第40話:学び舎へ…
旅芸人のテントへ盗みに入ったミレーヌ達は、早々にその企みが失敗した。まだ盗みを働いてもいないのに、見張り番に捕まり団長のテントへ連れて行かれたのだ。騒ぎを起こすのは得策ではないと判断し、大人しく従っていた二人だったが、事態はより面倒な方向へ転じることとなった。
「劇団長! テントの近くで逸材を発見しました! この二人なら今度の演目にピッタリです」
「おお、確かに素晴らしい逸材だ! 君達なら即採用だよ」
どうやらテントの傍をうろついていたせいで、芸人志願だと思われたらしい。
「いやね。実は三日後に魔導アカデミーの大劇場で舞台を頼まれているんだよ。演目は”亡国の姫君”という物語でね。二、三年ほど前にカナン王国から逃れた吟遊詩人の書いた歌さ」
黙って成り行きを見守っていたカルラが、ぴくりと肩を震わせた。
「その吟遊詩人は今、どこでなにをしてるの?」
「女優志望なのに知らないのかい? その物語が売れに売れ、今じゃ有名な劇作家だよ」
「へぇ。聞いたこともないわ。どういう物語なのか教えてくれる?」
「……カルラさん?」
にこやかな笑みを浮かべてはいたが、彼女の琥珀色の瞳は静かな怒りを宿していた。
「テントへ来たってことは二人とも女優志望ってことだよね?」
「いえ、わたくしたちは――」
「そうよ。私は女優になりたくてここへきたの。その魔導都市の劇場でやる演目”亡国の姫君”に私を出演させて」
ミレーヌはカルラの顔をチラリと伺った。彼女の言葉に嘘や誤魔化しはない。本気だった。
「是非とも! と言いたいところだけど、君の手枷はどういうことだ? 格好も随分汚らしいが……」
「丁度演技の練習をしていたのですわ。”二人の王女”という古い物語で、奴隷の少女と公爵令嬢が入れ替わるお話ですの。これはその衣装ですわ。ただ、問題が起きてしまいまして……手枷の鍵を失くしてしまい外れないのです」
「なんだ、そういうことなら早く言ってくれ! ちょうど鍵外しの名人がいる。呼んでこよう」
団長がそそくさとテントを出るのを見送ってから、ミレーヌは声を潜めてカルラに理由を聞いた。
「なぜ女優になりたいなどと言ったのですか?」
「信じて貰えないかもしれないけど、その”亡国の姫君”は私なのよ。私の国の人間が私の境遇を勝手に語って金儲けしてるなんて……」
「それが許せない気持ちは理解できますが……それでどうして舞台に出ようとするのです?」
「私は今、生き残ったカナンの兵士たちを集めているの。魔導都市ってことは貴族が集まってるんでしょ? ラヴィアの貴族なら私の容姿を知っている者もいる。カナンの王女そっくりの女がその役を演じたら話題になるかもしれないわ。私が生きてるって、こっそり皆に知らせることができると思うの」
「確かに周知することはできるでしょうが……危険なのではなくて?」
カルラは大きな胸を張って言った。
「我が愛槍と手足の自由さえ効けば返り討ちよ! それに、 カナンとラヴィアは表向きは姉妹国よ。むしろ私が本物であることに気付いた者こそ悪さなんてできないでしょうね」
ミレーヌはその筋肉質な小麦色の身体を改めて眺めた。
「その愛槍というものが見当たらないように見えますが……?」
「女優になる大きな理由がそれよ。実は私の持ち物もすべて奪われて競売所に送られてしまったの。奴隷商の男が”お前の大切な品は魔導アカデミーのオークションハウスでこの国の貴族の手に渡る”って。だから、私の目的地は最初から魔導都市だったのよ」
「まぁ。迂闊な商人ですこと」
「貴女は無理に付き合わなくていいのよ? 機転を利かせて枷まで外してくれてありがとう」
ミレーヌには力任せに鎖を切ることしかできなかった。彼女の腕に嵌った金属の枷は、アレット達を悩ませる腕輪に似ていた。
「いえ。ことの半分はわたくしの責任でもありますわ。最後までお付き合いいたします」
