第3話「気づいてしまったこと」
目を開けると、薄暗い天井があった。
——あれ、いつの間に部屋に戻ったんだろう。
頭がずきずきと痛む。喉の奥は乾いて冷たく、息を吸うたびに小さく咳が出た。
額にはじっとりと汗がにじんでいる。ひどく疲れているのに、眠気だけはどこかへ行ってしまっていた。
ゆっくりと身体を起こすと、畳の上には何人かが雑魚寝していた。
狭い部屋の中、静かな寝息がいくつも重なって聞こえる。
隣にはキャプテンが、ぐったりと大の字になっていた。
少し口を開けて眠っている顔が、ひどく青白く見えた。
窓の外はまだ夜だった。月がやけに白く、静かに浮かんでいる。
さっきまで賑やかだったはずの町も、この時間は虫の声だけが響いていた。
「……夢だったのかな」
自分の声が、やけに遠く聞こえた。
そうだ、バスで球場へ下見に行ったはずだ。
夜道を走るバスの中で、少し眠ってしまって……そのあと、何か、何かが……。
思い出そうとすると、頭の奥が鈍く痛んだ。
ぼんやりして、呼吸が浅くなる。喉の奥が、氷でも押し当てられたみたいに冷たくなる。
そのとき、不意に部屋の隅のテレビからアナウンサーの声が流れた。
「……今夜七時過ぎ、○○県○○町の県道で、高校野球部員らを乗せたバスが崖下に転落しました。乗っていた二十六人全員が……」
思わず振り返る。
小さなブラウン管テレビの画面には、見覚えのある真っ赤なバスが、木々に潰されるように横たわっていた。
青いシートに覆われた、何か。
その周りを忙しそうに歩き回る救急隊員と、まぶしいライト。
警察官らしき影が、ロープを持って崖下に降りていく。
「おぃ……うそ…、だろ」
隣のキャプテンがいつの間にか起きていて、真っ青な顔で画面を見つめていた。
その目は、何かを見つめているようで、何も見ていないようでもあった。
「おい……どういうことだよ……なぁ」
控えの外野が弱々しく声を出したが、誰も返事をしなかった。
ただ一人、また一人と起き上がり、同じようにテレビを呆然と見つめた。
「死亡が確認されたのは、運転手を含む二十六人。いずれも地元広海高校の野球部員で、甲子園に出場予定でした……」
口の中が急にカラカラになる。
唾を飲み込もうとしても、喉がうまく動かない。
「そんな……だって……」
控えのピッチャーが、小さく肩を震わせていた。
泣いているのかと思ったが、声は出していなかった。
その顔には涙もなく、ただ何か恐ろしいものを見てしまった子どものように、瞳だけが虚空に怯えていた。
ふと周りを見渡すと、皆が自分の手を見つめていた。
自分も思わずそうした。両手をゆっくり目の高さまで持ち上げる。
——ちゃんと、ある。
爪も指も、泥の染みた古い絆創膏も。
でも、なんだろう。
さっきまで感じていた自分の体重が、どこか少し軽くなったみたいだ。
そっと畳に手をついて押してみる。
畳の感触は確かにあるのに、どこか薄皮を一枚隔てたような感覚だった。
「……俺たち、死んだのか」
誰かがそうつぶやいた。
でも、その声に誰も返事をしなかった。
キャプテンが、そっと拳を作って、口元に当てた。
泣いているのかと思ったが、そうではなく、ただ必死に何かを耐えるように唇を噛んでいた。
小さなテレビは、まだ崖下の映像を延々と流していた。
倒木に引っかかるバスの残骸。
ライトに照らされて浮かび上がる血の跡。
レポーターの早口の声が、奇妙に遠く、こもって聞こえた。
そのとき、誰かの短いすすり泣きが静かな部屋に落ちた。
それが合図のように、全員が視線をそっと下げた。
触れているはずの自分の手が、いつの間にか頼りなく揺らいで見えた。