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天才魔導士とカナンの猟犬  作者: もにみぃ
魔導士アレットと傾国の美女
31/45

第30話:六十年の妄執

 アレットは老人に、魔鉱石を握った手を突き出した。


「邪魔だから寝ててくれない?」


「ま、待って下され! 先程は申し訳なかった……とてもきれいな脚だったので、つい」


 先刻のジャンと同じ言い訳をする老人に、アレットは呆れ果てた。というか、言い訳にすらなっていない。


「どうして腕輪のことなんざ聞きたがるんだ?」


 ジャンの問いに、コームはもごもごと口を動かし、小さな声で応えた。


「お嬢様の望みは、死を迎えることです」


 それを聞いて、アレットは益々ミレーヌと敵対する気が失せた。


「なんだそりゃあ……なら人の血を吸わなきゃいいだけだろ」


「いいえ、ジャン殿。そう簡単ではありません。限界まで飢えれば理性が飛び、無差別に人を襲うケモノになるだけです」


「貴方は吸血鬼を知っているのですか? その通りなのです。様々な方法を試したと聞いておりますが、生き地獄を味わうだけだったと」


 とても聞いていられず、アレットは老人の話に口を挟んだ。


「それが腕輪とどう関係してるの?」


 コームは嬉々として、彼女の問いに答えた。


「その腕輪を、私とお嬢様に移して欲しいのです! お二人は”誓いの腕輪”をなさってるのでしょう? 私はもう老い先短い身です。その腕輪があればお嬢様の望みを叶えられるかもしれません」


「この腕輪を知ってるの!?」


「私とてここで無駄に歳を重ねているわけではありません。この邸宅の書庫に、誓いの腕輪について記された書物があったのです。それを読んだことがあります」


「その本はどこにあるの!?」


「いえ、それが……実はもうないのです。それを読んだのは、書庫の整理をしていた時でした。その本は虫食いだらけで状態も悪く……かなり前に処分しました」


 アレットは肩を落とした。ただでさえも邸宅の書庫に興味をそそられている彼女は、こんな状況でなければ一日中書庫へ籠っていただろう。


「ですが腕輪を移す方法なら覚えております」


「本当か?!」


「ええ。腕輪の所持者はそちらのお嬢さんと神官でない方のお兄さんで間違いないですか?」


 アレットはコームの問いに頷いた。


「それでは、枷の鍵を取ってきます。しかし念のため、神官様は拘束したままにさせていただきます。貴方達が私を人質にしないとも限りませんので」


「分かった、それでいい。俺達にもこれ以上危険を冒す理由がねーからな」


「彼女とは一度ちゃんと話をしないと……」


 アレットはチラとクリスに視線を向ける。ミレーヌは彼が相当気に入らない様子だった。もしここで解放できても、クリスが居ては揉めてしまうだろう。コームは満足そうに頷いて、部屋を出て行った。

 すると、待っていたとばかりにクリスが口を開いた。


「お二人とも、くれぐれもお気を付けて。罠でないとも限りません」


「わかってるよ! 腕輪の決着がついたら、すぐに戻って来る。デュオンをひっ連れてとっととこんな不気味な屋敷からおさらばしようぜ」


「頼もしいですな。しかし、何かあれば私より村人の無事を優先してください。見ての通り頑丈ですからな。滅多なことでは死にません」


「それも知ってる」


 そう応えたのはアレットだった。彼女はすっかりクリスの神官としての腕前に信頼を置いていた。なにせ、三人がかりでも苦戦していた吸血鬼を、たった一人で制圧してしまう実力の持ち主だ。

 コームはすぐに戻って来た。彼は老人とは思えないほどの手際でジャンの手枷を外すと、急かすように二人を廊下へ促した。鎖に繋がれた仲間を暗い牢の中へ置き去りにするのは心苦しかったが、アレットは振り返らずに部屋を出た。


