第42話:長い悪夢の終わりに…
「さて。ジャン……と言ったかね? どうぞ腰を掛けて楽にしてくれたまえ」
優しい微笑みを湛えた男は、立ちっぱなしのジャンを向かいの席へ促した。アレットが去った扉の前から動こうとしないジャンは、男の眼の奥に宿った殺意を感じ取っていた。
「そうしてぇのはやまやまなんだがな。無理だ。何をカリカリしてんのか知らねーが、さっきから居心地が悪いったらねーぜ」
「おや。気付いていたのかい? それは失礼。だが、その腕輪がある以上、私は君を殺したくても殺せないので安心したまえ」
ジャンは短く息を吐いて、クライブの向かいへ腰かけた。
「君、カナン人だろ?」
ピクリと、ジャンの肩が跳ねた。
「それも一般人じゃないよね? その高価な装飾品も大概だが、君自身、太陽神の恵みを受けてる……カナン王国の王族は皆死んだと聞いているが、その恩恵を、どうして君が宿している?」
心を読む魔法があるかどうかは知らないが、ジャンにとってクライブという老魔導士は危険な存在だった。彼は背中の剣を抜き、目にも留まらぬ速さで目の前の男の喉元を切りつけた。
しかし、手応えはなかった。クライブは一瞬のうちに、窓際に移動していた。その絡繰りは読めないが、大して興味も沸かなかった。
「野蛮だね。カナン人っていうのは、みんな君みたいな連中ばっかりかい? 弟子を人質にとられて無抵抗の私を本気で殺そうとしてくるとは」
「魔導士って連中は探究心が強くていけないな。その上、礼儀知らずの身の程知らずだ。”未知の領域に踏み込むなら、それなりの代償を払うべきだ”……違うか?」
「……なんと。君の口から魔導の始祖の一説が出て来るとはね。それなりに学があるようだ。分かった。君自身のことには触れないよ。元々、大して興味もない」
クライブは窓の外へ視線を移すと、ジャンへ向けていた殺意を無理やり押し殺した。
「でも、アレットのことは別だ」
彼の視線の先には、門前で腕を組み、大人しく待機しているクリスがいた。
「なぜ君のような人物が私の弟子と行動を共にしている? その下品な魔道具で彼女を縛る理由はなんだ? 極めつけには門前にいるアレだ。人ですらないだろ」
彼の言葉は純粋な親心からくるものだった。責めるような口調が、逆にジャンを安堵させた。腕輪を外す方法は分かってはいたが、それでは根本的な解決にならない。どうすればいいか、未だ検討中の問題である。
「この魔道具は事故みてーなもんだ。俺の意志じゃない。距離を取ると問題が起こるから、行動を共にしていた。クリスのことに関しちゃ俺は知らねーよ。知りたきゃ本人に聞きな」
「距離を取ると問題が起こるから……だって? それは君がアレットを縛っている証拠だ。気付いていなかったのかね?」
「こんな不気味な腕輪のことなんざ知るわけねーだろ。互いに不本意だ。腕輪のことを知ってるなら壊す方法を――」
不可視の風の刃がジャンの腕を切り割いた。咄嗟に身を引き避けなければ、胴体と下半身が真っ二つになっていただろう。
「可愛い弟子が久しぶりに訪ねて来たと思ったら、男連れで、そんなふしだらな代物をひっ下げていた気持ちが貴様に分かるか? 腕輪を外して欲しいと頼まれるなら良かった。だが、嘆かわしいことにあの弟子は君を好いているようだ」
神経質そうな額には、青筋が浮かんでいる。相手の力量が読めないジャンではない。遅れを取る気は毛頭ないが、彼の迫力に気圧されそうになる。
「頭脳があるなら言葉を選べ、異国の戦士よ。これより先、答えを誤ることは死と同義であると心得るがいい」
銀縁の片眼鏡の奥が真っ赤に染まり、クライブの瞳孔が竜の眼のように縦向きになった。
