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天才魔導士とカナンの猟犬  作者: もにみぃ
魔導士アレットと傾国の美女
24/45

第23話:未知との邂逅

 鬱蒼とした夜の森には、霧が掛かっていた。魔法で顕現させた光を傍らに灯しているが、あまり意味はなかった。なにもこんなタイミングで霧など出なくてもと、アレットは嘆いた。


「おそらく、この辺りで間違いないのですが……こうも視界が悪いと方向感覚どころか時間の感覚も鈍りますなぁ」

 

 三人は日が落ちたのを確認して、村を出た。デザートまでがっつり食べてしまった所為で、出発は慌ただしかった。アレットは彫りかけのランタンを机に置いて出ることになってしまった。救助が無事に済み、村へ戻れれば祭りまで猶予はあると言い聞かせ、悪いことなど一つも起きないと言い聞かせるように心の中で繰り返す。


「ああ、確かに不気味な雰囲気だぜ。森に入った途端、霧が掛かるとは――」


 不意に、近くの茂みが音を立てた。


「ひっ――、!」


 アレットは驚いて飛び跳ねた。音の正体は木の実を食べる小さな獣だった。ホッと胸をなでおろすも、すぐ横を歩いていたジャンに身体がぶつかってしまい、散々揶揄われる羽目になった。


「そんなに怖いなら腕を貸してやろうか、お嬢さん」


「わ、私は別に怖くなんかないよ。そっちこそ、手を引いて欲しいなら素直にそう言えばいいのに――って、わ、わ?!」


 急に身体が傾いて、アレットは情けない声を上げた。ジャンがアレットの左手首を掴み、引っ張って歩き始めたのである。

 

「こんなに霧が出てんだ。俺じゃなくても迷うっつーの!」


 手首をぎゅっと強く握られ、素直じゃないのはどっちだと嫌味を言われる。ジャンの優しさを正しく理解したアレットは、何も言い返せなくなってしまった。

 

「緊張感がありませんな……禁域に足を踏み入れようというのにお二人とも肝が据わってらっしゃる。頼もしい限りです」


 クリスの言葉にアレットは、とても緊張しているとは言えなくなってしまった。

 探るようにゆっくり森を進んでいると、霧の中から錆びだらけの門が現れた。その門を見ただけで、邸宅の敷地がかなり広いと分かる。アレットはいよいよかと唾を呑み込んだ。


「聞こえますか?」


「ああ、聞こえる」


「え、なにが? なにも聞こえないけど……?」


 クリスとジャンは顔を見合わせ頷き合っていたが、アレットには二人が何を言っているのかさっぱり分からない。自分だけ取り残されたような心細さが増していく。そんな彼女の不安を読み取ったのか、クリスが状況を説明した。


「私とジャン殿の耳には、女性の歌声が聞こえています」


「う、歌?」


 耳を澄ませて周囲の音に集中したが、アレットにはそんな歌声など聞こえなかった。


「ああ、それもかなりの美声だ。誘われてるような感じだぜ」


 アレットはベレニスの話を思い出した。彼女と連れ立っていた青年は、助けを求める女性の声に導かれ、邸宅へ入って行った。また、腐らぬ遺体を見つけた教会の神官たちの中で唯一、女性の神官だけが生きて帰って来た。


「男性だけに効力を発揮する呪術の類なのかな?」


「まだ分かりませんが、もしそうだとしたら厄介ですな」


「クリス、あれを頼む」


 ジャンがそう言いながら、背中の大剣を抜いた。剣先を地面へ突き立て、柄の部分をしっかり手で握っている。クリスは刃の部分に手を翳し、詠唱を始めた。彼が経典の文言を繰り返すうちに、大剣は眩い光に包まれた。


「こ……、これは?」


「祝福してもらってんだ。こうするとアンデッド連中にも刃が通るからな」


「えっ、なにそれ……ズルい。クリス、私にもお願い」


「アンデッドにも魔法なら有効ですぞ? まぁ、アレット殿がどうしてもというなら……どの持ち物を祝福されますか?」


「じゃ、じゃあ念のため護身用兼狩猟ナイフを!」


 魔法も効くという話は聞いていた。しかし、神職の祈りほど効果があるわけではない。足止め程度にはなるだろうが、それでは心もとない。アレットは狩猟ナイフを祝福してもらい、二人に続いて豪奢な門を潜った。

