第38話:祭りの晩
村へ戻るとアレット達は大いに感謝された。デュオンが無事だっただけでなく、邸宅にいたアンデッドも退治したことになっているのだから当たり前といえば当たり前だった。吸血鬼を退治したことにしろと言い出したのはミレーヌだった。村にはデュオンが居たからだ。もうあの邸宅に誰も近づかないようにするためだ。クリスが担ぎこんだミレーヌの棺は、アンデット討伐の証拠と先行した神官の遺品ということにした。
コームのことはアンデットに魅了され人殺しをしていた罪人だと伝え、一時的に村の倉庫へ閉じ込めた。
「お祭りか……久しぶりだなぁ」
日が傾き、午後の強い日差しが借宿の居間に差し込んだ。クリスとジャンは身を清め、服や防具を干した途端、昼食も捕らずにベッドへ倒れ込んだ。昨晩から動き詰めのアレット達はかなり消耗していた。村長からの強い希望で祭りへは全員強制参加となったので、現在は束の間の休養を貪っている最中であった。夕餉は祭りで用意すると言われたので、甘えることにした。
アレットも疲れてはいたが、二人と比べれば大した怪我もない。自ら棺の見張りを申し出た。ただでさえ昼夜逆転が癖になっているアレットは、今寝れば確実に眠れなくなることが分かっていた。
「……どうしようかな」
居間で作りかけのランタンにナイフを入れながら、アレットはこれからのことを考えた。
結局、腕輪は自分達の手に戻ってきてしまった。それに、アレット達が予想していたような古代遺物とはまったく違うものだった。少なくとも他人に移せるからと気軽に移していいものではない。王宮からの依頼通り、腕輪は魔道具だったのだ。一体、なんのためにこんなものが必要なのか。アレット達が見つけた腕輪の他にも複数存在するのだろうか。しかし、肝心の依頼主であるレクトは腕輪を視認できていなかった。
どちらにせよ、危険な代物であることは確かだ。早急に外すか壊すかの対策を打った方がいいだろう。
「問題はそれだけじゃないんだよね……」
目下の悩みの種といえば腕輪だが、ジャンに誘われたドラゴン退治のこともある。あの場の勢いで退治に同行すると約束までしてしまった。今からでも撤回を申し出ようかと考えたが、今は腕輪のせいでジャンの目的や行動はアレットにも無関係ではなくなってしまっている。
流石のジャンも勝算が少しもない戦いを挑むことはしないだろう。アレット以外にも仲間を募る予定なのかもしれないが、それでも無謀には変わりなかった。借りにクリスとミレーヌもいたのならば、成功率は格段に上がるだろう。しかし、カナン城を巣にしているドラゴンは一匹じゃない。
ドラゴンの生態については不明な部分が多いが、八頭から十頭の群れを形成し行動すると言われている。ジャンの話が本当なら、群れの頭数は減っているが、それでも多い。訓練を積んだラヴィアの騎士たちでも、百人ほどの精鋭部隊でやっと一頭討伐できる程度である。ジャンやクリスがどれだけ強いといっても、百人の部隊を単騎で全滅させるほどではないだろう。ミレーヌは彼等を越える更に規格外の存在だが、それでもドラゴン二頭には及ばない。
例えジャン一人の実力がラヴィアの精鋭騎士三十人分あったとしても、彼と同じぐらいの実力者が三十人強集まらねば勝機はない。ジャンもクリスも規格外の逸材ではあるが、そんな人間が簡単に見つかるわけがない。あらゆる人材の集まる王都の冒険者たちでさえ、その殆どがアレットにすら及ばないのだ。
「まぁ、有り得ないよね」
アレットはそこで考えるのをやめた。先ずは腕輪のことを解決する方が先だ。三人分のランタンを作り終えたところで、分かりやすいようシンボルをつけた。クリスのランタンには女神の信徒である十字のシンボルを、ジャンのものには冒険者ギルドの紋章を、そして自分のものには魔導アカデミーの校章を彫り、名前代わりにした。
「もう少し時間あるし、ミレーヌの分も作ってあげよう」
