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天才魔導士とカナンの猟犬  作者: もにみぃ
魔導士アレットと傾国の美女
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第28話:二百年の贖罪

 ミレーヌが生まれたのは、二世紀ほどまえのラヴィア領であった。もっとも、その頃の地名は今とは違ったが、ダンジェ公爵邸は海に面していない内陸部に建っていた。春には野花が咲き乱れ、山から流れる川沿いに町や村が発展していた。

 しかし、彼女にとって生まれ故郷は懐かしむほど親しみの持てる場所ではなかった。なにせ、二十二歳の誕生日を迎えた直後、彼女は人としての人生を終えている。物心のついたときから国王へ嫁ぐことが決まっていたミレーヌは、息を吐く暇もなく妃としての厳しい教育を受けた。そして僅か十四の頃、三十も年の離れた国王と婚約し、当時王宮があったサリア領へ永住することとなった。


 四十七歳の国王には、子が一人もいなかった。最初の妻は流行り病で無くなり、二人目に迎えた妻は不幸な事故で命を落としていたのだ。ミレーヌの父は国王の嫡男と自身の娘を婚約させるつもりでいたが、嫁ぐ相手がいないのでは仕方がない。そのまま国王の妻として自身の娘を送り出した。

 若く美しく聡明なミレーヌに、国王は夢中になった。しかし、自身の役割をしっかりと理解し受け入れていたミレーヌの目にも余るほど、彼は国王の器ではなかった。十八になり、王妃としての執務に就いた頃から夫との仲は最悪になった。美しく優秀な王妃の存在に皆が注目し始め、立場の無くなった王は彼女を疎ましく感じていた。


 務めで閨を供にするとき、王はミレーヌのことを”私の生意気な小鳥”と呼び、甚振るように抱いた。それでも、子を成すことはなかった。やがて、不妊の原因は国王ではないかと囁かれ始めた。なにせ彼は大酒飲みな上にぶくぶくと肥え太っており、遠目からみると卵のような体系をしていたからだ。

 王はミレーヌに原因があると決めつけ、側室を迎えた。ミレーヌは一夫一妻を唱える女神の教えをこよなく愛していたが、王族にその法は適用されない。しかし、女神の信仰がある以上、外聞はよくない。ミレーヌを始めとする宰相や側近たちも反対したが、王はそれを押し切り侯爵家の娘を娶った。


 その公爵家の娘というのが、大層な浪費家であった。王は思い通りにならないミレーヌへの当てつけのように彼女を可愛がり、贅沢を許し、なんでも買い与えた。ミレーヌに当てられた予算から贅沢費を賄わせたので、表向きには彼女の浪費として扱われた。王と側室の様々な策略により、ミレーヌの築き上げた信頼は失われていった。

 当時、国の行く末を憂いていたのはミレーヌだけではなかった。もちろん、彼女にも味方はいた。しかし、やがて王の側室が懐妊したという情報が出回ると、ミレーヌの立場はいよいよ危うくなった。国を導く王妃という立場そのものが揺らげば、支持する意味がなくなる。依然として美しかったミレーヌは、初めて自身の容姿を武器に支持者を募ったが、己の下心に負けるような者達の中に、信頼できる優秀な人間など一人もいなかった。


 好意の欠片も持っていない夫へ媚びることも、ミレーヌに残された手段の一つだった。王は己へ与する彼女を嘲り、とても人には言えないような行為を強要した。時には側近や侍女たちの前で彼女を辱め、情婦のように扱い、身も心も汚し尽くした。

 彼女が側室を亡き者にしようと決意したのは、そんな地獄のような日々を過ごしていた、晴れやかな春の午後だった。密偵を雇い、彼女の暗殺を企てた。ついでに、夫の弱味を握るため、亡くなった前妻のことも調べ始めた。すると、目を覆いたくなるような事実が発覚したのである。


 ”――子を成さなければ、永遠に若い女を抱ける”


 何年か前、王が国事で隣国へ赴いた際、会議場となった邸宅で雇われていた者が耳にした言葉であった。酒に酔った王が、幼い娼婦を部屋へ呼びつけ、そう話していたのだという。その証言だけで証拠は残っていなかったが、王妃たちが死んだのは王の差し金であった。

