第45話:謀略
「それで、お二人は一体どういった関係なのです?」
全員が部屋に揃ったところで、真っ先にその疑問に触れたのはミレーヌだった。カルラの素性が知れない限り、腕輪のことをジャンに共有するのも憚られる。アレットは心の準備ができないまま、彼等の言葉を待った。
「驚いた……ジーク、貴方ドラゴン退治を引き受けてくれる仲間にすら、なにも話していないのね」
「用心のためです。姫様は隠すつもりがないようですが」
ジャンの硬い口調にアレットは驚いたが、不思議と違和感はなかった。カルラに対する口調や立ち振る舞いは、彼の上品な顔立ちによく似合っていたからである。カルラは大きな溜息を吐くと、アレット達に深々と頭を下げた。
「彼の非礼を詫びるわ。我が国のために命を懸ける決断をしてくれたこと、感謝いたします。私の名はカルラ。カルラ・フォン・アーデルハイト。カナン王国、アブラハム王の一人娘です。そして彼の名はジーク……ジークベルト・フォン・アーデルハイト。私の従兄にあたります」
「う、うそ……」
アレットの頭の中に”王族”という単語が駆け巡る。そのまさかの正体に、流石のクリスも驚きを隠せない様子だった。
「只者ではないと思っておりましたが、まさか王族であられるとは……そうとは知らずに、今までとんだご無礼を」
「王族っつっても、滅んだ国のな。それに継承権もねーよ」
「以前はね。父上や兄上の亡き今、王の血を引く後継者はもう私と貴方しかいないわ」
あまりにも衝撃的な事実に、理解は及んでも心が追い付かず、アレットは茫然とした。
ジャンは亡国の未来を背負う人物だったのだ。薄々カナン出身なのではないかと勘付いていたアレットも、まさか貴族だとは予想もしていなかった。しかし、それならばドラゴン退治に固執していたことも頷ける。てっきり金儲けのためだとばかり思っていたが、彼が王の血を引く者であれば、国を滅ぼしたドラゴンの退治は悲願である。
重要な事実を隠したまま他人を命がけの戦闘に巻き込もうとしたことには多少の憤りを覚えども、アレットの口からは嫌味の一つも出てこなかった。彼の立場上、易々と身分を明かせないことは十分に理解できるからだ。ドラゴンの脅威から逃れて来たカナンの難民達にとって……否、カナン王国という国にとって、彼等は希望の光であった。
「再建の目処すら立ってねー国の、王の血を引いてるからなんだってんだ? クリス、アンタは俺の命の恩人だ。今まで通りに接してくれ」
「ジャン殿……ジーク殿がそう仰るのなら」
「ジャンでいい。わざわざ本名を隠して潜伏してんだぞ。カナンの王族が生きてるなんざ、都合の悪い連中にとっちゃすぐにでも消しちまいたい事実だろうよ。この国の貴族だけじゃねぇ。難を逃れたカナンの貴族連中、いや……国そのものが滅んだ今、カナンの善き民ですら俺達を売るかもしれねぇ。なのに、どっかのはねっかえりときたら本名を明かすわ劇なんぞに出るわ……」
ジャンは頭を抱えてカルラを睨んだ。
「ミレーヌは私の恩人よ。偽名を名乗るなんて無礼なことが出来る訳ないでしょ。貴女こそ、ブラック(猟犬)なんて名乗っておいて……隠す気ないじゃない」
「俺と姫様じゃ知名度が違うでしょう。少なくとも、姫様は多くの貴族に顔が割れてます」
「ブラックという名に、なにか問題でも?」
ミレーヌは首を傾げた。この時代の情勢に疎い彼女は、アレットとクリス以上に混乱しているに違いなかった。
「彼の父、ロータル公爵はカナンの王国騎士団をまとめていたの。ブラック(猟犬)というのは騎士たちが付けたジークの二つ名よ。敵の大将首を必ず持ち帰るから、カナンの猟犬と呼ばれていたわ。いつしかそれが定着して、敵対国からもそう呼ばれるようになったの。それを自ら名乗っておいて、私のことを責めるなんて……」
「だから、俺とお前とじゃ知名度が違うつってんだ! 少しでも味方を集めなきゃならねーんだから、妥当なラインだろーがッ」
