表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/37

【第九話:デザート・デザート】

 あらエッサを出て、米子市街へ向かった。



 朝の国道9号線。


 日本海の風が横から吹いてくる。


 ストマジが前を走り、プレスカブが続く。


 二台の排気音が、朝の空気に溶けていく。



 腹が減っていた。


 カレーヌードルだけでは、十七歳の胃袋は持たない。



「鈴菌さん、朝飯どこかで食べませんか」



「ポプラに行くぞ」



「ポプラ?」



「コンビニだ。山陰のご当地コンビニだ」



 鈴菌が迷いなく答えた。


 旅の知識も、スズキの知識と同じくらい豊富らしい。



   *



 ポプラ米子インター店。


 普通のコンビニに見えた。


 でも、弁当コーナーに近づいた瞬間、本田の目が止まった。



「……鈴菌さん」



「なんだ」



「これ、おかずしか入ってないですよ」



 手に取った弁当容器の、ご飯が入るはずのスペースが、空っぽだった。


 おかずだけが入っている。


 ご飯がない。



「不良品じゃないですか?」



「黙ってレジへ持っていけ。そして『特盛』と言え」



「……え?」



「いいから行け」



 半信半疑でレジへ持っていった。



「特盛で」



 店員さんが頷いた。


 炊飯ジャーのふたを開けた。


 炊きたてのご飯の湯気が、立ち上る。



 それから、これでもかという量のご飯を、その場で容器に詰め始めた。


 山盛り。


 いや、山を超えた。


 ご飯がおかずを圧迫している。



「……うわ、重っ」



 受け取った瞬間、手が下がった。


 明らかに、普通の弁当の二倍以上ある。



「なにこれ、鹿児島じゃ見たことないですよ」



「これが『ポプ弁』だ」



 鈴菌がドヤ顔で言った。



「山陰の原付乗りは、この米の重みでフロントを安定させて走るんだ」



「絶対嘘だ」



 でも、駐車場のベンチに腰を下ろして一口食べた瞬間、そんな疑惑はどうでもよくなった。



 炊きたてのご飯が、旨い。


 おかずと混ざって、旨い。


 腹に溜まる。


 体が温かくなる。



「……うまい」



「そうだろう」



 鈴菌が満足そうに頷いた。


 カブを眺めながら、二人でポプ弁を食べた。


 朝の米子の空気の中で、炊きたてのご飯を食べる。


 旅って、こういうことだと思った。



   *



 鳥取砂丘の駐車場に着いたのは、昼前だった。



 駐車場に入った瞬間、見覚えのあるバイクが目に入った。



 DT50。


 そして、ジャイロX。



「あ!」



 本田は声を上げた。


 バイクの横に、モト子とミルミルが立っていた。



「本田くん!」



 モト子が手を振った。


 ミルミルがヤクルト1000を取り出して振った。



「なんでここに!?」



「チェックポイントだから」



 二人が声を揃えて言った。



 鈴菌が隣でヘルメットを脱いだ。


 モト子とミルミルが鈴菌を見た。



「鈴菌さんも!」



「ああ」



 四人が駐車場に揃った。


 砂丘の砂が、風に飛ばされて駐車場まで届いてくる。


 口の中でじゃりっとした。



「せっかくだから砂丘、登りますか?」



 本田が言うと、四人は顔を見合わせた。


 それから全員で砂丘へ向かった。



 目の前に、砂の壁が現れた。


 高さ四十七メートル。


 写真で見るのと、実物は全然違う。


 ただの砂が、山になっている。



「でかい」



「でしょ!」



 モト子がはしゃいだ。



 四人で砂の壁を登った。


 足が沈む。


 一歩進むたびに、半歩戻る。


 息が上がる。


 でも、頂上に立った瞬間、日本海が広がっていた。



 砂と、海と、空だけがあった。



 誰も何も言わなかった。


 それで十分だった。



   *



 駐車場に戻ってきた時だった。