 さらに、側室が孕んだのは王との子ではなく、不倫相手との子であることが分かった。側室を担当した医者を買収したところ、不倫相手まであっさり吐いたのだ。証拠が十分に揃ったため、ミレーヌは側室の娘の暗殺を取りやめた。しかし、ミレーヌが正しい手順で側室を糾弾しようと準備を進めていた時、彼女は何者かの差し金で腹の子ごと殺された。

 王の義弟の嫡男の仕業であった。賢い好青年で野心家だった彼と歳の近かったミレーヌは、社交界で何度もスキャンダルを噂されていた。実際に何度もアプローチを受けていたが、王妃という立場上、彼の気持ちには応えられなかった。


 ミレーヌは真っ先に容疑者として糾弾され、調査が終わるまでの間、休息のために建てた邸宅へ謹慎となった。証拠など、後からいくらでもでっち上げることができる。すぐに手を打たなければならなかったが、謹慎中は外へも出られず、出入りする人間も監視されていた。その上、国の重役たちからの信頼を失っていたミレーヌの協力者といえば、彼女の身体が目当ての愚か者たちばかりだった。

 信頼できるのは侍女と同性の友人達だけであったが、立場の弱い彼女たちを巻きこめなかった。何もできず、いよいよ判定の日が近づいたころ王の義弟の嫡男……ベルナード・アランブールがミレーヌを訪ねてきた。


 ”いつか、供にこの国を導こうと話をしました。私の気持ちはその時と一切変わっておりません。私が王になれるなら、貴女を妻として迎えたい。あの愚かな叔父を廃位させることに協力していただけませんか?”


 半信半疑でも、その手を取るしかなかったミレーヌは王の妃殺しの情報を彼に売った。その時に信頼のできる相談役としてベルナールが連れてきた男こそ、ミレーヌが怪物となったきっかけであった。彼は教会の神官で、いかにも真面目で誠実そうな見た目をしていた。ミレーヌは信心深い彼にまんまと騙され、その心を許し、信頼を置いてしまった。すべてはベルナールの計画通りに進んでいたのである。

 ベルナールの目的は、ミレーヌを魔女に仕立て上げることだった。異端者である神官を崇拝するよう仕向け、王殺しの罪を彼女の呪いであるかのように見せかけようとした。誤算だったのは、神官がミレーヌの美しさの虜になってしまったことだった。本来は罪を着せるだけが目的であったが、異端者である彼はミレーヌを騙して禁術を行い、人ならざる怪物へと変容させてしまった。彼女の美しさを永遠のものに出来ると聞き、嬉々として計画に加担した者までいた。

 人ならざる怪物へと変容したミレーヌは、日の光を浴びることが出来なくなった代わりに超人的な力を手に入れた。昼は邸宅へ籠り、夜になると神官を始めとする自分を裏切った者達を闇夜に紛れて次々と襲った。


 ミレーヌの支持者であった男達が、次々と死んだ。それも全員が、全身から血を抜かれた奇妙な遺体で発見された。恐ろしくなったベルナールは王権を奪うと、すぐにサリアを出て王都を今のラヴィアへ移した。ベルナールはかつて自分を袖にした、鼻持ちならない令嬢を処刑台にあげるのもいいと考えていた。しかし、本物の呪いを信じた彼は、これ以上ミレーヌの怨みを買うことを恐れて逃げたのである。

 長期間の外出がままならないミレーヌの復讐は、叶わなくなってしまった。もう数えるほどしか使用人のいなくなった邸宅で、彼女は何度も自害を試みた。それでも身体中の細胞が瞬時に再生する彼女は簡単には死ねず、地獄の苦しみを味わう羽目になった。それに、怪物へと変容した身体が本能的な危機を察して、人の血を欲するのだ。自殺で死にかける度に、自分を慕い邸宅に残ってくれた使用人を襲いかけた。


 彼女は自ら死を望むことを止めた。代わりに数名の使用人に地下を作らせ、簡易的な教会を置き、そこへ籠った。そうして、十年、二十年と女神へ赦しを乞う日々を送った。

 彼女がサリアに教育機関を建てていたおかげで、ベルナールにこの地を任されていた領主は学校を中心にサリアを発展させることが出来た。しかし、学び舎を中心とした領地の急速な発展に伴い、税金を納められなくなった平民たちは王都だった地を追い出され各所へ散った。