 古い建築様式ではあったが、洒落た造りの建物だった。庭の低木も噴水の水も枯れ果てていたが、雑草や蔓が茂って荒れている様子はない。まるで誰かが手入れしているかのように、不自然に綺麗だった。とても二百年前から放置されているとは思えない。見たところ、精々築20年から30年ほどである。二百年も前の建物が朽ちずに残っているというだけでも異様だが、手入れも建て直しもされていない状態で荒れないままというのは、なるほど確かに不気味だった。


「入口は鍵がかかっていたと申しておりましたな」


「確認してみようぜ」


 アレットはジャンに手を引かれながら、キョロキョロと周囲を見渡していた。よく見れば石柱の罅を塗り固めた痕がある。誰もいない筈の邸宅に、人為的な修繕が施されている。いよいよ気味が悪くなり、アレットはクリスに的外れな質問を投げた。


「この邸宅って、封印される前は誰かが手入れしてたりしたの?」


「……? いえ、そのようなことはない筈ですが……」


 クリスの答えを聞いて、アレットは早々にバカなことを聞いたと後悔した。


「あれ? 普通に開くぞ……」


 クリスとアレットがその短いやり取りをしている内に、ジャンは勝手に邸宅の扉を押し開けていた。鍵など掛かっておらず、キィと音をたてて玄関扉が開いた。更なる暗闇の中へ足を踏み入れれば、豪奢なホールがアレット達を出迎えた。


「古い割に洒落た造りだね。家具の位置や飾り物に無駄がないし、センスもいい」


「そうなのか? 俺には貴族の御屋敷なんざどれも一緒にみえるが……」


「歌声が止みましたな。同時に嫌な気配が濃くなりました」


 魔法の光に照らされたホールには蜘蛛の巣の張った照明と二階へ続く大きな階段があり、ちょっとした休憩スペースがあった。左右にドアがあり、どっちに進むかとジャンが懐から革製の白紙を取り出した。今回は迷う前提でマッピングの準備をしてきたようだ。階段上はホールを囲うように廊下が広がっており、その突き当りにはドアがあった。玄関から入って左右のドアと同じ位置関係ではあるが、二階と一階にも分かれている。


「目的は行方不明になった人たちの保護だよね? じゃあ、片っ端から探索した方がいいかな」


「先ずは一階の左側からにしましょう。なるべく三人一組で動きたいのですが、よろしいですかな?」


「異議なしだよ。絶対はぐれないようにしなきゃ」


 玄関ホールを左に進んだ三人は、目の前に現れた廊下を進み、部屋という部屋を探索した。使用人の部屋と浴室、一番奥にランドリールームがあった。どの部屋にも人のいる気配はなく、次いで玄関ホール右の探索を開始した。右側には厨房と食堂、中庭に通じる扉と、渡り廊下があった。ここで、大体の邸宅の地図ができたので、アレットは二人を呼び止めマッピングを始めた。


「おそらく東棟と西棟に分かれた、よくある造りだと思う。二階の右側にも同じような渡り廊下があるんじゃないかな」


「じゃあ、似たような造りの建物が渡り廊下の先にもあるってことか?」


 ジャンは口をイの字にして鼻柱を抓んだ。


「うん。地下もあるみたいだから……かなり広いね」


 アレットの実家も似たような造りなので、馴染み深かった。しかし、それでも薄気味の悪さは拭えなかった。こうして内装を見ていても、所々蜘蛛の巣や埃は被っているが、床に穴も開いてない。木の板が腐って陥没していてもおかしくない筈である。窓ガラスも劣化しているように見えるのに、割れているところは一箇所もない。


「二階を確認する前に、中庭から見ておきますか」


 クリスの提案に従い、三人は中庭へと足を踏み入れた。真ん中に大きな円状のプランターがあり、洒落たベンチが四隅に並んでいる。しかし、隅の方にどう見ても違和感しかない物体が三つ並んでいた。

