婚約破棄はちょっと待ってください! ──魔法学園のモブ令嬢ですが、証拠に矛盾があります。
それは5月の始め、学園創立記念パーティーでの出来事だった。
「ロザリア公爵令嬢、話がある。前へ」
華やかなパーティー会場に王子の声が響く。静かな、それでいて会場の隅々まで届く声だった。
楽団の演奏が止まる。談笑していた生徒たちが一斉に口を閉ざした。会場にいた全員の視線が壇上へと集まる。
私も、切り分けたばかりのラズベリーパイを食べつつ、何が起きるのかと注目した。
壇上には、この国の第一王子ユリウス殿下が立っていた。きらびやかな飾緒に彩られた白い礼装。美しい金髪に澄んだ碧眼。
文武両道、容姿端麗。誰もが認める王太子殿下であり、この学園で最も高貴な人物だ。
「はい」
と、返事があがり、会場から紅いドレスを纏った令嬢が進みでる。この国最高位の貴族に生まれ、ユリウス殿下の婚約者でもあるロザリア公爵令嬢だった。
しかし彼女の顔色は青ざめていた。返事の声もどこか不安げで弱弱しい。普段ならば声も姿勢も凛として気品のある人なのに。
壇上の前へと進み出たロザリア公爵令嬢は、静かに一礼した。
「お呼びでしょうか。ユリウス殿下」
王子はすぐには答えなかった。
苦しげに目を伏せ、ほんの一瞬だけ息を吐く。なにかためらうような沈黙があった。
やがてユリウスはゆっくりと顔を上げる。
「……ロザリア。不本意ながら、私は君をこの場で糾弾しなければならない」
ユリウスの発言に会場がどよめいた。
ロザリア公爵令嬢もまた顔を青ざめさせる。
「……理由を、お聞かせ願えますか」
「本日午後、君は義妹であるエミリア嬢へ火魔法を放ち、その生命を脅かした疑いがある」
「……っ!」
その瞬間だった。ユリウスの背後から、一人の少女がそっと姿を現した。
白いドレスに身を包んだ、小柄な令嬢。ロザリアの腹違いの妹、エミリアだった。
彼女は怯えたような表情で王子の袖を両手で握りしめ、小さく身体を震わせている。
「お、お義姉様……どうして……」
か細い声だった。今にも泣き崩れそうなほど弱々しい。
会場のあちこちから同情の声が漏れる。
「かわいそうに……」
「火魔法なんて」
「姉妹仲がうまくいってないとは聞いていたが……」
「まさか公爵令嬢様が!」
私もパイをかじりながら壇上のエミリアを見る。なんというか、いかにも男性に好かれそうな外見をしている。貴族社会の噂話に詳しくないので曖昧な知識だが、たしか公爵家の当主が迎えた第二夫人のお子さんだっけ? まあ揉めそう。
ロザリアが声を震わせて反論する。
「そんな、濡れ衣です殿下! 神に誓って申し上げますが、私はエミリアも誰に対しても、人に火魔法を放つなどありえません! だいたい、エミリアとは今日一度も会ってすらいません」
「訴えを起こした時エミリアは、証拠となる燃えた制服を持ってきたのだ。——騎士団長、例のものを」
「はっ」
ユリウスが、側に控える近衛騎士団長から服を受け取り静かに広げる。
そこには、焼け焦げた女子制服があった。左半分が黒く焼け焦げて、ところどころ煤が付いている。
「これは、事件当時エミリア嬢が着用していた制服だ。近衛騎士団へ鑑定を命じたところ、この制服からはロザリア、君の魔力痕が検出された」
「そんな!!!?」
公爵令嬢は口を手でおおい瞠目する。パーティー会場も一気に騒がしくなった。それほど王子の話した事実は重い。
魔力痕。
それは近年確立された魔法鑑定技術だ。魔法には術者ごとの固有の痕跡が残る。その一致率は極めて高く、今では裁判でも重要な証拠として扱われている。
魔力痕が見つかったとなれば、この制服を燃やした魔法はロザリアのものということになる。
ロザリアは小さく首を振った。
