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自称死神来襲

此処に来たのは五回目だ。

清掃業のバイト先の屋上。

俺はいつも此処に来ては決断がつかず、結局いつもスゴスゴと帰ってしまうのだ。

でも今日は違う。

今日こそは、今日こそ、俺は死ぬんだ。




大学受験に失敗して、浪人生になった俺は、バイト三昧の生活をしていた。

もちろん勉強だってした。

だけど母親は浪人生の俺を疎ましく思い、父親には空気のように扱われる毎日に俺は嫌気がさしてきた。

夏前には予備校にも通わなくなり、世間でフリーターと呼ばれる存在になった。

もう死のう。

俺は社会不適合者だ。生きる価値なんかない。



遺書も書いた。

「俺の全財産は妹に譲与する。俺は誰も恨んではない。」

とだけ書いた遺書は茶色い封筒に入れて、俺の部屋の机の上に置いた。



風が強く吹く中、俺は屋上の手すりに一歩一歩近づく。

もう終わりだ。終わりにするんだ。

欄干に手を掛けようとしたとき、何かの気配を感じて振り返った。

そこには小柄な女の子が立っていた。

いつからそこに立っていたのだろう。ふと湧き出たように現れた少女に俺はギョッとした。

金髪。青い目。フランス人形のような女の子は俺に言った。

「待って。あなたは天国にはいけないの」

「誰?」

10才位だろうか、その子は真っ白いウエディングドレスを着ていた。

はためくドレスと一緒に、少女のふわふわの金髪も風になびいている。


「私は死神。あなたは死ぬの」

「何言ってんだよ」

俺は気味が悪くなった。

少女の感情の浮かばない青い目もそうなのだが、バリバリの外国人がペラペラ日本語を喋ると何だか変な感じだ。

しかも死神だ? 意味が分からない。

「でもあなたは天国にはいけないの」

「だから、死ぬなって言いたいの?」

俺は半ば自棄になって少女の「お話」に乗ってあげた。

風が強くなってきたようだ。

「あなたは死ぬ。だけど困ったことに天国にも地獄にもいけないの」

「どういう意味だよ」

俺は少女から距離を取ろうと、いや、無意識に、欄干につかまり、体重を掛けた。


そして、欄干が音も無く外れ、屋上から落ちた。


と思った。

しかし浮遊感を感じた瞬間、宙に見えない床があるように、欄干と一緒に中途半端に止まった。

「な・なにこれ」

俺は叫ぶことも出来ずに、言葉の通り固まってしまった。

人はびっくりすると、動くことが出来なくなってしまうらしい。

少女が手を貸してくれ、やっとのことで屋上に戻ることが出来た。

コンクリートの地面にこれほどホッとしたことはない。

見ると、さっきと同じように欄干がちゃんとはまっていた。

「なんだよ、これ?」

俺は少女に聞いた。

夢かとも思ったが、夢でも何でもどうでも良くなっていた。

「あなたは死んだの。これで」

少女はやはり感情のない顔で続ける。

「でも困ったことが起きた。

 あなたは良い事と悪いことを同じ位にしかしていないから、天国にも地獄にも行けないの」

俺は黙って聞く。

何が何だか分からなかったし、正直返事をするのがダルかった。面倒くさかった。

「私達も困ってね、だから猶予を与えることにした

 三日のうちに良い事か悪い事、どっちかして。

 その結果であなたを送るから」

はぁ。やっぱり夢なのかもしれない。

「天国ってどんなところ?」

俺は聞いてみた。

少女は空を指差した。

「あんなところ、フワフワで暖かくて綿菓子みたい。

 寝たり、歌ったり、寝たり、笑ったり、寝たり、まどろんだりする所」

そして空に指した指を握った。

「退屈でしょうがない。地獄の方がマシ」

「寝てばっかりだな。で、地獄は?」

今度は少女は地面を指す。当然コンクリの床で何もない所だ。

「痛くて、苦しくて、うるさくて、苦痛の塊り。賑やか」

そう言って少女は手を包み込むように胸に当てた。

「私は地獄に住んでいるの。素敵な場所。すごく好き」

「へー」

そうですか。

こんな意味分かんない子供、本当だったら相手にしないだろう。

だけどさっき、落ちそうになって助けてもらったこともある。

だから素直に信じた。

地獄の方が好きなんて、変わった子だな、と思った。

「で、何をすればいいの?」

「さあ、何でもいいわ。好きにして。

 地獄に来るなら悪いことを、天国に行きたいのなら良い事をすればいい。

 三日後にお迎えが来る」

良い事って言われたって。

「何をすればいいんだ?」

「だいたいの基準だけど、人を笑わせたら良い事。泣かせたら悪い事」

少女は俺に手を差し出した。

握手か、と思ったがどうやら違うらしい。

「さあ、行こう」

少女は俺の手を引き、階段へ向う。

手を引かれて分かった。

どうやら俺は脚が震えてその場を動けなかったらしい。




少女はウエディングドレスを着ているためか、それとも金髪青目だからか、人目を引いた。

すれ違う人、ほとんどが彼女を振り返って見た。

手を繋がれている俺も見られ、とても恥ずかしい。

なんだか悪い事をしているみたいだ。

「ってかお前、死神とか言ってなかった?」

「そう。死神」

少女はやはり感情を浮かべず答える。

「だったら人に見えちゃいけないんじゃないの?」

「あなたに見えているのに、どうして他の人が見えないと考えるの?」

当然のように答える少女を見て、やはり普通の人間なんじゃないかと思えてくる。


「どこに行くんだよ」

俺は前を歩く少女に聞く。

とは言え分かっていた。これは俺の家に帰る道だ。

「あなたのお家」

少女は振り返ることなく答える。

「バイトの途中だったんだけど」

「いいじゃない。もう死んだんだから」

いつの間にか風は止み、少女は自分の髪を手で撫でて言う。

「あなたが変な気起こさないように、私はいるの」

「まさか家までついてくる気じゃないよな」

「まさか。でもそれがいいかもしれない」

「はぁ?!」


家の前に着いても少女は消えなかった。

「さようなら、死神」

俺は少女に言う。

少女は俺の「何処かに行ってくれ」という気持ちが分かったのか、渋々頷く。

「決して、自殺なんかしないで」

俺は驚いた。少女の目に寂しそうな色が浮かんでいたからだ。

「なんで?」

「面倒くさいから。死んだはずの人間が二度死ぬと処理に困るの」

さっきのは気のせいだったらしい。少女の目には何も感情が浮かんでいなかった。

「あっそう」

「また来るわ」

少女は言った。

そして俺が瞬きした瞬間に消えていた。

「なんだよ、それ」


やっぱり夢だったんだろうか。

俺は早くに帰ってきた俺を詰る母親に辟易とした。

「あんた、バイトは?

 まさかバイトも辞めたんじゃないでしょうね。

 もう何にも続かない子なんだから!」

煩い。煩い。

やっぱり死のうかな。

こんなの地獄よりウザイんじゃないの?

部屋に閉じこもった俺は、バイト先に辞めると連絡した。

「いきなり言われても困るよ」

そう言われた。

いきなりじゃなかったら、困らないんだ。

やっぱり俺はこの世にいなくてもいいんじゃないかな。

そう思って、ケータイをパタンと閉じた。


煩い。


読んでくださってありがとうございました。

ゆっくり更新していきます。

感想・ご指摘お願いします。

ありがとうございました。

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