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天才魔導士とカナンの猟犬  作者: もにみぃ
魔導士アレットと誓いの腕輪
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第7話:厄介な第一印象

 遺跡群の最初にある石の門を通り過ぎ、遺跡の内部へ足を踏み入れたところで、真上に登る太陽を見上げたアレットは溜息を吐いた。


「……起こしてって言わなかったっけ?」


「なんっかいも起こしたっつーの!」


「今度からは叩き起こして」

 

「あのなぁ、俺はテメーの母ちゃんじゃねーんだよ! 日が昇るまでぐーすか寝てやがって! そのせいで出発も遅れるわ一睡もできねーわ……これがガキのお守りじゃなくてなんだってんだ」


 二人は野営地から出発して遺跡に到着するまで、この問答を飽きもせずに続けていた。

 アカデミーでも王宮の研究室でも昼夜逆転が当たり前の生活を送っていたアレットは確かに夜型だったが、今まで外泊の際に気を抜いたことなど一度もなかった。


「なにしても起きないなんてことない。いくら私でも耳元で叫ばれれば起きるよ」


「テメーが変な釘さしてこなきゃ、こっちだって遠慮なく叩き起こしてたぜ」


 迂闊に触れれば防護魔法が発動すると思ったのか、防護魔法の知識はあっても、そこまで詳しくないのだろつ。しかし、最初からアレットの嘘を見破っていた彼の言葉と矛盾する。ジャンの主張は理屈が通っていたが、いまいち信用できないのも事実であった。


「それって結局、ビビって起こせなかったってこと? ちょっとやそっとじゃ防護魔法は発動しないこと、知ってたんじゃなかったの?」


「そんなことまで知るかよ……こっちは魔法に明るくねーんだ。強く触れた途端にドカンの可能性もあると思うだろうが」


「触れた途端にドカンなら私だってただじゃ済まないでしょ。誤解してるみたいだけど、防護魔法はそんな無作為に発動するものじゃないから」


「それじゃ昨晩のは脅しか? ほんっとに性格の悪い女だな?!」


「言いがかりも大概にしてくれる? いい加減、しつこいよ。それとも、自分の力が及ばなかったときの言い訳にしたいの? 確かに今なら失態を犯しても”一睡もできなかったから仕方ない”って簡単に言えるもんね」


「はぁ?! ちげーってぇの! 俺は、テメーの――ああ、くそっ……ムカつく女だぜ!」


 ジャンとの口論はそれきりだった。ようやく遺跡に脚を踏み入れたのに、前途多難である。共に依頼をこなす上で、コミュニケーションが取れないというのは致命的だ。今までは誰と組もうとアレット一人でもどうにかなっていたので、特に気にしなくてもよかった。加えて、仕事仲間と衝突した経験もあまりなかった。王宮の同僚とは意見が合わないこともあったが、子供の様な意地の張り合いとは無縁だった。


(人付き合いなんて元から苦手だったけど……ここまで上手くいかないのは初めてだな)

 

 状況がよくないことは確かだった。だが、アレットはこの問題との向き合い方が分からなかった。せめて遺跡調査中だけでも喧嘩はやめようと切り出そうにも、小さな意地とプライドが邪魔して言い出せない。原因は相手がジャン・ブラックだからなのか。協力するのが賢い選択だと分かっているのに、感情を優先させてしまうなど、アレットには初めての経験だった。

 幼い頃から叩き込まれた社交界のマナーなど、貴族相手でなければ役にも立たなかった。結局、二人は一言の会話もないまま、自然と東と西に分かれて各々遺跡探索を開始したのだった。


 ◇

 

 石造りの塀や崩れた建造物、意味深に立ち並ぶ石柱等、アレットは丁寧にマッピングしながら調査を行った。腐りかけの木箱や壊れた壺の中も隅々まで確認したが、魔道具らしきものは見当たらなかった。

 遺跡の造りをざっと見たところ、祭祀場のようだった。魔道具の手掛かりを探している途中、アレットは遺跡中央の広場でジャンの姿を見かけた。

 東側の探索が済んで西側へ来たのか、きょろきょろと辺りを見回している。しかし、もう探索を終えたのなら早すぎる。そもそも、彼に協力する気があるのかどうかも疑わしかったアレットは、初めから東側も自身の目で確認しようと考えていた。