「……ありえません」
その声は震えていた。
「私はエミリアに火魔法など放っておりません! 何かの間違いです!」
ユリウスもまた、整った容貌を苦しげに歪めた。
「……私とて君を疑いたくはない」
「殿下……殿下信じてください! 私はやっていません! エミリアを襲ってなんていません!」
「しかし、エミリアの制服から君の魔力痕が発見された以上、彼女の制服を魔法で燃やしたのは間違いないことになる。これだけでも十分捕縛に値する犯罪だ」
「そ、そんな……」
ロザリアががっくりと項垂れる。たしかに証拠からは、ロザリアがエミリアのドレスを魔法で燃やしたのは間違いないように見える。
うーーん、でも……。
どうもあの制服には違和感がある。
どうしようかなー。これに割って入るの絶対ヤバいんだけど、うーん……。
迷っていると、王子がいよいよ後戻りできない宣言を始めようとした。
「悲しいが、告げるべきことは告げねばならぬ。ロザリア公爵令嬢、第一王子の名の下ここに宣言する!」
ユリウスが厳然とした声を出す。ロザリアはビクリと身体を震わした。まるで罪人が判決を受けるかのように。
いや、事実そうかもしれない。この国では王権が非常に強い。次期国王である王太子ともなれば、その発言はそのまま法律や条文と同じ効力を持つ。ユリウスがこのあと何を言うにせよ、ここで一度宣言されてしまったことは後で覆すのが非常に難しい。
それを知っているロザリアは、刑を待つ死刑囚のように戦慄する。対して、同じくそのことを知っているだろうエミリアは、王子の影に隠れながら口元に薄笑いを浮かべた。
いけない、と私は思った。このままでは後で別の事実が判明しても、取り返しのつかないことになる。
「私と、公爵令嬢の婚約を、は――」
ユリウスが会場全体に響く声で、大きく婚約破棄を告げようとしたときだ。
「あの~~~、ちょっといいですか?」
空気を読まない間延びした声で、私は王子の宣言を遮った。さらには目立つように手を上げて断罪の場となった壇上前へと進み出る。
さすがにこんな不敬の極みみたいな横槍は誰も予想してなかったようで、会場全体があっけにとられていた。ユリウス殿下も、ロザリア公爵令嬢も、エミリアも、固まったまま唖然として私を見る。
うーん、とりあえず婚約破棄を止めたくて乱入してしまったけど、思いの外目立っちゃったなー。モブ学生としてつつがなく卒業するのが夢だったんだけど。
ま、いいか。
壇上の前へと進み出る。ユリウス、ロザリア、エミリア三者からの視線を浴びながら、私は言った。
「気になることがあるので、婚約破棄はちょっと待ってもらっていいですか?」
◆
最初に石化から解けたのはユリウスだった。
「君はたしか……一年の、マクスウェル男爵令嬢か?」
「あ、私のことご存知だったんですね」
そうそう、自己紹介が遅れた。
私はカレン・マクスウェル。なんてことないモブ女学生の一人である。一応男爵家の令嬢ではあるが、本当に一応という感じで、実家は裕福な平民に毛が生えた程度の木っ端貴族だ。私も自分が貴族令嬢だなんて全然思ってない。
それはともかく。
第一王子様が、まさか私みたいなモブ学生の一人まで覚えているとは驚いた。
「一年生の学年首席だろう? 当然覚えているとも。入学して早々に図書室の主になったとも聞いている」
「ただの引きこもりでしていやはやお恥ずかしい……。って私のことはどうでもよくてですね」
私のプロフィールはほんとどうでもいいので、さっさと本題に入る。
「あの、ロザリア様がエミリア様を襲ったという件ですが、王子殿下の糾弾とエミリア様の証言だけだと疑問があるので、少し質問してもよろしいでしょうか?」