「お嬢様は棺でお休みです」


 二人はコームの後ろを着いて歩き、再び広間へと戻って来た。広間の様子はなにも変わっていなかったが、デュオンの姿がなかった。


「デュオンは……?」


「手持ち無沙汰だというので、屋根裏の掃除を言い付けました」


 壇上へ近づくと、黒い船型の棺が先刻と変わらず同じ位置にあるのが見えた。コームは棺をノックした。しかし、返事はない。


「ついさきほどは応えてくださったのに……かなり消耗したのでしょう」


 彼が棺の蓋を開けると、そこにはミレーヌが綺麗に納まっていた。深く眠っているのか、目を開ける気配がない。しかし、女性のアレットでも溜息がでるほど美しい寝姿だった。レースの施された純白の寝巻は、派手な紅いドレスよりも似合っていた。


「仕方がないので始めましょう」


「えっ……? そんな、本人に確認を取らなくていいの?」


 ミレーヌ相手に話し合いを持ち掛けるつもりだったアレットは、拍子抜けしてしまった。


「辛い日々から解放されたいという念願が叶うのです。多少のお小言はあるかもしれませんが、お怒りにはならないでしょう」


 コームは二人に手を繋ぐよう指示した。そして、腕輪をしていない方のジャンの手を握ってみせた。


「さぁ、貴女も同じように、お嬢様の手を取ってください」


 そう促され、アレットは恐る恐る、死んだように眠るミレーヌの手を握った。


「あとは、”愛し合う二人に、腕輪を譲る”と念じてください」


「それだけでいいのか?」


「ええ。書物にはそう書かれておりました。夫婦となった男女が、婚約予定の男女に腕輪を引き継ぐのだそうです。腕輪をした男女が事故や病気等で互いに亡くなってしまった時は、再び儀式が必要になるそうですが」


 腕輪が祭事に使われていたのは確かであるらしい。しかし、婚約予定の男女の数だけ毎度あの手順を踏む必要があるのでは面倒だ。他人へ引き継ぐだけなら、簡略化の方法があってもおかしくはない。

 コームは一度ジャンとつないだ手を離すと、調理用のナイフを取り出し、自身の掌ともう片方のミレーヌの掌を切り割いた。そしてもう一度ジャンと手を繋ぐと、傷つけた方の手をミレーヌとしっかり繋ぎ合わせた。

 そして瞬きの間に、二人の腕から腕輪が消えた。煩わしい手枷が外れたような気分だったが、同時に何とも言えぬ喪失感を味わった。ジャンも同じだったのか、微妙な表情を浮かべていた。


「お、おお……! やっと、やっとだ! 長かった……これでお嬢様は……ッ!」


 コームが己の左手を見て、歓喜の声を上げた。どうやら腕輪の移植は成功したようだ。しかし、老人の手に移った腕輪を視認することはできなかった。


「ご協力、感謝します! 神官様の手枷の鍵は東棟の二階、お嬢様の寝室にあります。感極まってしばらく動けそうにない。私はもう少し、お嬢様とここに居ます」

 

 ジャンとアレットは顔を見合わせ、広間を後にした。

 後ろ髪を引かれつつ、クリスのいる部屋を通り過ぎ、階段を上がって書庫は出た。

 腕輪の件は、クリスの任務が片付いてから取り掛かる予定であった。それが、こんなに早く解決してしまうとは。予想外の展開に、いまいち腕輪から解放されたという実感が薄い。


「でも、これでやっと別行動できるんだね……私は鍵を取りに行くから、デュオンをお願い」


 アレットがジャンと行動を共にする理由がなくなった。それは今だけの話ではなく、邸宅から無事に出た後もである。この一件が終われば、たまに冒険者として顔を合わせることはあっても、こうして一緒にいることはなくなるだろう。


「待て」


 ジャンは東棟の廊下を駆け出そうとしたアレットの手を掴んだ。

 

「な、……なに?」


「確かにあの鬱陶しい腕輪はなくなったが、この邸宅にいる間、オメーは俺の傍を離れるな」


 そういえば、ジャンは重度の方向音痴だった。


「分かった。迷わないように、屋根裏の梯子までは一緒に行ってあげる。その後はデュオンと一緒に書庫まで行けばいいから――」


「そういう意味じゃねーよ。まぁ、確かにそれもあるっちゃあるが……」

 