アレットは余分に貰っていたモランの実に同じ花柄を彫った。シンボルは何にしようかと迷った挙句、ヴィミックと呼ばれるミックの亜種をモチーフにした。ヴィミックとは、サリア領に生息する血を吸う獣である。見た目はミックに似ているが、夜行性で夜空を飛び交う翼を有している。恐ろしい習性とは裏腹に顔は存外可愛らしく、ミックと違って頭もいいのでアカデミーに居を構えている貴族たちによく飼われていた。
ミレーヌが見たら怒るだろうか。しかし、彼女は村人に姿を見られるわけにはいかないので、この村を出るまでは夜も棺で留守番である。アレットはランタンの出来映えに満足気に頷き、まとめて籠へ入れた。
その時だった。何者かが、玄関の戸を叩いた。祭りへ呼びに来るには、まだ時間が早い。誰だろうかと戸を開ければ、デュオンが夕日を背に立っていた。アレットは戸の外に出て、入口を閉めた。村の中では特に警戒しなければならない人物だからだ。
「なんのよう?」
「あ、ええと……改めてお礼を言いに……」
「お礼? 私達はあの吸血鬼を退治したんだよ? 貴方には恨まれてると思ってたけど」
彼は自らあの邸宅に身を置いていたのだ。デュオンがミレーヌに惚れていたのは間違いない。その彼女を殺したと聞いて、お礼を言いにくるとはどういう心理なのだろうか。
「いや、あのじーさんを止めてくれただろ? ミレーヌ様は死にたがってたみたいだし、アンタ達が退治したっていうのが事実かどうかはどうでもいいんだ。俺はもうあの屋敷には行かないよ」
「その方がいいと思う。……で、それだけ? みんな疲れて休んでるの。話があるなら祭りで聞くよ」
「それだけじゃなくて! あ、アレットさん……に、渡したいものがあって」
「……私に?」
「うん。これなんだけど……」
そう言って、デュオンは後ろ手に隠していたものをアレットへ差し出した。見れば、見事な花の刺繡が施された黒地のワンピースだった。可愛らしい見た目の衣装が興味深く、思わず手に取ってしまう。それに合わせて白地の下履きも一緒に手渡された。
「これ、祭りの衣装なんだ。叔母さんのお下がりだけど、是非それを着て参加して欲しいなって」
「え? なんで……」
「今年はベレニスと同世代の若い娘が少なくて、踊り手がいないんだ」
「踊り手って……これ着て踊るってこと?! 無理だよ、踊り方知らないもん」
「大丈夫だよ。踊るって言ってもテキトーだから。決まった形があるわけじゃない。それを着て参加して、誘われたら一緒に踊るだけ」
「じゃあ渡したから」とデュオンは衣装をアレットに押し付けて走り去ってしまった。アレットは長い溜息を吐いて、可愛らしい刺繍の入ったワンピースを手に部屋の中へと戻った。
暫く呆けていたアレットだったが、日が落ちてクリスとジャンが部屋から出てくると慌てて祭りの準備を始めた。デュオンの叔母は小柄だったのか、丈はピッタリだった。しかし、凹凸を強調してみせる造りのワンピースはアレットの体型だとどうしても胸元の布地が余ってしまい、貧相に見えた。白地の下履きは辛うじて胸元や肩を覆う程度の露出の多い大胆なデザインで、細いアレットはとても子供っぽくみえた。
「なにこれ……壊滅的に似合わないんだけど……」
姿見の前で座り込み、肩を落としているとクリスが部屋の戸を叩いた。
「アレット殿、村長が呼んでおります。そろそろ広場へ向かいましょう」
「え、ちょ……ちょっと待って!」
アレットはいつもの気慣れたローブに着替えようと、脱いだ服へ手を伸ばした。しかし、ジャンが戸を開ける方が早かった。
「なにぐずぐずしてんだ! さっさと飯食って寝直そう、ぜ……?」
ジャンとクリスに、衣装を見られてしまった。二人とも、首を傾げて怪訝な表情をした。
「それ、お前の服か? サイズが丈しか合ってねーぞ?」
「いや、違う。貸してもらったの……お祭りの衣装らしい。若い男女は、これ着て踊るんだって」
アレットが着ている服の意味と経緯を知って、ジャンは遠慮なしに笑った。対してクリスは真剣な眼差しでアレットの着こなしを眺めている。
