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天才魔導士とカナンの猟犬  作者: もにみぃ
魔導士アレットと亡国の姫君
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第43話:宿命の再会

 アレットは講義を終えると、研究室へと戻った。学生たちとのディベートはかなり有意義な時間だった。彼等の熱心な様子に、懐かしさからつい弁論に熱が入ってしまい、予定より長引いてしまった。しかし、これで競売の参加資格は得られたのだ。

 アレットは嬉々として研究室のドアを開けた。そして、棚や本、机がひっくり返った部屋を見て硬直した。床に散らばる書類の上に倒れた恩師とジャンを目の当たりにして、アレットは慌てて手前に倒れていた恩師に駆け寄った。


「ジャン、先生! どうして……一体なにが――」


 むくりと起き上がったクライブの顔には切傷があった。


「この勝負、私の勝ちだな! 見たかい? 弟子は真っ先に私を心配して駆け寄ってきてくれたぞ」


 どんなもんだとふんぞり帰った恩師を、アレットは穴が開くほど見つめた。続いて起き上がったジャンは不機嫌を隠さずクライブを詰った。


「なーにが私の勝ちだ。妙なことに付き合わせやがって……」


 ジャンを見れば、繕った装備が所々裂け、顔には無数の擦り傷や痣があった。二人が交戦したことは明白であったが、その理由が全くわからないアレットは混乱した。


「ちょっと待って。何があったのか説明して。どうして部屋がめちゃくちゃなの? なんで二人とも怪我してるの?」


「なに、君が連れてきた彼、相当な腕前とお見受けしたのでね。少々手合わせをお願いしたのだよ」


 そうだろ? とクライブがジャンに視線を送れば、彼は忌々しげに顔を歪めたあと、渋々と頷いた。しかし、恩師の性格を知っているアレットはジャンの反応をみて、クライブに冷たい視線を向けた。


「ふーん……そうなんですか。それで彼の服がボロボロなんですね。私が徹夜で繕った彼の服が」


 なにも、アレットが繕ったのはジャンの服だけではない。自分の服を繕うついでに野営の見張り番の際や寝る前の時間に皆の分も引き受けただけで特別なことではなかった。しかし、クライブには効いたようで、気まずそうにアレットから視線を逸らした。


「講義は無事に終わりましたよ。彼等にとってはそれなりに有意義な授業だったのではないでしょうか。オドラン子爵にお話をよろしくお願いしますね」


 アレットは冷たい口調で言い放つと、ジャンの手を引いて研究室を立ち去ろうとした。


「あ、アレット? もう行くのかい? もっとゆっくりして行けばいいのに……そ、そうだ、お茶でも――」


「人を待たせていますので。また来ます。その時は是非、先生の口から詳しい話を聞かせてください」


 彼女は無慈悲に扉を閉めると、時計塔の階段を降り始めた。ジャンは彼に絡まれた被害者だったが、少しだけ置き去りにされた老魔導士を気の毒に感じた。


「よかったのか? 二年ぶりだったんだろ」


「うん。何も変わってない……私が人を連れてくると、必ずトラブルを起こすの」


 学生時代、互いに優等生であったレクトとアレットとの間に妙な噂が流れた時期があった。偶然連れ立って研究室を訪れたレクトを、クライブはアレットの前で泣くまでいびったのだ。彼が王宮でもしつこくアレットを目の敵にしていた理由の一つは、間違いなくクライブである。


「先生は、透視の魔法が使えるんだ。心眼という魔導の一種なんだけど……嫌なこと言われたり、聞かれたりしなかった?」


「それはもう……手厚い歓迎を受けたぜ」


 アレットは呆れてため息を吐いた。


「気にしないで。透視と言っても全てが見通せるわけじゃない。相手の魔力の流れや資質から断片的な情報が掴めるだけ。他人の感情を煽るためにテキトーなこと言ってるだけだから」