「……?」

 

 ふと、茂みの方から人の呻き声のような音がした。慎重な足取りで音のした方へ踏み込むと、その音は次第に大きくなった。依頼書には情報が記載されていなかったが、遺跡周辺が盗賊の住処になっている可能性はあった。雨風を凌げる遺跡や廃屋、坑道跡などは特に住処になりやすい。馬車を襲いやすい通り沿いや人通りの多い峠の近くにそれらがあれば、大抵はそこを塒にする。しかし、この遺跡群は森の深部にある。王都のラヴィア領からサリア領まで整備された道は一本しかなく、その大通りから遺跡までは歩いて二日は掛かるし、危険な獣も多い。

 わざわざそんな場所に拠点を構える盗賊がいるだろうか。そう思いつつも、アレットは恐る恐る茂みを覗き込み、声の主を確認した。


「ッ……?!」


 声の正体はグレートラウディの群れだった。しかも、一匹や二匹ではない。五、六体ほどの群れがそれぞれ重なりひしめき合っていた。ちょうど繁殖期だとジャンが言っていたので、獣同士の交尾はそれほど珍しくもない。しかし、同時に複数体となると異様な光景だった。多回交尾にしても、それぞれの雌雄が同じ場所に集まり、争いもなく繁殖行動をとるなど聞いたことがない。

 種の存続のため、より良い遺伝子を作るため、同種間での子殺しを抑制するため。自然界における多回交尾の理由は様々だが、獣がここまで合理的な手段をとるという事実に、アレットは感銘を受けた。


(う、うわぁ……)


 思わずその様子をまじまじと見つめてしまった。ラウディの群れと十分な距離はあるが、危険な行為だった。姿が人によく似ている所為か、見てはいけない物を覗き見ている後ろめたさもあるのに、不思議と目が逸らせない。その神秘的ともいえる光景に奇妙な感動を覚え、アレットはつい夢中になってしまっていた。

 アレットも多くの探究者と同じく、集中すると周りが見えなくなるタイプである。それ故、背後から近づいてきた気配に、まったく気が付かなかった。


「……覗きとはいい趣味だな」

 

「きゃぁあッ!?」


 急に背後から声を掛けられたアレットは、驚いて悲鳴を上げた。


「ば、――ばかっ!」


 咄嗟に伸びてきたジャンの手がアレットの口を塞いだが、もう遅かった。ラウディの群れはピタリと動きを止めた。ギラリと光る複数の赤い眼が一斉に二人の姿を捉え、身体の大きな雄たちが二人を目掛けて突進してきた。


「に、逃げなきゃ……!」


「あ、おい待てッ――」


 アレットは反射的に背を向けて駆け出した。それは今までの戦闘経験で身に付いてしまった癖だった。しかし、獣相手には下策だった。アレットの身体能力では四足歩行の獣に敵わない。案の定、直ぐに距離を詰められた。

 アレットは慌てて腰に下げた鞄から魔鉱石を取り出すと、身を翻して魔鉱石を握りしめた拳を突き出し、襲い来るラウディに向かって魔法を放った。途端、燃え上がる炎が獣達の巨体を焼いた。しかし、群れの勢いは止まらず、炎上しながらもアレットめがけて突進してきた。


「なっ――!?」


 多少の時間稼ぎにはなったものの、あまり効果はなかった。ラウディ達はゴロゴロと身体を転がし、消火しながらも距離を縮めてくる。グレートラウディの毛皮に高値が付いているのは、防寒に優れているだけではなく、熱にも耐性があるからだった。魔鉱石で火力を上げたアレットの魔法をもってしても、一撃で屠れぬ相手は初めてだった。

 火で効果がないなら、別の方法を試すしかない。アレットは遺跡の石塀を越えて石柱を回り、わざと障害物の多い場所へと群れを誘導した。ラウディ達はその巨体に似合わず、障害物を器用に軽々と越えてくる。遺跡周辺に生息している個体なら、地の利は獣たちにある。結局、誘導も大した足止めにならなかった。

 アレットは魔法で瓦礫を浮かせ、苦し紛れに石つぶてを放った。


「――っ、!」


 リーチの長い巨大な手が、石つぶてを弾き飛ばした。跳ね返ってきた瓦礫がアレットの頬を掠め、皮膚が裂けた。半端な攻撃では弾かれてしまう。もっと大きな瓦礫の山を浮かせて押し潰せればいいが、大きな魔法の発動にはそれだけ長いインターバルが必要だった。

 アレットはその時初めて、ジャンの存在を思い出した。突進してきた雄のラウディ達は三体ともアレットを追ってきている。無事である可能性は高いが、すっかりはぐれてしまった。同行者が何の役にも立たないのには慣れていたが、獣相手にここまで苦戦するのは初めてだった。アレットは胸の内でジャンをありったけ罵った。

 

(あの男、生きてたら殺してやる――!)


