解釈違いは死を招く
───もう無理です。耐えられない。ごめんなさい。さようなら
うら若き身で自ら命を絶った彼女の遺書にはそう書いてあった。
彼女の両親の叔父夫婦は人目憚らずに泣きくずれていた。娘がそこまで追い詰められていたことに気づかなかったことを悔いて。
私も彼女の苦しみは聞いていた。涙も見ていた。
でも、何もしてあげられなかった。
「セラフィナ…………」
セラフィナの婚約者のフェデリコ様は、葬儀には来られなかった。
セラフィナの自死の報を聞いてから、公爵家の私室に閉じこもって出てこないと聞く。生きてはいるようだけど。
たとえ来られていたとしても、きっと叔父夫婦が追い出していたでしょうね。
ふたりからすれば、娘の自死の理由は彼になるから。
フェデリコ様は、セラフィナを溺愛していた。
けれどそれはあまりにも重い独占欲だった。
自分以外の男と挨拶以上話すな、
他の男の名前は親戚でも呼ぶな、
他の男に笑顔を見せるな、
つねに自分だけを見ていろ、
パーティーではつねに側にいろ、
ドレスやアクセサリーは必ず自分が贈るものだけを見につけろ
ざっと私が知ってるだけでもこんな感じ。
実際は他にもいろいろ言われて制限されていたみたい。
彼女が自死した理由は、そんな婚約者の束縛に耐えられなくなったから。
それは合っているけれど。
本当は少し違う部分もあることを、私は知っている。
✱✱✱
死んでしまった彼女……セラフィナは私の従姉妹だった。
ただの従姉妹ではない。親友と呼べる友達でもあった。
共に子爵令嬢で年も同じ、住む領地も同じでお屋敷も近くて。これだけでも仲良くなるのは必然だったけど、
私とセラフィナにはある共通点があったから、より親密な関係を結んでいた。
セラフィナは白銀の髪に薄いグレイの瞳を持った女の子だった。性格は明るくてかわいい子で、大好きだった。
花も恥じらう乙女の年頃な私とセラフィナは、社交界では有名人だ。良い意味でも良くない意味でも。
私は「夜明けの乙女」として。
セラフィナは「雪華の天使」として。
私…ティザーヌは大きな紫の瞳に、薄い紫から毛先にかけてピンクへとグラデーションに変わるという類を見ない、大変珍しい髪の色をしている。
染めているわけではない、自然な色合いで生まれつきこれだ。
おかげで社交界にデビューしたときから注目の的。いつからかどこからか“夜明けの乙女”なんて呼ばれるようなって。いろいろな人から催しなどに呼び出されては男女問わず取り囲まれ、
「本当に夜明けのような色合いだ」
「なんとも美しいお色です」
「大変お似合いですよ」
「神があなたのために特別にお与えになられたものなのですね」
などと言われる日々。
褒められてる、というよりただの珍獣扱いだ。
この髪色以外は並レベルの容姿と合わせて普通の令嬢だし、私。
同時にデビューしたセラフィナも、白銀の髪にグレイの瞳なんてこの国ではいないからやはり注目されて。
私同様いろいろな人に引っ張りだこされて珍獣扱いされた。
誰からか付けられた呼称が『雪華の天使』だった。
確かに雪みたいに真っ白だし、顔立ちもかわいいから天使呼びは納得。
私なんて平凡な容姿で、ただ色で呼ばれてるだけだからね。
私のそんな言葉にセラフィナは。
「何を言うの、ティザーヌは綺麗だしその髪と目の色は本当に貴女によく似合っているわよ。神様が貴女のために与えたんだって言葉にわたしは納得できるわ。
わたしなんて面白みもない“色無し令嬢”よ」
“色無し令嬢”は同年代の令嬢たちから妬みで言われるセラフィナの蔑称だ。
私は“紫陽花令嬢”。残念ながらこの国では、紫陽花に例えられるのは良い意味ではない。
紫陽花は土壌の成分で色を変える花。それをマイナス方向にとらえて“何色になるのかわからない”とか“流されて意見を変える”とか“どっちともつかないもの”、といった意味の象徴となっている。
だから私の場合は「紫ともピンクともつかない中途半端な色合いの女」、という意味になるわけだ。
そしてセラフィナは反対に“色無し”。
ふたりで並んでいた所に、「お互い色を紫とピンクで分ければ丁度よかったかもしれませんわねぇ」なんて嫌味を言われたこともあった。
私はセラフィナの言葉に反発した。
「色無しじゃないわ、それは純白と言うのよ! 空から降る雪に染められたかのようでとても美しいわ。私の色が神様から与えられたものならあなたのそれだってきっと同じよ!