「やめておいたらどうだ? お前さん、いつもの二倍はガキ臭く見えるぜ」
「言わなくていいよ。自分で解ってるから……着替えて行くから二人は先行ってて」
「いや、決して似合わないということはありません。細すぎるのでしょうな。少しサイズが合っていないだけです。私の腰布を使いますか? 布が余っている部分に詰めれば多少見栄えがよくなりましょう」
善意での提案なのだろうが、微妙にズレている。否、こういう場合の受け答えとして”最適解”は存在しない。もちろん、ジャンの反応は不正解中の不正解だが。
「おい待てクリス。ダメだ、それだけはやめろ。詐欺だ」
「ですが、せっかく衣装を貸していただいたのです。着て参加された方がよろしいのでは?」
こんなに居た堪れない気分にさせられているのは、すべてデュオンの所為だ。受け取るんじゃなかったと肩を落としたアレットは、ふとあることを思いついた。
「ねぇジャン、この服はそんなに私に似合わないかな?」
面と向かって聞き返され、ジャンは少しだけたじろいだ。
「似合ってねーとまでは言わないが……まぁ、俺がお前の服を選ぶならその服はないな」
アレットは彼のその言葉を聞いて、決めた。
「じゃあ私、この衣装を着て参加する! クリス、腰布作戦採用していい?」
クリスはすぐに祭服用の腰布をアレットに渡した。その布をあまり盛らないよう、適度に余った部分へ詰めた。髪を降ろし、花瓶に差してある花で冠を作って頭に飾った。
「二人とも、協力して欲しい」
「言われなくとも、誘いが来なきゃフォローしてやるよ」
ジャンは揶揄い混じりにやれやれと肩を竦めた。
「そうじゃなくて、ジャンとクリスが誘うのはベレニスだよ。二人ともなるべく彼女の身体に視線を投げつつ踊りに誘って欲しい」
豊満な身体つきをした彼女なら、この衣装が良く似合うはずだ。デュオンがアレットに衣装を持ってきたのは、踊りに誘うためだろう。ミレーヌに見向きもされなかったのに性懲りもなくベレニス以外の女性を色目で見ている。小さな村だ。おそらく彼は、家族のように育ったベレニスが、女性としてどんなに魅力的な武器を持っているのか分かっていない。
それを自覚させる、いい機会だ。アレットは祭りの衣装を着た自分の姿を今一度鏡に映して確認した。貧相に見え過ぎないよう細工はしたが、それでもまだまだ貧相にみえる。だが、それでいい。
「そのようなことをする理由をお伺いしても?」
「この衣装を持ってきたのがデュオンだからだよ」
説明をせずとも、二人にはそれだけで十分伝わったらしい。ジャンは分かりやすく顔を歪め、改めてアレットの衣装を眺めると悪態を吐いた。
「どうりでセンスがないわけだ。正直、奴にベレニスは勿体ねーが……そういうことなら協力してやるよ」
三人はランタンを入れた籠を持って借宿を出た。
◇
村の広場はたくさんのランタンの灯りで照らされ、夜の闇に負けないほど明るかった。道の端にも灯りが置かれ、広場から家々に伸びた光の道が足元を照らしている光景はとても幻想的だった。
大きなテーブルがいくつも置かれ、その上には旬のご馳走がたくさん並べられていた。中でもジャンはモランの果汁を絞って作った蒸留酒に飛びついていた。村長の短い挨拶が終わると、村人たちは一同に食べて飲んで歌って踊った。
デュオンはさっそくアレットに近づこうとしたが、ジャンがここぞとばかりに邪魔に入った。タイミングを見計らってクリスがベレニスを誘った。彼がベレニスを持ち上げくるくると回すと大歓声が上がる。デュオンの気が逸れた隙に、アレットは机の下に身を隠した。クリスの次はジャンがベレニスを誘い、広場の中央まで引っ張って行った。