「男のくせにやることがせこいのよ。一刻も早く敵味方を見定めなきゃいけない時に、みみっちいことやってられないでしょ」
「立場を考えて手段を選べ! 馬鹿みてぇに目立ちやがって……俺が戻るまで大人しくしてろと言ったのに取っ掴まって武器まで奪われちまいやがって。亡き父君が知ればさぞ呆れるだろうよ」
「ジークが駆け回ってるのに、王の娘である私が隠れて大人しくしてるなんてできるわけないでしょ! っていうか今、私のこと馬鹿って言った!?」
ジャンが彼女に対して体裁を保っていたのは最初だけだった。どうやら、互いに遠慮するような関係ではないらしい。兄妹のように親し気なやりとりを見て、アレットは益々、カルラに対して萎縮してしまった。ジャンの立場を想えば、よく知りもしない成り上がりの貴族の娘と妙な魔道具に縛られている場合じゃない。腕輪のことをカルラが知れば、どう思うだろうか。
アレットは無意識に、左手にピタリと嵌った腕輪を撫でた。そうして、静かに息を吐き出すとカルラに深々と頭を下げた。
「カナンの王女カルラ様、ご挨拶が遅れました。私はラヴィアのトルクアで商売をしております、ドミニク男爵の次女、アレットと申します。発言をお許しいただいてもよろしいでしょうか」
ジャンと程度の低い言い争いをしていたカルラは、アレットに視線を移して息を呑んだ。途端、彼女の琥珀色の瞳が警戒の色を浮かべる。
「トルクアのドミニク男爵ですって……? じゃあ貴女、あの有名なアダン商会の娘なのね」
「アダン家をご存知とは、身に余る光栄です」
まさかカルラが商会の名を知っているとは思わず、アレットは伏せていた顔を上げた。
「それはもう、よく知ってるわ。貴女の父君は、我が国の大切な領地、ライネス領の鉱山を買われましたから。まさか鉱石の販売権を独占したあげくにライネス領の流通を完全に塞がれるとは思いませんでしたが」
「父がそんなことを……ですが、妙ですね。父からは”鉄くずしかでない鉱山”だからと破格で所有権を丸ごと譲ってもらったと聞いております。物の価値が変動することはよくあることですし、あの鉱山から魔鉱石が出たのも父が鉱山を買ってからだと記憶していますが」
「……、……」
「しかし、余所様の領地の流通を止める行為は、決して褒められたことではございません。父に代わってお詫びいたします」
アレットが深々と頭を下げると、カルラの傍に控えていたジャンが盛大に噴き出した。
「やめとけ、姫さんじゃ勝てねーよ」
「ぐ、ぐぬぬ……」
カルラは悔しそうに呻き、忌々し気にアレットを見下ろした。
「その碧の瞳……よく見れば、あの油断ならない蛇男そっくりだわ。ジークが貴族と一緒に居ることも驚きだけど、まさかあの悪徳商売人の娘と一緒にいるなんてね。貴方は知ってたの?」
大陸で一二を争う富豪であるドミニク・アダンは人から恨みを買うことも多かった。だからこそ、アレットは聞かれない限り自身の名を明かさなかった。カルラに対して名乗ったのは、アレットなりに礼を尽くそうと思ったからだ。しかし、ジャンにはアダン家のことを話していない。そもそも、カルラがドミニクを知っていたのはアレットにとって誤算だった。
「もちろんだ。知った上で問題ないと思ったから、協力を頼んだ」
「ジャンにはちゃんと話したことなかったよね? ……何で知ってるの?」
アレットはジャンを睨んだ。彼の身分を知ったせいか、築いてきた信頼関係よりも警戒心が勝ってしまう。ジャンがカナン人だとアレットが薄々気付いていたように、彼もアレットの身の上をある程度予想していたのだろうか。
「お前の記憶にはないだろうが、俺にはある。最初に出会った夜、酔ったお前が全部自分から話してたからな」
「……、……」