 墓標だ。中庭の隅に墓標がある。それに、綺麗に四角く掘り返された穴。その中には木製の棺があった。見るからに異様である。アレットが二の足を踏んでいると、気を利かせたのかジャンが掴んでいた手を離しクリスと二人で墓標へ近づいた。そして墓穴を覗き込んだジャンは、間の抜けた声を上げた。


「この棺、空だぞ?」


「しかし、何ゆえこのようなものが中庭に? 邸宅の主人は墓標を眺めながらお茶を飲む趣味があったのでしょうか」


 大真面目な顔でボケをかますクリスに、場違いな笑い声をあげたジャンをみてアレットの恐怖心は少しだけ和らいだ。辺りに気を配る余裕が生まれたアレットは、ベンチの下にモランの実を見つけた。まだ熟していないそれは、デュオンの落とし物である可能性が高い。アレットはベンチの下の実を拾い上げ、二人のいる墓標を振り返った。


「……え?」


 先程まで笑い声の響いていた中庭は、シンと静まり返っていた。墓標を覗き込んでいた二人の姿が、見当たらない。咄嗟に周囲を見渡して二人の姿を探したが、どこにもいない。中庭から廊下へ戻るには、どうしても墓標のある位置からアレットのいるベンチの前を通らなければいけない。

 ジャンとクリスは突然、アレットの目の前から消えてしまった。そうとしか言いようのない状況であった。広い中庭に一人取り残されたアレットは、慌てて墓標に駆け寄った。二人が墓穴の中にいるかもしれないと思ったからだ。


「じゃ、ジャン? クリス……?」


 細く震える声が、中庭に響いた。しかし、墓穴を覗き込んでも二人の姿はなかった。一体どこへ消えたというのか、アレットはパニックを起こしそうになった。ドクドクと煩い心臓を両手で抑え、深呼吸を繰り返す。


「大丈夫、ダイジョウブ……想定内、想定内よアレット……」


 そう自分に言い聞かせ、顔を上げる。そしてふと、墓標へ刻まれた文字に気付いた。それを目の当たりにした瞬間、アレットは悲鳴を上げた。


「な、なにこれ……なんで――」


 三つ並んだ墓標には、それぞれ自分達の名が刻まれていた。右からクリスチャン・バロン、ジャン・ブラック、そしてアレット・アダン。恐怖心が自我を凌駕してしまい、アレットは逃げるように駆け出し、廊下へのドアを押し開けた。もしはぐれたら、玄関ホールに戻って待機すると決めていた。アレットは無我夢中で廊下を走り、玄関ホールへの扉を開けた。


「あ、……れ――?」

 

 真っ暗だった玄関ホールは、煌びやかな照明の灯りに包まれていた。蜘蛛の巣や埃など見当たらない。洒落た花瓶には瑞々しい花が生けられている。たった一瞬で、息を吹き返したかのような様子に、いよいよアレットは自分の頭を疑い始めた。


「これはきっとなにかの間違い……そうだ、既に精神攻撃を受けている可能性だってある」


 アンデッドと対峙したことがないアレットは、ジャンとクリスの話で予習をしていた。死霊とは、その殆どが実体のない霊体であり、大抵の場合、精神攻撃を仕掛けて来る。だから、心を強く持つことが一番大切であるらしい。


「まぁ、可愛らしいお客様だこと」


 ふと、脳を溶かすような甘く美しい声が、階段の上から響いた。アレットは反射的に声のした階段上に視線を移した。


「わたくしの憩いの場へようこそ」


 そこには、可憐な笑みを浮かべた女性がいた。輝く黄金の髪に晴れた空色の瞳、雪のように柔らかく真っ白な肌。そのどれもが美しい均衡を保っている。その風貌によく似合う真っ赤なドレスがヒラヒラと揺れ、まるで大きな花のように見えた。アレットはそのあまりの美しさに思わず息を呑んだ。

 彼女は手すりに手を添え、ドレスを摘まみ、優雅に階段を降りて来た。その所作が美しすぎて、段の上を滑っているようにも見える。救助対象は全員男だ。生きている女性が、ここにいるはずない。全てが異様であるはずなのに、アレットは魅入られたように、その場から動けなかった。


