最終話
公爵令嬢ビアンカ。
その日常は「ぷにマドンナ」の通り名が王都の子どもたちの間で広まってからも変わらない。
ぷにりは彼女の日常であり、愛情と権威、そして遊びの源泉だ。
もちろん末弟ニール(4才)への定期的な「ぷにり」も欠かさない。
そんなある日の昼下がり、公爵家に第一皇子エイデン殿下(9才)が静かに来訪した。
ビアンカの婚約者でもあるエイデン殿下。
今日も凛々しい装束に身を包みながらも、その内側には幼さの残る可愛らしさを覗かせている。
殿下は庭園で摘まれたばかりの美しい花束を手に、ビアンカの元へと進み出た。
「ビアンカ嬢。君の瞳は太陽の光を受けた朝露のように輝いている。この花束はその輝きに比べれば、あまりにも拙い贈り物だ」
子どもとは思えぬ優雅で気障なセリフで愛を囁く殿下。
彼の従者たちはそのロマンチックな光景に息を飲んだ。
しかしビアンカは、そんな詩的な言葉に微動だにしない。
「まあ、殿下。ご丁寧にどうも」
ビアンカは殿下の愛の言葉を静かに受け流し、その幼い彼の頬に、ためらいなく人差し指を伸ばした。
そしてつんと一度だけ「ぷにっ」をする。
「くっ!」
殿下の瞳が大きく見開かれ、その口から紡ぎ出されるはず言葉が途切れた。
彼はすぐに状況を理解したのだ。
ビアンカの「ぷにり」は彼にとって、ビアンカの兄ナイトと同じく公衆の面前での恥辱を意味する。
彼はこれ以上の「ぷにり」が始まる兆候を予知し、すぐさま押し黙った。
そして殿下は、何事もなかったかのようにそっと用意された席に座った。
公爵夫人カレラや侍女ヘレンが見守る中、ゆったりとした昼食の時間が始まった。
ビアンカは皇子との会話に興じながらも、末弟ニールへの愛情表現を決して忘れない。
「はい、ニール。このケーキは美味しいわよ?」
そう言ってフォークの先にケーキを刺しニールの口元へと運びながら、ニールの膨らんだ頬を「ぷにっ」と優しく摘まむ。
ニールは「あうー」と甘い声を出し、満面の笑みを浮かべる。
(ああ、なんと平穏な光景……! 皇子殿下の御前で、ここまで堂々と「ぷにり」をされるニール様……、やはり彼は特別だわ!)
密かな願望を抱き見つめるヘレンは、食卓の隅でその光景を微笑ましく見つめていた。
皇子殿下の前であっても、公爵家の「ぷにり」の秩序は揺るがない。
ビアンカはニールに餌付けぷにをしながら、殿下と国の情勢や庭園の草花について楽しくおしゃべりをしていた。
殿下もビアンカの気取らない態度に心からくつろいでいるようだった。
楽しい昼食の時間はあっという間に終わり、殿下が帰路につく時間が来た。
殿下は立ち上がり、別れ際に再びロマンチックフレーズを囁いた。
「ビアンカ嬢。次の面会の日まで、私の心は君の元に留まるだろう。だが今ここで、私の愛の誓いを聞いて……」
しかし彼の言葉は、再びビアンカの指先によって遮られた。
ビアンカは今回は容赦しなかった。
婚約者という立場、そして公衆の場という環境を逆手に取り、躊躇なく殿下の両頬を掴んだ。
「ぷに、ぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷに、ぷ……、に……」
殿下は抵抗もできず、ただただビアンカの「ぷにり」の嵐に晒された。
その指は愛情と、婚約者に対する絶対的な優位性を誇示しているようだった。
「ビ、ビアンカ嬢……、もう、もうやめ……、ぐすっ」
殿下はビアンカのぷにりによって頬を真っ赤に染め、恥ずかしさで俯いたまま足早に馬車へと乗り込んだ。
彼の従者たちは顔面蒼白になりながら、その光景をビアンカから隠すように努めた。
しかし殿下を乗せた馬車が出発した後、彼の従者の一人が見た皇子の横顔は、どこか幸せそうだったと噂された。
ビアンカは馬車を見送った後、小さく呟いた。
「これでしばらくは大人しくしているでしょう?」
公爵家の「ぷにり」は、末弟を泣き止ませ、兄を懲らしめ、そして一国の皇子さえも手なずける、最強の平和維持装置だった。
王国の公爵令嬢は、今日もまた揺るぎない愛情と、絶対的な「ぷにり」の力によって、公爵家と、その外の世界の秩序を守り続けた。
王国は今日変わらず平和のようです。
あなたが泣き止むまで、私はそのほっぺをぶにることをやめない!
泣き止んでもやめない!
おしまい
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