【reverse 15 物置の中の異世界】
申し訳ございません!reverse13が抜けてました!何度もすみません!
翌日。
ドラッグストアに着いた。
店内が、いつもと違う空気だった。
怒鳴り声が、バックヤードから聞こえてきた。
店長だ。
でも、今日は誰かに怒鳴っているわけじゃない。
電話で、誰かに話している。
声のトーンが、普段の怒鳴り声とは違う。
高い。
焦っている。
(花さん、本当に辞めたんだ)
本田は棚の前で、段ボールを開けながら、笑いをこらえた。
肩が、少し震えた。
午前中だけで、店長が本田に話しかけてきた回数が三回あった。
品出しの位置を確認してきた。
商品の数を数えてくれと言ってきた。
最後には「助かってるよ」と言ってきた。
本田は真面目な顔で答えた。
心の中では、完全に笑っていた。
昨日まで花を怒鳴り続けた店長が、今日は本田を頼っている。
その構図が、たまらなかった。
自分がほぼ原因で花を辞めさせた、という後ろめたさも確かにあった。
でも、店長のその顔を見るたびに、後ろめたさが笑いに負けた。
バイトの時間が終わった。
外に出た。
秋の夕方の風が、頬に当たった。
スマホを見ると、花からLINEが来ていた。
住所が送られてきた。
プレスカブで向かった。
*
バイク屋の前に、花が立っていた。
本田を見ると、小走りで近づいてきた。
昨日の、縮んだ背中の花ではなかった。
「お待たせしました! 花さんが辞めたせいで店はひっちゃかめっちゃかでしたよ?」
「良かった! こんな私でも店長に復讐できた!」
花が、爽快な顔で言った。
本当に、爽快な顔だった。
すっきりとしている。
怯えが、きれいに抜け落ちている。
二人でバイク屋の店内に入った。
原付が並んでいる。
スクーター。
カブ。
ビジネスバイク。
様々な色と形が、店内に整列している。
「本田くんのおすすめの原付って何?」
「もちろんカブです」
言った瞬間に、思い出した。
アプリの声が、頭の中で再生された。
カブが正解ってのは誰だって知ってる。いきなり正解に乗ると他の原付に乗れなくなる。
「いや、カブの前に、まずはスクーターの方がいいかもしれませんね。アクセルを回すだけで進みますし」
「そうだね。私もその方が助かるよ」
「花さんは原付を何目的で買うんですか? コンビニとかに行くのに使うなら前カゴがついてた方がいいですよ」
売り場を歩きながら、本田がHONDA Todayの前で止まった。
前カゴがついている。
実用的だ。
値段を見た。
「八万円か……原付ってもっと安いものだと思ってたよ〜」
花が呟いた。
それから、隣を指さした。
「でも、あっちの前カゴが無いスクーターの方が高いのはどうして?」
YAMAHA VINOだ。
水色の、丸みのあるスクーターだ。
「あれは限定カラーなんで高いんですよ。あの水色は人気あるんです」
「それなら前カゴのあるこっちの方が良いよね?」
「そうですね。でも、花さんは車も持ってるから買い物に行く時には車を使いますよね? それなら前カゴの無いこっちのスクーターでもいいんじゃないですか? 値段もTodayと同じですよ」
本田がHONDAジュリオの前に立った。
コンパクトで、丸いフォルムだ。
「そっちも可愛いね。でも、前カゴある方が便利だよね」
「別にここで決めなくてもいいんじゃないですか? まだバイク屋さんはあるでしょ?」
「そうだね。明日もバイク屋めぐり付き合ってくれる?」
「もちろんですよ! 僕も色んなバイクを見れて楽しいですから!」
花が笑った。
バイク屋の蛍光灯の下で、花が笑っていた。
昨日の食堂で初めて見た、怯えていない顔だ。
今日は、それがもっとはっきりしている。
二人は店を出た。
次のバイク屋へ向かった。
次の店では、SUZUKIのレッツとホンダのDioが並んでいた。
花がDioのシートに座った。
「乗り心地ってどうやったらわかるの?」
「足がちゃんと地面に届くかどうかを確認するんですよ。もし届かないと停まった時に怖いので」
「届いてる!」
「じゃあ大丈夫ですね。シートから手を伸ばしてハンドルを握ってみてください。楽な姿勢で届くかどうか」
花がハンドルを握った。
腕が、少し伸びきっている。
「これはちょっとハンドルが遠いかな」
「そうですね。花さんの体格なら、もう少しコンパクトなフレームの方が合うかもしれないですね」
花がシートから降りた。
隣のレッツに移った。
シートに座った。
ハンドルを握った。
「こっちの方が楽!」
「それが正解ですよ」
二人で、バイクを見て回った。
値段を見て、乗ってみて、色を比べて、また値段を見た。
花が「これはどう?」と聞くたびに、本田が答えた。
本田が「こっちの方がいい気がしますけど」と言うたびに、花が「でも色がなぁ」と言った。
二人とも、笑いながら言い合った。
*
また、和風レストランまるまつに来ていた。
二日連続だ。
もう定位置になりかけていた。
「本田くんの明日の仕事は何時まで?」
「十四時で終わりです」
「それじゃ明日もよろしくね」
「はい! ただ、原付を買う時にはヘルメットとかも必要なんで、予算を上手く考えないとダメですよ」