もちろんよろしいわけがない。まあ、我ながら身分をわきまえずとんでもないことを言っている自覚はある。
しかし、そんな私を最初に叱責したのは最も身分の高い王子や公爵令嬢ではなく、エミリアだった。
「あ、あなたはなんなんですか! これは王家と公爵家の問題です。男爵令嬢が口を挟むなんて無礼ですよ!」
エミリアが鋭い目をして声を上げる。まあ言ってることは正論である。
でもなんだかなー。あとエミリア様、おとなしい令嬢の仮面剥がれてますよ。
とはいえ、婚約破棄の現場に割り込んでおいてなんだが、ここで無茶すると首が飛ぶ(物理)。なので大人しく身を引くふりをする。
「あ、ですよね。大変失礼いたしました。どうぞ私のことは気にせず話を進めてください」
「いや待て男爵令嬢。いったい君は何が気になるというのかね?」
よしっ、勝った!(賭けに)
私は内心ガッツポーズする。
王子は明らかに婚約破棄に乗り気じゃなかった。無礼でも状況を打開してくれるなら、一旦話は聞いてもらえると思っていたのだ。
話の先を促したユリウスに、案の定エミリアは不満そうにする。
「ユリウス殿下!」
「いいじゃないかエミリア。ことは私と公爵令嬢の婚約破棄という重大事だ。国家レベルの案件と言っていい。マクスウェル男爵令嬢に限らず、国民が疑問を覚えるならそれにはできるだけ誠実に答えるべきだ」
ユリウスはやんわりとエミリアをなだめた。たしかに王族の婚約は個人の問題では済まない国家行事である。そう言われてはさすがのエミリアも渋々引き下がった。
「……はい、おっしゃるとおりだと思います」
ユリウスは続いてロザリアにも視線を向けた。
「ロザリア、君もそれでいいかな?」
「え……? は、はい! もちろんです!」
衝撃展開に放心していたらしいロザリアは、王子の言葉で慌てて我に返って何度も首を振った。青ざめた顔に、わずかながら生気が戻っている。良かった。
ユリウスは頷き、最後に私へ顔を向ける。うっ、王子様スマイル!
「とのことだ、マクスウェル男爵令嬢、疑問に思ったことは何でも私たちに聞き給え。この場だけは身分を気にしなくていい。どんな質問にも、誠実に正直に答えると約束しよう」
よしよし、これで当事者三人に聞き込みができる。
一歩引いて王子の影に控えたエミリアが、すごい目で私を見てくる。
怖い。月のない夜に殺されそう。
このまま何もなしだと後で本当に闇討ちされることになるので、私も気張って聞き込みを開始する。
「第一王子殿下、ロザリア様、エミリア様。この度は私の分不相応なお願いをお聞き届けくださりありがとうございます。僭越ながら私カレン・マクスウェルめが、神のもとに真実を明らかにし国家の藩屏たるべく忠節を尽くします」
スカートをつまんで一礼し、私は3人に質問を始めた。
◆
「それではエミリア様。証拠となる燃え残った制服を拝見してもよろしいですか?」
「……ええ、どうぞ」
エミリア様は一瞬、間を置いたあと、笑顔で頷く。すると王子殿下自ら手に持っていた制服を渡してくれた。畏れ多い。
燃え残った制服を順番に点検していく。白のジャケット、ブラウス、スカート、胸元につけるリボンにブローチまで。
一番上に着る白いジャケットの燃え方が一番激しく、左側の大部分が燃えてしまっている。中のブラウスも左袖部分がすべて燃えており、スカートの一部も焦げていた。服はまだどれも湿っている。消火する時に水をかぶったのだろう。
アルケニア学園の制服は、魔法を学ぶだけあって普通の制服より丈夫な造りをしている。それが半分ほども燃えているのだから、たしかに強力な火魔法で燃やされたらしい。
(こうしてあらためて見ると、この学園の制服豪華だな……)
外されたリボンまでしげしげと観察する。紫色のリボンはシルク製だし、リボン留めには紫金の宝石がはめられていた。
