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天才魔導士とカナンの猟犬  作者: もにみぃ
魔導士アレットと傾国の美女
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第22話:傾国の美女

 案内された空き家はそこらの安宿よりも綺麗に片付いていた。机の上には献上品の如く食材や調味料が大量に置かれていた。これほど手厚いのは、アレット達が死地に赴く救助隊だからだろうか。クリスに対する村長の態度を見ていても、教会に属する神官への感謝を根底に感じた。

 せっかくだから机に置かれた大量の食材を使って腹を満たそうと、ジャンとクリスは台所立っていた。アレットは調理作業を有難く二人に任せ、持ち物の見直しや魔鉱石の準備をした。調理が加熱に入る頃、戦闘準備が終わったアレットはモランの実をくり抜いて、ランタンを作り始めた。

 鍋で蒸された食材と香辛料の匂いを、空気と一緒に吸い込みながら、器用にナイフを滑らせていく。


「へぇ、やっぱ器用なんだな」


 鍋の番をクリスに任せているのか、ジャンが食卓に座るアレットの手元を覗き込みにきた。


「調理が済んだなら貴方も作ったら? 祭りの晩にランタンを飾れるように、願掛けの意味もこめて」


 アレットはモランの皮を花柄にくり抜きながら、そう提案した。


「俺はいい。そういう細けぇの苦手なんだよ」


「そっか。日暮れには出発だから、戦闘準備もあるもんね。……鍋の番、クリスと交代したほうが良さそう?」


「大丈夫だ。俺の準備なんざすぐ終わるからな。終わったら俺が仕上げに入る予定だ」


「ありがとう。準備は手伝うよ。片付けは私に任せて」


「片付けもいい。それより、お前は俺とクリスの分もランタンを作っておいてくれよ」


「さっきはいいって言ってなかった?」


「苦手だから作れねーって言ったんだ。だから代わりにやってくれ」


 アレットは焼き窯を覗いているクリスの巨大な背中にチラリと視線を送った。今夜は対アンデット戦だ。おそらく主戦力になるだろう彼には色々と準備が必要なはずだ。それが分かっていて、ジャンはアレットに二人分の願掛けを頼んだのである。


「ふーん、意外だね。こういうの信じてなさそうなのに」


「霊を鎮める祭りってのには馴染みがあるんだよ。それに信じないもクソも、実際に死霊アンデットって種類の魔物はいるだろ」


「それはそうだけど……」


 死霊をみたことがないアレットは、刻一刻と対面の時が迫るにつれて心拍数が上がっていた。


「ジャンは、その……み、みたことあるの?」


「……、……まさかお前、死霊と戦ったことねーの?」


「……ない」


 アレットの手元が僅かに震えているのを見て、ジャンはさも愉快そうに口角をあげ、にんまりと笑った。


「ほー、そうか。じゃあアンデット戦は初めてなんだな」


「なにその顔、すごく腹立つんだけど」


「いやいや、知識がないってのは恐ろしいよな。命の危険もある。なんたって相手には実体がなく、目にも視えねーんだからな」


 恐怖を煽るようなジャンの言葉に、アレットは益々緊張した。しかし、自身が彼に揶揄われていることもちゃんと分かっていた。


「暫くは二人の後ろに控えて、援護するスタイルでいくよ。ああ、でも貴方は先頭に立たせられないね。迷子になっちゃうもんね。ジャンも初心者の私と二人でクリスの後ろにいようね。あ、迷子にならないように手を繋いでいてあげようか?」


「誰が迷子だっ! クリスは強ぇが、あいつが倒れたら俺達は総崩れだ。俺が先陣を切らなくて誰がやるんだ? あんま舐めた口ばっか叩いてっとデコイにすんぞ!」


 すぐ人を揶揄う割に、彼は煽り耐性が低かった。


「まったく、少し聞き耳を立てていれば……まるで子供の喧嘩ですな」


 今夜の主食が大皿に盛られ、食卓へ運ばれて来た。クリスは呆れたように笑って、ジャンを見た。


「女性とあれば老婆や幼女すら口説くジャン殿が、一体どうされたというのです?」


「流石に老婆や幼女は口説かねーって……頼むからその手の冗談はよしてくれ。この女には通じねーから」


「老婆はともかく、幼女には興味ないって言ってたもんね」


「おうよ、婆さんは寧ろ好きだが子供はダメだ」


「……、……」


 ジャンの言うように、アレットには彼の冗談が一切通じていなかった。この時の会話の所為で、アレットは暫く、彼のことを年上好きならぬ年寄り好きという特殊な性癖を持った男だと勘違いすることになった。