「いま一度、問う。貴様の意志でなければ、腕輪は顕現することすらなかった。――彼女を縛る理由はなんだ?」
どくりと、ジャンの鼓動が高鳴った。竜の眼をした魔導士から、覚えのある気配がした。酔って箍が外れたアレットと対峙した時、ジャンは似た感覚を味わった。
――そうして彼は、彼女に敗北したのだった。
◇
通い慣れた木造の酒場は、いつも酷い匂いがした。男達の汗と酒と烟草の匂いが充満し、酔いが回っていなければとても耐え切れない。しかし、ジャンはそんな空間が気に入っていた。その日も仕事疲れを癒そうとボトルを開けに酒場を訪れたのだ。
今となっては幸運だったが、初めて彼女に居合わせた時は自分の不運を呪った。もちろん、滅多に見かけぬ美少女が酒場の扉を潜った時から面倒なことになると予想はしていた。テリーが酒を注ぐと少女はものの数時間で判断力が低下するほど酔っていた。
テリーの悪趣味な見世物が始まると、マスターの渋い顔を余所に酒場は大いに盛り上がった。
黒い外套から酒で赤く染まった白い肌が覗き、それが存外色っぽかったのである。ローブの下は丈の短いワンピースを着ていたので、テリーは気をよくして、すぐに裾を捲り上げた。彼女の脚は貧しい生活を知らない人間のそれだった。十分な肉と張りがあり、食べごろの果実のようだった。だからこそ周囲も盛り上がっていたし、ジャンも止めずに見ていた口だった。褒められた行為じゃないことは確かだが、ゴロツキが集まる”旅の果て亭”を選んだのは自己責任である。きっと彼女は勉強題にしては高くついたことを反省し、行動を改めるだろう。
その場にいる誰もが、辱めを受けた少女の今後を他人事のように考えていた。しかし、彼女はそんな皆の予想を裏切ったのである。
少女がテリーへ放った火は、ほんの脅し程度だった。彼女を止めようと群がった男達は、魔法の衝撃波で虫のように宙を舞った。消火活動が半端なまま放置されていたせいで、小さな火種は床から柱へと燃え移った。巻き込まれたくない者は早々に避難し、彼女に伸された男達もまた、情けないことに店を出た。ジャンは皮膚の焦げたテリーを店の外まで運び、再び店内へ戻った。
少女は火の勢いが増しているにも関わらず、ただ一人カウンターに座り、器に残った酒を煽っていた。
「おい嬢ちゃん! 酒飲んでる場合じゃねーだろ」
「あら、ここはお酒を飲むところじゃないの?」
酒ですっかりできあがった少女は、上品に微笑んだ。自分が何をしたのかも、分かっていない様子であった。
「そうだが……今、アンタが火をつけた所為で燃えてんだよ、みえねーのか?! 酒を飲んでる場合じゃねーんだ。ここを出るぞ!」
ジャンは少女の腕を掴んで引っ張った。原因を作ったのは彼女だったが、放って置くわけにもいかない。
「いやだ、帰らない……っ、私はまだ飲むのぉ!」
「クソ、酒癖の悪りぃ女だな……何があったか知らねーが、酒じゃ解決しねーぞ」
彼女の目を覚まさせるために、ジャンは両肩を掴んで揺すってみたり軽く頬を叩いてみたりした。
「ひゃぁあ~、くらくらするぅ」
「埒があかねぇな……」
少女の身体を担ごうとした時だった。見えない刃がジャンの急所を目掛けて放たれた。その身体に満ちた太陽神の恵みがなければ、今頃ジャンの身体は縦に真っ二つになっていただろう。
「なにするのよ」
「てめぇ……それはこっちの台詞だぜ」
ジャンは少女から距離を取り、背中の剣を抜いた。彼女が警戒しているのはテリーや煽った男達のせいだろう。しかし、一切の加減なしでくるとは思わなかった。
「俺じゃなかったら死んでたぞ?」
「じゃあ、貴方でよかったわね」
「……勝手にしろ。俺は忠告したぞ? 焼け死んでも知らねーからな」