リボンは左側半分が焦げている。
私がじっと制服を観察していると、エミリアがだんだんイライラしだした。
「その、燃え残った制服をいつまで見ているんですか? あなたは魔力鑑定ができるわけではないのだから、わかることは何もないと思いますけど」
「そうでもないですよ。奇妙な点を見つけました」
「え?」
エミリアが、ぽかんと口を開ける。王子とロザリアも私に注目した。
私は3人に向かってブラウスとリボンを示す。
「見てください。胸元につけるリボンの左半分が燃え焦げていますよね? ですがブラウスの襟はそのままです。これおかしくないですか? エミリア様は制服を着た状態で火魔法で襲われたんですよね? なら、ブラウスの襟とリボンは一緒に燃えていないといけないんです。襟の下をリボンが通っているんですから。でもこの燃え方じゃ、まるで脱いだ状態の制服に火を着けたみたいです」
王子とロザリアがはっとする。対してエミリアは一瞬顔を青ざめさせた。
しかしすぐに、怒った顔で声をあげる。
「あなた、まさか……私が制服を自分で燃やしたとでもいうつもりですか!?」
「可能性の一つですよ」
「そんなの、リボンにだけ火の粉が飛んだとか、そんな可能性もあるでしょう? 私の狂言を疑うなんて、失礼だと思わないんですか!?」
「そうですね。今はただ可能性としてありうるというだけです。……ところで、エミリア様」
制服をいったん近くのテーブルの上においてから、エミリアに向き直る。
「ロザリア様に襲われた時の状況を、できるだけ詳しく教えてください」
「……わかりました。
私が襲われたのは今日の午後のことです。学園寮の部屋にいたときに突然、お義姉様がやってきました。お義姉様は扉を開けた私の制服に、いきなり魔法で火をつけたんです。私は突然のことで動転してしまい、悲鳴を上げました。お義姉様は私に火をつけるとすぐに逃げてしまったので、私は自分の体を光魔法聖光保護で守りつつ、使用人と一緒に火を消したんです」
「なるほど。エミリア様を助けた使用人の方はここにいらっしゃいますか?」
「ええ。アンナ」
「はい」
あらかじめ待機していたのだろう。メイド服を身に着けた年若い使用人が、会場の隅から現れた。
アンナと呼ばれた使用人は、一礼してから証言する。
「アンナと申します。私は寮の部屋で掃除をしておりました。エミリア様のおっしゃる通り、突然ロザリア様がやってきてエミリア様に火を着けましたので、慌てて部屋の洗面所から水をくんできて消火したんです」
「それはたしかにロザリア様でしたか? 似ている他の方の可能性は?」
「はい、間違いありません。あれはロザリア様でした」
アンナは堂々と返答する。この国の王族と貴族子弟が集まる場で、実に落ち着いている。大したものだ。
とはいえ、証言しているのは被害者であるエミリアとその使用人のアンナの二人だけ、これではちょっと信頼に不足する。
「エミリア様、襲われたのは正確には今日の何時頃ですか?」
「午後2時頃です」
「ふむ。ロザリア様、今日の午後2時頃、どちらにおられましたか?」
ロザリアが、わずかに顔を曇らせる。
「……自室で読書をしていました」
「それを他に証明できる人はいますか?」
「いえ、部屋で一人きりでいましたので……」
なるほど、ロザリア様に不在証明はないと。
私は会場全体に響くよう声を張り上げる。
「どなたか、今日の午後二時頃、学園寮のエミリア様の部屋の近くでロザリア様を見た方はいませんか?」
しーん。
会場内で声を上げるものはいない。
「いませんか。どうやら、ロザリア様に襲われたことを証言しているのはエミリア様とアンナだけのようですね」
するとエミリア様が怒ったように声を上げた。
