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天才魔導士とカナンの猟犬  作者: もにみぃ
魔導士アレットと亡国の姫君
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第47話:心の傷跡

 荷馬車は荒れた道を急ぐように走っていた。積荷と一緒に押し込まれたアレットは、荷馬車と同じぐらいガタガタと震えていた。しかし、その間もずっと、優しい手が彼女の背中を撫で、頼もしい声がずっと耳に響いていた。


 ”心配いらないわアレット。貴女のことは私が守る。それに、きっとお父様がなんとかしてくれるわ”


 幼かったあの日、誘拐されたのは姉のアシュリーだけではなかった。本来であれば、姉妹二人分の身代金を要求されていたのだ。しかし、姉のアシュリーは隙を見て人攫いからアレットを逃がした。人の多い市場に出た時、今だとばかりにアレットを荷馬車から突き飛ばした。姉の名を呼びながら往来の真ん中で泣き喚くアレットの身柄は親切な老人に引き取られ、数週間後、無事に屋敷に送還された。

 アシュリーが戻るまで、アダン家の屋敷内は常に張り詰めた空気だった。アレットの心は姉のことでいっぱいで、ちっとも休まらなかった。眠れない夜を過ごしていた彼女は、両親の言い争う声をドアの隙間から聞いていた。


 ”せめて、戻ってきたのがアシュリーであったなら……”


 壁を背に父のその言葉を聞いた夜から、アレットは自分の居場所はここにはないと思うようになった。父を見るとどうしても顔が強張ってしまい、緊張した。姉が無事に戻ってきた時、心から喜べなかったことが一生の後悔として残り続けることになってしまった。存在価値を示すように、或いは逃げるように勉強に打ち込んだ。

 家から逃げたいのであれば、結婚するのも一つの手段だ。しかし、アレットは確固たる自身の居場所が欲しかった。他人に用意された居場所は脆い。社交の場で、令嬢たちの残酷な噂を幾つも聞いていた彼女は、幼いながらにそれを理解していた。


「目が覚めたか」


 遠い記憶に想いを馳せていたアレットは、扉から現れた人物に警戒と軽蔑の視線を向けた。


「……変態」


 アレットは身包みを剥がされ、下着姿のまま黒曜石の手枷を嵌められていた。魔導士である彼女を警戒してのことだろうが、アレットの服を手ずから脱がせたのはバージルであった。


「十二も年下のガキに欲情する趣味はないから安心しろ」


 彼女が閉じ込められているのは牢ではなく、客室の一つであった。カルラと違い、傷がつけば価値がなくなると分かっているからこその扱いだろう。


「年齢も調査済みなんだね」


「年齢だけではない。好物まで調査済みだ」


「……気持ち悪い」


「……、……」


 部屋の扉に背を預け、無表情のまま窓の外を見つめているバージルを、アレットは訝しんだ。


「なんの用?」


「用などない。ただの見張りだ」


「団長自ら? 普通そういうのって下っ端の仕事でしょ。よっぽど人手不足なんだね」


「裸同然の婦女子を前に大人しくしているような行儀のいい連中じゃない。傷物にされては価値が下がる。送った脅迫状には”まだ無事”だと記したからな」


 少なくともバージルはアレットを商品として扱う気があるようだ。隙を突くとしたらその一点だが、魔法が使えない魔導士ほど無力な存在はない。今のアレットは裸のまま獣の巣に放り込まれたも同然であった。


「いくら待ってもドミニク男爵から返事なんて来ないのに、無駄な労力を使ってるよね」


「奴が賢い人間なら、取引に応じるはずだ。なにせ、もっとも効率よく人を殺せる兵器を生み出せる女だ」


「……私はそんな目的で魔鉱石を研究してたわけじゃない。だから王宮にも戻らなかった」


「なら、どんな目的で王宮なんぞで働いていた?」


「それは世間話? それとも私の情報を聞き出そうとしてるの?」


 バージルは面倒くさそうに溜息を吐いて、腕を組んだ。敵意がないことを示すために、両手を仕舞い込む仕草をしたのだろう。


「……ただの興味だ。王宮の研究者の中で貴様が一番若く、それも女だったからな」


 王宮の中でもアレットは浮いていた。若い貴族男性も一握りで、老齢の国務官や外交官が並ぶ中、彼女は悪い意味で目立っていた。

 