ジャンは少女を置き去りに酒場を出ようとした。
「あら、せっかく剣を抜いたのに……逃げるの?」
その一言が、彼の足を止めた。振り返れば、酒の器を傾け挑発的な笑みを浮かべた少女……否、女がいた。
「……ここでお前とやりあって何になる?」
「負けたらなんでも聞いてあげるわ」
彼女が優秀な魔導士であることは、分かっていた。詠唱なしに魔法を発動し、襲い掛かる男達を一瞬で黙らせたのも興味深い。ジャンには供にドラゴン討伐へ向かう仲間集めが必要だった。
「へぇ、ソイツはいい。俺が勝ったら本当になんでも言うことを聞いてもらうぜ」
「ええ、もちろん。でも、私が勝ったら朝まで愚痴に付き合ってもらうわ」
「テリーじゃなくて、俺でいいのかい?」
「うん。お兄さんの方がカッコいいし、テリーは焦げちゃったでしょ?」
悪びれもなくそう言い切った少女に、耳の毛がゾクリと逆立った。アレットが器を置き、カウンター席から立ち上がったのを合図に、二人は戦闘を開始した。安易に距離を詰めれば、不可視の刃を受けてしまう。しかし、距離を取れば相手が有利になる。互いに命を奪うつもりまではなくとも、不用意に時間を掛ければ店に火が回り、二人とも死にかねない。
試しに切りかかれば、あっさり魔法で跳ね返された。充満した熱気を吸い込むたびに、思考力が奪われる。パチパチと火の粉が飛び散り、今にも天井が崩れてきそうだった。少女は店が燃えていることは認識しているようだが、時間の猶予がないことを分かっていない。
近付けないのなら、不意を突くしかない。ジャンは天井を見て叫んだ。
「危ない!」
まんまと騙された少女は天井をきょとんと見上げた。その大きな隙を突き、ジャンは彼女へ飛び掛かった。床に押し倒して拘束し、得意気に笑った。
「まさか、こんな古典的な手に引っかかるとはな……さぁ、大人しく言うことを――」
それは一瞬の出来事だった。たった今、組み敷いていた筈の少女が、ほんの瞬きの内に姿を消したのだ。彼女の気配が背後に移ったことを認識した時には、既に遅かった。身体の自由が効かなくなっていた。指先一本を動かすことすら億劫になり、ジャンは幾度となく経験した死の予感を覚えた。
「女性を組み敷いたぐらいで勝ったと思わない方がいいわ。寧ろ本番はその後なんだから」
「拘束魔法すら詠唱なしで発動するとは……一体何者なんだ?」
「気分がいいから、聞いてくれるなら全部話しちゃいたいけど――貴方の負けってことでいい?」
「ああ、もう俺の負けでいいよ」
少女は膝をついたジャンの前に立つと、その顔を覗き込んだ。無邪気な微笑みに見惚れていると、彼女の唇がジャンの額へ落とされた。すると、重かった身体が嘘のように軽くなった。
「へへへ、魔法のキスだよ」
「……、……酔っ払いめ」
途端、火の勢いが増した。入口を見れば、すっかり火が回っていた。ジャンはアレットの手を引いて、厨房へ回り、裏口から出た。表通りを避けて暗い路地を進んだ。彼女を放って置けばなにをしでかすか分からない。とにかく別の場所へ隔離することが最優先だと判断したジャンは自身の借りている宿へ少女を連れ込んだ。
彼女が宿の酒を飲みたがったので仕方なく購入し、宣言通り、二人は長い夜を過ごした。
ジャンはその時、彼女からすべてを聞いた。大陸でも三本指にはいる富豪、アダン家の次女であること。魔導アカデミーから推薦で宮廷魔導士になり、貴族との婚約を回避したが解雇になったこと。冒険者になって逃げるための資金稼ぎをするうち、王宮から再雇用の話が出て断り続けていること。家から逃げるための手段であった魔鉱石にすっかり嵌ってしまったこと。研究を進めるうちに、ある大きな夢を抱くようになったこと。その夢のために、魔鉱石を使ったアプローチを諦めていないこと。