「十分過ぎるほど個人情報じゃねーか」


「ご、ごめん……人を揶揄うだけで、悪用はしないと思うから」


「お前が謝る必要はねぇよ。謝罪なら今度、本人から聞く」


 アレットは階段を降りる足を止め、意外そうにジャンを見た。


「……なんだよ?」


「いや、先生に会って“今度”なんて言う人初めて見たから」


 クライブの研究室に入り浸っていた頃、アレットが来訪者の案内を担当していた。旧知の仲でない者達は、皆口を揃えて二度と顔を見たくないと零して時計塔を去った。


「色々と聞きてぇことがあるからな」


「腕輪のことなら先生よりもミレーヌに聞いた方が正しい情報を得られると思うよ? 透視で腕輪の本質が見えたとしても外し方までは分からないはずだし」


「あー……それもあるが、俺が聞きたいのは別件だ」


「そう。じゃあその時は言って。私が同伴すれば通してくれるみたいだから」


 ジャンはアレットに短く礼を述べた。


「急ごう。クリスを待たせるから」


 二人はそれきり、会話もせずにひたすら長い廊下を急いで進み、待ちぼうけているクリスのもとへ向かったのだった。


 ◇


 日が落ちた頃、三人は競売会場に相応しい装いでオドラン子爵の屋敷へ向かった。


「アレット様ですね。ブラッドバーン卿からお伺いしております。どうぞ」

 

 ジャンとクリスがエントランスで身分証の確認を行っている間、アレットは一足先に会場へ案内された。競売会場にはステージがあり、そのステージに向かってテーブルが配置されている。豪勢な食事と酒の置かれたテーブルを囲い、着飾った貴族たちが談笑している様子はアレットにとって懐かしくも居心地の悪い光景だった。アレットはなるべく目立たぬよう、隅の方でクリスとジャンの入場を待った。

 すると、ステージに二人の美女が現れた。その内の一人は、透き通った白い髪に雪のような肌をしたミレーヌであった。相変わらず人間離れした美しさである。もう一人は昨晩劇場で女騎士役だった赤髪の女性である。彼女は獣のようにしなやかな身体のラインを強調する、パンツスタイルで現れた。まったく異なる美を持つ二人がステージに立ったことで、皆の眼が集中した。


「皆さま! お集まりいただきありがとうございます。昨晩の劇をご覧になった方は驚いたことでしょう」

 

 ステージの脇で上機嫌な様子のオドラン子爵が陽気な声を上げた。

 

「お恥ずかしいことに、私はすっかり名女優二人のファンになってしまいまして……ダメ元で劇団へ掛け合ってみたところ、お二人は快くご協力を申し出てくださいました。今宵は豪華キャストと共に、是非催しを愉しんでください」


 会場が拍手の波に包まれたところで、ジャンとクリスが入場してきた。アレットは急いで合流を試みたが、競売会場は薄暗く、アレットの身体は小さい。入口まで辿り着く頃には二人の姿はなかった。

 彼等の風貌なら探せばすぐに見つかるだろうと、アレットはそれ以上動くのをやめた。あまりパタパタと忙しなくしていれば、今度はアレット自身が目立ってしまう。


「あら、やっぱり……貴女、アレット・アダン?」


 突然背後から声を掛けられて、アレットはびくりと肩を震わせた。ゆっくりと振り返れば、淡い薄桃色のドレスに身を包んだ令嬢がいた。パッと名前が出て来なかったことよりも、顔見知りに居合わせてしまったことに焦った。同じ年頃の令嬢が競売場にいるとは思わず、アレットは油断していた。


「お久しぶり。アカデミー以来ね」


「えっと……うん。久しぶり」


「相変わらず上から下まで真っ黒ね。それとも身内に不幸でもあったのかしら?」


 アレットはその分かりやすい嫌味で彼女の名を思い出した。彼女はリディ・クレマン。確か、侯爵家の嫡子であるレクトに度々アプローチしていたご令嬢だ。

 

「喪に服しているわけじゃないわ。今日は仕事で来てるから」


 仕事といえば、彼女の癇に障るだろうと分かっていて、敢えてアレットはその言葉を選んだ。案の定、リディの額に青筋が浮かんだ。彼女はアレットがレクトと同僚であることが世界で一番気に食わない様子である。


