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天才魔導士とカナンの猟犬  作者: もにみぃ
魔導士アレットと誓いの腕輪
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第5話:長い旅の始まり

 起き抜けの気分は最悪だった。どうせ眠れないのなら、お気に入りの魔導書でも紐解けばよかったと、アレットは嘆息した。軽い頭痛に襲われつつも、慌てて宿を出る支度をする。日が昇る前に王都を出なければ、日の高いうちに目標のポイントまで辿り着けない。

 無人のカウンターに宿泊代を置き、宿を出る。登りかけの太陽の光が寝不足の眼球を刺激し、じんとした痛みに間抜けな声が出た。


「思ったより大荷物になっちゃった……」


 アレットは欠伸を噛み殺した。早朝の町は静かで人気がなく、つい気が緩んでしまう。せめて立ち振る舞いだけでも気を付けなければと、背筋を伸ばした。以前、王都の門番と揉めたことがあった。アレットの口調や振舞いは上流階級のものであるため、冒険者であることを疑われたのだ。それ以来、アレットは意識して砕けた言葉を使うようになった。


「そういえば待ち合わせの場所も時間も相談してないけど……ちゃんと来るかな。あの人」


 不参加となれば雇用費の支払い義務はなくなる。アレットは男が来なければ、それで構わなかった。

 都の外へと通じる門が見えてきたところで、懐から冒険者証を取り出す。眩しそうに朝日から目を逸らす門番へ冒険者証を掲げると、あっさりと門が開いた。一度揉めたおかげか、アレットは門番に顔を覚えられていた。


「こんな早くから仕事ですか?」


「うん。今回はちょっと遠出になるかも」


「ご健闘を祈ります。大したものではありませんが、良かったらどうぞ」


 そういって門番は、アレットの手に万能薬が入った小瓶を握らせた。彼は門番の中でも一番若く、人のいい性格だった。アレットにも親切で、当番の日は決まって役立つアイテムをくれる。貰ってばかりも悪いと、アレットも街を出る時はお返しの品を用意している。実はそういった行動のせいで、育ちの良さがバレてしまっているのだが、アレットは気付いていなかった。


「いつもありがとう。これ、お礼に受け取って」


 アレットは昨晩、遠出のためにいくつか準備していたものの中から、色紙に包まれたものを青年に渡した。菓子の生地に眠気覚ましの効能があるブルーミストのエキスを混ぜた保存食である。


「保存食に作ったものだから味の保証はできないけど、疲れた時に食べるといいよ」


「て、ててて手作りですか?! あ、……ありがとうございます。あの……どうか無事に戻ってきてください」


 アレットは青年の言葉に強く頷いて、手を振りながら門を潜った。門番は王国の騎士団の中でも下っ端の仕事である。そうでなくとも、国が冒険者を支持するようになってからは、騎士であろうと冒険者への手厚い対応が義務付けられていた。しかし、どこからどうみても青年の態度はその域を越えていた。それに気付いていないのはアレットだけであった。

 王都を出て少し進んだところに、道標がある。農村と王都への分かれ道で、冒険者の間ではよく待ち合わせに使われる場所だった。アレットはその道標の傍で立ち止まった。


「……五分待って来なかったら出発しよ」


「おいおい、そりゃないぜ。俺はここで1時間もアンタを待ったのによぉ」


「へぁッ……!?」


 岩の影から突然聞こえた声に驚いて、アレットは変な悲鳴を上げた。声の主は昨日ギルドで顔を合わせた時と同じ装いをしたジャン・ブラックだった。


「よぉ、ひでぇ顔だな寝坊助」


「別に遅刻じゃないでしょ。時間も決めてなかったんだし……」


「でも俺は待ちくたびれたぜ。お待たせしてすみませんの一言ぐらいあってもいいんじゃねーのか?」


「貴方が早く来たという証拠もないのに、どうして謝る必要があるの?」


「俺は嘘なんか吐かねーよ」


「そのセリフがもう嘘でしょ」


 くだらない言葉の応酬に、アレットは早速うんざりしていた。不満気な顔をしたジャンを無視して歩き出す。どんな妨害をしてくるかと身構えたが、彼は意外にも大人しく、地図を広げて歩くアレットの後ろをついてきた。


 農村のある喉かな平原を通り抜けて森に入ると、獣の気配が濃くなった。王都を囲うように広がる『ラバの森』は、他国からの侵略を防ぐのには最適だが、深部は獣や魔物の巣窟だった。森を開拓して作られた道は一本しかなく、別の領地にいくのも一苦労である。整備された道をそのまま二十里ほど進めば、魔導アカデミーの時計塔が見えて来る。そこまで行けばサリア領だ。

 しかし、今回の依頼は森の深部で発見された遺跡の調査、そして遺跡に隠されている魔道具の回収だ。アレットは整備された道を避け、生い茂った草木を掻き分けて茨道を進んだ。中級ランクの依頼では森の入口から中腹あたりで取れる素材の回収や獣の討伐が主だったので、アレットはまだ深部まで足を踏み入れたことがなかった。

 