「あなた、まさか、私たちが偽りの証言をしていると疑っているのですか!?」
「だって他に目撃者がいないわけですから」
冷静に事実を返したつもりだったが、エミリア様はますます声を大きくした。
「目撃者なんて必要ありません! あの燃え残った制服からお義姉様の魔力痕が出たんですよ! あれこそ動かしようのない証拠です!」
ふむ。たしかに魔力痕というのは強力な証拠になる。
私は今度は、王子の傍に控える近衛騎士団長に質問した。
「騎士団長様、質問よろしいですか?」
「なにか?」
「制服から検出された魔力痕は、ロザリア様のものだけでしたか?」
真面目で実直そうな騎士団長は、見た目通り厳粛な態度で答える。
「いや、正確にはロザリア様とエミリア様二人分の魔力痕が検出された。しかし着用していたエミリア様の魔力痕が出るのは当然だ。魔法を使える者は常時身体が魔力を帯びているし、彼女の言によれば身体強化魔法も使ったとのことだからな」
「では、仮にエミリア様が火魔法によって自分で制服を燃やした場合、それは鑑定で確かめることができますか?」
「……いや、できない。魔力鑑定は物品に残っている魔力痕を判別するだけで、それがどんな魔法かなどはわからない」
騎士団長がしばらく考えた後、否定する。後ろでエミリアがムッとしたように唇を噛んでいた。
「なるほど。ちなみに、魔力痕はどの程度前のものまで正確に検出できますか?」
「正確さを期するなら、24時間以内といったところだな。それ以上は魔力が霧散して正確な検出はできなくなる。」
「丸1日……わかりました。最後に、鑑定された魔力痕は、たしかにロザリア様のものだったのですね?」
「そうだ。恐れながら改めてロザリア様の血をお取りして確認した。燃え残った制服から検出された魔力痕は、ロザリア様のものと一致した」
騎士団長の言葉に、ロザリアが再び青ざめる。エミリアが勝ち誇ったように声を上げた。
「ほら、お義姉様の魔力痕が出たことこそ疑いようのない証拠です!」
たしかに魔力痕は出ているのだ。どうしてエミリアの制服から、公爵令嬢が身に覚えのない魔力痕が発見されたのか。
私はロザリアへ顔を向けた。
「ロザリア様」
「はい」
「本日、なにか魔法を使ったことはありますか? 火魔法でなくても、どんな些細なことでもかまいません。魔力痕の残りそうな行動をした覚えは?」
それが制服に関することならベストだが、そううまくはいかないだろう。
ロザリアは、しばらく眉間にしわを寄せて考えてくれた。朝からの自分の行動を振り返ってくれているらしい。
しかし、やがてため息をつく。
「すみません。魔法を使った記憶はありませんわ。今日はこの創立記念パーティーがありましたから、その支度で集中していたので」
「そうですか……。何か、何でもありませんか? 魔法でなくてもいいんです。魔力を使ったことは」
「魔力、ね……。ああそういえば、これは日課の話なのだけど」
ロザリア様はそう言って、手で小石の形を宙に作りながら話す。
「私は毎朝火魔石に魔力を込めて、学園の厨房に渡しているの。ほら、厨房はたくさんの火魔石を使うでしょう。私は魔力操作の練習になるし、厨房の人には感謝されるから、この三年間学園にいるときはほぼ毎日やっているわ」
「なるほど。そのことを知っている人は多いですか?」
「ええ、隠したりしてないし、知っている人も多いと思うわ」
「わかりました。……騎士団長様、もしロザリア様の魔力がこもった火魔石で、制服に火を着けたらどうなりますか?」
「当然、ロザリア様の魔力痕が検出される。火を着けなくとも側においておくだけで付着するだろう。火魔石は魔力の塊だからな」
会話を聞いていたエミリアが、いよいよ柳眉を逆立てた。