「世界平和のため」


「答えたくないならいい」


「……嘘じゃないよ。私の目的は魔法を一般化することだったから。影響力のある立場に居たかっただけ」


「魔法を一般化だと……? それが世界平和に繋がると本気で思ってるのか?」


「魔法は争いの道具じゃないからね」


「貴様にとってはそうだろうな。いかにも貴族のご令嬢らしい、ご立派な考えだ」


 アレットとて、考えなかったわけではない。危険な魔鉱石の流通をいくら規制しても、新たな犯罪が生まれる危険性はある。だが、リスクを恐れていてはいつまで経っても新たな道など拓けはしない。


「そっちこそ、随分と保守的なんだね。利益よりリスクを恐れるタイプだなんて意外だよ。まぁ、国の問題なんて傭兵団には関係ないし、危険性を重視するのは仕方ないか」


「……くっ、……ぶはッ!」


 堪らず噴き出したような音に驚き、アレットは反射的に扉の前に立つ男へ視線を移した。先程まで冷たい無表情しか見せていなかった男が、愉快そうに笑っている。馬鹿にされているのかと腹が立ったが、あまりに邪気のない笑顔に言葉が出て来ず、ただその様子を見つめてしまった。


「なるほど。血は争えんな……可哀想に」


「……どういう意味?」


「こっちの話だ」


「……変人」


「あまり生意気な口を叩くと、一番話の通じない男に見張りを代わるぞ」


 会話はそれきりだった。バージルは幻覚をみていたのかと疑うほど鉄面皮に戻り、アレットもそれ以上口を開かなかった。第一印象もそうだったが、妙な雰囲気を纏った男である。悪党と呼ぶには洗練されすぎているが、善人と呼ぶには不穏すぎた。それが実際に関わって、もっと分からなくなった。

 数刻が経った頃、扉の外が騒がしくなり始めた。使用人の恰好をした男が部屋へ来て、バージルに何事かを小声で囁いた。途端、彼の鋭い視線がアレットを射抜いた。反射的に肩を震わせたアレットは、それでも気丈に相手を睨み返した。


「幼気な少女かと思いきや、とんだ食わせ者だったか……この娘をあの女と同じ地下牢へぶち込んでおけ!」


 バージルは使用人にそう命じると、急いで部屋を出て行った。どうやら、武具の回収は上手くいったらしい。アレットは使用人に目隠しをされ、カルラのいる地下牢へ移された。

 牢の中で目隠しが取られ、アレットは数刻ぶりにカルラと再会した。カルラは手枷こそされていたが、アレットのように身包みを剥がされてはいなかった。寧ろアレットのあられもない姿をみて、彼女の方が戸惑っていた。


「そ、その格好……」


「警戒されちゃって。魔導士に対する措置としては正解だよ」


「それ、黒曜石の手枷でしょ? それだけで十分だわ。わざわざ年端もいかない少女の衣服を奪うなんて……へ、変態だわ」


「年端もいかないって……これでも一応、十九歳だよ。まぁ、変態なのは確かだと思うけど」


 そう返せば、カルラの両目は零れんばかりに見開かれた。確かめるようにじっくりと上から下までアレットを見たあと、衝撃的な言葉を口にした。

 

「……え? と、年上っ?!」


「は……? まさか……年下、なの?」


 仮にも捕らえられているというのに、まったく緊張感のない会話だった。カルラは今期の雨季が終われば十七歳になるという。アレットも思わずカルラの身体をじろじろと眺めてしまった。凄まじく均衡のとれたしなやかな身体つき、筋肉質だが無駄のないボリューム感、そしてなにより凹凸のある女性的な曲線。アレットは立ち直れないほどのダメージを受け、冷たい牢の床にぺたりと崩れ落ちた。


「神様は不公平だ……」


「子は親の特徴を継ぐものだから――」


「お父様もお母様もこんなにチビじゃないし、お姉様に至ってはスタイル抜群だよぉ……ねぇ、私の身体って変なのかな? やっぱり小さい頃から夜更かししてたのが原因だと思う?」