「冒険者なんかやってるってことは、貴族じゃなさそうだが……アンタも一攫千金を夢見てるくちか?」


 中腹まで来たところで、それまで無言だったジャンが唐突に言葉を発した。


「生きるためにお金が必要だから、ギルドに名前を登録した。冒険者をやっている人間の殆どがそうでしょ? 本気でドラゴンを倒そうなんて人、いないと思うけど」


 核心には触れてこないが、遠回しに探りを入れられている。アレットは個人的な事情を他人に話すつもりはなかった。王都には国政に不満を抱いている者もいるし、王宮で雇われているというだけでやっかむ者いる。

 そうでなくとも、皇族との不貞を疑われ、王宮を追い出されたなどと口が裂けても言えない。ただでさえ酒場の一件で仕事がやり辛くなっているのに、そこに皇族とのスキャンダルまで追加されれば、王都で受けられる仕事がなくなってしまう。アレットにとって、ジャンは信用できない他人の筆頭である。うっかり真実を語ろうものなら、三日も経たぬうちに王都中へ噂が広がってしまうか、それをネタに揺すられる可能性もあった。


「なぜ国王がドラゴンの討伐に国税を注いでるか、知ってるか?」


 倒れた枝を迂回しようとすれば、背後から太い腕が伸びて来た。その腕が次々と草木を掻き分けるので、アレットとジャンの位置はいつの間にか入れ替わっていた。


「私が知るわけないでしょ……隣国のカナン王国がドラゴンに襲われて滅亡したから、ドラゴンを危険視してるんじゃないの? カナンはラヴィアと同盟国だったし、未だに避難民の問題は尽きないからね」


「俺が知りたいのはカナンの次はラヴィアだと、国王が異様に怯えてる理由だ。平民に金をばらまく様な真似をしてまでドラゴンを殺すことに拘ってるだろ?」


 なぜ突然ドラゴンがカナンを襲ったのか。その理由については未だ謎に包まれている。ドラゴンといえばこの世で最も長命の生物体であり、不死の象徴である。人の言葉を理解し、規律を重んじる極めて知性的な種族だ。


「まさか、陰謀論とか信じてるの? 現実的に見れば、カナン復興の援助のためにドラゴン討伐を国政に組み込んだとしか考えられないよ。まぁでも、王都の冒険者の中にドラゴンを討伐しようなんて命知らずはいな――わぷっ!?」


 アレットはジャンの背中に顔をぶつけた。岩のように硬い筋肉は、もはや壁だった。アレットは鼻を擦りながら、文句を言った。


「きゅ、急に立ち止まらないでよ……」


 ジャンは静かに振り返って、唇に人差し指を宛てた。

 

「静かに」


 途端に緊張感が走り、アレットは口を噤んだ。ジャンの広い背中に隠れ、彼女の視点からはまったく前方が視えなかった。警戒態勢に入ったものの、一体何事だろうか。


「なに、魔物でもいたの?」


 一般的に魔物とは好んで人間を襲う種族を指す。悪戯好きで好戦的な妖精の類や、人に強い怨みを持つ霊魂を総称して魔物と呼んでいる。それ以外の四足歩行の生き物を獣と呼び分けているのだ。


「ラウディだ」


「……ただの獣じゃん」


 ラウディは人に近い中型の獣だ。手足が長く雑食で、獣の中では一番知能が高いとされている。畑を荒らす害獣としても知られ、よく討伐依頼の対象になる。ラウディ程度になにをそんなに警戒しているのかと問えば、ジャンは少し身体を傾け、親指で前方を指した。

 アレットは促されるまま身を乗り出し、木々の間から前方を確認した。そして、思わず声を上げた。


「うそ、グレートラウディ?! は、初めてみた……」


 茶色い毛皮に覆われた巨体は、アレットが見慣れたラウディよりも三倍は大きかった。グレートラウディはラウディと同種だが、大きさの違いで別の呼称が付いている。より知能が高く狂暴だが、個体数が少ない稀少な獣とされている。防寒性の高い毛皮は高級素材として有名である。しかし、普通のラウディとは生息域の異なるグレートラウディが、なぜ森の中腹にいるのだろうか。


「繁殖期だからな。大方、番が見つからずここらまで出て来たんだろ」


「こんなに近づいて気付かれないものなの?」


「いや、気付かれてるだろうな。だが、向こうは種の存続が掛かってんだ。必要以上に近づかなければ、襲ってはこねーだろ」


「……確か、グレートラウディの毛皮って一枚で金貨1枚相当の価値があったよね?」


「正気か? いちいち相手にしてたら依頼が終わらねーだろ。それに、個体数が減ったせいで勝手な捕獲は禁止されてる。闇市なら買い取ってるかもしれねぇが……バレたら捕まるぞ」


 依頼の失敗時に備えて確保しておきたい、というのがアレットの本音だった。しかし、ジャンの言うことも一理あった。捕獲も毛皮の取り扱いも、それなりのリスクを伴う。

 少し迷ったが、アレットは金貨1枚を泣く泣く諦めて、道を迂回するジャンの背中を追ったのだった。

 


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