「そう。お仕事は順調? でもおかしいわね。私、貴女が王宮をクビになったという噂を聞いたのだけれど……」


「クビになんてなってないよ? なんでそんな噂が流れてるんだろ。またレクトの妬みかな」


 アレットは息をするように嘘を吐いた。貴族同士の牽制やマウントの取り合いなど、興味がなかった。それ故に、酷く投げやりに応対した。そんなアレットの態度はリディにも伝わったようで、彼女は益々苛立った様子だった。しかし、アレットがレクトの名を口にしたことでリディは少しだけ大人しくなった。


「……エイワーズ卿はお元気?」


「相変わらずだよ。……会ってないの?」


 一番最近みたレクトは、出会った時と変わらず棒みたいに細く、目の下に隈をたっぷりこさえていた。彼の年齢なら結婚していてもおかしくないが、あの性格である。彼自身が縁談を片っ端から断っているという噂も耳にしたことがある。リディでも機会を伺うのは難しいのだろうか。


「お忙しい方ですから。ボドワン侯爵の夜会で見かけたきりですわ」


「……ふーん」


 しおらしくなってしまったリディに罪悪感を覚える。あんな男のどこがいいのか、とアレットは口にしかけて、やめた。なにもリディはレクトのことが好きなわけではない。家同士の繋がりが欲しいのである。そこには恋愛感情なんてロマンチックなものはなく、貴族の娘として生まれた義務があるだけだ。それがよく分かっているからこそ、アレットは義務と役割に縛られた全ての令嬢たちに、妙な後ろめたさがあった。


「それでは皆様! 最初の品をご紹介しま――、……なに?」


 入場を締め切り、競売商品を紹介しようと子爵が声を張り上げた時だった。身形のいい男が、慌てた様子でオドランへ耳打ちすると、彼の眼の色が変わった。


「え、ええと――皆様、少々トラブルが発生いたしました。どうかそのままご歓談ください」


 会場がざわつく中、アレットは屋敷の使用人に背後からそっと声を掛けられた。


「アレット様、子爵様が客間へ案内するようにと……ご同行願えますか」


 アレットはあからさまに嫌な顔をした。どうやら彼女の正体は競売の開催者にとっくにバレてしまっているようだ。これではわざわざ恩師に頼んだ意味がない。


「いいけど、連れがいるの。連れも一緒じゃないと同行できない。それから、女優の内の一人は私の連れなの。彼女にも声を掛けて欲しい」


「分かりました」


 リディに軽く別れを告げ、アレットはどこにいても目立つジャンとクリスの二人と合流した。彼等に事情を説明し、すぐに客間へと向かった。

 客間では慌てた様子のオドランが頭を抱え、ソファの周りをぐるぐると回っていた。そうして客間の扉から現れたアレットの姿を見るなり、床に膝をついて神に祈るような格好で彼女に縋った。


「アダン商会の御息女、アレット様ですよね?! よくおいで下さいました!」


 アレットは笑顔を貼り付けながら、黒色のドレスの端を摘まみ腰を落として礼をした。求められているのは、魔導士のアレットではなくアダン商会の娘であると理解したからだ。


「トラブルと言っておりましたが……なにかあったのですか?」


「そ、それが実は……競売に出す予定で倉庫に保管していた商品が何者かに盗まれたのです!」


「なんですって……?!」


 これにはアレットの後ろに控えていた二人も驚いたようで、彼等は互いに顔を見合わせた。


「一品ずつ競売品を倉庫から取り出す手筈だったのですが……何者かに荒された形跡があり、見張り番も皆、虫の息で――」


「倉庫を狙った強盗がいるということですか?」


「はい、おそらくは……このトラブルで我々の催しは大きな損失を免れなくなってしまいました。どうか、アダン商会に援助金を出していただきたいのです。もちろん、タダではなく私の経営している農地のいくつかと気に入った競売品があれば差し上げます」


 頭を下げた子爵に、アレットは大いに慌てふためいた。父ドミニクに相談もなく、勝手に頷くわけにはいかない。既に父の仕事を半分任されている姉のアシュリーであったなら、決定権があっただろう。しかし、アダン家の資産はアレットのものではない。