セラフィナの“純真無垢”さを表したステキな色だわ。あなた自身含めて大好きよ」
「ジュー…ム…? よくわからない言葉だけど褒めてくれてるのよね? ふふ、ありがとうティザーヌ。わたしも、貴女の色も貴女自身も大好き」
そんなふうにお互い慰めあったものだ。
私たちは従姉妹であり友達であり、変わった色を持つ仲間。そんなふうに互いに思っていた。
世間では不義の子や取り替え子疑惑も噂された。けれど私の両親も叔父夫婦も鼻で笑い飛ばした。
実は私は、すでに何年も前からどうしてこの色合いなのか納得できる理由があった。だから仕方ないのだと思えていた。こんな私を疎まず愛してくれる今世の両親に心から感謝した。
純粋なセラフィナは、両親から愛されていることと…私の存在があったからだろう。誰にも似ていなくても、自分が生まれ持った色だから気に入っている、と笑っていた。
三ヶ月前………、前世の記憶を思い出してしまう時までは。
ああどうして、彼女は本来ならば忘れたままであったはずの前世の記憶を思い出してしまったのだろう。
それさえ無ければ………こんな事には…。
✱✱✱
私には秘密がある。
前世の記憶があるということだ。
私に“それ”が蘇ったのは六歳になったばかりの頃だった。
アラフォーオタクだった私は、すぐに己の状態を「今流行りの異世界転生」だと気づいた。
また今の自分の名前が「ティザーヌ」であること、顔の横から流れて見えた髪が薄い紫からピンクへと変わっているグラデーションな色合いであることを知り、───奇声を上げた。
自分の髪の毛を鷲掴みして、ブチブチって引きちぎりながら。ぴぎゃーっとかそんな感じのね。
メイドが絶句して困惑していたわ。
本を読むのが好きなおとなしいティザーヌお嬢様が、いきなり髪を引きちぎりとんちな悲鳴を上げて顔をぶんぶん振るなんてしたんだもの。そりゃあそうよね。
あの時は今世の両親にも侍従たちにもとても心配かけてしまったし、直前に会っていた女教師に虐待疑惑がかけられそうになったのよ。ストレスでの奇行と思われて。
各方申し訳がなかったったら。あれは今世の黒歴史ね。
私が転生したのは、死ぬ少し前にハマっていた、ひとつの乙女系ソーシャルゲームの世界だった。
キャラクターグラフィックが好みなのと好きな声優さんがいたこと、そしてヒロインがキャラメイクできる、という売りに惹かれてプレイした。
そう、キャラメイク。プレイヤーはヒロインに好きな名前をつけて、ゲーム内で容姿をいじれたのだ。
私は乙女ゲームに詳しくなかったからこれが有りなのか無しなのかはよくわからないけど。無限にあふれるソーシャルゲームのなかで光るものがなければならないもの、制作側も大変だったのでしょうね。
タイトルは忘れたけど、とりあえずこのゲームの売りの一つがこの主人公のキャラメイク、だったわけ。
だから今の私、ティザーヌは、前世の私が作ったマイヒロインなのだ。
大きな紫の瞳と、薄い紫から毛先に向けてピンクになっているグラデーションな色の髪が大変美しい女の子。
付けた名前はティザーヌ。
わかる人にはわかると思うけどこの名前も髪の色も、レモンを入れると色が紫からピンクに変わるハーブティーから取った。
そのティザーヌに、自分でキャラメイクしたヒロインに、私はなっていたのだ。
奇声あげて髪引きちぎるくらいしても仕方ないと思うの。
だって自覚した途端めちゃくちゃ恥ずかしくなったんだもの………。
私が作った最高の美少女に私自身がなっている、とか。
私が作っても私が操作しててもティザーヌは私ではない!