アレットから聞いた話によると、サリア領の魔導アカデミーはミレーヌのいた時代の王都である。それは己の知るものではないが、どのように様変わりしているのか興味があった。我が儘が許されるなら、ミレーヌは魔導都市へ寄る提案をしようと思っていた。
ミレーヌは鍵職人を連れて戻って来た団長に、家族に一文を残したいと頼んだ。快く紙とペンを貸してくれたので、別の団員にそれを届けるように頼んだ。こうして亡国の姫とミレーヌはアレット一行よりも少し早く魔導アカデミーへ向かったのであった。
◇
「クリス、身体は大丈夫なの?」
魔導アカデミーまで向かう荷馬車の中、アレットは心配そうな表情でクリスに問いかけた。その質問の意図を正しく理解したクリスは、彼女を安心させるよう微笑みを浮かべて答えた。
「大丈夫です。ちっとも消耗しておりませんので。我々は多少離れていても問題はないようです」
その言葉は事実だった。腕輪で離れられなくなってしまったアレットとジャンとは違い、眷属の契約にそこまでの強制力はない。魔力を消耗しなければ、クリスなら三ヵ月はミレーヌの血がなくても耐えられるだろう。
「実際のとこどうなんだ? これから先の人生、あの女と一蓮托生ってのは……受け入れてんのか?」
王都からサリアへ来た時と違って、荷馬車には他の利用者もいた。アレット達は声を潜めて、言葉を選びながら会話をしていた。
「まさか。ミレーヌ殿の呪いを解く方法を探すつもりです」
彼の表情から、その言葉が本気だと分かる。そんな方法があるのだろうか。否、あるなしに関わらず、クリスは生涯をかけてでもその方法を探し続けるだろう。
「俺から提案がある……クリス、お前やっぱり俺のドラゴン退治に協力しろ」
ジャンの言葉にアレットは溜息を吐いた。
「クリスの言葉聞いてた? 二人にはそんな無謀な戦いに付き合ってる暇ないでしょ」
「もちろん聞いてたぜ。だから提案してるんだ。竜の涙はあらゆる魔法契約や呪いを解除できると言われてんだ」
「だからそれ、おとぎ話でしょ? それぐらい私も知ってるよ。秘宝とか言われてるけど単なる噂の域をでないから――」
「だが、竜の涙が呪いを解くなんて作り話で誰が得をするんだ? 噂にも必ず元があんだろ。賭けてみる価値はある」
二人とも、徐々に語気が荒くなっている。荷馬車の中にはアレット達以外の利用者もいる。いつもの口論に発展しそうなところを、クリスが止めた。
「分かりました。以前はお断りいたしましたが、お付き合いいたしましょう」
クリスの言葉に一番驚いていたのは、提案したジャン自身だった。
「い、いいのか……?」
「はい。ですが、半年以内でなければ同行できません。それが条件になります」
「は、半年ぃ?!」
その条件に反応を示したのはアレットだった。否、彼女の反応は決して大袈裟じゃなかった。これから半年後にはドラゴンの巣に赴かなければならず、半年間の間に討伐隊を募らなければならないのだ。嬉々として死地に赴く変わり者などそういない。
しかし、ジャンの反応はアレットとは違っていた。
「よっしゃ! じゃあ協力してもらうが、男に二言はねーな?」
「もちろんです。ミレーヌ殿の助力が期待できるかは分かりませんが、彼女には私の方から話しておきましょう」
「助かるぜ! お前たちがいれば百人力だ」
こんな大事な話を荷馬車で進めていいものかと、アレットは気後れした。あまりにも無茶を通そうとするジャンに文句を言おうと口を開きかけた時だった。不意に、街道を進む馬車が動きを止めた。馬の慄く声が聞こえ、騎手が悲鳴を上げた。何事かと荷車から飛び出れば、馬車は野党に囲まれていた。移動中に襲われるのは久々である。
「積荷を渡しな! そうすれば命だけは取らねーでやるよ」