「そ、そう言った相談は直接お父様にしていただかないと――」


「その話、待ってくださいまし!」


 不意に客間の扉が開いた。現れたのは人間離れした美女であった。皆がミレーヌの登場に呆然とする中、ジャンだけは、その視線を彼女の背後へ向けていた。そして、燃える太陽のような髪を揺らしながら、ミレーヌの背後から飛び出した女性もジャンだけを見つめていた。皆の視線が自然と両手を広げて駆け出した彼女を追った。女性はアレットの横を通り過ぎ、真っ直ぐにジャンの胸へ飛び込んだ。


「――、っジークッッ!!」


 アレットだけではなく、彼女を連れて来たミレーヌでさえ呆然とその様子を見ていた。しかし、アレットが一番驚いたのは、ジャンの反応であった。彼女をしっかり抱き込み、互いに離さないと言わんばかりの抱擁を交わしたのだ。

 ジャンと一番付き合いの長いクリスですら、目を丸くしている。聞き覚えのない名でジャンを呼ぶ謎の女性を、彼は確かめるように掻き抱いた。


「よかった……、無事だったんだな……っ」


 ミレーヌの咳払いを合図に、二人は熱い抱擁を終えた。その場の全員がジャンと女性に好奇の視線を向けていたが、アレットだけは何故か二人を直視できず、視線を逸らしてしまった。


「お二人の関係も後ほどしっかり説明していただきますが……今は盗まれた競売品の話をしてもよくて?」


「話の腰を折ってごめんなさい。代わりに、私から説明させて」


 赤毛の女性はジャンの手を取りしっかり握ると、迫力のある琥珀色の瞳でオドラン子爵を睨みつけた。


「今夜お披露目される予定だった競売品の中には、盗品が含まれているわ。私は盗んだ連中の情報を持っている」


 途端、オドラン子爵の顔色が変わった。


「馬鹿な! 今夜の競売品は私が懇意にしている商人から買い取った品々だ! 盗品であるわけがないッ!」


「いいえ。少なくとも、競売に出される予定だった黄金の槍と二対の剣は盗賊に奪われた私の持ち物よ」


 彼女が口にした武具の特徴に心当たりがあったのか、子爵の顔がみるみる青褪めていく。アレットは一先ずジャンと彼女の関係は置いておくことにして、状況を整理した。彼女の言葉が真実であれば、商品の一部には盗品が含まれている。しかし、盗品だろうが子爵が買い取ったのであれば、所有権は子爵にもある。盗まれた品を取り戻すには、彼女は子爵と交渉する必要があるのだ。

 しかし、子爵が買い取った商品の一部が盗品だという事実を知っていたとしても、それが明るみに出なければ何の問題もない。たった今、オドラン子爵にとって競売品が盗品であることを知る彼女の存在は”邪魔”になった。

 

「そこで、子爵様にご提案があるのです。競売品を盗んだ者達をわたくし達が捉えて参りますので、貴方が買い取った彼女の所持品を返していただけませんこと?」


 険悪な空気が漂い始めた時、ミレーヌが落ち着いた口調で子爵に言葉を投げた。しかし、子爵は警戒の目を赤毛の女性へ向けたままミレーヌに応えた。


「その盗人の居所を知っているので? 貴女方はどうも怪しいですな。盗んだ者達と共謀でないという証拠はあるのですか」


「何を言い出すかと思えば……あの武器は元々私の物よ。そっちこそ、どうせ盗品と知りながら買いたたいたんでしょ――むぐっ?!」


 ジャンが背後から彼女の口を塞いだ。


「ちょーっと黙ってろ。お前が口を開くと角が立つ」


 強気な瞳がジャンを睨んだが、扱いに慣れているのかジャンは彼女を無視してオドラン子爵に謝罪を述べた。


「すまねぇな。見ての通り、気ばかり強いはねっかえりなもんで……」


 二人は旧知の仲なのだろう。距離感や態度でそれが分かる。


「怪しいもなにも、今日わたくしたちを屋敷へ招待してくださったのは子爵様じゃございませんこと? わたくしとカルラはステージの入口から、商品の搬入で使用人が出入りするのを目撃しておりますの。そこに偶然、彼女を襲った人物と同じ特徴をもつ男がいたのです」