解釈違いだよ!!!
それでも今は私がティザーヌなのだと、仕方ないと受け入れるまで数カ月要した。
落ち着いた私は、自分の他にも転生者はいるだろうかと探ってみた。
フェデリコ様を始めとした攻略対象や、ライバルになる令嬢とかにさりげなく話を振ってみたり。
結果はいない、だった。
だったんだけど………。
三ヶ月前。叔父夫婦からセラフィナの様子が突然おかしくなった、部屋に閉じこもって、わけのわからない言葉を叫びまくってる、って言われて。
一番仲がいい私にも声をかけてやってほしいと言われて自室に行ったら、転生とかこんなの違うとか私がヒロインとかおかしいとか“日本語”で叫んでるじゃない。
それでわかった。セラフィナも私と同じ転生者で、記憶が蘇ったのだと。
こんな身近にいたなんて。
この国にはない髪と目の色。あれがその証だったんだとこの時になってようやく理解した。
私は扉越しに、令和とか漫画とかソシャゲとか前世のワードを同じ“日本語”で口にした。
途端、セラフィナは涙目で飛び出してきた。
『ティザーヌ! 貴女マイロマ知ってるの!?』
『ごめんなさいマイロマはわからないけど、ティザーヌは私がキャラメイクで作ったヒロインなのは確かよ。推しはギルバート様だったわ』
『えっギルバート様? でも貴女婚約断ったわよね? もしかして私と同じ解釈違いで無理に?』
『解釈違いというのかしら…、現実でのクーデレはただのモラハラに感じて嫌になったの。いくらあの人の声帯でも良いのはそこだけだったからお断りしたのよ。時々お声が聞ければ十分だって』
『ああそういうこと……』
『セラフィナ、あなたは誰が推しだったの?』
『……瑠花って呼んで。わたしがセラフィナなんて恥ずかしくてたまらないのよ……』
『じゃあ私も茉奈でお願い……。わかるわ、私も十年前にそうなったから……』
セラフィナもまた、自分が作ったマイヒロインに転生してしまった元アラサーオタクだった。
マイロマ、っていうのは私は覚えてなかったこのゲームのタイトルの略称だったみたい。セラフィナもこの略称しか覚えていないそうだけど。
セラフィナって名前は熾天使から取ったもので、熾天使のイメージで全部白くしたんですって。瞳の色も最初は白くしたんだけどなんか怖い感じになっちゃったから薄いグレイにしたらしい。
同じ前世日本人で、同じ時代を生きて同じゲームを楽しんでいた同世代のオタク女子。
元々特別仲の良かった私たちだけど、この日真の意味で同士として繋がったと言えた。
でも私は、真の意味で彼女の苦痛を理解してあげられなかった。
私は幼少期に記憶が蘇ったから、時間が少々かかったけどなんとか今世を受け入れられた。
でもセラフィナ…いいえ瑠花は。
『私とフェデリコ様が婚約とか結婚とか無理、無理無理。普通に無理。
束縛系とか二次元ならいいけどリアルじゃ嫌だし。
そもそも推しは眺めるものであって近づくものじゃ、ましてや恋人になるものじゃないのよ…!』
もうゲームはエンディングを迎えていたから、セラフィナはフェデリコ様と婚約が成立し、それはもう溺愛されている状態だった。
記憶が戻る前のセラフィナは心からフェデリコ様を慕っていた。
束縛にやや辛そうではあったけれど、それでも愛されていると嬉しそうだった。
そんなセラフィナに瑠花だった記憶が蘇って……そちらで生きた記憶のほうが長かったからだろうか。彼女の精神、価値観はセラフィナの記憶を有しつつも、前世に寄ってしまったらしい。
瑠花が多くの比重を占めた今のセラフィナにとって、フェデリコ様は婚約者でなく「推し」となった。