 駐車場の脇に、砂地のエリアがあった。


 鳥取砂丘の砂が流れ込んで、駐車場の端が砂地になっている。



 モト子の目が光った。



「ちょっと走ってみていいですか」



 誰に許可を求めているのかわからない発言だったが、誰も止めなかった。



 DT50が砂地へ入っていった。


 ぬかるむような砂の上を、モト子が軽々と走る。


 DT50のブロックタイヤが、砂を蹴り上げる。


 オフロード向けの車体が、砂地でも安定している。



「走れる!」



 モト子が叫んだ。



 次にミルミルが、ジャイロXで砂地へ入った。


 三輪の安定感で、砂地をゆっくり走る。


 三輪はえらい。


 砂地でも転ばない。



「走れますよ!」



 ミルミルも叫んだ。



 本田は、プレスカブを砂地へ向けた。


 恐る恐る、アクセルを開ける。


 タイヤが、砂に沈んだ。



 ずぶずぶ、と。



「あ」



 後輪が埋まった。


 アクセルを開けても、タイヤが空回りするだけだ。


 砂を撒き散らしながら、プレスカブは全く前に進まない。



「沈んでる……」



 本田は困惑した。


 モト子とミルミルは走れたのに、なぜ。



 鈴菌が横から見ていた。


 砂地にトライしようとはしていない。


 最初から、試すつもりがない顔だった。



「鈴菌さんはやらないんですか?」



「ストマジでは無理だ」



 即答だった。



「見た目がオフっぽくても、タイヤはオンロード用だ。砂地は走れない。わかってる」



 鈴菌はプレスカブを砂地から引き抜くのを手伝いながら言った。



「本田、砂地で走れる原付と走れない原付の違いはわかるか」



「……タイヤですか?」



「タイヤと、車体の重さと、駆動方式だ。DT50はオフロード用だから砂地に強い。ジャイロXは三輪だから安定する。お前のカブは舗装路専用だ。砂地は無理だ」



「じゃあ、砂浜も走れないんですか?」



「普通の砂浜はな」



 鈴菌が少し間を置いた。



「ただ、石川県には例外がある」



「石川県?」



「なぎさドライブウェイだ。千里浜の砂浜が、そのまま道路になっている。砂が細かくて締まってるから、原付でも走れる。プレスカブでも走れる場所だ」



 本田の目が丸くなった。



「砂浜が?」



「ああ。日本で唯一、一般車両が砂浜を走れる場所だ」



 モト子が砂地から戻ってきた。


 その言葉を聞いて、目を輝かせた。



「砂浜の道!? 行きたい!!」



「私も!」



 ミルミルが手を上げた。



「チェックポイントになってるのは知ってたんですけど、砂浜だとは思わなかったので」



「私もスルーするつもりでした」



 本田も頷いた。


 なぎさドライブウェイという名前は見ていた。


 でも砂浜の国道だとは、思っていなかった。



「プレスカブで砂浜の道路を走れるのか……」



 鈴菌が静かに言った。



「行くしかないな」



 四人が顔を見合わせた。


 チェックポイントの意味が、やっとわかった気がした。


 謎の運営は、ここで砂地テストをさせるために、砂丘をチェックポイントにしたのかもしれない。



   *



 駐車場を出て少し走ったところに、行列が見えた。



 Totto PURIN。


 砂丘のすぐそばにある、プリン専門店だ。



「並んでますね」



 本田が言うと、モト子が既に列の最後尾に向かっていた。



「せっかくだから並ぼう!」



「レース中だけど?」



「砂丘まで来てプリン食べないなんてもったいない!」



 その論法に、誰も反論できなかった。


 四人で列に並んだ。



 修学旅行生が多かった。


 制服を着た中学生たちが、スマホで写真を撮りながら並んでいる。


 その列に、原付ライダーが四人混ざっている。


 ヘルメットの跡が顔に残っている大人たちが、プリンのために黙々と並んでいる。



 待つこと四十分。



 途中で本田は気づいた。



(俺たち、レース中だよな)