彼女の澄ました白い肌が、一瞬で真っ赤に染まった。ジャンには最初から全て知られていた。アレットは無駄に警戒して隠したつもりでいた自分が恥ずかしくなった。
「……もうやだ、この男……っ!」
「その顔が見たくて黙ってた。正直、最高の気分だぜ」
ジャンはアレットを煽るように四方から彼女を眺めて、けらけら笑った。アレットはその憎らしい顔に、得意の炎魔法を打ち放った。
「ぅあ――、ちぃぃいいッ!!」
ミレーヌは顔を覆ってゴロゴロと床を転がるジャンに憐れみの表情を向けた。
「火に触れれば火傷をすると、ご存知ないのでしょうか?」
「いや。知った上でなお、触れたい欲求が抑えられないのでしょうな」
クリスは床に膝をついて、すぐに火傷の治療を始めた。カルラはそんなアレット達のやり取りに目を丸くしていた。
「意外だわ。本当にジークと仲が良いのね……アレット――と、呼んでもいいかしら?」
「……どうぞ、好きなようにお呼びください」
「じゃあ、アレット。ジークは公爵家の嫡男だけど、そう扱われるのを嫌うの。立場は同じくせに、貴族らしい貴族を私以上に毛嫌いしてるわ。彼が貴女を認めているなら、異論はない。先ほどの無礼を詫びるわ。燃える王国を逃れて五年間、ラヴィアどころかカナンの貴族にすら碌な目に合わされていないから……」
レギオン傭兵団の名が挙がる時点で、彼女たちの苦労は想像に難くない。カルラに初めて会った時、奴隷商に追われていたというミレーヌの話から、アレットは大体の事情を察していた。しかし、それ以上に彼等の置かれた状況は深刻なのかもしれなかった。
「事情はお察し致します。しかし、自国の貴族にも協力者はいないのですか?」
「カナンがもともとラヴィアから独立した国だということは知ってるわね? 騎士の国だなんて呼ばれるようになったのは、割と最近なの。戦争の絶えなかった先々代に反乱が起き、国でもっとも武勲を立てた大お爺様が民に選ばれ、王となった。国に貢献し、功績を上げれば生まれがどうであれ地位を与えるアーデルハイトのやり方は、失脚した”暴王バルトロメウス”派だった貴族たちに反感を買っていた」
アレットがカナン王国に憧れていた理由は、どんな身分の者でも性別年齢問わず可能性がある。そう伝え聞いていたからだ。実際に王女の口からその事実を聞いて、移り住みたいという気持ちが強くなった。無論、ドラゴンに滅ぼされていなければだ。
「この国に逃れている貴族の大半が、ドラゴンの襲撃時に民を置いて真っ先に逃げた領主たちよ。全員確認したわけじゃないから分からないけど、今のところバルトロメウス派の貴族しか見てないわね。……それと、”亡国の姫君”なんて名前の劇を書いた劇作家――」
「ソイツは少なくとも、姫様が生きてることを知ってる人間だぜ」
クリスの治療が終わったのか、ジャンが真面目な顔でカルラの話に割って入った。
「ええ。どこの阿保か知らないけれど、私達の情報を売って裕福に暮らしているそうね。私の恩人ミレーヌ、それからジークの恩人のクリス、そしてアダン商会のアレット……ここでの話を、決して他者に漏らさないと誓える?」
カルラの問いに、クリスとミレーヌだけは強い意志をもって頷いた。しかし、アレットだけは視線を逸らした。他言せぬことを誓えないのではなく、わざわざ”アダン商会”と箔付けされたことが気に障ったからである。
「……アレット?」
ミレーヌの気遣わしげな視線が痛かった。つまらないことに拘っている場合ではないと、理解しているつもりでもアレットは我慢できなかった。
「カルラ様。貴女は父と面識があってアダン家を毛嫌いしているようですが、私はたんなる末娘でございます。長女のアシュリーと違い、いずれその名を捨てる身です。どうか、私のことはただの魔導士、アレットとお呼びください」
「なら、私のこともカルラと呼んで。それから、その癪に障る喋り方をやめてちょうだい。さっきから不愉快だわ。それとも、なにか私に後ろめたいことでもあるの?」
