第三話
公爵家の重厚な晩餐が終わり、一家は広間の暖炉の前で食後のティータイムを楽しんでいた。
公爵夫人カレラ(28才)は優雅にカップを傾けながら、ふとビアンカの様子がそわそわとしていることに気づいた。
ビアンカ(8才)の目的はただ一つ。
末弟ニール(4才)を連れて街の外れの美しい庭園にお出かけすること。
ビアンカは意を決したように母カレラの横に移動した。
「お母さま、お願いですわ!わたくし、お出かけに、ニールとお出かけに行きたいですわ!」
そう言いながらビアンカは機先を制するよう、母カレラの左の頬を、力強く、しかし親愛の情を込めて「ぷにっ」としていた。
カレラ夫人は顔には出さないものの、娘の奇襲に一瞬たじろいだ。
しかし彼女も公爵夫人として、そして三児の母としての長年の経験から、この「ぷにり」攻防戦のルールを熟知している。
「だめよ、 危ないわ! 特にニールは、どこへ行ってもあの無防備な天使顔を晒しているのですもの。変態貴族に誘拐でもされでもしたらどうするのですか!」
カレラは口では娘の提案を撥ねつけながら反撃を開始した。
彼女の手はビアンカの着ているドレスのわずかな隙間に差し入れられ、娘の横っ腹の柔らかい部分を「ぷにっ」と掴んだ。
「くっ、お母さま!そこは反則ですわ!(そこは急ダメですのに……)」
ビアンカはまさかの内側からの攻撃に、小さく息を漏らした。
母親の攻撃はいつも的確で回避不能だ。
ビアンカはすぐに体勢を立て直し報復を試みる。
彼女のぷにり慣れした手が、今度は母の右頬へと素早く伸びた。
だがその手は寸前でカレラにより防がれる。
さらにカレラはビアンカが反撃に失敗したその腕を掴み、二の腕の少し肉付きの良い部分を「ぷに」と抓み上げた。
ビアンカは両手を封じられ顔を歪ませた。
どうやら本日の母との直接対決は、母の戦略的勝利に終わったようだった。
「もう、わかりましたわ……」
ビアンカはがっくりとうなだれ、解放された両手を床につけ母への説得を諦めた。
しかし、彼女の辞書に完全なる諦めという言葉はない。
項垂れていたビアンカはまるでブリキの人形のように、ギギギと音を立てながらゆっくりと、その視線をある一点へと向けた。
その視線の先には公爵ガツーソ(29才)がいた。
彼は夕食を終え、ソファにドカリと座り、葉巻を片手に新聞を広げ寛いでいる。
この家の絶対的な権力者だが、この家族の「ぷにり」攻防には基本的に中立の立場を取ってきた人物だ。
ビアンカは立ち上がると、ニールを連れていくという願望を叶えるために、最強の武器である猫なで声を発動した。
「おとーさまぁ? おとーさまは、今日も世界で一番かっこいいですわぁ?」
その甘ったるい声は日頃の姉弟間での威圧的な彼女からは想像もできないものだった。
ガツーソは新聞を下げずに口角を少し上げた。
娘が何かお願い事をする時の合図だと知っているからだ。
ビアンカは優雅な足取りで父の背後に回り込んだ。
そして父の太い首筋に触れると、葉巻を持つ手を気にかけながら彼の喉の、わずかに柔らかい部分を優しく「ぷにっ」とした。
「ふっ……」
公爵ガツーソは一瞬、喉が詰まるような感覚に襲われ、わずかに体をよじった。
それはビアンカが彼に対して仕掛ける甘えの「ぷにり」だった。
彼は新聞を閉じ、冷静に対処しようと努める。
「ほう。ビアンカ、何かお願いがあるのかな?」
ガツーソは冷静を装いながら、娘に問いかけた。
背後にいるビアンカの顔は父からは見えない。
しかし、彼女は今、ニヤリと勝利を確信したような笑みを浮かべている。
「はい!ニールとお庭園に…」
ビアンカは再度、今度は少し力を込めて、父の首筋を「ぷにぷに」と続けて揺さぶった。
公爵は娘の「ぷにり」を受け小さく唸った。
彼は娘に甘い。
そして彼女が自分に「ぷにり」という形で甘えてくるこの瞬間を、実は楽しみにしていたのだ。
「うーむ……、わかった」
結局、ビアンカの一方的な甘えを装った「ぷにり」攻勢により、父ガツーソは娘たちのお出かけをあっさりと許可した。
「ただし、護衛はつけなさい」
「ありがとうございます、お父様! 世界で一番、お父様が大好きですわ!」
ビアンカは満面の笑みで父に抱きついた。
「あなた!」
カレラ夫人は夫のあまりのあっさりとした敗北に、つまりは娘への激甘さに鋭い怒りの視線を向けた。
「カレラ、子供達にもたまには街の空気を吸わせてあげたらどうだ。いいじゃないか……、ニールだってお外は喜ぶだろう?」
ガツーソは妻の視線から逃れるように、再び新聞を広げその表情を隠した。
一旦はその血の気が引けた顔は隠されたが、カレラ夫人によりその防壁はあっさり引きちぎられていた。
そして、公爵夫人カレラは夫の肩をギリリと掴み、満足そうなビアンカと、それを傍観するニール、そして何よりも夫ガツーソを、鋭い眼光で睨んだ。
(あなたの代償は、とても大きいわよ……!)
その目には、夫に対する「夜のぷにり」、すなわち徹底的なお仕置きの予告が込められていた。
公爵家の「ぷにり」は子どもたちの間でだけでなく、夫婦間でも愛情と権力、そして甘えの象徴として使われていたのだ。
ビアンカはその眼力におびえながらもひとまずの勝利に満足し、ニールを抱きしめる。
公爵家は今日もまた、様々な「ぷにり」によって、平和?が保たれていた。
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