったビルに向っているところだった。
「イキガミ?」
俺は聞き返した。生きている神様のことだろうか。
「生神は死神の補助の役目。生きている人の心を操る」
「どういうこと?」
「例えば殺人者に殺されて死ぬ人が、あなたみたいに死後の世界が決まっていないとする。
当然、天国行きか、地獄行きか決めるために死者に三日の猶予を与える。
だけど、殺人者が三日間、何もしないとも限らないし、
逆に三日後、ちょうど同じ時間に殺してくれるとも限らない。
そんな時、生神が殺人者の心を操る」
「なるほど」
「交通事故も同じ」
俺は少女と一緒に歩いていた。
俺が仕事をしていた、湘南Xビルまで。
午前中の暖かな陽気だったから、散歩をしている気分だった。
しかし俺の人生は今日の17時45分に終わる。
そうだ、今日、「良い事」をしないと天国に行けないかもしれない。
俺は少女に聞いた。
「俺は天国に行けるかな」
少女は前を見たまま言う。
「この三日間で随分良い行いをしたから大丈夫」
「そっか、良かった」
「だけど、事件が起きた」
事件とはビルで人が死んだことだろう。
嫌な予感がした。
「三日前に時間を戻して、あなたには死んでもらうわ」
「生神の怠慢で、被害者の女がビルの屋上に着てしまったの。
今回は女に屋上に来る意思を無くすのが仕事だったのに。
私達生きていない者が事実を変えるのは、ご法度。
この世は命あるもののためにあるから」
湘南Xビルの前で少女が説明している。
事件があったからもっと人がいるかと思ったが、警察の人が何人かいるだけで閑散としている。
ビル自体も閉鎖されていない。
「だから、あなたには三日前に戻って死んでもらう。
この三日間を無かったことにするの」
少女の顔には感情が浮かんでいない。
「じゃあ、その生き神が過去に戻って仕事し直せばいいじゃないか」
ビル風が通り抜けた。
「私達は過去を変える力を持ってないの」
「だからって」
「人の意思は未来を変えてしまうほど強い。
私達の力では到底、かなわない」
少女は盛大に溜め息をついた。めんどくさそうに。
「でも未だ時間はあるんだろう」
時間は11時。俺が死ぬまで6時間以上ある。
「残念だけど、時間はないわ」
「どうして?」
「時間を戻すのはとても大変なことなの。
私一人じゃ出来ないし、大勢の力が必要だから個人的に何時やるとは決められない」
俺は死ぬ直前、家族に別れを言いたかったのかもしれない。
しかし、今日家を出るときが別れを言う最後のチャンスだったのだ。
俺はどうしようもないことだ、と諦めた。
妹の最後の挨拶もまともにしていない。
でも、もう死ぬんだと諦めた。
自分で随分聞き分けがいいな、と思ったが、これはやっぱりどうしようも無い事なのだ。
「俺は地獄に行くのか?」
俺は少女に聞いた。
「情状酌量。あなたを天国行きとするわ」
風が強い。
三日前、ここに死にに来たときもそう思った。
俺たちは誰もいない屋上に来ていた。
警察がビルの前で話す俺たちに声を掛けた瞬間、俺たちは三日前の屋上に来た。
テレポートって体がすごく痛かったりするんじゃないかと思ったが、目の前の景色がいきなり変わっただけだった。
少女は白いドレスを風にはためかせて立っていた。
「三日後には警察が立ち入り禁止にするんだよな」
俺は言った。そんな気配は全然感じない。
轟々と耳を横切る風の音だけが聞こえた。
「そんな未来はないわ。あなたが死んでそれであなたの世界は終わり」
少女は言った。
「あ・生神」
少女は通行口を見て言った。
少女が向いている方を見ても何も無い。
「どこ?」
「生きている人には見えない」
少女は言った。
そして「酷いことを……」と顔を歪めた。
「え・なに?」
と俺が聞いた瞬間、俺はどうしようもなく死ぬのが怖くなった。
怖い。
つま先から頭まで寒気が貫き、ビルの高さに目がくらんだ。
そんなに高いビルではない。
それなのに、空が近いような、それでいて地面が遠く暗く感じた。
「今、生神があなたの耳元でささやいたの。
希望を。
あなたに生きたいという願望を植えつけるために」
少女の声が耳の中に響いたが、俺はそれどころではなかった。
足が震え、とても頭が真っ白に冷たいのに、手汗を酷くかいた。
「死にたくねぇ!!」
「さようなら」
死神が俺の背中に抱きついた。
欄干に俺はぶつかり、欄干は体重を支えることなく、俺たちはそのまま落ちた。
三日間。
俺がやってきたことは無になった。
ボランティアとか、母親との仲直り、妹が心の内を話してくれたこと。
俺の人生。無駄だと思っていたけど、俺の心一つでこんなに有意義なものになるなんて。
三日間父親と話していない。
後悔ばかりの人生だった。
俺はゆっくりと落ちていった。
逆さになった世界はやけに小さくて、迫り来る地面にだってもう恐怖していなかった。
「最後に言うわ」
俺の後ろで少女は言った。
「これは私個人の話。
私は2000年くらい前から神様を殺そうと思っているの。
もしあなたが私に賛同してくれるのなら、あなたが天国に行っても、決して神様を信じないで。
多分、仲間は何人かはいる。
天国にいる人間で神様に逆らう人が集まったら、神様に氾濫を起こそうと思う」
ああ、この子は死ぬまで俺のそばにいてくれるのだな。
俺は三日間、疎ましかった彼女の存在に、大きく安心した。
「何人ぐらい集めるんだ?」
「一億人」
「げ!」
一億人がどれほどの数かは分からなかったけど、とても遠く感じた。
「あなたも手伝って」
気が付くと、俺は立っていた。
さっきまで逆さに落ちていたのに、足が地面を感じ、喜んでいる。
フワフワな地面。
見ると辺り一面に白い花が咲いている。
「ここは?」
「天国だよ」
知らぬ間に人がいた。
湧いて出てきたようだが、俺は驚かなかった。
「あなたもマリア様に導かれたのですか?」
男は言った。
「マリア様?」
「ええ。マリーとその子は名乗っていませんでしたか?」
俺は彼の後を着いていった。
「ここは退屈な場所です」
彼は言った。
無表情な青い目の少女の顔が浮かぶ。
いいよ。俺が引っくり返してやる。
この平和で退屈な世界を。
傲慢な神を。
俺は彼の前に開けた世界に目を細めた。
あまりにも眩しくて。
生きてきた人生。
退屈で、不満ばっかりで、情けなかった自分。
変わるんだ。と思った。
前回、あと一回で終わりと書きましたが、もう一話だけ続けたいと思います。
計画性がなく、反省。
読んでくださってありがとうございます。
意思ってとてもすばらしいものだと思います。
どんな未来も、自分の意思一つ。
このお話は「ユウ」が神を超えたりしません。
天国で氾濫が起きるとも分かりません。
それはご想像にお任せします。
と言うより、どんどんお話が嘘臭くなって来たので割愛しました。
死神の制度分かりましたでしょうか?
文章力があまりにもなく、分かりにくかったと思います。
自分のなかで生神は後付けです。
死者への三日の猶予が変なことにならないように作りました。
あと一話、だけ。
お付き合いくださいませ。