 カルラというのは、赤毛の女性の名前だろうか。アレットの脳に、嫌でも彼女の名が刷り込まれた。


「特徴が同じだって? そんな不確かな情報で賊を追おうというのかね。似たような背格好の人間ならそこらじゅうにいる」


「間違いありません。搬入口でみた見張りの男も、ビスタの町で彼女を追っていた男達と同じ、顔に竜の刺青をしていましたもの。捜索の手掛かりは充分だと思いますが――」


「りゅ、竜の刺青だって!?」


 ミレーヌの言葉を遮って、オドラン子爵は悲鳴に近い声を上げた。ラヴィア出身の者であれば、竜の刺青と聞けば真っ先にレギオン傭兵団を連想する。王国では名の知れた傭兵団だが、傭兵団を名乗っているのは表向きで、大金を積めば暗殺や密偵、なんでも引き受ける犯罪組織である。

 子爵の顔は青どころか土色になり、大量の汗が額から噴き出し始めた。無理もない。その組織はあらゆる権力者に顔が利く。かく言うアレットも、王宮にいた頃レギオン傭兵団の団長を何度か見かけたことがあった。


「も、ももも、もしそれが本当なら、只事じゃないッ! 私はなにも知らない! 本当に何も知らずに馴染みの商人から買い取ったんだ」


「まぁ。どうしたんですの? 落ち着いてくださいな」


 現在の国の情勢をよく知らないミレーヌは、子爵の慌てぶりがまったく分からない様子だった。


「ミレーヌ。何に巻き込まれてるのか知らないけど、結構マズい状況かも……」


 アレットは初めて、まともにカルラを見た。眼が合うと、彼女は不思議そうにアレットの顔を見返した。アレットは懐から文と冒険者証を取り出すと、オドランに向き直った。


「オドラン子爵。どうやらこの件にはレギオン傭兵団が関わっているようです。その上で、競売品を取り戻そうという意思はありますか?」


 彼は勢いよく首を左右に振った。


「では、盗まれた一部の商品について、”所有権を放棄する”ということでよろしいですか?」


 先程まで難色を示していた彼は、勢いよく首を縦に振った。


「もしアダン商会の援助が必要なら、父に直接、交渉してください。その際は、私の情報を交渉材料に使っても構いません」


 アレットはもしもの時に用意しておいたドミニク宛ての文と、中級の冒険者証をオドランに差し出した。


「その代わり、子爵が今日ここで見聞きしたことは全て、他言無用でお願いします。私以外のここに居る全員を、子爵は見なかったことにしてください」


 レギオン傭兵団がカルラを襲ったということ。そして所持品を奪い、わざわざ商人を介して人に売りつけ、それを再び奪いにきたという事実。ならば狙いは盗んだ武具ではなく、カルラそのものかもしれない。

 ミレーヌと彼女の間になにがあったのかは知らないが、アレットはその可能性を考慮して、口止め料として自身の情報を子爵に渡した。オドランが戸惑いながらアレットの手から文と冒険者証を受け取る瞬間、アレットはジャンとカルラへ視線を向けた。均衡のとれたしなやかな美を有したカルラは、ジャンと並ぶと一層、絵画のようだった。


「お二人の契約は私が立ち合いましょう。子爵殿、よろしいですかな?」


 クリスが一歩前へ出て、アレットが子爵へと渡した文に制約魔法を施した。


「では、私達はすぐにここを発ちます。幸運を、オドラン子爵」


 アレットは完璧な淑女の礼をすると、皆に視線を送った。クリスとミレーヌに続き、ジャンとカルラも客間を出て、すっかり暗くなった庭を抜け、屋敷の門を潜った。

 五人は宿屋までの道を、黙って歩いた。共有しなければならない情報が山ほどある。そしてそれは、人に聞かれてはいけない話である。本来ならば仲間と交流を深めるための語らいは、アレットにとって心躍るものだ。しかし、その夜は宿に戻るのがただ憂鬱だった。


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