 上級ランクの冒険者の中でも、彼は腕利きだと聞いていた。多少は期待していたのに、今回も無駄金を支払うところだった。生きて遺跡を出られる保障はないが、もし次があるならアレットは二度と他人と仕事をしないと誓った。そもそも、追いかけ回されている原因はアレットが驚いて声を上げてしまったことだ。そして、その原因はジャンの軽率な行動である。

 これだけ走り回っても姿が見えないということは、アレットを囮にさっさと逃げた可能性がある。アレットにも油断があったことは否めない。少なくとも森の中腹まではアレットの魔法が通用しない相手などいなかったからだ。中級と上級の差がここまで大きいと知っていれば、もっと入念に準備をしていただろう。なんにせよ、アレット一人でこの状況を打開するのは不可能に等しかった。差し迫った死の予感に、嫌な汗がじっとりと背中を濡らした。

 

(いや、きっと勝機はある。考えなきゃ――)


 魔導士は距離を詰められると不利になる。アレットはいつものように、逃走しつつ応戦するを繰り返した。そして気が付けば、遺跡の端にある祭壇所まで追い込まれていた。円形の広間の先は、崖だった。追い回されるうちに、いつの間にか退路を断たれてしまっていたのである。ラウディの厄介な点は、その高い身体能力以上に、知能が高いことだ。

 ラウディ達はゆっくりとした足取りで、追い詰めた獲物の様子を伺いつつ、三方向からにじり寄ってくる。そして、一際大きな個体がアレットへ飛び掛かり、巨大な拳を振り下ろした。途端、防護魔法が発動してラウディの攻撃が弾かれた。巨体が大きく仰け反り後退する。防護魔法は致命の一撃を一度だけ弾く魔法であった。強力な効果をもつ魔法だが、防護魔法を仕込むのには数時間を要する。連発できない上に重ね掛けも効かない。故に、万一の保険にしかならない魔法なのである。


(――やばい、)

 

 アレットは正真正銘、打つ手がなくなってしまった。アレットは本来、人並み以下の体力しかない。魔力で身体強化を行えば人並み以上にできるが、立ち回りの技術まで習得できるものではない。再び襲い掛かって来たラウディの攻撃を辛うじて避けたものの、外套の端を掴まれてしまい、アレットの身体は宙へ浮いた。咄嗟の判断で外套の留め具を外し、脱出を試みたが、受け身がとれず地面へ身体を打ち付けた。大きく息を吐き、震える呼吸を整える。

 手の中の魔鉱石を強く握りしめながら、アレットはラウディの大きな拳を意味もなく見つめた。その手だけでも、アレットの頭三つ分ほどの大きさはある。あの手に捕われれば、アレットの細い身体など紙クズのように簡単にぐしゃぐしゃにされてしまうだろう。早く体勢を立て直さなければと思うのに、初めて直面する死の恐怖に足が縺れて立つことさえままならない。


「ぁ……、」


 当然だが、獣はアレットを待ってくれなかった。無慈悲に振り上げられた巨大な手を呆然と見つめながら、死を覚悟したその時だった。ブツリと肉の断たれる嫌な音が、アレットの鼓膜を叩いた。次の瞬間、拳を振り上げた巨体は派手な音を立てて地面へ倒れた。

 ふっと短い呼吸音のあと、傍らに控えていた別の個体の首が、胴体から切り離された。その綺麗な断面から真っ赤な血が噴き出し、遺跡の石畳を汚した。一瞬の出来事だった。何が起きたか分からず呆けていると、揶揄うような軽快な声が、倒れた巨体の影から聞こた。


