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天才魔導士とカナンの猟犬  作者: もにみぃ
魔導士アレットと傾国の美女
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第31話:鬼になった青年

 ミレーヌの寝室は入ればすぐに分かった。置かれている家具の高級感と配置、置物のデザインにこだわりのある部屋だった。

 鍵はすぐ目につくドレッサーの上に置かれていた。アレットとジャンはクリスの手枷の鍵を取ると、屋根裏へ向かった。バルコルニーの脇から梯子を登り、埃を払いながら屋根裏へ通じる板を開ける。

 屋根裏には出窓があったので、屋根の修復はここから行なっているのだろう。デュオンは箒で梁の蜘蛛の巣を払っていた。


「あ、あんたら……どうしてここに?」


「連れに来たんだよ。私たちと一緒にここを出よう」


「いや、俺はここに残るよ」


「オメー、まだそんなこと言ってやがんのか?」


 苛立ちを含んだジャンの声に、デュオンはびくりと肩を揺らした。


「お、俺は知っちまったんだ……だからここに残らないと――」


 アレットは革の鞄から魔鉱石を取り出すと、強く握った。


「“眠れ“」


 その瞬間、青年はばたりと倒れイビキをかきはじめた。アレットの問答無用の制圧に目を丸くしたジャンは、ぐっすり寝ているデュオンを見下ろして言った。


「……よかったのか?」


「当然だよ。彼がここにいたらミレーヌに迷惑がかかるでしょ」


 もう吸血鬼でいることをやめ、楽になりたいというのが彼女の願いなら、デュオンの存在は邪魔でしかない。あの老人の死と共に腕輪の力で死ねるなら、それが1番いいのだ。

 アレットは魔法の力でデュオンの身体を浮かせ、屋根裏から運び込んだ。


「しかし毎回思うが、便利だよなぁ……じーさんもこれで運べばよかったんじゃねーか?」


「魔鉱石の魔力が尽きたら手で運ばなきゃいけなくなるから、無駄遣いはできないよ。強制連行しなきゃいけない時だけ使うの」


 ジャンにとって馴染みのある魔法といえば、炎や水といった元素を使った魔法である。発動には長い詠唱とインターバルを必要とし、非常に強力だが使い勝手のいいイメージはなかった。

 しかし、アレットの扱う魔法は便利でお手軽なものが多い。それになにより最大の特徴が、詠唱なしで発動できることである。使用には魔力を込めなければならないらしいので、多少のインターバルはあるが、長ったらしく仰々しい詠唱に時間を割かないのは非常に画期的であった。

 ジャンは炎上する酒場でアレットと対峙した時、彼女の扱うまったく新しい魔法に翻弄された経験があるので、彼女の実力は見聞きせずとも分かっていた。


 デュオンを宙へ浮かせながら運びつつ、二人は一階へ戻り、中庭の扉の前でギョッとして足を止めた。

 廊下の奥から、白い寝巻き姿のミレーヌが片手で老人を引き摺って歩いてきたからだ。上品なレースの編まれた寝巻きは、血塗れだった。


「み、ミレーヌ……?」


「……見つけましたわ」


 口の周りの血を出で拭った彼女を見て、アレットはゾッとした。コームはジタバタと暴れながら大声を出した。


「お二人とも! ここを出るのです! はやく!!」


 引き摺られている老人は、至って元気そうだった。ならば、彼女の寝巻きや口に付着している血は、彼のものではないのだろう。


「クリスを……、食べたの?」


 アレットの語尾が震えた。廊下の窓からうっすらと朝焼けの光が差し込み、吸血鬼の肌が煙を上げた。彼女は答えなかったが、彼の死を悟ったアレットは一瞬、頭が真っ白になった。


