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天才魔導士とカナンの猟犬  作者: もにみぃ
魔導士アレットと誓いの腕輪
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第8話:方向音痴と見栄っ張り

「あ、あれ? いや、確かにこの辺りだったんだが……」


 二人はいつの間にか遺跡群の入口に立っていた。ジャンは首を傾げながら眉間に皺を寄せ、うんうんと唸った。石板があったという祠らしきものは、どこにも見当たらない。


「やっぱり、くだらない嘘を吐いて私の仕事を邪魔しようとしてるんでしょ?」


「はぁ?! テメーはさっきからそればっかりだな……じゃあ聞くが、なんで俺がそんなことしなきゃなんねーんだ? 失敗したら報酬がなくなるのは俺も同じなんだぞ」


 確かに、彼に妨害のメリットはなかった。だが、もう一刻も遺跡内をぐるぐると回っている。アレットにくだらない邪魔をしていると疑われても文句は言えなかった。


「え、ええっと……石柱が三本建ってるとこの近くにあったんだよ。広場とは逆の方角だからこっちで間違いねー」


 このままでは埒があかない。アレットは道案内が始まってからずっと抱いていた疑問をジャンへぶつけた。


「あのさ、石柱が並んで三本建ってる場所なら、この遺跡内に四か所あるよね? どの方角の柱のこと言ってるの?」


「どの方角って……広場の西側だ」


「西側って? 私が探索してた方角なら広場からみて北だよ。広場は遺跡の中央にあるから、広場から西だとさっきの祭壇所しかないし、その先は崖になってるよね? 貴方の言ってる西って、遺跡入口の門から入って西側って意味?」


 ジャンは眉間に皺を寄せ、頭上いっぱいに疑問符を浮かべた。ひょっとすると、もしかしなくてもこの男――。


「方向音痴なの?」


「はぁあ?! そんなわけあるか、俺は冒険者だぞ!?」


 ジャンはアレットの指摘に、あからさまな反応を示した。確かに冒険者で地図が読めないのは致命的な欠陥だ。ましてやジャンは上級ランクの冒険者である。アレットは確認のため、もう一度彼に道案内を任せた。


「まぁそうだよね。冒険者なのに方向音痴なんて、あり得ないよね。じゃあ、来た道を戻るから、貴方が先導して」


 そうして二人は遺跡の入口から再び中央の広場まで戻った。ただ、道中で三度ほど道を間違えたジャンに代わり、途中からはアレットが先導した。広場へ到着した直後、二人の間には暫しの沈黙が訪れた。そして、その沈黙を最初に破ったのはジャンの苦しい言い訳であった。

 

「言っておくが、迷宮とか遺跡とか無駄にでけぇ城の中とか……似たような景色の場所限定だからな!? 地図は読めるぞ!」


「けっこう、あっさり認めるんだね……」


 二手に分かれて探索している最中、アレットは広場でキョロキョロしているジャンの姿を目撃している。あの時にみた彼は、道に迷っていたのだ。呆れたアレットは大きな溜息を吐いた。それならそうと事前に打ち明けてくれれば、無駄な時間を掛けずに済んだ。

 しかし、過ぎたことを責めても仕方ない。一先ず、ジャンの方向音痴は置いておくことにした。


「問題はその祠がどこにあるかだよね。それを発見したのは、いつどのタイミングだった?」


「テメーが探索をサボって、趣味の悪い覗きしてたのを発見する前だ」


「なっ、あ、あれは覗きじゃなくて、つい探究心が沸いて――」


「ま、珍しいよな。あんな風に群れで盛ってんのは俺も初めて見たぜ」


 彼は別段、アレットの行為を気にしてる様子もなかった。意味のない弁明に時間を割くのも勿体ない。ジャンの接近に気付かないほど夢中になってラウディの交尾を見ていたことは事実である。アレットは言い訳したい気持ちをグッと抑え込んだ。


「あの時って、広場にいたよね? てっきり東側の探索が終わったからこっち側に来たのかと思ってたけど――」


「……、……」

 

「違ったんだね。でもそれだと石板のあった祠は遺跡の西側に絞られるから……あとは石柱が三本並んでる場所を特定すればいいはずだよ。西側だと広場に繋がる通路を挟んで二箇所あるから、そのどっちかだね」


「そうか、なら二手に――」


「一緒にいこっか」


「……同じとこ探索すんの効率悪いだろ。俺の所為でもう時間もねーしな。心配しなくても邪魔にはならねぇよ」


 ジャンは拗ねたように視線を泳がせた。どうやら本人も相当気にしているらしい。しかし、そのおかげでアレットはようやく彼に対して情が沸いた。その人間らしい欠点だけは唯一、信用できるものだったからだ。

 アレットには、人の短所をつついて揶揄うような趣味はない。なにより、下手にプライドを刺激して意地になられては厄介である。


「さっきの戦いで消耗しすぎちゃったから、一緒に行こうって言ってるんだよ。戦闘になったら貴方の力が必要だから」


「……」


 雇用主にそう言われてしまえば、決して無下には断れない。アレットの狙い通り、ジャンは黙って彼女の背についた。二人は広場から北へ進み、先ほどアレットが逃走経路に使った遮蔽物の多い道を抜けた。