「どうした? 腰が抜けて立てないとか言うんじゃねーだろうな」


 その男はいつの間にかアレットの目の前に立っていた。彼女を守るように背を向け、血濡れの大剣を肩に担いでいる。どうやらジャンは死んでもいなければ、逃げてもいなかったらしい。今までどこに居たのだろうか。しかし、彼を問い詰めている暇はない。グレートラウディはまだ一体残っていた。


「最大火力の物理魔法をぶつけたい。時間稼げる?」


「お安い御用だ。時間稼ぎだけでいいのか? ……と、言いてーとこだが」


 ジャンは肩をすくめて振り返ると、前方を指さした。アレットの視線が捉えたのは、すっかり怯えきった様子でゆっくり後退していくラウディの姿だった。自分よりも身体の大きな雄がやられたことで、危険を察知したのだろう。


「殺さないと気が収まらねーっていうなら協力するぜ」


 アレットは地面に転がったグレートラウディの遺体を交互に見た。年々、その個体数が減っていることもあり、無暗な狩りは禁じられている。憎らしい気持ちはあったが、逃げる獣を追い回して殺すのも気が引けた。

 首を横に振った彼女を見て、ジャンは持っていた大剣を地面へ突き立てた。怯えたラウディは一目散に森の奥へと走り去った。その姿を見送って、アレットはようやく安堵の息を吐いた。全身の緊張が解け、四肢にうまく力が入らず、しばらくはこの場を動けそうになかった。


「……もうダメかと思った」


「こっちの台詞だ。まったくヒヤヒヤしたぜ。まさか獣に背を向けて走り出すとはな!」


 思い出したようにクツクツと笑う男を、アレットは思いっ切り睨みつけた。


「今までどこ行ってたの……?」


 その腕前は、間違いなく一流だった。ジャンは炎も通さないラウディの強固な皮膚をいとも簡単に切断してみせた。彼ほどの腕前であれば、逃げるアレットのフォローどころか、襲われた段階でも十分に応戦できたはずである。


「あー……、隙を突こうと思ったんだよ。ほら、獣は狩りをするときに隙ができるだろ」


 ジャンはアレットの命の恩人であった。しかし、ここまで感謝を述べる気にならない恩も珍しい。

 

「魔導士は白兵戦が苦手だって分かっていながら、囮に使ったっていうの? 仕事はちゃんとするって言ってたのに……」


「おいおい、そこはまず”助けてくれてありがとう”だろ。なんで俺が責められなきゃなんねーんだ?!」


「私は貴方に雇用金を支払うんだよ? 貴方が雇用主を助けるのは当たり前でしょ。そんなことでいちいち感謝なんてしないし、囮にされて恩なんて感じるわけない。……ああでも、真っ当に仕事をこなすだけじゃ”助けてやった感”が出ないもんね。人に恩を売るのが大好きな貴方なら、死ぬ直前まで黙って見てるぐらいのこと、確かにやりそうだよね」


「……、……」


 アレットにも意地になっている自覚はあった。しかし、こうなった原因の一端はジャンにもある。結果的にジャンのおかけで助かったことには変わりないが、本来なら避けられたはずの戦闘だった。囮に使われたことも相まって、ジャンの実力は素直に認めることができても、その人間性だけは未だに信用できなかった。

 こんな調子で遺跡探索など、本当に無事に終わらせることができるのだろうか。胸中の不安を拭うように、アレットはゆっくり立ち上がり、ラウディに裂かれた外套を拾い上げた。


「おい、どこ行くんだ?」


「探索を再開する。魔道具もまだ見つけてないし、東側も見てないから」


 アレットは中央の広場へ向かって歩き出した。


「まてまてまて、勝手に行くな」


 ジャンは慌てた様子でアレットの腕を掴んだ。


「なんで? どうせ東側も碌に調査してないんでしょ。協力したくないなら無理強いしないけど、邪魔だけはしないで」


 アレットの言葉に、ジャンは複雑そうな表情を浮かべた。てっきり言い返してくると身構えていたアレットは、拍子抜けした。

 

「……気になる場所を見つけたんだ。広場から西にちょっと行った先の祠に、文字の刻まれた石板があった」


「……石板?」


「案内するから、ついてこい」

 

 どうやら、彼なりに探索をしていたようだ。文字の刻まれた石板の話が本当なら、確認しないわけにもいかない。アレットは疑いの目を向けつつも、先導するジャンの後に続いた。

 

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