道端の石ころと見分けのつかないような石を次々に取り出すと、彼女は実に様々な、くだらない魔法をジャンに披露してみせた。
「あの瞬間移動はどうやったんだ?」
そう聞けば、彼女は咳払いをし、偉そうに胸をはって人差し指を立てた。そうしてわざと男のような口調で喋り始めた。あとから聞いたが、恩師の真似なのだそうだ。その様子が愛らしかったので、高説を述べる時は是非毎回その口調でやってくれと焚きつけた。
「消えたというよりは、置き去りにしたと言う方が正しいね」
「置き去りにした、だって?」
「そう、なにも素早く動いたわけじゃない。私はゆっくり拘束から逃れ、背後に回ったんだよ。それを貴方が認識できなかっただけ」
「まさかとは思うが、時間操作か……?」
「さぁ、どうでしょう。これ以上は秘密よ。私がこの魔法を使ったことも内緒にしてね。本当は使っちゃダメって言われてるの」
「それなのに使ったのか?」
「だってあんな間抜けな負け方、どうしても悔しくて……本当は貴方の勝ちだったわ」
彼女は床へ脱ぎ捨てられた自身のローブと革靴に視線を落とした。
「俺を立ててくれるのかい? 酒癖は悪いのに気立てのいいお嬢様だ」
「お嬢様じゃないわ。言ったでしょ? 成り上がりの貴族なの。ただの”アレット”よ。貴方もそう呼んで」
眠そうに目を擦りながら、アレットはベッドに腰を掛けた状態でタイツを脱ぎ始めた。
「じゃあアレット。どうして服を脱ぎ始めてるのか聞いていいか?」
「ごめんなさい。私、もう眠くて……でも、この服は寝巻じゃないもの」
横になるには窮屈なのだろう。彼女はベルトを外し、腰につけた革製の鞄を取り外すと本格的に脱ぎ始めた。もう一秒でも早く眠りたいのか、衣服を雑に脱ぎ捨てる。ワンピースの留め具を外す手がもたついているのを見て、ジャンは酷く動揺し、慌てて彼女を止めた。
「確かにその服は寝巻じゃないけど、アンタの寝巻はここにはないぞ? 脱ぐのはいいが、着るものはないんだ」
「アンタじゃなくて、アレットだってば」
「分かった、アレット。とりあえず服を脱ぐのは――」
そこまで口にして、ジャンは口を噤んだ。何故脱ごうとしている彼女を必死で止めているのか。考えてみれば、止める理由などない。自ら服を脱ぎ出した女に対しジャンが取るべき行動は、一つであった。
彼はワンピースの留め具に手を掛けた。
「脱ぎたいなら手伝うぜ」
「ありがとう。いつもは自分で外せるんだけど……」
留め具を外すと、彼女は裾を両手で持ち上げた。傷一つない真っ白な背中が視界に入り、細く美しい曲線が露わになった。臀部にはやや運動不足の肉がついていて、細すぎというほどでもない。その贅肉がかえってジャンの肉欲をそそった。
彼はアレットの下履きに手を掛けた。
「苦しいだろ? これも外してやるよ」
肩越しに顔を近付けると、彼女は細い首を傾げた。そしてすぐに何かに気付いたのか、腰を捻ってジャンに向き直った。
「……、するの?」
若干の恐怖と、恥じらいと好奇心が入り混じった表情だった。ジャンは堪らず彼女を抱きかかえ、その細い身体をベッドへ沈めた。
「いいのか? こんなに簡単に身体を許しちまって」
彼女は嫌なら抵抗できる。何故なら、先ほども似たような状況からジャンを負かしてみせたのだ。ジャンはどうしても彼女の上品な口から理由を聞きたくて、分かり切ったことを意地悪く問いかけた。
「いいのよ。このままじゃお父様に知られて連れ戻されるのも時間の問題だわ。もしそうなってしまったら、私の初めての相手はよく知りもしない、すごく年上の貴族になるかもしれない。その人は成り上がりの貴族の娘をどう扱うと思う? きっと赤ちゃんが出来るまで、吐き気を催すほど繰り返し抱かれるわ。それならお兄さんの方が――」
