第4話:早すぎる運命の再会
アレットは逃げるように酒場を離れ、銀行で諸々の手続きを終えた。店主へ必要な謝罪を済ませ、表向きの罪は清算された。ジャンとは親し気にみえたので、身構えていたが、彼は引き渡し書にサインをしたらあっさり帰って行った。
「父様と姉様が見てたら、身体中の水分が蒸発するほど怒り狂いそう」
しかし、万が一裁判になっていれば、アレットの自由な生活はここで終わっていた。実家へ連絡がいけば処刑は免れるだろうが、罪人の烙印を押された娘など、商売道具にもならない。そんな状態で家に戻されることを想像し、アレットは身震いした。直談判でも金貨10枚は妥当な金額だっただろう。
「貶されたからカッとなって思わず擦り付けちゃったけど……彼のおかげなんだよね」
そう口にしながら、猟犬と名乗った男の顔を思い出す。そして、もう二度と会わないことを願った。
いまアレットの手元に残っているのは、受けた依頼の前渡金、銀貨20枚のみであった。それも単なる前借りにすぎず、もし失敗すれば新たな借金を抱えることになってしまう。これでは上級ランクの冒険者を雇用するどころではない。なんとか雇用金を踏み倒すか、一人で依頼をこなすしか道はない。アレットには後者の方がより現実的な選択に思えた。
「エリー、ちょっといいかな? 私が雇用した冒険者なんだけど……」
約束の時間より早くギルドの戸を叩いたアレットは、受付嬢のエリーに事情を話そうとカウンターへ向かった。しかし、慣れ親しんだ彼女の笑顔は、不意に視界に現れた丸太のような太い腕に遮られてしまった。
「よう、奇遇だなお嬢さん」
聞き覚えのある声に、アレットは絶句した。
恐る恐る見上げれば、声の主は二度と会いたくなかった男だった。今朝の装いとは違い、彼はその背に大きな得物を背負っていた。見るからに重そうな大剣の太い柄が、肩越しにギラリと光っている。その武器を振るうためか、最低限軽量化された革製の防具と軽そうな金属の胸当てが、不思議と強者感を醸し出している。しかし、シンプルな装いの割に装飾が目立ち、全体的に軽薄な印象を受けた。
「ど、どいてよ。仕事を受けに来たんだから……」
鍛え抜かれた太い腕に通行を妨げられた上、アレットの細い身体はその巨体にすっぽり隠されてしまっていた。カウンターのエリーどころか、周りにいた冒険者たちからも、アレットの姿は見えなくなってしまった。
「仕事ってのはコレのことか?」
ひらりと目の前に翳された紙切れを、アレットは反射的に受け取った。その紙は依頼を受注した際、アレット自身が用意した雇用契約書だった。そこには、ジャン・ブラックの名が綴られている。
そんなまさかという思いで契約書を隅々まで確認したが、間違いなくアレットが昨日ギルドで発行したものだった。
「まさか、知ってて私に……?」
「自意識過剰も大概にしやがれ。俺もたった今、知ったところだよ」
その表情に今朝のような親しみやすさは欠片もなかった。金額の交渉をして同行者を雇うか直前まで悩んでいたが、こうなれば話は別だった。双方の同意があれば雇用契約はすぐに破棄できる。
「それは運命的な偶然だね……。でも、知っての通り、いまの私にはとても人を雇う余裕はないから。ここへは契約の破棄をしにきたの。残念だけど、この依頼の話は無かったことに――」
そこまで口に出して、ふと違和感を覚えた。顔合わせの約束は今日だったのに、契約書には既にジャン・ブラックの名が署名されている。つまり彼は雇用主がアレットだと分かった上で契約書にサインしたのだ。
アレットが戸惑っていると、ジャンは口角を吊り上げて凶悪な笑みを浮かべた。
「もし困ってんなら、破格で雇われてやるよ。俺もマスターに売り上げを返さないといけねーからな?」
人とのコミュニケーションに慣れていないアレットでも、その申し出が親切心じゃないことは分かる。
「申し出は有難いけど、大丈夫だよ。依頼は一人で受けるから……」
「上級ランクの仕事は初めてなんだろ? 言っとくが、今までと一緒にしない方がいい。有り金ぜんぶ叩いてでも、俺を雇うべきだ」
「私が貴方を信用できると思う?」
強がってはみたものの、ジャンの言う通りだった。一対一の戦いにおいて、魔導士は圧倒的に不利だ。一人だとヒット&アウェイか奇襲で先手をとるかの二択になってしまい、戦略の幅が極端に狭まる。今回の依頼はあくまで魔道具の回収だが、遺跡の踏破も含まれている。最低でも四日は掛かる。野営を余儀なくされる場合、危険なのは獣や魔物より盗賊の類である。人手が必要なのは、まぎれもない事実であった。
ジャン以外の冒険者を新たに探すという手もあるが、依頼には期日が設けられている。それを過ぎてしまうと報酬金が減ってしまうので、あまり準備に時間をかけるわけにもいかなかった。