「中庭の扉を開ける……合図したら走れ」


 ジャンの冷静な声を聞き、正気に返ったアレットは、滲む視界を拭いながら頷いた。中庭への扉は彼のすぐ横にある。

 窓から差し込む光に吸血鬼が歩みを躊躇ったのを見計らって、ジャンが声を張り上げた。


「走れ!!」


 アレットは開いた扉を潜り抜け、中庭を抜けて西棟へ出た。そのすぐ後ろをジャンが走って着いてくる。


「――待ちなさいッッ!!!」


 金切り声が響いたが、すぐに追ってくる気配はなかった。どうやらクリスの言う通り、本当に陽の光で弱体化するようだ。


「ジャン……っ、ジャン、クリスが…クリスがぁっ」


「泣くな! しっかりしやがれ、出口はどっちだアレット?!」


「こ、こっち……!」


 クリスが食料にされてしまったこともショックだったが、ミレーヌが躊躇いなくクリスを殺したことも同じぐらいショックだった。

 アレットは半べそを掻きながら廊下を走り、玄関ホールの扉を開けた。入ってきた時より明るいからか、洒落た内装がよく見えた。


「クリスがいねーんじゃ、こんなとこにもう用なんざねぇ! 出るぞ!」


 力強いジャンの声に、アレットは涙を拭って頷いた。

 玄関のドアを開け、庭園へ出る。外はもうすっかり明るかった。陽の光のもとへ出た二人は、門まで走った。


「俺の背中に乗れ!」


 アレットはジャンの背に脚をかけ、門の柵を飛び越えた。次いで、重力の調整をしつつデュオンの身体を門の外へ持ってくる。

 最後に、ジャンが軽々とした身のこなしで柵を越え、アレットは漸く安堵の息を吐いた。


「待って……、お願い――、待ってくださいまし……!」


 助けを乞うような必死な声が邸宅の中から響き、アレットの心は恐怖でいっぱいになった。今まで、あの声に騙された者が、何人命を落としたのだろうか。


「行くぞ。どうせ追っては来れねーだろうが……早くここから離れたい」


 ジャンらしくない後ろ向きな台詞に、彼もクリスの死を受け止めきれていないことが分かった。

 二人は重い足取りで、村へ向かって歩き出した。


「くそ、あのジジイ……! やっぱり嘘ついてやがったんだ」


「どこからどこまでが嘘だったんだろう……」


 ミレーヌが自分から人を殺さないという話から、既に嘘だった可能性まである。


「なんにせよ、いくらクリスが不死身と言われてようが、食われて腹の中に入っちまったら流石に望みはねー」


「……、……」


「教会への報告は村の人間に任せよう。俺たちは――どうする? 一度王都へ戻るか?」


 そう聞かれて、アレットは緩慢な動作でジャンの顔を見返した。そういえば、もう彼と行動を共にする理由はなかった。

 王都は金払いがいいので、ジャンは王都に戻るつもりのようだったが、アレットは迷った。サリアは交通の便もいい。このまま港町へ行って入国審査の手続きを済ませ、他の国へ逃げてしまうという選択肢もある。


「どうしようかな……、ちょっと……今すぐには考えられないかも」


「なら、俺に雇われねーか?」


「……? なにかいい仕事の話でもあるの?」


「おう! この依頼がこなせりゃ建国も夢じゃねーぜ。本当はこの一件が終わったらオメーとクリス、二人を誘うつもりだったんだがな……」


「……内容は?」


 正直、今は仕事の話などしたくない。しかし、ただ黙って歩くのも辛かった。


「カナン城に巣食う、ドラゴン退治だ」


「ああ、ドラゴンか……」


 仲間を失ったショックでぼんやりしていたアレットは、ドラゴンともう一度頭の中で反芻した。そうして漸く、ジャンの言葉を理解した彼女は、信じ難い物を見るような視線を彼へ向けた。


「ドラゴン、って……もしかして国から出てる討伐依頼のこと?!」

 