「いい加減にしてください! 私が、自分の制服をわざわざ厨房に持っていって、かまどから火魔石を取って、火を着けたとでも言うの!?」
「そうですね。確かめておいたほうがいいでしょう。騎士団長様、どなたか手の空いてる騎士様をお貸し願えますか?」
「あ、ああ」
騎士団長の許可を得て、私は一人の騎士に使いを頼んだ。
「学園の厨房に、今日エミリア様かエミリア様の使用人が来なかったか聴いてもらえますか?」
「わかりました」
「あ、それと——にも聞いてください」
「? は、はい」
若い騎士は急いで会場を出ると、直ぐに仕事を終えて帰ってきた。結果は――、
「今日厨房にエミリア様及びその関係者が来たことはないそうです」
ということだった。姉のロザリアが火魔石を届けに来た以外に、公爵家の者が来たことはないと。
この報告を聞いてエミリアは勝ち誇ったように笑う。
「どうです? あなたの推理がとんだ言いがかりだってわかったでしょう?」
私はエミリアに取り合わず、もう一つあることを騎士に尋ねた。騎士は頷いた。
「はい、そちらはマクスウェル様の言うとおりでした」
私は満足する。これでおおよその謎は解けた。
◆
険しい顔をしたエミリアは王子の側によると、私を指さした。
「ユリウス殿下! この者の調査も推理もでたらめです! あらぬ疑いをかけられて迷惑しております。さあ事件の調査などもうやめて、早くお義姉様の断罪を!」
指で差された私は、ユリウス、ロザリア、エミリアの三人に向き直る。
「そうですね。私も調査は終わらせたいと思います。事件の犯人がわかりました。——エミリア様、あなたです」
「なっ!?」
エミリアの口元が引きつる。
「エミリア様は、ロザリア様が魔力を込めた火魔石を使って、自分の制服に魔力痕を付けた後、自分の魔法で火を付けて燃やし、ロザリア様の犯行に見せかけたのです」
「一体何を……、私も従者も、厨房から火魔石などもらってないと証明されたでしょう!」
「はい、厨房からは。ですが——騎士様」
私は使いに行った若い騎士に話を振る。若い騎士は前に進み出て答えた。
「はっ、先ほどマクスウェル嬢の依頼で、私は厨房と、その近くにある衣料室へも聞き込みを行いました。その結果、そちらのエミリア様の従者アンナが、衣料室にて制服にアイロンを掛けに来たと証言を得ました」
エミリアとアンナが、同時に顔をこわばらせた。私は解説する。
「火魔石は、最初は厨房が使いますが、後で衣料室にも分けられているそうです。主にアイロンストーブの加熱用として。アイロンストーブ……つまり火魔石の熱でアイロンを温める道具です。従者アンナは、ロザリア様の魔力がこもった火魔石で温められたアイロンをエミリア様の制服に使い、魔力痕をつけたのです。考えましたね。ロザリア様の火魔石を直接もらったりしたら、あからさまに怪しい。ですが従者が主人の制服にアイロンを掛けるのは普通のことですから」
エミリアが、上ずった声で反論する。
「い、言い掛かりよ! 私はお義姉様に火魔法で襲われたの! アイロンなんてデタラメです!」
「いいえ、証拠はあります。正確にはまだ証拠の可能性ですが……」
私は、最初の証拠となった燃え残りの制服をとり、そのリボンブローチを示す。
「見てください、このリボンブローチの宝石を。紫と金の混じった色になっていますね? しかし本来これは紫水晶。紫色の宝石です。アメジストは高熱によって色が変化する珍しい特性を持っています。紫のアメジストから金色のシトリンへ変わるのです。このブローチが紫金になっているのも、制服が燃えるときに高熱を浴びたからです。であれば、このブローチからもロザリア様の魔力痕が出なければならないはずです。当然ですね、宝石の色が変わるほどの炎にさらされたのですから」