「スープも時期にできあがります。鍋の番を交代していただいてよろしいか?」


「任せろ」


「私も準備は手伝うよ」


 クリスが荷物の整理や戦闘準備をしている間、アレットは食卓に食器を並べ、ジャンは調理の仕上げに取り掛かった。仕上がった料理から皿へ盛り付け机に並べていく。主食はミックの肉が練り込まれたパイと村で収穫した季節の野菜がふんだんに使われたスープ。そして副菜はメルルベリーのソースで和えたサラダ。ラヴィアの一般的な家庭料理と呼ばれる食事が食卓へ並んだ。

 アレットは調理棚に乾燥したサールロットの花の瓶詰を見つけ、食後のお茶にするため、瓶詰の花を湯で沸かした。サールロットは気付け効果のあるサリアの特産品である。

 準備が整うと三人は食卓へ腰かけ、並んだ料理に手を付けながら和気あいあいと食事をした。


「そういや、結局その危険なアンデッドってのはどういうものなんだ?」

 

 ふと、ジャンが零した言葉から、邸宅跡の噂や歴史にまつわる話題になった。荷馬車で寝ていたジャンはクリスから詳細を聞いていない。三人は改めて邸宅の話を掘り下げることになった。


「ふむ。生きて戻った者が一人しかおらず、その者も正気ではないので詳細はあまり分かっていないのですが……話によれば、美しい女性の死体が腐らぬまま地下に保存されていたと。それを目の当たりにした他の神官たちは皆、操り人形のようになってしまったとか。しかし、我々が封印魔法をかける頃にはその者達は既に亡くなっていたのでしょう。そうでなければ、封印は施せませんからな」


「じゃあ、ほぼなんの情報もなしってことか?」


 人命救助の役に立つかどうかは分からないが、アレットは己の知識を共有した。

 

「その邸宅は二百年前、ダンジェ公爵家の令嬢が建てさせたものだって習ったことがある。その時に当時の王族は滅亡して、今のラヴィア王国の系譜ができたんだって。その女性の死体がかの有名な公爵令嬢なのかどうかはわからないけど、かなりの美貌の持ち主であらゆる才に恵まれた、まさに王の妃に相応しい人物だったらしい。私がよく聞いてた噂では、死霊の正体はその令嬢だって話だけど――」

 

「……、けど?」

 

 ジャンは珍しく、クリスと同じようにアレットの話に耳を傾けている。


「……ちょっと出来過ぎてるかなって。ダンジェ公爵家の令嬢、王の正室だったミレーヌ・ド・ダンジェは王家を滅亡へと導いた、稀代の悪女として有名なんだよ」


 妃の権限や権力はあっても、国政を行うのは男性と決まっている。ジャンは子供へ語って聞かせる寝物語のようなその響きに、鼻を鳴らした。


「”悪女”ねぇ……本当にその令嬢が一国を破滅させたってのか?」


「その時代にいたわけじゃないし、私だって本当のことなんか分からないけど……彼女は正室に迎えられた後、多くの男性と関係を持ち、己の美しさのため贅の限りを尽くしたとか。これから行く邸宅も、その内の一つだって説がある」


 一夫一妻制の法は当時からあったが、王族は例外だった。王には当たり前のように側室がいたし、ミレーヌにも遊び相手がいた。若くて賢い王の側近たちや名のある騎士、彼女の周りには浮いた話が絶えなかった。邸宅はお忍び相手との逢瀬のために建てられたという俗説まである。それなのに、肝心の跡継ぎの名は一人も歴史書に記されていない。


