天才リシュンは全てを理解する、はずだった
本作は、本編第26話および第28話の出来事をもとに、
リシュン視点で再構成した短編です。
砦での出来事を、彼なりに「理解」した結果、
少しだけ(あるいは盛大に)解釈が飛躍しております。
本編をお読みの方は「あのシーンか」と、
未読の方は一つのエピソードとしてお楽しみください。
ユージア国の酒場は、いつも通り賑わっていた。
杯がぶつかる音と笑い声が、絶え間なく響いている。
その一角――
「だから言っているでしょお!ユージ様はぁ、もっとぉ、ご自分の立場を――!」
「はいはい、わかったわかった」
ナーチャンの説教に、ユージが適当に相槌を打つ。
「おい誰か、この酔っ払いをなんとかしてくれ」
「酔ってなんかいませんよぉ!わたしはぁ、ユージさまのことを心配して言ってるんですぅ」
ある意味でいつものナーチャンだ。
その横で、
「おかわり」
「まだ飲むのか、お前ら……」
神楽耶とタケシトが、涼しい顔で杯を空けていた。
――その少し離れた席。
リシュンとアルノルトが、向かい合っていた。
「ユージ様の良くわからない凄さは、確かに誰もが認めるところです」
アルノルトが静かに言う。
「ですが正直に言えば、私にはあなたの方が優れているように見えるのです」
リシュンは小さく笑った。
「いや、俺なんかあの人の足元にも及ばんよ」
「どうしてですか」
「……それを言うならな」
一拍。
「俺は、あの人に“完全に負けた”ことがある」
アルノルトの目がわずかに細まる。
「負けた……?」
「ああ」
リシュンは杯を傾けた。
「砦での話だ」
⸻
◆回想
「――誤作動したら怖いよな」
ユージの、何気ない一言。
それだけだった。
だが、その瞬間。
リシュンの中で、すべてが繋がった。
(フェイルセーフ……!)
壊れた時、どう壊れるか。
最悪の事態を想定し、被害を制御する設計思想。
それを、あの男は――
何気なく、口にした。
⸻
さらに翌日。
魔王軍の大軍が現れた。
砦の上に、緊張が走る。
誰もが「来る」と分かっていたが、誰もが「止められない」とも思っていた。
その時、砦に現れたのは――
巨大な“砲”。
いや、正確には。
幻影だった。
だが、それはあまりにも“本物”だった。
空気を震わせる光。
収束するエネルギー。
発射寸前で止まる、あの一瞬。
――そして。
魔王軍は、撤退した。
⸻
◆現在
「……あの時、確信した」
リシュンが静かに言う。
「リーダーは、“撃たなかった”んじゃない」
アルノルトが問い返す。
「……違うのですか?」
「違う」
リシュンは首を振る。
「撃てる状態を“見せた上で、止めた”」
一拍。
「つまり――抑止だ」
アルノルトの表情が引き締まる。
「なるほど……」
「だが、それだけじゃない」
リシュンの声が低くなる。
「幻影を使った」
「コスト削減……では?」
「違う」
即答だった。
「“本物かどうか分からない状態”を作ったんだ」
アルノルトが息を呑む。
「……確証を持たせない」
「そうだ」
リシュンは頷く。
「相手は“最悪”を想定するしかなくなる」
「結果――動けない」
一拍。
「完璧な心理戦だ」
沈黙。
酒場の喧騒が、遠く感じられる。
「そして、あの時――」
リシュンはゆっくりと目を閉じた。
「リーダーは、こう言った」
『砦の諸君。心して聞いて欲しい。
星さえ滅ぼしかねない力……
我々は、禁断のメギドの火を手に入れてしまったのだろうか……
いや、今は思うまい
これが試しであるならば、我々はその行動で、良き道を示していくだけなのだ。
抜錨!
ヤマット発進!』
「なんですかその思春期の男の子の心を惑わすセリフは!」
「だろう?」
リシュンは続ける。
「本人は、それを“偶然”のように振る舞っている」
アルノルトが、ゆっくりと言う。
「……無自覚を装っている?」
「そうだ」
リシュンは迷いなく頷いた。
「意図を隠すための構造だ」
アルノルトの指が、わずかに震える。
「……そこまで」
「当然だ」
リシュンは静かに言った。
「偶然で、あそこまで揃うものか」
一拍。
「揃った時点で、それは“設計”だ」
長い沈黙。
アルノルトが、ぽつりと呟く。
「……では、あの方は」
「最初から戦う気などなかった」
リシュンは言い切った。
「和平に盤面を動かすための一手だ」
⸻
「何の話してんの?」
間の抜けた声が割り込む。
ユージだった。
「いや、ちょっと昔話をな」
リシュンが答える。
「砦の話です」
アルノルトが補足する。
「ああ……」
ユージは顔をしかめた。
「やめろ、その話は」
「どうしてですか」
「黒歴史だからだよ!」
リシュンは首を振る。
「違うな」
「は?」
「あれは高度な抑止戦略だ」
「違うわ!」
ユージが即答する。
「ノリだよノリ!勢いでやっただけだ!」
リシュンは、静かに言った。
「それが“自然に見せる技術”だ」
アルノルトが、小さく息を吐く。
「……無意識すら制御しているのですね」
「してねえよ!!」
ユージの叫びが、酒場に響いた。
⸻
だが。
誰一人として、その言葉を本気にはしていなかった。
お読みいただきありがとうございます。
ナーチャンが「評価を誤り」、
リシュンが「理解したつもりになる」。
このシリーズは、だいたいそんな感じで進みます。
今後とも、当人の知らないところで評価が上がっていくユージを
温かく見守っていただければ嬉しいです。