エミリアの顔から血の気が引いていく。
「しかし私の予想では、このブローチからはエミリア様の魔力痕しか検出されないはずです。エミリア様たちは、アイロンを掛ける時リボンやブローチは外していたはずだからです。そうしなければうまくアイロンが掛けられませんから。ブローチにまでアイロンを掛けたら、それこそ怪しまれるでしょう? もしこのブローチからエミリア様の魔力痕しか出なかったら……それこそ、エミリア様が自分で制服に火を付けた証拠となるのです。いかがでしょう、エミリア様?」
エミリアは、真っ青になって震えている。何も答えられない。後ろではアンナががっくりと膝をついた。
「騎士団長」
そこへ、ユリウス殿下の低い声が響く。
「はっ」
「制服のブローチを鑑定に回してくれ。いま、すぐにだ」
「承知いたしました」
騎士団長が証拠の制服を取ってその場から去ろうとする。
「あっ――」
エミリアが声を上げて制服へと手を伸ばすが、横から別の騎士たちによってそれを阻まれた。エミリアはそのまま騎士によって捕らえられる。
王子が、冷たい眼差しで捕らえられたエミリアを見た。
「どうやら、私はとんでもない間違いを犯すところだったようだ」
「殿下! 殿下聞いてください!」
「もちろん聞くとも。君にはたくさん聞くべきことができた。――彼女を別室へ連れて行け。従者もだ。虚偽の証言と証拠偽造について事情を聞く」
「ははっ!」
「殿下ーーーっ!」
エミリアとアンナが騎士たちによって会場から引っ立てられていく。あーあ、悪いことはできないものだ。
エミリアたちの姿が見えなくなると、王子はすぐさまロザリアに近寄り、その足元にひざまずいた。
「ロザリア、すまなかった! 自分の愚かさが恨めしい……。本当に申し訳ないことをした!!!」
「殿下……」
ロザリア様は、怒りより先に戸惑っている。無理もない。王権の強いこの国で、王族が家臣にひざまずくなど本来ありえないことだ。しかもパーティー会場のど真ん中で。
この国の王家は、たとえ間違いを犯しても家臣に謝罪などしないのが普通だ。しかしユリウス殿下はその慣例を破った。
「いくら詫びても取り返しがつかないが、とにかく謝罪させてくれ。君を疑ったばかりでなく、こんな公然と糾弾して本当に申し訳なかった!」
「殿下……どうかお顔を上げてください。真実が明らかになり私もほっとしています」
「いや、簡単に水に流せるようなことではない。彼女がエミリアの企みを見抜いていなかったらどうなっていたか……。そうだ、マクスウェル男爵令嬢」
そこで、王子は立ち上がると私の顔を見つめる。
「此度は本当に助かった。君の知恵と勇気に礼を言う。いずれ改めて御礼をしたいが、今は心からの謝辞を。ありがとう」
続いてロザリアまで私に頭を下げる。
「カレン嬢、私からもお礼を言わせて。今回の件は本当に助かったわ。ありがとう。貴女がいなかったらどうなっていたか……」
学園どころか国でもトップ2に近い二人にお礼を言われて、私は慌てる。
「殿下、ロザリア様、私ごときにもったいないお言葉です! 御礼なんて畏れ多い。どうかお気になさらず」
「しかし……」
「私は気になったことが我慢できなくなっただけですから。無作法ながら割り込んだのは、ロザリア様が犯人じゃない可能性が、一つでも残っていたからです。可能性が一つあるなら、確かめないと気が済まないんですよ」
さて、頭を使ったらお腹が空いてきた。
王子とロザリアの御礼を固辞すると、私は新しいパイを取りに行った。
初ミステリです。ミーハーで申し訳ないのですが、古畑任三郎にハマり自分でも書いてみたくなりました。
すこしでも楽しんでいただければうれしいです。