「そう、それだ」


「それだ、って……む、無理に決まってるじゃん! し、死ぬつもりなの?!」


「死ぬつもりなんかねーよ。だから優秀な仲間を探してんだ。クリスを失ったのは痛いが――」


「いやいやいや、命がいくつあっても足りないでしょ! お断りします」


「戦ったことない連中は戦う前からビビりすぎなんだよ……お前なら一体ぐらい倒せる。クリスなら二、三匹は余裕だったろうな」


「はぁ? 何言ってるの、無理だよ。倒せるわけないじゃん」


「いや倒せる。一匹倒した俺が言うんだ。間違いねぇよ」


 あまりにも突飛なことを言い始めるジャンに、アレットは呆れを通り越して怒りすら湧いてきた。


「倒したって……ドラゴンを? 貴方が? こんな時にふざけたこと言わないで」


「俺は大真面目だぜ? 考えてもみろよ。ドラゴンを退治すれば国の英雄だぜ? 大金が手に入るのはもちろんだが、俺達自身にも箔がつく」


 英雄になれば、頑な父もアレットを認めるだろうか。成金貴族の末娘として生まれたアレットにも、それ以上の価値がつくだろうか。

 そんな馬鹿げた考えが、一瞬でも頭を過ぎる。


「ま、気長に考えといてくれ。俺は一人でも三年以内には行動に出る」


 それは、たとえ一人であっても退治に向かうということだ。彼の言葉が嘘でなくとも、カナン跡に巣食うドラゴンは一匹ではない。

 一人でなど向かえば、確実に命を落とすだろう。どんなに愚か者でもそれぐらいは分かる。ジャンは馬鹿だが、決して愚か者ではない。その彼が、何故そこまでドラゴン退治に固執するのか。

 アレットの中で、一つの答えが出た。


「ジャン、貴方もしかして――」


 情けない悲鳴が、アレットの言葉を遮った。


「ひぃ?! う、ううう、浮いてる?! 身体が浮いてるっ!」


 魔法で浮遊させていたデュオンが起きた。せめて村まで寝ててほしかったと、アレットは嘆息した。


「こ、こここ、ここはどこだ?!」


「おはよう。もう村の近くだよ」


 空中でバタバタと手足を動かしながら、デュオンは慌てて訴えた。


「ダメだ、戻ってくれ! 俺はまだミレーヌ様に伝えてないことがあるんだ!」


 アレットは呆れて、青年に冷たい視線を投げかけた。


「それはそうだろうね。だって迷惑がられて無視されてたんだもんね? そんな状態で何を伝えに戻るのか、私にも是非教えてもらいたいよ」


 王宮仕込みの出汁の効いた嫌味に顔を顰めたのはジャンだけで、デュオンはアレットの話など聞いてはいなかった。


「戻らなきゃ、早く戻らなきゃ……!」


「テメーいい加減にしねーとブン殴るぞ? 戻ったっていいことなんざありゃしねーよ。あのじーさんみてぇに不毛な人生が送りたきゃ好きにすりゃいいけどな……ケジメはつけろって言っただろ」


「そうじゃない……っ、そうじゃないんだ! 俺が、俺が伝えなきゃいけないのは、あのじーさんのことだ!!」


 二人はピタリと脚を止めた。


「……なんの話?」


 アレットはデュオンを地に下ろすと、念のために魔法で拘束をかけたまま、問い詰めた。


「オレがあの屋敷に迷い込んだ日、彼女は泣いてたって言ったろ? ……どうも、長年連れ添った家族みたいな存在が寿命で死んじまったって、あのじーさんから聞いたんだ。そこまではアンタ達も聞いたろ?」