荷車の中で怯える人々へ脅しかけるように、野党の頭がナイフを構えた。クリスは中で皆を庇うように抱えた。ジャンはアレットと共に荷車を降りて、黙って後ろに控えていた。アレットは野党の集団へ向かって一歩前へ出た。
「なんだぁオメーは? ガキは大人しく縮こまってな!」
頭の横にいた下っ端が一歩を踏み出した瞬間、アレットの炎が野党の集団を焼き払った。詠唱もなしに魔法が飛んでくるとは思わなかったのだろう。野党たちは驚き慌てふためいて、自身の纏う火の粉を消そうと必死になって地面を転がった。
「荷馬車を出して!」
アレットは騎手へ向かって声を掛けると同時に荷車へ乗り込んだ。
「は、はい! 馬を走らせますので、皆さん荷物に掴まって」
野党の集団が遠くなるにつれて、乗車していた人々も落ち着いたのか、皆アレットに感謝の言葉を述べた。貴族や富裕層しかいないといわれている魔導アカデミーへ向かう荷馬車だ。こういうことも珍しくはないのだろう。彼女は念のため、一番身形のいい男に問いかけた。
「高価なものを乗せてたりする? 街を出る前に誰かにそれを喋ったりとか……」
「し、してません。金目のものも今回はなにも……」
アレットがそれを聞いたのは、野党の集団に違和感を覚えたからだった。馬車を襲う前に断りを入れるなど、普通はしないからだ。腑に落ちない気分でいるところを、ジャンが口を開いた。
「おそらく、性質の悪い商人に金で雇われた連中だろう。飢えた野党の集団は、あんなに紳士的じゃねーからな」
どうやら、ジャンもアレットと同じような違和感を抱いたようだった。
「なら、目的は金品じゃないかも。珍しい品物とか、需要のあるなしによってはそれも充分高価なものになるから……」
身形のいい男の隣にいた青年が、ハッとしたように顔を上げた。心当たりでもあるのか、みるみる顔が青ざめていく。
「金目のものではありませんが、異国から仕入れた香辛料は積んであります」
聞けば、魔導都市の貴族に雇われている料理人だという。材料をラヴィアの市場で仕入れ、これから主人のもとへ戻るところらしい。町で怪しい男に香辛料を売ってくれと頼まれたらしい。
「魔導都市ってのは、そんなに景気のいい場所なのか?」
ジャンにそう聞かれ、アレットは少し答えに迷った。
「実は……魔導アカデミーの中しか知らないの。街にはあまり出たことないから」
「まったくガリ勉はこれだから! 流石に街へ出るのに許可はいらねーだろ? 一度ぐらいは遊びに出たりしなかったのかよ」
「まぁ一度ぐらいは……一見華やかな町ではあるけど、景観を保つために奴隷を雇って働かせてるんだよね。奴隷商や闇競売の関係者が金持ちを標的にしてる。そういう点では、あまり治安がよくないの。恩師には塔の外へ出るなとよく言い聞かされてた」
加えて、アレットは成り上がりの貴族だった。同級生からも距離を置かれていたし、彼女をあからさまに馬鹿にする者もいた。アレットは魔導書を友に選んだおかげで、推薦状を貰えるまでになった。しかし、周りの女学生はアカデミーを婿探しのための社交場として見ているものが大半であった。とはいえ、決して質が悪いわけではなく、やる気のある学生だけを集めたサロンもあった。
しかし、そのサロンでもアレットは疎まれていた。それもそのはず、サロンに呼ばれた女学生はアレットだけだったのだ。二学年上だったレクトを筆頭に、他の連中も彼女を仲間外れにした。尤も、サロンに誘われたのは十六の頃で、レクトは直ぐに卒業した。まさか宮廷でも一緒に仕事をする羽目になるとは思わなかったが、アレットにとって、レクトが学友であるという認識は低い。彼とは寧ろ宮廷での付き合いの方が長くなったからだ。
「気軽に友達と遊びに出られるような街でもなかったってことか?」
「いや、そんなことないよ。夜間に校外へ出るのは禁止だったけど、昼は活気がっていいところだと思う」
「……友達がいなかったんだな。すまん、俺としたことが無神経だった」