 ジャンは言葉を詰まらせ、珍しく煮え切らない口調で言った。


「これはただの勘だが……あのじーさん、どうもきな臭ぇ」


「確かに様子がおかしく見えるけど……六十年もミレーヌに片想いしてたんだよ? ああなっても仕方ないよ」


「服を剥ぎ取られそうになったこと、もう忘れたのか?」


「忘れる訳ないじゃん。許してないよ。でも、ジャンだって私のお尻触ったよね?」


 実際は触ったなんて生易しいものじゃない。しっかり揉まれた。ジャンはアレットの手を握ったまま、天を仰いだ。


「……やべぇ。感触思い出したら興奮してきた」


 アレットは彼の手を叩き落し、炎を放った。


「うぉあっっぢ――!?!」


「それ以上、私に近寄らないで。あと、ついてこないなら置いていくから」


「……、……冗談の通じねー女だぜ」

 

 ジャンの呟きが、長い廊下に虚しく響いた。彼は駆け出したアレットの背を、一定の距離を保ちつつ追いかけた。


 ◇


 重い扉が開く音に、クリスは顔を上げた。現れたのは彼の仲間たちではなく、へらへらと笑う老人を引き摺った下着姿の美女だった。クリスは多少なりとも驚いて、反応が遅れた。

 鬼の形相をしたミレーヌは、クリスの詰襟を掴み上げ、その巨体を壁へ叩きつけた。


「よくもやってくれましたわね……ッ! あの二人は何処です?」


 状況が掴めないクリスは、手枷の嵌った両手を上げて鎖をジャラジャラと鳴らした。


「ご一緒ではないのですか?」


 その瞬間、凄まじい痛みと衝撃がクリスの身体を襲った。


「もう一度問います。お二人は何処ですか?」


「一緒でないなら、……私は知りません」


 クリスはよろめきながら立ち上がり、血を吐きながら答えた。どうも内臓が破裂したようだ。心の中で経典を念じ、自動治癒を施した。すぐに回復するわけではないが、対峙している相手にバレにくいという利点があった。


「アレット殿から話を伺いました。貴女を化け物と詰ったこと……謝罪させていただけますかな?」


 ミレーヌは苛立ち紛れに、大袈裟なため息を吐いた。


「今更結構ですわ。そんな話をしている場合でもありませんし……それに、あの二人は見逃しても、貴方をここから出す気はございません。命乞いなどしても、許して差し上げませんわ」


「だからこそ謝罪を申し上げたいのです。相手にどんな事情があれど、私の立場上それを考慮してもいられませんので。ここで朽ちるというなら尚更、私は神の教えではなく自身の心に忠実でありたい」


「なら、真実だけを口になさい。二人は、どこ?」


「本当に知らないのです。お二人は先刻、そのご老人と共に貴女のもとへ向かわれました」


 クリスは老人とミレーヌの腕にピタリと嵌った腕輪を見た。


「そのご様子ですと、目的は達成されたように見受けられますが……手違いでもあったのですか?」


 ミレーヌは老人の首根っこを乱暴に離し、汚物でも見るような視線を向けた。


「そう……大体の事情は察しましたわ。貴方たち、この男にまんまと騙されましたわね。まぁ、あの腕輪のことを何もご存知ないのでは無理もありませんが、あの娘まで簡単に騙されるなんて……」


「アレット殿は理性的に見えて情に熱いお方です。だからこそ親しみを感じているのでは?」


「……次にわたくしを知った風な口を聞けば、喉を切り裂きます。ですが、あの娘に関してはまったく同意見ですわ。あんな娘をこんなところに連れてくるなんて……どうかしているのではなくて?」


 どうやらミレーヌはアレットを相当気に入っているらしい。それでも自分の下へ留めようとせず、逃がそうとしているのだから、クリスはミレーヌの善性を信じざるを得なかった。

 それに、腕輪についてもコームよりも詳しい様子だ。尋問の真似事をしてまで、彼女から半分も情報を聞き出せていなかったらしい。似合わぬ真似などしなければよかった。

 尋問と言っても、嘘をつけない相手に是非を問う形で言葉を投げただけではあったが、決して気持ちの良いものではなかった。クリスは無意識にミレーヌの首元を視線を向けた。痛々しい火傷の跡など、綺麗さっぱり無くなっていた。


