【第十三話:UNITE】
第十一話が抜けていました。大変申し訳ありません!
若狭和田を七時に出た。
国道27号線を東へ。
敦賀から国道8号線へ入り、北へ向かう。
福井市を抜け、加賀を過ぎ、金沢を越えた。
日本海が、左手にずっとある。
今日もその海が、朝から夕方まで、ずっと本田の隣を走っていた。
羽咋市に入った頃、案内板が見えた。
「千里浜なぎさドライブウェイ」
本田はハンドルを左に切った。
*
砂浜が、目の前に広がっていた。
波打ち際のすぐ脇に、車が走っている。
バイクが走っている。
砂浜の上を、当たり前のように。
「……本当にある」
本田はカブを止めて、しばらく眺めた。
鳥取砂丘でタイヤが埋まった。
鈴菌に「石川県には原付でも走れる砂浜の国道がある」と教えてもらった。
でも、実際に目の前にするまで、半信半疑だった。
砂浜が、国道になっている。
日本に、こんな場所がある。
本田はプレスカブをゆっくりと砂浜へ進めた。
タイヤが、砂に触れた。
沈まない。
「本当に沈まない!」
声が出た。
アクセルを少し開けた。
前へ進む。
普通に進む。
「普通に走れる!」
さらにアクセルを開けた。
プレスカブが、砂浜を走っている。
波がすぐそこにある。
潮風が顔に当たる。
海の匂いがする。
「車も走ってる!」
隣を、普通乗用車が走り抜けた。
砂浜に、車の轍がついている。
その隣に、プレスカブの細いタイヤの跡がついていく。
本田は嬉しくなった。
理由もなく、ただ嬉しかった。
アクセルを全開にした。
プレスカブが、砂浜を全力で走る。
最高速は三十キロちょっとだ。
でも、今は十分だった。
一番端まで走った。
Uターンした。
また走った。
また端まで行った。
また戻った。
何往復しても、飽きなかった。
砂浜を走るたびに、胸の奥から何かが溢れてくる。
「生まれて良かった!」
誰もいない波打ち際に向かって、叫んだ。
波が、それを受け止めた。
これが自由の翼だ。
田辺さんが言っていた、自由の翼。
翼があれば、砂浜も飛べる。
海の上の橋も飛べる。
フェリーで海峡も越えられる。
本田は何往復目かを忘れた頃、また走り出した。
*
その時だった。
後ろから、聞き慣れた音が来た。
二ストの、甲高い音だ。
でも、追い抜いてこない。
隣に、赤いバイクが並んだ。
アプリだった。
「アプリさん!?」
叫んだが、風にかき消された。
アプリは何も言わなかった。
ただ、隣を走っている。
追い抜かない。
並走している。
本田は前を向いた。
アプリも前を向いている。
二台が、夕暮れの砂浜を並んで走る。
次の瞬間、また後ろから音が来た。
今度は、過給機の独特な音だ。
くま子だった。
くまモンモンキーが、本田の隣に並んだ。
くま子がこちらを一瞬見て、前を向いた。
何も言わない。
ただ、走っている。
三台が、砂浜を走っている。
さらに後ろから、音が重なってきた。
ストマジの二ストと、AV50のエンジン音が並んで迫ってくる。
鈴菌とミーハーだった。
二人が本田の隣に入ってきた。
五台になった。
誰も言葉を発しない。
波の音と、排気音だけがある。
またさらに後ろから。
DT50のオフロード音と、ジャイロXの三輪音が近づいてくる。
モト子とミルミルだった。
七台になった。
波打ち際を、七台が横に並んで走っている。
アプリリア。くまモンモンキー。ストマジ。AV50。DT50。ジャイロX。プレスカブ。
全部違うバイク。
全部違うメーカー。
でも今、同じ砂浜を、同じ方向へ走っている。
本田の目が、熱くなった。
でも、止まれなかった。
ここで止まりたくない。
この景色の中に、このまま居続けたかった。
だから、涙を飲み込んで、前を向いた。
そこへ、また音が来た。
ビートの、小さなエンジン音だ。
そして、モドキの原付音も混ざっている。
Vタックさんとモドキだった。
九台になった。