 佐多岬から宗谷岬を目指す、日本縦断レースの最中だ。


 その最中に、四人でプリンの行列に並んでいる。


 修学旅行生に混ざって。


 四十分かけて。



 思わず笑いが漏れた。



「どうしたの?」



 モト子が聞く。



「いや、なんか、おかしくて」



「何が?」



「俺たち、レース中なのに、プリンの行列に四十分並んでますよね」



 モト子が一瞬固まった。


 それから吹き出した。



「確かに!!」



 ミルミルも笑い出した。


 鈴菌が、珍しく口元を緩めた。



 四人で、修学旅行生たちの中で笑った。


 中学生たちが、不思議そうにこちらを見た。



   *



 ようやく買えた砂プリンを、四人で駐車場のベンチに並んで食べた。



 砂プリン。


 カラメルが粉末状になっていて、食べる直前にかける。


 スプーンを入れると、じゃりっとした食感がある。


 砂丘の砂みたいな食感。


 でも、プリン自体は卵黄だけで作られた、濃厚でなめらかな口溶けだ。


 その対比が、確かに旨い。



「……うまい」



「でしょ!」



 モト子が嬉しそうに言った。



「四十分並ぶ価値はあったな」



 鈴菌が静かに言った。


 そう言いながら、二個目を食べていた。



「鈴菌さん、二個買ったんですか」



「一個じゃ足りない」



 ミルミルがヤクルト1000を取り出した。


 人数分、配り始めた。


 もはや条件反射だった。



「ミルミルさん、どこからそんなに出てくるんですか」



「ヤクルトレディの本能です」



 四人で、砂丘の砂を見ながらプリンを食べた。


 風が吹くと、砂がさらさらと飛んでくる。


 プリンの中に砂が入ったが、それも砂丘らしいと思った。



「デザートで砂漠のプリンを食べるって、なんかいいですね」



 本田が言うと、モト子が「それラノベのタイトルになりそう」と笑った。



   *



 昼過ぎ。


 いよいよ、ここで散り散りになる時間だ。



 四人が地図を広げた。



「俺は次のチェックポイントへ向かう」



 鈴菌がまず言った。



「次は?」



「言わない」



 そうだった。


 チェックポイントは非公開だ。



「モト子さんは?」



「私は……日本海沿いを北上します。なぎさドライブウェイ、絶対行く!」



「私もなぎさドライブウェイ行きます!」



 ミルミルが続けた。


 石川県の砂浜国道が、二人の目標になった。



「本田は?」



「俺は京都を目指します。伊根の舟屋あたりで野宿しようと思って」



「舟屋! いいなあ」



 モト子が羨ましそうに言った。



 四人が、バイクの前に立った。


 DT50。ジャイロX。ストマジ。プレスカブ。


 全部違うバイク。


 全部違う方向へ向かう。



「じゃあ、また」



「どこかで」



 誰からともなく、左手が上がった。


 四人の、二本指。


 Two-finger salute。



「I have a low exhaust!」



 声が重なった。


 砂丘の風が、その声を運んでいった。



 鈴菌のストマジが、まず動き出した。


 二ストの音が遠ざかっていく。



 モト子のDT50が続いた。


 ミルミルのジャイロXが、ゆっくりと走り出した。



 本田は少しだけ、その背中を見ていた。


 三台が、それぞれの方向へ消えていく。



(なぎさドライブウェイ、か)



 石川県の砂浜の国道。


 プレスカブで砂浜を走れる場所。


 砂丘でタイヤが埋まった悔しさが、少しだけ蘇った。



 いつか、走ってみたい。



 本田はプレスカブにまたがった。


 キックを踏む。


 一発でかかる。



 今日も律儀なやつだ。



 日本海沿いの国道から離れて、南へ向かう。


 京都を目指す。


 伊根の舟屋を目指す。



 鳥取の空が、どこまでも青かった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