「そうだね。ヘルメットって高いの?」
「安いもので良ければ三千円くらいで手に入りますよ」
花が少し考えた。
それから、何かを思い出したように言った。
「そういえば、去年亡くなったおじいちゃんもバイクが好きで、いっぱい持ってたんだよね。おじいちゃんが使ってたヘルメットとか貰えないかな。おばあちゃんに聞いてみるよ」
花がスマホを取り出した。
電話をかけた。
少し話した。
笑顔になった。
「おばあちゃんOKだった! ヘルメットだけじゃなくて、グローブとか工具も残ってるって!」
「おじいさんのバイクは残ってないの?」
「うん、亡くなる前におじいちゃんが知り合いに全部引き取ってもらったみたい。だから今はそのガレージはおばあちゃんの漬物倉庫になってるよ。明日の午前中に私がおばあちゃんの家に行ってヘルメットとか貰ってくるから、十四時に待ち合わせしよう」
「わかりました」
定食の最後のご飯を食べながら、本田は思った。
花のおじいさん、か。
バイクをいっぱい持っていた人の話を、もっと聞いてみたかった。
どんなバイクに乗っていたんだろう。
どんな道を走っていたんだろう。
「おじいさんって、どんなバイクに乗ってたか知ってる?」
「全然わからないんだよね。私が物心ついた時には、もうおじいちゃんはバイクには乗ってなくて……。ガレージにバイクが何台も入ってたのは覚えてるんだけど、種類とかは全然」
「そっか」
「何か残ってるといいけどね」
食事が終わった。
二人は店を出た。
それぞれ帰った。
*
翌日。
十四時にバイトが終わった。
花からLINEが来た。
住所が送られてきた。
プレスカブで向かった。
市街地を抜けて、少し郊外に出た。
古い一軒家が見えてきた。
広い庭がある。
庭木が、秋の色になっている。
庭の奥から、花が現れた。
本田を見つけて、手招きした。
「こっちこっち! 来て来て!」
本田が庭に入った。
花が、家の裏手へ案内した。
古い物置が建っていた。
木造だ。
屋根が、少し傾いている。
「物置の中にバイクらしきものが残ってたんだよ。ちょっと見てもらえる? おばあちゃんの話ではこれはおじいちゃんの思い出の物で、最後まで手放さなかったんだって。でも、おばあちゃんもこれがバイクなのか農機具なのかわからないって言って」
バイクみたいな農機具。
本田は一瞬で理解した。
「あぁ、確かにバイクみたいなハンドルをしてるけど、たぶんそれは耕運機っていう機械だよ。ハンドルがあって、エンジンがついてて、農業で使うやつ」
「そうなの?」
「たぶんね」
本田が物置の扉に手をかけた。
引いた。
扉が、きしみながら開いた。
暗い。
埃の匂いがする。
古い油の匂いがする。
目が慣れるまで、少し待った。
見えてきた。
本田は、扉の前で固まった。
なんだ、これは。
耕運機ではない。
バイクでもない。
バギーでもない。
見たことのある乗り物の、どれとも一致しない。
でも、タイヤがある。
ハンドルがある。
シートがある。
エンジンが、どこかについているはずだ。
全体的に、ずんぐりしている。
太い。
横幅がある。
タイヤが、普通のバイクより太い。
フレームが、何か別の目的のために作られた形をしている。
本田はもう一歩、物置の中に踏み込んだ。
近づいて、見た。
HONDAのロゴが、どこかについているはずだと思って探した。
あった。
HONDAと、書いてある。
これはバイクだ。
HONDAが作ったものだ。
でも、本田はこのバイクを、生まれてから一度も見たことがない。
雑誌でも見たことがない。
道で見たことがない。
インターネットで見たこともない気がする。
本田は物置の前で立ちすくんでいた。
異世界に転移した感覚、とはこういうことかもしれない。
自分が知っている世界の乗り物ではない何かが、古い物置の中に収まっている。
「本田くん、どうしたの?」
花が、本田の横に並んだ。
物置の中を覗いた。
「これ、バイクだよね?」
「……たぶん、そうだと思う」
「なんていうバイクかわかる?」
本田はもう一度、その奇妙な物体を見た。
HONDAが作った、四輪でも二輪でもない、見たことのない乗り物。
タイヤが四つある気がした。
でも二つかもしれない。
暗くてよく見えない。
「……わからない」
本田は正直に答えた。
生まれて初めて、バイクを前にして、何もわからなかった。
この感覚は、プレスカブを買う前の自分に戻ったみたいだった。
物置の古い木の扉が、秋の風に揺れていた。
埃の匂いが、二人の周りに漂っていた。
この乗り物が何者なのか、本田にはわからなかった。
でも一つだけ、確かなことがあった。
この物置の中で、何かが待っていた。
ずっと、誰かに発見されるのを待っていた。
花のおじいさんが最後まで手放さなかった、何かが。
HONDA Today
型式 BA-AF61
最高出力 3.8ps / 8,000rpm
HONDA ジュリオ
型式 AF52
最高出力 5.1ps / 6,500rpm
HONDA Dio
型式 AF-34E
最高出力 7.0 ps/ 6,500rpm
SUZUKI LETS’4
型式 CA41A
最高出力 5.0 ps/ 8,000rpm