千里浜の砂浜を、九台が横一列に並んで走っている。
夕日が、日本海の向こうに沈みかけている。
空が、橙と赤と紫に染まっている。
その光が、九台のバイクと九人のライダーを、後ろから照らしている。
波が来る。
引く。
また来る。
誰も、何も言わない。
言葉なんて、いらない。
排気音と波音だけが、この砂浜にある。
*
遅れて、一台のペリカンジョグが砂浜に入ってきた。
でも、列には加わらなかった。
砂浜の端に止まって、バイクを降りた。
バッグから、一眼レフのカメラを取り出した。
チャンプだった。
チャンプがカメラを構えた。
夕日を背にして、九台が横一列に並んで走っている。
その光景を、ファインダー越しに見た瞬間、チャンプの手が一瞬止まった。
(これは……)
シャッターを押した。
何枚も、押し続けた。
手が震えていた。
カメラマンとして、こんな光景に出会えたことが、信じられなかった。
夕日が、どんどん沈んでいく。
光が、刻々と変わっていく。
その全部を、チャンプは撮り続けた。
*
日が沈みかけた頃、九台が自然と止まった。
誰が合図したわけでもない。
ただ、全員が同じタイミングで止まった。
エンジンを切った。
波の音だけになった。
チャンプが近づいてきた。
カメラを抱えて、目が赤くなっていた。
「……すごいものを撮らせてもらいました」
チャンプの声が、少し震えていた。
「これは、表紙です。間違いなく、表紙になります」
誰も何も言わなかった。
でも、全員がチャンプを見た。
「九台が横一列に並んで、夕日の砂浜を走っている。原付だけで、これだけの絵が作れるとは思いませんでした」
チャンプがカメラの液晶を、全員に向けた。
画面の中に、夕日と砂浜と九台が写っている。
橙の光の中で、九台が並んでいる。
「……俺たち、こんな走り方してたのか」
モドキが呟いた。
「かっこいいじゃないですか」
モト子が言った。
ミーハーが「カワサキだから当然ですわ」と言って、全員が笑った。
ミルミルがヤクルト1000を配り始めた。
鈴菌が「ストマジが一番かっこよく写っているはずだ」と真顔で言った。
アプリが無言でヤクルト1000を受け取った。
くま子が「うちのモンキーが一番映えとる」とケラケラ笑った。
本田は液晶の写真を見た。
夕日の光の中に、小さくプレスカブが写っている。
三十年前の鹿児島のカブが、千里浜の砂浜に写っている。
(ここまで来た)
ただそれだけを、思った。
*
なぎさモビレージのキャンプ場に全員で向かった。
テントを張った。
くま子はテントを持っていなかったので、ミルミルの大きなテントに入れてもらうことになった。
くま子が「助かるとよ」と言い、ミルミルが「ヤクルト1000をあげますね」と答えた。
焚き火を囲んだ。
炎が揺れる。
九人と一人が、火を囲んでいる。
チャンプが、改めて全員に向かって頭を下げた。
「遅れましたが、自己紹介させてください。月刊モタチャンプのライターをしています。このレースを取材させていただいています」
「モタチャンプ!」
モドキが声を上げた。
「俺、毎月読んでます」
「ありがとうございます」
チャンプが照れた。
「アプリとは、以前のイベントで面識がありまして」
「知ってる」
アプリが短く答えた。
「今夜、皆さん一人ずつ、少し話を聞かせていただけますか。改めて、参加者の皆さんの声を記事にしたくて」
全員が頷いた。
「それと、せっかく全員揃ったので……改めて、自己紹介をしていただけませんか。スタート以来、皆さんが顔を合わせるのは初めてですよね」
全員が顔を見合わせた。
確かに、そうだった。
佐多岬でスタートした時以来、このメンツが揃ったのは今夜が初めてだった。
焚き火の炎が、全員の顔を照らしている。
波の音が、遠くにある。
千里浜の夜が、静かに深まっていた。
自己紹介が、始まった。
YAMAHA JOG
型式27V
最高出力6.0ps/7000rpm