 ミレーヌはその中でも行き場がなく、路頭に迷っていた民たちを邸宅へと受け入れた。料理人のドニは、その時に邸宅へきた少年だった。普通に歳を重ねていれば、ミレーヌは六十歳であった。


 飢えで無暗に人を傷つけるかもしれない恐怖と、日の光への嫌悪感で邸宅から出ることが出来ないミレーヌは、出来得る限り禁術を解く方法を探していた。喉の渇きに耐えることができるのは、精々十年であった。寿命や持病で亡くなった者の血を抜き、少しずつ飢えを凌いでいたミレーヌだったが、やがて流行り病で殆どの人間が倒れ、極少人数になってしまった。

 その頃にはもう、彼女は自分を裏切った者達への憎しみなどとうに忘れていた。十代だった料理人のドニが三十歳の誕生日を迎えた日、ミレーヌは一度だけ彼に問いかけた。残った者達の中で、彼が一番若かったからだ。


 「見ての通り、わたくしは年をとらない怪物です。貴方はここを出て、自分の人生を生きていいのです」


 ミレーヌに拾ってもらった恩のある彼は、その問いに自分の生きる場所はここだと返した。強情な彼を無理やりにでも追い出すため、ミレーヌはドニに噛みついた。もちろん、殺す気も血を啜る気もなかった。それでもドニは彼女の忠告を聞き入れなかったので、放って置くことにした。料理人など居ても、ミレーヌにとって意味はない。もちろん人と同じように食事はできるし、味覚も常人より鋭いが、それで飢えをしのぐことはできなかった。しかし、ドニを噛んだミレーヌの行動ににより、今までにない変化が訪れた。

 ある日、邸宅の修繕をしていたドニが屋根から落ちた。その際、運悪く下に置かれていた鉄の鍬が彼の胎を破り、致命傷となっていた。助けも呼べず、血を吐くことしかできなかった彼は、死を覚悟した。だが驚くべきことに、痛みに喘いでいるうちに傷が塞がり、一命を取り留めたのだ。


 その事実を知ったミレーヌは大いに焦った。彼も自分と同じ怪物になってしまったのかと慌てたが、ドニは太陽の下を歩けるし、人の血を欲することもなかった。その時に分かった変化と言えば、傷の治りが異様に早くなったのと、病気や風邪をしなくなったこと。五感も多少は鋭くなった程度であった。

 しかし、一月ほど経ったある日のことだった。ドニはミレーヌとまったく同じ渇きに苦しみ出したのである。彼はミレーヌの血を欲し、飲むと回復した。

 ドニは他の使用人たちと同じようにミレーヌを慕っていたが、それはもはや母子の間に芽生える愛情のようなものであった。だからこそ、彼はミレーヌの言うことをすべて従順に聞くわけではなかった。けれども、彼女の血を飲んだ直後はまるで魅せられたかのようにぼんやりとして、ミレーヌの言うことをはいはいとなんでもよく聞いた。

 

 事態を重く見たミレーヌは禁術の資料を漁り、調べ尽くした。その結果、ミレーヌは彼が自身の”眷属”と呼ばれるものになってしまったことを知った。おそらくそれは獲物としない相手に殺意なく噛みつくことが条件であり、噛まれた人間は吸血鬼の輸血タンクとして生きることになる。基本的には人と同じで、不死身になるわけではない。だが、平均よりは長く生きることができ、傷の治りも早く、頑丈になる。しかし、主人の血がなければ生きていけなくなる。それも、ミレーヌより頻繁に飢えの限界がくる。ミレーヌは人より頑丈になったドニの血を吸って飢えを抑えることができる代わりに、ドニへ少量の血を与え続けなければならなかった。

 二人だけで供給が成り立つようになり、気が楽にはなった。だがミレーヌは、たとえ不本意だったとしてもドニを都合のいい食料へ変えてしまった罪悪感にしばらく苛まれることとなった。