「――、やめた」
ジャンはアレットの上から退き、彼女の隣にばたりと身を投げた。アレットの言葉は、ジャンが期待していた回答とはかけ離れたものだった。筆おろしに年老いた貴族より若い男を選ぶという理屈は理解できる。しかし、納得はできなかった。理由はそれだけではない。軽い手合わせ程度だったとはいえ、ジャンは彼女に負けた。それなのに、自分を卑下するアレットが許せなかったのである。
「そう……残念だわ」
彼女は寝返りを打ち、ジャンに背を向けた。
「家が嫌いなのか? 結婚の問題は別として、裕福なのはいいことだろ」
「それはそうよ。あの家が嫌いなわけじゃないの。週末にお姉さまと着飾ったり、お母様とお菓子を食べながら庭園の花を見るのは、何より幸せな時間だったわ。でも、その幸福はお父様やお母様、お姉さまのものであって、私のものじゃなかった」
自分は幸福な家族の一員ではなかった。ただ一時的に共存を許されただけの存在だのだと言い切った彼女に、ジャンは妙な親近感を覚えていた。アレットの抱える孤独は、ジャンの孤独と同じ形をしていたのである。
「それは……なんとなく分かるかもな」
彼女はその幸せな家族の一員になれない事実を、どうしても否定したくて逃げているのだ。身に覚えがある。ジャンはその意地の為に、大切な家族を失った。そしてそれは覚めない悪夢となり、今も彼を苦しめ続けている。
ドラゴン討伐はカナンの戦士としての責務などではない。極めて個人的な復讐のためである。思えば、忙しない五年間だった。身の上を隠し、信頼を得るために駆け回り、カナン出身の同志を探し回っていた。それでも成果は芳しくなく、少し諦めかけていた。しかし、そこに現れた魔導士の少女は、彼に一縷の希望を抱かせたのである。
『誰でも魔法が気軽に扱えれば、労働の手間を削減して生産率を上げられると思わない? 私の目標はそれなのよ。魔法を扱えるかどうかは魔力量にもよるし、個人差もある。けど、魔鉱石はそんな”残酷な手札”を否定できる優れたアイテムよ。私の存在がそれを証明してる。生まれつき役割が決まってるなんて……私はそんなつまらない世界を否定してやるの』
ジャンは瞼を閉じて、ついさっきまでの会話を思い返した。夢を語る少女の瞳は、ジャンの胸を熱くした。彼女は宮廷魔導士という職権を失い、その身一つになっても大それた野望を諦めていなかった。いつまでも立場や出自に拘り、二の足を踏んでいた自分を省みて、粛々と反省する。
「ねぇ、本当にしないの……?」
アレットは再び寝返りを打ち、ジャンに向き直った。絹糸のような黒髪が蛇のようにうねり、彼を誘惑した。頭を抱えて悩まし気な溜息を吐き出しながら、ジャンはある決断をくだした。今は未だ、彼女に触れることはできない。
日が昇れば、酒場の騒動が明るみになるだろう。その時は、彼女の味方になろうと決めた。迷惑だと思われてもいい。なんとかして行動を共にする口実を作らなければならなくなってしまった。
「俺はな、俺に惚れてる女を抱くのが好きなんだ」
「そう……それは、そうよね。本当に、残念だわ……」
目を瞑りながらも睡魔に抗っていた彼女は、雑な返答とともに、とうとう寝息を立て始めた。ジャンは眠るアレットの頬を親指の腹でそっと撫でた。
「ああ、だから――」
――覚悟しておけ。
悪夢から覚めたら、どんな無理を通してでも彼女の心を奪いに行こう。この柔らかな肌に触れるのは、その資格を得てからだ。しかし、不思議とその日は悪夢をみなかった。その代り、目覚めたジャンを襲ったのは悪夢より惨い現実だった。