「俺がアンタの邪魔をするとでも? ならこうしようぜ。もし俺の所為で仕事に支障が出たら、雇用金は支払わなくていい。あぁでも、俺の活躍や貢献はその都度記録してもらうぜ。なにせアンタは大嘘つきだからな」
アレットの心臓がびくりと跳ねた。額からドッと汗が吹き出し、二日酔いの吐き気がぶり返した。
「う、嘘つき……? 私が?」
「惚けんなよお嬢さん。防護魔法だ。俺が話を合わせてやったろ?」
アレットは息を呑んだ。昨晩、酒場を全焼させたアレットが単に酔って暴れていただけだという事実を、ジャンは初めから知っていたのだ。その上で、店主には防護魔法の暴走だと証言していたらしい。ジャンがテリーに責任を負わせようとしていたのは間違いないだろう。おそらく、彼がわざわざアレットを捕まえて直談判に持って行った理由は、あの店と店主のためである。
それにしても、まさか庇った相手からテリーと同じ罪を着せられ、売り上げ損失分の返済を擦り付けられるとは思わなかっただろう。しかし、防護魔法の事実を知っているなら、あの場で証言をひっくり返し、アレットを糾弾しようと思えばできた。彼がそうしなかった理由までは、どんなに考えても分からなかった。
「も、申し出は有り難いけど……報酬額の半分も渡せないよ?」
アレットはあからさまに話を逸らしたが、ジャンは特に気にした様子もなかった。
「なら、分け前は三割でいい。普段なら有り得ない条件だが……今はなんでもいいから少しでもアンタから金を毟り取りたい気分なんだ」
なにかと思えば、目的は単なる嫌がらせだった。しかし、今のアレットには効果的だ。ほぼ一文無しだと分かっていて自身の腕を売り込むあたり意地が悪い上に、もし依頼を完遂できなければアレットはジャンにも借金ができてしまう。
そんな事態だけは絶対に避けたいが、契約を破棄した場合のリスクや手間を考えると簡単には断れない。目的には遺跡踏破も含まれてるので、暫くは野営生活になる。遠出の支度にかかる費用まで考えると、猶更だった。腕のいい上級ランクの冒険者が三割で仕事を引き受けると言っているのだ。こんなうまい話はない。
「なるほどね。よっぽど仕事がなくて困ってるみたいだし、そういうことなら気は引けるけど、貴方を雇うことにするよ」
結局、アレットは最も利になる選択をした。しかし、なにを企んでいるか分からぬ男と二人、長丁場の依頼を受けるリスクはある。だから敢えて、あくまで雇用主はアレットで、主導権は自分にあることを改めて口にした。彼が仕事の邪魔をしてくるようなら、雇用金を支払わなければいい。ジャンの目的が本当に少しでもアレットから金を毟り取ることだけなら、デメリットにもならない。
「ちなみに、冒険者ギルドの規則については知ってるよね? 冒険者同士での殺傷事故が起きた場合、冒険者証の永久剝奪と重い罰金が課せられるんだよ」
「俺がアンタを殺すと思うのか? 心配しなくとも仕事には私情を挟まねーよ。その危機感は昨晩発揮させるべきだったと思うね」
「別に殺される心配はしてないよ。細かい規則とか覚えてなさそうだったから釘を刺しただけ」
ジャンの勝ち誇った笑みが、ぴくりと引き攣った。
「……口の減らねー女だぜ」
その捨て台詞を最後に、彼はアレットの手から契約書を奪うとカウンターに提出し、ギルドを出て行った。ようやくジャンの腕の檻から解放されたアレットは、長い溜息と供にへたり込んだ。上級ランクの冒険者を破格で雇えたのは幸運だったが、それがついさっきまで金銭で揉めていた相手だったことは不運である。
「あぁ、どうしてこんなことに……」
重い足取りで手続きを済ませると、ドッと疲れが襲ってきた。今朝から怒涛の展開が続き、魔力の消耗と二日酔いで体調が最悪だったことを忘れていた。アレットはふらつく足でギルドを後にすると、商店街へ寄って遺跡へ向かう準備を整えた。最後の一仕事を終え、彼女がやっと宿へ戻れた頃には空に月が浮かんでいた。
部屋へ戻ったアレットは食事も忘れてベッドへ沈み込んだ。
「はぁ……」
柔らかいベッドに横たわりながら、大きな溜息を吐く。
ジャン・ブラックがわざわざ雇用費を下げてまで依頼を引き受けたのは、裏があるのではないか。わざと失敗させ、借金を作らせ断れなくした上で、何かを要求するつもりなのではないか。そんな嫌な想像が頭を巡り、目を閉じても眠れなくなってしまった。
今回の依頼は、アレットにとっては上級ランクへの昇格試験のようなものだった。そんな大仕事の前だというのに、先の見えない不安と答えの出ない問題に悩まされ、アレットは悪夢にうなされた。