彼の容姿はただでさえも目立つ。皆の視線は中央のジャンとベレニスに集中した。驚いたのは、ジャンが実にスマートに彼女をリードしていたことだ。確かにジャンは目鼻立ちが整っているし、黙っていればかなりの男前だ。しかし、立ち振る舞いや言動は粗野そのものだ。少なくともアレットはそう認識していた。それなのに今、広場の中心で踊っている彼はまるでどこかの貴公子のようだった。足運びや距離感、主役のベレニスの際立たせ方、すべてが完璧だった。デュオンは最前列で二人の踊りを眺め、呆けた顔をしていた。
踊りが終わった後、ジャンは村の女性達に囲まれ、もみくちゃにされた。それはベレニスも例外ではなかった。デュオンに遠慮していた村の男たちがこぞって彼女にアプローチし始めたのだ。デュオンは慌てた様子で彼女のもとへ走って行った。
アレットの作戦は大成功だった。彼女は安堵の溜息をついて机の下から這い出ると、なるべく目立たぬよう隅の方で用意されたご馳走を頬張った。木の実のお菓子が気に入ってそればかりに手を伸ばしていると、村の青年に声を掛けられた。
「君、旅の人だよね? その服、誰から借りたの?」
「デュオンっていう青年が着て参加しろって持ってきたの」
「アイツか……その衣装は本来、結婚前の成人女性が着るものなんだよ。行き遅れないよう、こういうイベント事の時に着て独り身をアピールするんだ」
「げっ……そうなの?」
「そうなんだ。だから、成人前の女性が着るものじゃない。こんな村だと相手が限られてるからね。嫁探してる連中は皆ギラギラしてるから危ないよ」
「……、……」
どうやら白の下地と花柄のワンピースはアレットを一段と幼く見せているらしい。もう目的は達成したのだ。結婚願望があると思われても困るし、今からでも着替えてこようかとアレットはワンピースの裾を抓んだ。
「おい、アレット!」
情けない声に振り返れば、ボロボロのジャンがいた。村娘たちにシャツのボタンを引きちぎられ、顔やシャツに化粧の痕がべっとりついている。
「テメー、ちょっとはフォローしやがれ! 圧迫死するとこだったぜ!」
「ごめん。腕輪のことすっかり忘れてたよ……でも流石にあの中には入れなかった。ジャンより先に私が死んじゃうよ」
「おかげで地酒も満足に飲めやしねー……クリスに感謝だな」
中央を見れば、今度はクリスが村娘たちの餌食になっていた。ジャンを助けに入ったことで、標的にされてしまったのだろう。見た目の好みは分かれるだろうが、クリスはジャンより体格もいいし生真面目な性格である。人気があるのは頷けた。
アレットに忠告をくれた村人が水差しに入れた酒を注いで、ジャンに手渡した。
「お疲れ様。なんでも森に棲む化け物を退治したんだって? おかげで俺達の生活が安全になったよ」
「おお、気が利くな! しかし、礼には及ばん。この酒で十分だ」
「なぁ、冒険者なんだろ? ぜひ飲みながら話を聞かせてくれよ……と言いたいところだが、彼女を家まで送ってからの方がいい。もう遅いし、子供はみんな帰ったからね」
ジャンはアレットと青年を交互にみて、盛大に噴き出した。
「安心してくれ! コイツはこう見えて大人だ。酒さえ飲ませなければ、なんの問題もねーよ」
青年は驚いたような顔をして、アレットをみた。そして眼の色が、一瞬で変わった。
「成人してたの?! ならはやくそう言ってくれ! 妖精みたいで凄く可愛いと思って声掛けたんだ。僕と向こうで踊ろう!」
「えっ? えぇえっ!?」
アレットはジャンに助けを求めたが、彼は意地の悪い笑みを浮かべてひらひらと手を振るばかりだった。あっという間に広場の中央へ引っ張られ、あれよあれよという間に踊りを終えると、その上品な所作と美しさに魅了された青年たちに囲まれてしまった。やっと解放されたと思えば村長に促され、自作のランタンを墓石に飾る儀式へ参加した。祭りが後半に差し掛かり、人が疎らになる頃にはアレットはぐったりと机にもたれ掛かっていた。
休養を挟んでいたクリスやジャンと違い、アレットは邸宅の一件からずっと起きっぱなしだった。食べた物の消化が始まり、眠気に耐え切れなくなった彼女は、その場で気を失うように眠ってしまったのだった。