「……、ぷっ……」


 既に半べそをかいていたアレットは、カルラに笑われたことで本格的に自尊心が切り刻まれ、幼子のようにすすり泣いた。


「ひ、ひどいっ……笑うことないじゃん!」


「ち、違うわよ! 馬鹿にしたんじゃないわ。宿屋の時のすかした態度とあまりにもギャップがあって……」


「ああでもしないとすぐに嘗められるんだよ! いいよ……どうせカルラみたいな人には一生分からないんだからぁ」


「私は今のアレットの方が好きよ? 貴女って本当は、すごく愛らしいひとだったのね」


 アレットは一国の王女(しかも年下)に慰められている自分が情けなかった。彼女は本来なら、手荒な扱いを受けているカルラを気遣うべき立場である。


「そ、そうだ……貴女は大丈夫だった? なにもされてない?」


 涙目を不自由な手で拭いながら、アレットはやっとカルラの顔をちゃんと見た。琥珀色の瞳にはやや疲れがあるものの、少なくともアレットよりは落ち着いていた。


「ええ、問題ないわ。連中、割とすぐ武具がないことに気付いたようで、私に構ってる暇はなかったみたい」


「三人とも、上手くやってくれたみたいだね」


 少なくとも今は、くだらないことで落ち込んでいる場合ではなかった。涙の痕で眼元は真っ赤だったが、アレットは徐々に冷静さを取り戻した。


「貴女、ジークのこと本気で好きなの?」


「はぁ?!」


 しかし、カルラの文脈を無視した唐突な質問の所為で、漸く落ち着いた感情が再び搔き乱された。体温が急激に上がり、心臓の鼓動が異常なほど早くなり始める。


「い、今はそんな話をしてる場合じゃ――」


「今だからしてるのよ。どうせ助けが来るまで暇でしょ?」


 どうやら彼女のことは心配するまでもなかったようだ。齢十六のお姫様とは思えないほど肝が据わっている。否、これまでの経緯を考えるとそうならざるを得なかったのかもしれないが、それにしても豪胆だった。

 どうにかしてその質問から逃れられないかと考えを巡らせたが、彼女は腕輪のことを知っている。今更誤魔化すこともできなかった。

 

「……そうみたい。自覚したばかりで実感が沸かないけど、腕輪が証明してるからね」


「いい男よねアイツ。私も好きだった」


「え……?」


「ああ、昔の話ね。立場を考えるとどうしても無理があるし、もう割り切ってるから」


 カルラはさっぱりとした口調で、そう言い切った。


「立場って……従兄同士での結婚は王族だったら別に珍しくないでしょ?」


 生まれや血を重んじる貴族にとって、血縁関係があるものとの婚姻は特に珍しくない。それどころか、よくあることだ。


「父上はそれを嫌ったの。祖母の代がそうだったみたいで……母体や子に影響が出ることを知っていたんでしょうね」


「そっか……」


 近親婚が母子に悪影響を及ぼすという事実が分かったのは、実はそんなに前の話じゃなかった。それまで貴族の間では従兄や兄妹との婚姻は普通だったのである。


「そうでなくとも、カナンはそれほど歴史のある国じゃないから、私は王女として外交の役目を果たさなければならなかった」


 生まれながらにして役割が決まっている気持ちは、アレットにもよく分かる。成り上がりの貴族の娘と並べるのは不敬すぎるが、それでもアレットは初めてカルラに少しだけ親近感を抱いた。


「……窮屈じゃなかった?」


「当然、理不尽に感じることもあったわ。けど、大好きな父上や母上……兄上、ジーク、そして大切な国民たちのためだもの。そのためなら、私の人生など捧げてしまって構わないわ」


 力強い決意をもった彼女の言葉は、アレットの胸に鋭い凶器となって突き刺さった。アレットは己の役割から逃げて、宮廷魔導士になった。もともと成り上がりの貴族であるアダン家は、血を重んじる貴族たちからは目の敵にされていた。大勢の領主たちを敵に回してなお、商売が成り立っているのは、一重にドミニクの顔の広さや生き汚いまでの金儲けへの執念だった。アレットが高位の爵位をもつ相手へ嫁げば、ドミニクを目の敵にしている貴族たちも商売の邪魔をし辛くなるだろう。だからこそ、アレットの婚約にはアダン家の地盤を強固なものにするという大切な意味があった。