「晩餐をご一緒にいかが? と、言いたいところですが……その格好は少々いただけませんわね」


 彼女は美しい所作で、花瓶の横にある呼び鈴を鳴らした。すると、燕尾服をきた蒼白い顔の使用人がどこからともなく数名ほど現れた。どの使用人も目が虚ろで、生気の無い顔色だ。そんな男達が、アレットを囲み始め、やっと焦りを覚えて身構える。


「ごめんなさいね。何故かメイドがいないのよ。男でも造形の美しい者ばかりなら良いのですが、そう上手くもいかず……失礼をお許しくださいませ。さぁ貴方達、この令嬢を晩餐会に相応しい装いにして差し上げて」


 顔色の悪い男達は、アレットに手を伸ばした。その手を叩き落し、魔法で重力波を放つ。手で触れることができたことで霊体ではないと咄嗟に判断し、アレットは追撃を止めた。


「残念だけど、食事をしている暇はないの。貴女がこの邸宅の主人?」


 使用人が吹き飛ばされたというのに、女は顔色一つ変えなかった。


「いかにも。ミレーヌと申します。親しい者はレニという愛称でわたくしを呼びます」


「……うそ。じゃあ……本当に?」


 目の前にいる美しい女性が、かの悪名高きミレーヌ・ド・ダンジェ公爵令嬢であるという現実味のない事実に、アレットは暫し困惑した。生きている筈がない。ならばやはり、邸宅に巣食う死霊の正体は彼女なのだろうか。


「貴女があの……ミレーヌ? ダンジェ家の?」


 にわかには信じ難く、アレットは思わずそう聞き返してしまった。彼女は優雅に微笑み、頷いた。


「もっとも、嫁いだ時にダンジェ家の人間ではなくなっていますので、正しくはアズナブールですわね」


 その上品な唇は躊躇いなく、二百年前に滅んだ王家の名を口にした。


「わたくしを知っているなんて嬉しいわ。ね、つれないこと言わずに、お茶だけでもご一緒しましょ。わたくし、実は一目で貴女のことを気に入りましたのよ」


 倒れたまま動かない使用人がまるで目に入っていないのか、彼女は床に転がる男達を踏みつけてアレットとの距離を縮めた。近くで見ると、よりその美貌が際立ち、アレットは見当違いな緊張感を覚えた。それは高貴な人に対して抱く、畏怖の念と憧憬だった。


「着飾った貴女も見たかったけれど、そのままでも十分素敵だわ。よろしければわたくしの手を取って」


 差し出された絹のように滑らかな手に、アレットはびくりと肩を震わせた。彼女はこの邸宅の主だと言い放った。ならば、アレットは今、諸悪の根源である死霊と対峙しているのだ。これは確実に罠だ。

 探るように相手の顔色を伺えば、ミレーヌは何故か緊張した面持ちでアレットを見つめ返した。


「手荒なことはしたくないの。女性のお客様は珍しいから」


「お茶をしたあとで、私のことを殺すつもり?」


「……殺す? わたくしが貴女を? まさか。十分におもてなしさせていただいた上、お帰りいただくだけですわ。帰りたくないなら、ずっとここにもいらしてもいいですけれど――」


 彼女は言葉を区切って、至極残念そうに微笑んだ。


「見ての通り、メイドや侍女が一人もいませんの。あまり長い滞在だと色々とご不便をおかけしてしまうかもしれませんわ」


 上品で理知的で、それでいて酷く蠱惑的な声だ。その声が脳に響くたび、彼女の言葉や問い、そのすべてに首を縦に振りたくなる。アレットは邸宅に入れなかったベレニスや、一人だけ助かった神官にある共通点を見出してた。それは二人とも、女性だったことだ。

 状況的には窮地に陥っているが、それと同時に行方不明の者達や、いなくなったジャンとクリスの居場所を聞き出すチャンスでもあった。アレットは左手に魔鉱石を忍ばせ、罠であった場合の迎撃準備を整えた。


 そして警戒しながらも、恐る恐るその常人離れした美しい手を取ったのであった。

 

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