推しとは恋愛できない。そもそもする対象ではない。
そして二次元ならば許せた束縛系の行動もリアルでは恐ろしい。
さらに、自分が作って自分が操作していたヒロインでも、セラフィナは自分ではない。
瑠花にとって、今のこの状態はまさに地雷原のど真ん中。生き地獄の真っ只中となってしまったのだ。
『解釈違いです……解釈違いです……』
壊れた音声機械のように、瑠花はぶつぶつ言っていた。
まるで十年前の私みたいだった。
それでも、この時はまだ大丈夫だと私は思ってしまったのだ。
私も時間はかかったけど自分を受け入れられたのだもの。なら瑠花……セラフィナだって、と。
なんとも楽観的に考えてしまった。
私のときとは状況も前提も全然違うんだって、ちゃんと考えればわかったのに。
結局私は、同じ元日本人の転生者に、それもオタク仲間に出会えて浮かれていたのだろう。
彼女の苦しみを本当の意味で理解できるのは、それが出来るのは、同じ転生者の私だけだったはずなのに。
「ごめんなさい、瑠花……、ごめんね……」
もし前世の記憶が蘇る、なんて無かったら。
セラフィナが“セラフィナ”のままだったなら。
きっと彼女は今も生きていただろう。
セラフィナはフェデリコ様を愛していた。だから束縛に耐えられた。
瑠花はフェデリコ様を推していた。それは恋愛ではなかった。
だから、耐えられなかった。
自分が“セラフィナ”であるということも合わせて……。
✱✱✱
前世のことは私たち二人だけの秘密になった。
侍女も遠ざけた本当に二人だけの空間で。懐かしい日本語で前世のことを語り合う。
私はそれが瑠花の慰めになると信じていた。
『いっそ、もう一度……生まれ変われたら』
今から一週間前の、私と瑠花の最後の会話。
あの時瑠花はこんなことを口にしていた。
『瑠花? 何言ってるの?』
『一回生まれ変わったのよ。なら今度だってあるかもしれない。元々生まれ変わり……輪廻転生ってそういうものだし』
肉体は死んでも魂は不滅でまた生まれ変わる。それを延々と繰り返す。それが輪廻転生だ。
本来ならば、前の生の記憶を受け継いだりはしない。
だって新しい人生を始めるために生まれ変わるのだから。
前世の記憶なんて持っていないほうがいい。
前の私が好きだった声優さんの演じたキャラクターが、そう言っていたことを覚えている。
この時まさかね、と思ったのは確かだけど。
でも本当に、自ら命を絶ってしまうなんて思わなかった。
彼女は、あの時にはもう決意していたのだろう。
セラフィナが死んだのは、束縛の強い婚約者の行動に耐えきれなくなったから。
それも嘘ではないけれど。
それよりも強い理由がもう二つある。
彼女は、解釈違いに耐えきれなかったのだ。
推しは推しであって、遠くから支援するもの。眺めるもの。敬愛し崇拝してもそれは恋愛ではなくて。
自分が推し当人と婚約して、溺愛されること。それが受け入れられなかったのだ。
さらに自分が、“私が考えた最高の美少女セラフィナ”であるということにも耐えきれなかった。
だから彼女は、瑠花は死を選んだ。
それが彼女の自死の、本当の理由。
でもこんなこと言えない。セラフィナの両親である叔父夫婦にはとくに。
だから私だけの秘密にする。
「さようなら、瑠花…。今度は普通に転生できるよう祈っているわ…」
本当に。
前世の記憶なんて、持つものじゃない。
✱終✱
キャラメイクで作ったマイキャラ(オリキャラ)がイコール自分の人はいると思います。
この作品の二人はそうではなかっただけです。
セラフィナが夢女子だったならこの結末は避けられていたのかもしれませんね。