 彼女が己の役割から逃げ出した理由は、傍から見ればただの癇癪や我が儘である。アレット自身、それをよく理解していた。アレットが幼少期を裕福に過ごせたのも、アカデミーへ入学できたのも、すべて父のおかげだった。ただ、アレットが欲しかったのは裕福な暮らしでも恵まれた環境でもなく、自分もアダン家の一員であるという確かな証拠だった。つまるところ、父親からの愛情が欲しかったのである。

 逃げた先で愉しさを見出し、新たな目標をもてたことはせめてもの救いだったが、それでも家族に対する後ろめたい気持ちが消えることはなかった。


「そ、そっか……」


 アレットはカルラから視線を逸らした。彼女は己の心に正直なまま、王女としての役目を果たそうと戦っている。眩しすぎてとても直視できなかった。そうして漸く、腑に落ちた。アレットがカルラに対して抱いている苦手意識は、なにもジャンとのことばかりではない。

 

「凄いね。カルラもミレーヌも……」


 彼女はどんなに辛く理不尽な目に合っても、己の役割としっかり向き合い、そこから逃げなかった。彼女たちへ向けた憧憬の中に、僅かな嫉妬心があることを認めざるを得ない。アレットは自分が酷く情けなく思えて、また気落ちしてしまった。

 

「ところで、ラヴィアの貴族で私に紹介できるような男、誰かいない?」


「……へ?」


 会話が途切れたと思えば、またしてもカルラの唐突な言葉に驚かされた。しかし、言葉の意味は理解できても、アレットの頭上に浮かんだ疑問符は消えなかった。


「待って。ラヴィアの貴族と婚姻を結ぶ気なの……? 自分の国を滅ぼした連中だよ?!」


「なんの後ろ盾もなくカナンを再建できるわけないじゃない。そもそもこうなった原因の一端は、父上の傲りもあるもの。姉妹国の牽制を無視して軍力を拡大したり、私を東の大陸に嫁がせて資源を得ようとしたり……ラヴィアのやり口が気に入らないのは分かるけど、極端すぎるのよ」


「ほ、本気……? もう割り切るとかいうレベルじゃないでしょ」


「もちろん、カナンの滅亡に直接かかわった連中は許さないわ。けど、ラヴィアの協力がなければカナンの再建は不可能よ。本音を言えば嫌で仕方ないわ。だから貴女に少しでもマシな男がいないか聞いてるんじゃないの。王太子が手っ取り早いけど、それだとラヴィアの思う壺でしょ?」


 彼女は常に現実を見ていた。その上で、妥協できる部分と貫き通す意地をしっかりと分けているのだ。アレットは最早、張り合う方が馬鹿々々しく感じた。カルラは間違いなく、一国を担う王の娘であった。


「それなりの爵位があって婿入りできる立場の男性ってこと?」


「嫡男でもいいわよ。私はあくまで友好の足掛かりだし、王になるのはジークだもの」


 本人の意見は分からないが、カルラの中ではとっくにそうと決まっているらしい。


「それは勿体ない気もするけどね。それだけ覚悟が決まってるなら、貴女が女王になってもいい国になると思うから」

 

「ありがとう。嬉しいわ。貴女の言葉にお世辞はないってジークが言っていたの」


「魔導研究に置いては真実以外、なんの意味もないからね。でも、心外だなぁ。流石に人に対しては気を遣うよ」


「淡々と事実だけを紡ぐ口が、好ましいと言っていたけど?」


「嘘だよ……本人からは嫌味っぽいって言われたことしかない」


 カルラはアレットの年齢を知った時と同じぐらい、目を丸くして驚いた。


「もしかしてジークって、貴女に対して終始そんな感じなの……?」


「そうだよ。人の身体見てガキっぽいとかいう割に、自分の方がよっぽどガキっぽいくせに――」

 

 アレットはしまったと思い、すぐに口を閉じた。つい愚痴っぽくなってしまったが、カルラはジャンの身内であり初恋の相手でもある。家族同然に育った従兄を悪く言われて気分のいい人間はいないだろう。


「身体のことは気にしない方がいいわ。私も幼い頃に散々言われたから。あの男、きっと母君のお腹の中にデリカシーを置いてきたのよ」

 

「……カルラにもそうなの?」


「えーっと……、私の場合は剣の稽古をつけていた時の話だから少し違うわね。でも変だわ。女とみれば誰かれ構わず口説こうとするのに……貴女もそれで彼に惚れてしまったのかと思っていたのだけど」