「それは彼女を甘く見過ぎですな。アレット殿は優秀です。ここへきて、勇敢であることも分かりました」


「……貴方、随分変わってらっしゃるのね。神官らしくありませんわ」


「アレット殿にもそう言われました」


 ここへ来た時は鬼のように怒り狂っていたミレーヌは、クリスとの対話で少し落ち着いたようだった。

 彼女の口角が自然に上がったのを見て、クリスも不敵な笑みを返す。


「お嬢様! その神官は食糧になさるのではなかったのですか?!」


 突然声を荒げた老人に、背の高い二人の視線は一瞬だけ地を這う男に落とされた。

 ミレーヌは地べたに手をついたコームの身体を思い切り蹴り上げた。老体は軽々と吹き飛んで、壁へ叩きつけられた。


「な、なにを――」


 驚いたクリスはあまりにも無慈悲なミレーヌの所業を責めようと口を開いたが、苦悶の表情で腕から血を流す彼女を見て、言葉を切った。

 腕輪から棘の触手が伸び、罰則を与えるかのようにミレーヌの腕に巻き付いている。


「心配せずとも、あの程度では死にませんわ……正確には、彼はあの程度では死ななくなったのです。時間が経てば経つほど、状況は悪化しますわ」


 ミレーヌはすべて諦めたような色のない瞳でクリスを見据えた。


「早くあのお二人を探さなくてはなりません。何も知らないなら貴方に用はありませんわ。ただ、もうすぐ夜明けです。わたくしは消耗し力を失っています」


 クリスはその時、己の死を悟った。


「……なるほど。それがお二人を探す前にここへ来た理由か」


「もとより貴方を逃すつもりはありませんでしたから。今ここで、わたくしの食糧となっていただきます。大丈夫、気が変わりましたから……なるべく優しく殺して差し上げますわ」


「そ、そうです……その神官を糧にするのです! そうすればお嬢様はもっと力を得られます! 私にも、この私にもみるみる力が漲ってきました!」


 先ほどあれだけの打撃を喰らっておきながら、その老体はむくりと起き上がり、はつらつと両手を広げ歓喜の声を上げた。

 心なしか、声が若返っているように聞こえる。クリスは訝しげな目でコームを見た。


「死ぬ前に知りたい。誓いの腕輪とは一体なんなのですか?」


 ミレーヌは忌々し気に老人を見つめると、吐き捨てるように言った。


「とある地域に生まれつき魔力の高い民族がいました。女性が多く、たいへん見目麗しい民でしたわ。その魔力を利用しようと、彼女たちを奴隷化するために作られたのがあの腕輪ですわ。領主が悪事を隠すため、誓いの腕輪などと世間に伝えたのです」


「……、互いに作用するものではないのですか?」


「魔法には制約がありますので、ある程度の縛りはありますわ。相手への想いが均衡していれば腕輪の作用は偏りません。しかし、片方が一方的に邪な感情を相手へ向けている場合、その相手の力を特質ごと得ることができるのです。しかし、怒りや憎しみといった感情には反応しないように作られております。このような悍ましい魔道具の開発は以前から進められておりましたが、制作の目的や意図、方法までは存じ上げません。想像もしたくないですわ」


「その民はどうなったのです?」


「滅びだと聞いております。中にはその民に子を産ませていた者もいたみたいなので、混血の子孫は残っているかもしれませんが」


「なるほど……では時代を経てその腕輪が婚約の儀式として使われるようになったと」


 尤も、それも廃れてしまったようだが。


「ただの食料となにを悠長に話しているのです?! お嬢様、早く私にその力を感じさせてください! あの男のように、私も貴方と一体になりたいのです!!」


 ミレーヌは雄叫びを上げる老人を冷めた目で一瞥すると、一つ大きな溜め息を吐いた。


「あの男の思惑通りになるのは、腹立たしいですが……こうなっては仕方ありません」


 彼女は悲しそうな、それでいてどこか嬉しそうに微笑んだ。その笑みは見る者全てを魅了する美しい微笑とは異なり、酷く人間臭いものだったが、クリスにはその笑みがとても美しいものに見えた。

 そしてそれが、彼の人生で最後に目にした光景となった。


「それではご機嫌よう。強面の神官様――」


 首筋に甘い痛みが走り、彼の世界は暗転した。

 

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