アレットの肩がピクリと跳ねた。明け透けな物言いや粗暴な態度からは想像できないほど、カルラは鋭く人を観察していた。それとも、ジャンから腕輪のことを聞いているのだろうか。アレットはカルラの後ろに控えているジャンに視線を向けた。
すると彼女はアレットではなく、振り返ってジャンを睨みつけた。
「貴方……、また私になにか隠してるんじゃないでしょうね?」
ぎくりと、大袈裟にジャンの肩が震えた。
「腕輪のこと、ジャンから聞いてないんだ」
「腕輪……?」
「あー、姫様。それは別に大した問題じゃないんだ。だから、後で共有しようと思って――」
「どうせすぐに分かるだろうから言うけど、私はもと宮廷魔導士だよ。二人の恩人であるクリスとミレーヌはともかく、仮にも王宮で働いていた人間を姫様に近づける理由になった腕輪のことぐらい、説明しておいた方がいいんじゃない?」
アレットが王宮勤めだったという事実に、カルラの顔色が変わった。ジャンは情報共有を小出しにしようとしたのかもしれないが、そんなことをすれば余計に疑心が生まれてしまうだけだ。
「原因は私にあるから、私の口から説明するよ。きっかけは私が王宮を解雇されて、王都で冒険者になったことから――」
アレットはカルラに、ジャンとの出会から魔道具回収の依頼を受けるに至った流れをかいつまんで説明した。最も重要なのはアレットとジャンが行動をともにしているのは、腕輪のためであるという事実だ。
彼女は最後に腕輪を外す方法を探している最中であることを告げ、話を括った。
「今の話を踏まえた上で、私のことが信用ならなければ、これ以上そっちの事情を共有しない方がいいと思うよ。少なくとも私とジャンの間に恩はないし、腕輪以上の繋がりもないから」
カルラは腕を組んで視線を落とした。てっきりアレットを介入させるか否かを考え込んでいるのかと思ったが、彼女が次に紡いだ言葉は意外なものだった。
「今のでアレットに対する疑いは完全に晴れたわ。ジークの判断した通り、腕輪のことは後でもいいでしょう」
「待って……そう判断した理由を聞いてもいい?」
「腕輪にまつわる話なら、劇場の控え室でミレーヌから聞いたわ。まさかその腕輪の被害者が貴女とジークだとは思わなかったけど……貴女、ジークに惚れてるんでしょう? なら心配ないわ。女なら惚れた男は裏切れないもの」
「……、……」
アレットは二の句が告げなかった。出会って間もないカルラにすら、こんな形で己の恋心が露呈するとは思ってなかったからだ。穴があったら今すぐ入りたかった。
「ジークは昔からモテたのよ。言い寄られるだけでなく、顔も知らない令嬢から怪しい薬を盛られたり、妙な魔法をかけられたりもしていたから。別に恥じる必要はないわ。彼はいい男だもの」
「いやぁ、モテすぎるってのも困るよな」
ジャンはにやつきながら、指で鼻の下を掻いた。アレットはその腹の立つ顔に火を放ちたい衝動を必死に抑えた。
「そう……疑いが晴れたなら、よかったよ。話の腰を折ってごめん」
「あら、貴女の判断は間違ってない。もし後出しされていたら、ジークの首を絞め落とすところだったわ。貴女のことも信用できなくなっていたかもしれない。あの蛇男の娘とは思えないほど誠実ね」
にやついたジャンの顔色がサッと青くなった。どうやら力関係はカルラの方が上らしい。
「さっきの話の続きだけど……私達二人はこの五年の潜伏で、我が国へのドラゴンの襲撃がラヴィア王国とバルトロメウス派の貴族の謀略であるという確信を得たわ」
「はぁ?!」
カルラの爆弾発言は、ここ数時間の急展開ですっかり疲れ切ったアレットにはトドメの一撃だった。
「じゃ、じゃあ……ラヴィアが間接的にカナンを攻撃したっていうの? そ、そんなこと――」