「口説かれたこと一度もないけど? それクリスも言ってたけど本当の話なんだね」

 

 カルラはアレットの言葉を聞き、地面に視線を落として深刻な表情のままブツブツと詠唱のような独り言を唱え始めた。やがて覚悟を決めたようにアレットをみると、力強く言った。


「脈なしね! 悪いけどジークのことは諦めて」


「はぁ? 突然なに!?」


「大陸で三本指に入る富豪の娘なら側室はありだけど、男爵の娘で本妻は無理よ。辛い思いをするわよ」


「べ、別に私はジャンとそういう関係になりたいわけじゃ――」


「え、違うの?」


「違うよ! そんなこと言われるまでもなく理解してる。流石にそこまで厚かましいこと考えてないよ!」


 あまりにもきっぱり”脈なし”と言われた所為か、アレットは何故かムキになっていた。

 

「でも、好きでいるだけなら自由でしょ? 時間が経てば諦めはつくかもしれないけど急には無理。言ったと思うけど、最近自覚したばっかりなんだから」


「ま、まぁ……好きでいるだけなら確かに問題はないわね」


 持って回った言い回しをするご令嬢たちに比べれば、彼女のストレートな物言いはアレットにとって好ましかった。しかし、土足で人の感情に踏み込むような言動には参ってしまった。


「大体、そういうカルラこそ――」


 未練はないのかと口に出しかけて、躊躇する。それを聞いてどうなるというのか。彼女はとっくに諦め、割り切っている。アレットだっていずれはそうなる。まったく無意味な問い掛けどころか、互いの傷を抉り合うことになるだろう。

 アレットは自身の身体を抱き、小さく身を縮めて押し黙った。カルラも珍しく言葉に詰まっているようで、気まずい沈黙が流れた。そこへ救世主の如く、凛とした声が響き渡った。


「お二人とも、お待たせいたしました」


「「ミレーヌ!」」


 カルラとアレットの弾んだ声が重なった。彼女がここへ現れたのは、なにもかも計画通りに進んでいるという証拠だった。喜ぶ二人をみて、微笑んだミレーヌはアレットの姿をみて、途端に表情を曇らせた。


「アレット……その格好は……」


「ああ、大丈夫だよ。魔導士だから警戒されただけ」


 彼女はホッと胸を撫でおろすと、真剣な顔つきに戻った。


「武具は持ち出して、隠しましたわ。神官様が屋敷の外で武具を見張っています。あとは牢の鍵と一緒に貴女の持ち物も取り戻すのみですが――」


 慌てたように地下へ入って来たジャンに、ミレーヌの台詞は遮られた。


「ジーク!」

 

 カルラの弾んだ声に、ジャンの視線が牢へと向いた。しかし、牢の中からホッとしたような表情が見えたのは一瞬だけだった。彼は牢に囚われた二人を見て、硬直した。地下は薄暗いが、牢の中の状況を把握するのに十分な灯りが設置されている。

 アレットは彼の視線に耐え切れなくなり、羞恥のあまりに顔を伏せた。


「あ、あんまり見ないで……」


 その時だった。骨が砕けるような音の後に、金属音が鳴り響いた。驚いて顔を上げれば、ジャンが利き手に握りしめていた大剣が、地面に落ちていた。しかし、よく見ると落ちているのは刃の部分だけだった。大剣の柄は、彼の手の中で粉々に砕けていた。

 ジャンは唇だけを僅かに動かし、何かを呟いたが、声が小さすぎて牢の中のアレット達にはまったく聞き取れなかった。感覚の鋭いミレーヌだけがその呟きを拾ったのか、咄嗟にジャンを振り返って声を荒げた。


「っ、騎士様! 落ち着いてくださいませ、彼女は――」


「――、な、なに……!? い、痛い……ッ!」


 腕輪が熱をもって、アレットの細い腕を締め上げた。全力で走った後のように、息が切れ始める。腕輪はアレットの魔力を際限なく吸収し続け、滝のような汗と共に視界が滲んだ。すぐに眼を開けていられなくなり、アレット身体はふらりと揺れた。


「お待ちください! ど、どうか冷静に――」


 アレットが最後に視たのは地下室を去って行くジャンの背中だった。酷く狼狽したミレーヌの声が遠くなっていく。そうして、彼女は自身を受け止めてくれた暖かい腕に支えられ、意識を手放した。

 

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