「おわっ、派手に崩れてやがるな……なんでここだけこんな瓦礫の山があるんだ?」


「ああ、それはさっき――」


 アレットがここら一帯にある瓦礫をラウディ達に魔法でぶつけたせいだった。そう説明しようと口を開きかけ、彼女はふと違和感を覚えた。ジャンはラウディ達の隙を突くために、アレットを囮にしたと言った。それを聞いて、アレットはてっきり彼がどこかで高みの見物をしていたのかと思った。この場所で応戦していたのを、見ていなかったのだろうか。

 そういえば、二体のグレートラウディを一太刀で屠った時、彼の息は荒く弾んでいた。

 

(もしかして、この人――)

 

 アレットを囮にしたという言葉は見栄から出た嘘で、ただ迷子になっていただけという可能性が浮上した。雇用主からの信用を失うと分かっていて、そんなくだらない意地を張ったのであれば、割と深刻な問題である。


「ねぇ、……今朝はごめんね」


 ただ道に迷っていただけの方が、雇用主を囮に使ったという事実より、よっぽどマシである。それなのに、彼は自分の欠点をひた隠そうとした。アレットがジャンを信用していないのと同じように、彼もアレットを信用していないのだ。

 アレットは今朝のやりとりを思い出していた。口論になったのはアレットの寝坊が原因だった。雇用の目的を忘れて単独行動を選んだことも、つい売り言葉に買い言葉で応戦してしまったことも、冒険者以前に大人として問題がある。素直に己の非を認め、改善する努力をしなければ致命的な失敗に繋がりかねない。


「な、なんだよ急に……まさかラウディに頭をやられたのか!?」


 ジャンの軽薄な態度にも慣れてはきたが、彼の言葉は逐一アレットの神経を逆撫でした。だが、我慢して譲歩しなければ、今日のように余計な時間を割く結果を招いてしまう。必要以上に慣れ合うつもりはなくても、仲違いは互いの命を危険に晒す。


「言い訳にもならないかもしれないけどさ。今まで昼夜逆転の生活が当たり前だったから、もともと朝が少し弱いんだ。貯めてたお金もなくなっちゃうし、貴方がこの仕事を引き受けた思惑もよく分からないし、色々考えてたら眠れなくなっちゃって……情けない話だけど、昨日はかなり寝不足だった。この依頼が私にとって大事な仕事だったから猶更、緊張しちゃって――」

 

 この依頼が達成できれば上級ランクの冒険者証が発行できる。試験に臨むような気持ちであったことは確かだった。ジャンの目的はあくまでアレットから金を毟り取ることだ。アレットの心境など伝えたところで、理解は得られないかもしれない。しかし、それでも構わなかった。彼女が自身の気持ちを打ち明けたのは、謝罪のための材料だったからだ。


「テメーが寝不足だったことなんて、最初から分かってた」


「……え?」


「俺もいまで謝っておくぜ。ちゃんと起こしたってのは嘘だ。実際、指一本触れちゃいねーし、声すら掛けてない」


「な、なんでそんなこと――」


「ああ、すまなかった。アンタにとってはその方が迷惑だったみてーだからな。次からはちゃんと起こす」


 アレットの脳裏に、あるイメージが鮮明に浮かび上がった。それはグレートラウディに追われ姿の見えなくなったアレットを、道に迷いながらも必死に探すジャンの姿だ。もちろん、そんなものは彼女の想像でしかなく、事実は大きく異なるかもしれない。けれどアレットは、浮かび上がったその不確かなイメージを信じることにした。

 途端、形容し難い暖かな感情が、身体の中心からじんわりと全身へ広がった。


「私を気遣ってくれたなら、最初からそういえばいいのに……」


「ぐっすり寝てたから起こさなかったって言えばよかったのか? それはそれで文句言うだろ」


 ぐうの音も出なかった。もし今朝の時点でそれを言われていたら、アレットはジャンの気遣いを恩着せがましく感じていただろう。アレットとの口論すら彼なりの気遣いであったことを知り、戸惑いや羞恥心が雪崩のように襲ってきた。

 

「お、お互い仕事なんだし……余計な気遣いとか親切は、必要ないから」


「だろうな。そいつは身に染みてるが……別に気なんて使ったつもりはねーよ。起こさなかったのは俺がそうしたかったから、しただけだ」


「なにそれ……。そんなことして貴方になんのメリットがあるの?」


「テメーの体調が万全じゃねーと探索のリスクが上がるだろ」


「それで貴方が寝不足になったら同じだと思うけど……」


「たった一日寝ないぐらい、どうってことねーよ」


 彼の実力なら、それも本当のことなのだろう。なにせアレットには、その剣筋すら見えなかったのだ。気付いた時には獣の死体が転がっていた。確かに、一日ぐらい眠らなくとも余裕なのかもしれない。


(でも、そんなの公平じゃない……)

 

 アレットはそこで、自身の思考と言動が矛盾していることに気付いた。考えてみれば、二人はあくまで契約で結ばれた関係であり、雇用金が発生している以上、初めから公平な関係ではない。

 寧ろジャンの接し方のほうが、完全に”仕事”と割り切ってるように思えてきた。雇用主の体調を気遣うことは、彼にとって当然のことだったのだ。


「おお、ここ見覚えあるぞ! こっちだ、こっち!」


 ジャンが急に走り出したので、アレットはハッとしてその背を追いかけた。彼は興奮気味に、石柱の裏にある風化した祠を指さした。どうやらその祠が、ジャンの見つけた石板の祠で間違いなさそうだった。アレットはマッピング用の地図に祠の図を書き足すと、ジャンに促されるまま、その古びた祠の中へと脚を踏み入れた。

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