「大丈夫。ジャンはずっと無神経だから」
分かったなら、もう聞くのを止めろとアレットは彼との会話を打ち切った。自分のことを聞かれるのも、話すのも苦手だった。アレットはジャンに背を向けて、乗客との世間話に花を咲かせたのであった。
◇
魔導都市へ着く頃には、すっかり日が落ちていた。
三人は適当に夕食を済ませて宿を取り、荷物を降ろすと街の劇場へ向かった。果たして、ミレーヌは本当にこんな場所にいるのだろうか。安くない入場料を払って席へ着くと、アレット達は周りを見渡して彼女を探した。
「あんだけの美人だ。いたら目立つに決まってる。なのに見当たらねーってことは、ここにはいねーってことだろ」
ジャンは燕尾服とシャツの袖を捲って、両手で双眼鏡を作りながら言った。
「ちょっと、恥ずかしいから目立つことしないで!」
三人はそれなりの恰好をしていた。観客の殆どが貴族であるため、普段の装いでは目立つからだ。安い買い物ではなかったが、下手すると入口で追い払われる危険性もあった。
「入場してしまった以上は演目を見て行きましょう。ここまで準備をしてすぐ出るのでは、さすがに勿体ないですからな」
「演目が終わって、出る時にまた探そう」
クリスは大人しく着席した。ジャンもそれにならって渋々と席に着く。ミレーヌのことは心配だったが、アレットも久々の劇を愉しむことにした。
しかし、いざ演目が始まると、三人は気が気でなくなってしまった。探していたミレーヌが舞台の上に立っていたからだ。亡国の姫として登場した彼女はその容姿とうっとりするような歌声で客席を魅了した。
彼女が舞台袖に退場すると、まだ序幕だというのに歓声が鳴り止まなくなった。二百年前の彼女も、こういった華やかな場で活躍していたのだろう。しかし、仮にも身を隠さなければ生きていけない身体で、こんなに目立ってしまって大丈夫なのだろうか。アレットがクリスを横目で見ると、彼は静かに頭を抱えていた。当然の反応である。
「なにしてんだあの女……」
「考えたくありません」
「い、いやまぁ……一先ずは無事でよかったよ。舞台が終わったら控室か劇団のテントを訪ねればいい事が分かったし」
止まない歓声の中、三人はそれぞれ肩の力を抜き、溜息を吐いた。確かに素晴らしい歌声だったが、歌どころではなかった。一日の疲れがどっと押し寄せてくる中、舞台上に再び照明が灯り、女騎士が現れた。手足が長く、しなやかな身体には一切の無駄がない。まるで重力を感じさせない軽やかな足運びで彼女が舞うと、炎のように燃える赤毛がゆらゆらと揺れた。
どういう経緯でミレーヌが出演することになったかは不明だが、きっと舞台をさらってしまうだろうと劇団員に同情していたアレットは、その女優の登場に目を剥いた。ミレーヌとはまた違った美しさを持った女優に、両の目が釘付けになる。しかし、彼女に夢中になっていたのはアレットだけではなかった。ふと横を見れば、身を乗り出したジャンが尋常じゃない様子で女優を見つめていた。
見惚れる気持ちはよく分かるが、アレットは少し複雑な気持ちになった。
「ちょっとジャン、ちゃんと座らないと……後ろの人に迷惑だよ」
燕尾服の裾を引っ張り、軽く注意する。しかし、まるで聞こえていないのか、ジャンは中腰のまま前の座席に手を掛けて、穴が開くほど舞台を見ていた。いよいよ様子がおかしいと、少し強めに彼の身体を揺すった。
「ねぇ、ジャンってば……」
「……め、……さま」
「え?」
アレットの耳は、ジャンの掠れた小さな声を聞き逃さなかった。思わずジャンの顔に視線を移せば、その瞳から一筋の涙が零れ落ちた。アレットは驚いて身を引き、ゆっくりと椅子に背中を預けた。
ジャンが涙を流した事にも気が動転していたが、それだけではない。
”――姫様……っ!”
アレットは確かに、その絞り出すような声を聞いた。