 そうして十年ほど経過した日、ある若者が邸宅へ迷い込んできた。コームと名乗った青年は、近くの村の出身だという。僅かに残っていた使用人のうち、高齢の女性は病で伏せっていたし、あとの二人は近いうちに邸宅を出る予定だった。ここへ置いてくれと頭を下げる彼を、ミレーヌは庭先へ追い出した。とてもじゃないが、ミレーヌとドニの二人では若造の面倒など見切れない。

 もし新たに人を受け入れれば、またミレーヌの存在を知る者が増えてしまう。邸宅を出る予定の老夫婦は、口外しない事を誓ってくれたが、いつ情報が洩れてもおかしくない。ドニが寿命を迎えた後は、静かにひっそりと飢えて死ぬことを望んでいたミレーヌにとって、コームは邪魔な存在でしかなかった。


 ところがコームは邸宅から締め出したにも関わらず、庭園から動かなかった。庭で寝泊まりし、頼んでもいないのに整備をし始めたのだ。何でもするから住ませてくれと何度も訴えるコームに、鬱陶しさが勝ったミレーヌはとうとう折れた。彼女はコームの目がどうにも気に入らなかったが、ドニは「骨のある青年だ」と笑っていた。ミレーヌはもう、殆どドニのためにその青年を受け入れたようなものだった。

 

 ◇


 中庭への戸を開けたアレットの目に飛び込んできたのは、意外な光景だった。

 手足を組みながらガーデンチェアに悠然と腰を掛けるクリスの足元には、皺だらけの老婆が横たわっていた。中庭を出た時との差がありすぎる状況に、アレットは自身がまた夢に魅せられているのかと、その目を疑った。


「どうやら心配するまでもなかったみてーだな……」


 クリスの実力を信じていたジャンも、予想外の展開に若干引き気味であった。


「ふむ。随分遅かったですなお二人とも。魂を移した器は見つかりましたか?」


「いや、なかった。だが、代わりに行方不明の村人を発見したぜ」


 まるで日常会話でもするかのように、二人は言葉を交わし合っていた。アレットは特殊な魔力を纏う布に視線を奪われた。まるで生き物のように吸血鬼の魔力を吸い上げている。吸血鬼の美しさと強さは、人の体内エネルギーから得た魔力だと言っていた。

 だからだろうか。布に包まれたミレーヌ・ド・ダンジェの姿は、水分が抜けたような皺だらけの姿になっていた。窮屈そうな銀の首輪の周りには痛々しい火傷の痕があり、苦しそうに喘ぎながら扉の前に立つアレットと眼が合うと、ぱくぱくと口を動かした。


 ”――み な い で”


 アレットはその姿から慌てて視線を逸らし、クリスを見た。一体、どうやってあの恐ろしい力を持った吸血鬼をここまで無力化したのだろうか。クリスはアレットと視線が合うと、気まずそうにその眼を逸らした。


「実はこちらも、その腕輪に関することが分かったのです。情報は少ししか得られませんでしたが……」


 ジャンは口笛を吹いてクリスの手腕へ賛辞を贈った。


「流石だぜ。で、何が分かったんだよ?」


「それが……実は悠長に話している時間もないのです。急ぎ村人を救助し、ここを去りま――」


「おお! なんと……お嬢様ッッ! なんとお痛ましい姿に!」


 コームが力なく横たわる吸血鬼の側へしゃがみ込んだ。クリスは困惑した様子で、ジャンとアレットを交互にみた。


「あの御老人は……?」


「それこそ、話は後だ。あの爺さんのことは気にすんな」


「そういうわけにも参りませぬ。生きた人間がいては、封印魔法はかけられません」


 その辺りの事情を説明している時間があるだろうか。しかし、簡単にでも説明しなければクリスは納得しないだろう。アレットはコームから聞いた話を手短にまとめて伝えようとした。

 その時だった。凄まじい魔力の衝撃波がアレット達を襲い、後方に吹き飛んだ三人の背は中庭の柱へ磁石のようにくっついた。


「ぐっ、がぁ……ッ?!」


 何が起きたか分からず、呻き声を上げながらも、アレットは目を開いて前を見た。中庭の中央には凄まじい覇気を纏った美しい吸血鬼が立っていた。否、浮いていた。神々しさすら感じられるその姿に圧倒され、アレットは息を呑んだ。

 

 そして、血のような真っ赤な瞳が柱へ張り付けになった三人を、冷たく見据えたのだった。

 

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