表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/69

【第十三話:UNITE】

第十一話が抜けていました。大変申し訳ありません!

 若狭和田を七時に出た。



 国道27号線を東へ。


 敦賀から国道8号線へ入り、北へ向かう。


 福井市を抜け、加賀を過ぎ、金沢を越えた。


 日本海が、左手にずっとある。


 今日もその海が、朝から夕方まで、ずっと本田の隣を走っていた。



 羽咋市に入った頃、案内板が見えた。



「千里浜なぎさドライブウェイ」



 本田はハンドルを左に切った。



   *



 砂浜が、目の前に広がっていた。



 波打ち際のすぐ脇に、車が走っている。


 バイクが走っている。


 砂浜の上を、当たり前のように。



「……本当にある」



 本田はカブを止めて、しばらく眺めた。


 鳥取砂丘でタイヤが埋まった。


 鈴菌に「石川県には原付でも走れる砂浜の国道がある」と教えてもらった。


 でも、実際に目の前にするまで、半信半疑だった。



 砂浜が、国道になっている。


 日本に、こんな場所がある。



 本田はプレスカブをゆっくりと砂浜へ進めた。


 タイヤが、砂に触れた。



 沈まない。



「本当に沈まない!」



 声が出た。


 アクセルを少し開けた。


 前へ進む。


 普通に進む。



「普通に走れる!」



 さらにアクセルを開けた。


 プレスカブが、砂浜を走っている。


 波がすぐそこにある。


 潮風が顔に当たる。


 海の匂いがする。



「車も走ってる!」



 隣を、普通乗用車が走り抜けた。


 砂浜に、車の轍がついている。


 その隣に、プレスカブの細いタイヤの跡がついていく。



 本田は嬉しくなった。


 理由もなく、ただ嬉しかった。


 アクセルを全開にした。


 プレスカブが、砂浜を全力で走る。


 最高速は三十キロちょっとだ。


 でも、今は十分だった。



 一番端まで走った。


 Uターンした。


 また走った。


 また端まで行った。


 また戻った。



 何往復しても、飽きなかった。


 砂浜を走るたびに、胸の奥から何かが溢れてくる。



「生まれて良かった!」



 誰もいない波打ち際に向かって、叫んだ。


 波が、それを受け止めた。



 これが自由の翼だ。


 田辺さんが言っていた、自由の翼。


 翼があれば、砂浜も飛べる。


 海の上の橋も飛べる。


 フェリーで海峡も越えられる。



 本田は何往復目かを忘れた頃、また走り出した。



   *



 その時だった。



 後ろから、聞き慣れた音が来た。


 二ストの、甲高い音だ。


 でも、追い抜いてこない。



 隣に、赤いバイクが並んだ。



 アプリだった。



「アプリさん!?」



 叫んだが、風にかき消された。


 アプリは何も言わなかった。


 ただ、隣を走っている。


 追い抜かない。


 並走している。



 本田は前を向いた。


 アプリも前を向いている。


 二台が、夕暮れの砂浜を並んで走る。



 次の瞬間、また後ろから音が来た。


 今度は、過給機の独特な音だ。



 くま子だった。



 くまモンモンキーが、本田の隣に並んだ。


 くま子がこちらを一瞬見て、前を向いた。


 何も言わない。


 ただ、走っている。



 三台が、砂浜を走っている。



 さらに後ろから、音が重なってきた。


 ストマジの二ストと、AV50のエンジン音が並んで迫ってくる。



 鈴菌とミーハーだった。



 二人が本田の隣に入ってきた。


 五台になった。



 誰も言葉を発しない。


 波の音と、排気音だけがある。



 またさらに後ろから。


 DT50のオフロード音と、ジャイロXの三輪音が近づいてくる。



 モト子とミルミルだった。



 七台になった。



 波打ち際を、七台が横に並んで走っている。


 アプリリア。くまモンモンキー。ストマジ。AV50。DT50。ジャイロX。プレスカブ。


 全部違うバイク。


 全部違うメーカー。


 でも今、同じ砂浜を、同じ方向へ走っている。



 本田の目が、熱くなった。


 でも、止まれなかった。


 ここで止まりたくない。


 この景色の中に、このまま居続けたかった。


 だから、涙を飲み込んで、前を向いた。



 そこへ、また音が来た。


 ビートの、小さなエンジン音だ。


 そして、モドキの原付音も混ざっている。