「充分ありえることだし、確かなものとは言えないけれど証拠も掴んでる。そもそもドラゴンは人の言葉を解す個体もいるぐらい長寿で賢い魔物よ。そのドラゴンたちが下手を打てば自分達の群れを脅かしかねない人間の国を襲うという時点で、もう怪しかったわ。これについては調べがついているけど、どうも縄張りを刺激した連中がいたのよ。カナン王国の旗を掲げていたみたいだけれど、実際には国籍をもたない者達の集団だった」
「そ、そんな――じゃあ本当に……」
アレットの胸中に、みるみる不安が広がった。カナンの滅亡にもしアダン家が介入していたら、アレットはジャンやカルラにとって敵の娘である。ドミニクは儲け話のためならなんでもする男だ。アレットは父がこの件に関わっていないことを祈るばかりであった。
「まだラヴィアの仕業って決まったわけじゃねーけどな。ただ、その連中を雇ったのはラヴィアの辺境伯だってとこまでウラがとれてる」
「そんな証拠があがっているなら、もう確実なんじゃありませんの?」
「まぁな。だが、どうもお膳立てされ過ぎてる気がしてならねぇ。旧皇帝派の連中が隣国の仕業に見せかけて、戦争を起こそうとしてた可能性もある。慎重に真実を見極めねーと、敵を見誤るだろ」
アレットは宮廷に居た頃の記憶を手繰った。だが、カナン王国がドラゴンに襲われたのはアレットがまだアカデミーにいた頃である。例え王宮にいたとしても、研究にしか興味がない上に、単なる富豪の娘であるアレットに政治的な情報は掴めなかっただろう。それに、知らなくていい事まで知ってしまえば、解雇どころでは済まされない。
「ですが、カナンを滅ぼすことが目的なら国を挙げてドラゴン討伐の依頼など出さないのでは?」
クリスの疑問に答えたはアレットだった。
「目的は滅ぼすことじゃなくて、恩を売ることなのかも。カナンの軍事力はどの周辺諸国にとっても脅威だったから。考えてみれば難民の受け入れ政策もカナンの国民から支持を得るには効果的だし、ドラゴンの討伐もラヴィアが達成すれば更に恩を売れる。それなら、あくまで友好関係を崩さないまま無力化した上でカナンを取り込める」
「俺が討伐を焦る理由がそれだ。ラヴィア騎士団の指揮権を持っている貴族がドラゴン退治への遠征を渋ってるうちに、なんとかそれだけでも阻止しねーと……」
「そっちはあまり心配しなくていいと思うよ。エイマーズ卿はよっぽどのことがない限り騎士団を動かさないだろうから」
アレットの言葉に喰い気味に反応したのは、カルラだった。
「知り合いなの?」
「エイマーズ侯爵本人と面識はないけど、嫡男ならよく知ってる……ジャンも一度会ってるでしょ?」
彼はまったく思い出せない様子で、首を傾げるばかりであった。
「王都でぞろぞろ騎士を連れてた男だよ。覚えてない? この腕輪の依頼主、レクト・エイマーズだよ」
「え?! あの不健康そうなヒョロっとした男が騎士団を仕切ってるのか!?」
「必ずしも前線に出る人間が指揮権を持ってるわけじゃないでしょ。現場の指揮官は彼の弟が担ってる。エイマーズ家は軍事よりも司法行政の取り締まりに力を入れてるみたいだし」
おそらく魔道具の研究や収集もその一環である。しかし、アレットはそこで言葉を切った。彼女は成り上がりとはいえども、ラヴィアの貴族である。立場上、嫌でも国の上層部と関りがある。そして、いまアレットがしていることは間者として罰せられ兼ねない行為だ。
「二人が置かれている状況は大体分かった。でも今はドラゴン退治より、レギオン傭兵団に目を付けられていることの方が問題だよ」
アレットは尤もらしく話を逸らした。彼女の心中を察したのか、ジャンも傭兵団へと話題を切り替えた。
「そうだ。あまり悠長に相談している時間もねぇ。武具を盗んだ連中の居場所が分かってんなら、出発するぞ。話は移動しながらでもできるだろう」
一同は彼の意見に同意し、真夜中に宿を出る準備を始めたのだった。