「授業を受けていた当時は、それほど男性と関係を持っていたのにも関わらず、婚外子の一人もできないなんて不思議だなって思ってたけど、考えてみれば病気だったのかもしれないよね」


「不貞を隠し、国税を私利私欲のために使ってたから悪女と呼ばれているってことか?」


「……ううん、それだけじゃないよ」


 王の側室や側室の子が次々と原因不明の病で命を落とし、遂には王まで謎の病に罹ってしまった。ミレーヌは当然、疑いを掛けられた。しかし、証拠が不十分だったため、自ら建てさせた邸宅で謹慎処分となった。そうして、ほどなくして彼女は邸宅の自室で自殺した。彼女と関係を持った男達はその訃報を聞くと、全員が自ら命を絶ち、病気だった王までも燭台で自らの喉を刺し、自害した。

 あまりにも奇妙な死が彼女を巡って多くの人間を取り巻いていたため、貴族たちは祟りを恐れ邸宅をそのまま放置した。跡継ぎが不在の状況で王が不在となった宮廷は荒れに荒れ、熾烈な覇権争いの末、最終的に実権を握ったのは王の妹の嫡男であった。その男ベルナード・アランブール一世こそ、ラヴィア王国の系譜を作った人物である。


「でも、側室たちを殺してたっていう証拠はなかったんだろ? 見た目に固執して贅を尽くしたって割には引き際は随分あっさりしてるな」


「だから、真実なんて分からないって言ったでしょ。ちょっと興味があったから、王宮書庫の管理人にお願いして彼女の残した手紙がそのまま書き写された文献をみせてもらったんだけど……たった一枚の手紙でも、その聡明さがよく分かる内容だった。もしかしたら、彼女は悪女に仕立て上げられただけの被害者かもしれないわけだし――」


「なるほど、真実を隠したい者達の思惑に巻き込まれ、汚名を着せられた憐れな令嬢……つまりは、アレット殿は悪女と名高いダンジェ公爵令嬢にまつわる話をそう解釈していると?」


 クリスの言葉に、アレットはびくんと肩を揺らした。

 人は誰しも、悪と名のつくものを外面的に悪い存在として捉える一方で、その内面に”善”を見出してしまう傾向がある。アレットも例に漏れず、稀代の悪女ミレーヌ・ド・ダンジェに奇妙な憧れを抱いた少女の一人であった。アカデミーの学生たちが面白がって邸宅の噂を口にする度、唇を尖らせていた。

 

「どうやら貴女は歴史家としての才能もおありのようだ。しかし、まだ死霊の正体がその令嬢と決まったわけではありませんが、歴史上の事実がどうであれ、我々が今から対峙する相手は多くの命を奪った魔物です。そのことをお忘れなく」


「わ、わかってるよ……」


 よく通る太い声と恐ろしい顔の圧に押され、アレットの声が震えた。


「つーか、結局その死霊ってやつが公爵令嬢かどうかも分かんねーなら、昔の話なんざしても意味ねーだろ」


 ジャンの発言にムッとしたアレットは、食べ終わった食器を片付けながら沸かしたお茶を自分の分だけ用意して再び椅子に腰かけた。


「この国にいるんだから、歴史は知って置いて損はないでしょ? 興味がないなら先にそう言って。私だって貴重な時間を無駄にしたくないから」


 冷たく言い放ったアレットに、珍しく己の失言を反省して口を噤んだジャンの様子をみて、クリスは長い溜息を吐いた。


「アレット殿、実はそのお茶に合いそうな菓子も用意しております。先ほどジャン殿が甘味もあった方がいいと仰られたので作ったのですが……いかがですか?」


 アレットはカップに口を付ける直前で制止し、ジャンを見た。ジャンは机に肘をつきながら、思い切り顔を逸らした。アレットの位置からは、刈り上げられた後頭部しか見えない。肘をついた手で咄嗟に首元を隠したが、耳が真っ赤に染まっていた。


 「……、……たべる」


 彼女は短く返事をして席を立つと、用意した二人分のカップに沸かしたお茶をたっぷり注いだ。


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