 Vタックさんとモドキだった。



 九台になった。



 千里浜の砂浜を、九台が横一列に並んで走っている。


 夕日が、日本海の向こうに沈みかけている。


 空が、橙と赤と紫に染まっている。


 その光が、九台のバイクと九人のライダーを、後ろから照らしている。



 波が来る。


 引く。


 また来る。



 誰も、何も言わない。


 言葉なんて、いらない。


 排気音と波音だけが、この砂浜にある。



   *



 遅れて、一台のペリカンジョグが砂浜に入ってきた。


 でも、列には加わらなかった。


 砂浜の端に止まって、バイクを降りた。


 バッグから、一眼レフのカメラを取り出した。



 チャンプだった。



 チャンプがカメラを構えた。


 夕日を背にして、九台が横一列に並んで走っている。


 その光景を、ファインダー越しに見た瞬間、チャンプの手が一瞬止まった。



(これは……)



 シャッターを押した。


 何枚も、押し続けた。


 手が震えていた。


 カメラマンとして、こんな光景に出会えたことが、信じられなかった。



 夕日が、どんどん沈んでいく。


 光が、刻々と変わっていく。


 その全部を、チャンプは撮り続けた。



   *



 日が沈みかけた頃、九台が自然と止まった。


 誰が合図したわけでもない。


 ただ、全員が同じタイミングで止まった。



 エンジンを切った。


 波の音だけになった。



 チャンプが近づいてきた。


 カメラを抱えて、目が赤くなっていた。



「……すごいものを撮らせてもらいました」



 チャンプの声が、少し震えていた。



「これは、表紙です。間違いなく、表紙になります」



 誰も何も言わなかった。


 でも、全員がチャンプを見た。



「九台が横一列に並んで、夕日の砂浜を走っている。原付だけで、これだけの絵が作れるとは思いませんでした」



 チャンプがカメラの液晶を、全員に向けた。


 画面の中に、夕日と砂浜と九台が写っている。


 橙の光の中で、九台が並んでいる。



「……俺たち、こんな走り方してたのか」



 モドキが呟いた。



「かっこいいじゃないですか」



 モト子が言った。



 ミーハーが「カワサキだから当然ですわ」と言って、全員が笑った。


 ミルミルがヤクルト1000を配り始めた。


 鈴菌が「ストマジが一番かっこよく写っているはずだ」と真顔で言った。


 アプリが無言でヤクルト1000を受け取った。


 くま子が「うちのモンキーが一番映えとる」とケラケラ笑った。



 本田は液晶の写真を見た。


 夕日の光の中に、小さくプレスカブが写っている。


 三十年前の鹿児島のカブが、千里浜の砂浜に写っている。



(ここまで来た)



 ただそれだけを、思った。



   *



 なぎさモビレージのキャンプ場に全員で向かった。


 テントを張った。


 くま子はテントを持っていなかったので、ミルミルの大きなテントに入れてもらうことになった。


 くま子が「助かるとよ」と言い、ミルミルが「ヤクルト1000をあげますね」と答えた。



 焚き火を囲んだ。


 炎が揺れる。


 九人と一人が、火を囲んでいる。



 チャンプが、改めて全員に向かって頭を下げた。



「遅れましたが、自己紹介させてください。月刊モタチャンプのライターをしています。このレースを取材させていただいています」



「モタチャンプ!」



 モドキが声を上げた。



「俺、毎月読んでます」



「ありがとうございます」



 チャンプが照れた。



「アプリとは、以前のイベントで面識がありまして」



「知ってる」



 アプリが短く答えた。



「今夜、皆さん一人ずつ、少し話を聞かせていただけますか。改めて、参加者の皆さんの声を記事にしたくて」



 全員が頷いた。



「それと、せっかく全員揃ったので……改めて、自己紹介をしていただけませんか。スタート以来、皆さんが顔を合わせるのは初めてですよね」



 全員が顔を見合わせた。


 確かに、そうだった。


 佐多岬でスタートした時以来、このメンツが揃ったのは今夜が初めてだった。



 焚き火の炎が、全員の顔を照らしている。


 波の音が、遠くにある。


 千里浜の夜が、静かに深まっていた。



 自己紹介が、始まった。




YAMAHA JOG

型式27V

最高出力6.0ps/7000rpm

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