 確かに聞いた。しかし、あの様子だとそれすらも嘘であったかもしれないのだ。

 彼の話が本当で、ミレーヌに人の心があるなら、起きて事情を聞いた彼女がクリスを襲うわけがない。


「俺が彼女を好きになってしまったのは本当さ。あんな美しい人、見たことなかったから……」


 デュオンは一瞬だけ、アレットへ視線を向けた。ジャンはその様子を見て、舌を打ちながら彼を睨んだ。


「そ、そう。でもアンタを見てちょっと我に返ったよ。都会の方には美人がいっぱいいるんだなって」


「私をみてって……それ、どういう意味? 私とミレーヌとじゃ天と地ぐらいの差があると思うけど」


「そ、そんなことないって! ミレーヌ様も綺麗だけど、アンタを見てその……すげー可愛いなって――」


「つまり、だ。目標を少し低くした方が、望みがあると分かったって話だろ? このタイミングで女を口説ける神経を疑うがな」


「最低……まさか、そんなくだらない話をするために私達を止めたわけじゃないよね?」


 邸宅で顔を合わせた時から、ジャンはずっとこの青年が気に入らない様子だった。アレットは不思議に感じていたが、その理由が少しだけ分かった気がした。

 要するにこの青年には芯が無いのだ。ジャンが嫌うのは、そういうタイプの人間らしい。


「ち、違うって! あのじーさんの話だよ! ここに残るなら仕事を覚えろって言われて、最初は西棟の使用人の部屋で寝泊まりしてたんだ。そしたら……偶然、偶然見ちまったんだ」


「……なにを?」


「日記だよ。如何にも隠してましたって感じの場所に、置かれてて……屋敷へ来た年数と書かれてた内容から、あのじーさんのものだって分かって、それで――」


 青年は言葉を切って、唾を飲み込んだ。


「屋敷に迷い込んだ村人を殺してたのは、あのじーさんだ。ドニって人も、おそらくあの人が殺したんだと思う」


「……、……」


 アレットは腕を組み、思考を巡らせるように視線を泳がせた。


「だから俺、それを伝えなきゃって思って、あの屋敷にいたんだ。でも、タイミングが難しくて……彼女は俺の話を聞いてくれないし、夜の間はじーさんが四六時中引っ付いてるし……」


「そのまま居たら、テメーも殺されるとは考えなかったのか?」


「考えたさ。恐ろしかったけど、しばらくは安全だって分かってた」


「どうして?」


「日記にそう書いてあったんだよ。食事に薬を混ぜて、不自然に見えないよう病死に見せ掛けるって」


 デュオンの話によると、ミレーヌの美しさに魅入られ屋敷へ滞在を決めた男性に限り、食事に毒を混ぜていたらしい。だから、この周辺地域では何年も前から男性の行方不明者が絶えなかったのだ。

 日記には何頁にも渡ってミレーヌへの想いとドニという使用人への嫉妬が綴られていたらしい。日記はドニが死んだとされる日で終わっていたという。


「“今日は、いい日だ“……と、それだけ書かれてたよ。恐ろしくて、出されたものは食べずに、厨房に保管されてる食料を盗み食いしてた」


 青年から話を聞いているうちに、アレットは無意識に自分の肩を抱いていた。鳥肌が止まらなかった。

 アレット達はあの男とミレーヌに、誓いの腕輪を移してしまった。二人が六十年の間、どういった関係を築いてきたのかは分からない。しかし、少なくとも彼女がその死を悲しんだという使用人より、深い仲ではなかったようだ。自分の腕に嵌った腕輪を見た時の彼の反応が脳裏に蘇る。


「だから俺、これだけは伝えないと……なぁ、いますぐ戻らせてくれ!」


「――いや、ダメだ。嫌な予感がする」


「私も、今は戻らないほうがいいと思う」


 アレットは最後に見たコームの姿を、必死に思い出していた。どうしても血塗れのミレーヌに視線が集中し、よく見てはいなかった。

 しかし、張りのある声は覚えている。それに、首根っこを掴まれ、暴れている姿もすこしだけ印象に残っていた。


「ねぇジャン、最後にみたコームの姿をよく思い出して欲しいんだけど……」


 半信半疑のまま、アレットはジャンへ問いかけた。


「彼……、少し若返ってなかった?」

 

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