第21話:死霊の巣食う村
書いてるうちに固有名詞があやふやになってしまい、誤字を修正しました。全然どうでもいい部分なのですが、気になったので実の名前だけ全部直してます
「仮にも怪我人を床で寝かせやがって……」
馬に跨り、横並びになって進む一行はビスタを出てサリア領の北へ向かっていた。クリスのおかげで段取りよく明け方に町を出られたので、日が暮れる前には事件の起きた村に着けるだろう。
「ベッドを使っていいって言ったのは貴方でしょ」
ジャンの小言に対し、アレットはいつもの調子で返す。無視しても良かったが、昨晩の騒動で男二人に対する溜飲は下がっていた。
「あのなぁ、場合によるだろうが、場合に! お前には慈悲ってもんがねーのか!?」
「節度のない人に対する慈悲なんてない。クリス、この道は左で合ってる?」
「ええ。左へ一時間も行けば北部に入ります。休憩を挟んでも余裕でしょうな。この分だと日が傾く前に到着できるやもしれません」
二時間ほど前に町を出た時はまだ薄暗かった道が、すっかり明るくなっていた。
「歩いたら一日はかかりそうだね。馬があってよかった。クリスのおかげだね」
「急がねばならぬのは私の事情ですからな。寧ろ慌ただしくて申し訳ない」
見た目に似合わず紳士然としているクリスは、根っから温室育ちのアレットにとって安心して会話のできる相手であった。加えて、知識も充分だ。昨晩の件で多少見る目は変わってしまったが、それでも同等の会話ができる相手というのは得難い存在である。
「しかしこの腕輪……厄介だな。クリス、応急措置でもいいからなんとかなんねーか?」
「祭具が作られた目的や用途が分かりませんと、手の施しようがありません。そもそも、腕輪が不貞行為を許さないというなら、それは呪いではなく戒めに近い。夫婦へ課せられた”試練”と言ってもいいでしょう」
「試練て……俺達は夫婦じゃねーんだが?」
「死ぬ目に遭ったのに、懲りてないの? 別に一生このままってわけじゃないんだから我慢しなよ。お互い様でしょ」
アレットの依頼に付き合わなければ、ジャンはこんな面倒ごとに巻き込まれなかった。彼女もそこは理解しているし、申し訳ない気持ちがないわけじゃない。しかし、得体の知れない制約で縛られてしまったのはアレットも同じだ。自分ばかりが不本意だと嘆かれると、どうしても反発心が沸き起こる。
「ジャン殿が女好きという噂は移民街では有名ですからな。少々酷ですが、たまには節制も良いものですぞ」
「クリス、お前は俺の味方じゃねーのか?!」
「私は神が愛する人類の味方です。ですから、もちろんジャン殿の味方ですぞ」
ジャンは冗談っぽい口調で言葉を返していたが、アレットはクリスの言葉に背筋が凍った。人類の味方。それはつまり”誰の味方でもない”ということに他ならない。彼の心があくまで公平なら、状況によっては敵にもなり得るかもしれない。たとえ友人であっても、人類の敵に回れば容赦なく断罪する。神職とはそういうものだ。
話の分かる人物なので油断していたが、クリスはもと中央教会出身の、優秀な神官なのである。
「ふむ。しかし妙ですな……その台座に刻まれていたという文字、”忠誠を授ける”とは身も心もという意味ではないのでしょうか?」
「……どういう意味?」
「いえ、ジャン殿は誓いを破ったから、腕輪の制約により命の危機に陥った。ですが、それなら娼婦の裸に鼻の下をのばした時点でそうなってもおかしくはなかったはずです」
「確かにな。ナイフが刺さったのは、娼婦が跨って来たタイミングだったし――」
「待って。なんでその状況で手に刃物なんか持ってるの?」
状況だけ聞くと、どうも娼婦が襲い掛かって来たようにしか思えない。クリスの話によると、ナイフがジャンの胸に刺さる直前、腕輪が光ったと聞いていたので、制約が発動したことによる事故で間違いはない。
「ナイフだけじゃねぇ。ちゃんと果実も持ってたぜ?」
「いやだから、なにその状況……まな板にでもなってたわけ? それじゃあ事故っても仕方ないじゃん」
「違いますアレット殿。ジャン殿は娼婦を腰に跨らせ、果実の皮を剥かせていました。剥いた果実を手を使わず互いに両側から食べるつもりだったらしいのです。そしておそらく、果汁まみれになった娼婦の裸体を――」
「待てクリス、そこまでだ! 唯一の取り柄であるアレットの顔が不細工になっちまってる!」
「……誰の何が唯一の取り柄? そんなに燃やされたいの?」
くだらない問答のせいで、クリスの疑問が流されそうになっていたので、ジャンは慌ててアレットを宥めて会話の軌道を整えた。
「だが、確かにクリスの言う通りだぜ。他の女に下心を抱く分には問題ないらしい」
「ええ。ならば愛を授けたアレット殿はどうなのでしょうな。より厄介な制約である可能性が高いのではありませんか?」
アレットは改めて左腕の腕輪を見つめた。すっかり忘れていたが、昨晩はアレットの方にも異変があった。まるでジャンの命が危険に晒されたことを知らせるようなタイミングで、手首がチクリと傷み、血が流れたのである。
「ところで、アレット殿には心を寄せる相手はおらぬのですか?」
「へ?」
急になにを問うのかと、並行するクリスを見れば、至って真剣な顔つきだった。
「好きな人ってことだよね? ……、……特にいないけど」
記憶を辿って心当たりを探してみても、誰も思い浮かばなかった。
「おいおい、思い当たる男の一人もいねーのか? 年頃の娘がそんなことでいいのかよ」
「私には色恋にかまけてる暇なんてなかったの!」
ジャンに揶揄われ、アレットは妙な質問をしてきたクリスを睨んだ。しかし、クリスはアレットの視線を受け流し、安堵の息を吐いて言った。
「いえ、寧ろ幸運だったかもしれません。もしそのような相手がいれば、いま頃命がなかったのでは、と思いましてな」
クリスの言葉に、二人は閉口した。アレットから愛を授かり忠誠を捧げたジャンは肉体的な制約に縛られ、ジャンから忠誠を授かり愛を捧げたアレットは精神的な制約に縛られている。あくまで、その可能性があるかもしれないという話だが、かなり信憑性がある。アレットにはまだ目立った異変がない。精々、物理的な距離が離れすぎると腕輪がきつくなる程度だ。
「心というものは、肉体と違ってどうにもなりませんからな。用心にこしたことはありません。もし私の仮説が正しいとすれば、アレット殿の置かれた状況はジャン殿以上に厳しいものです。どうか充分に気を付けてください」
「それなら安心しな。この俺様以上にいい男なんざそういねーからな!」
「どうしよう……すごく心配になってきた。私、死ぬのかな?」
「おいコラ、人が気を利かせたタイミングで弱気になるんじゃねぇ!」
そんなやり取りをしつつ、途中で休憩を挟み、三人は予定通り日が傾く前に件の村へ到着した。北に位置する辺境の農村とは思えないほど活気があり、村の広場では子供達がはしゃいでいた。クリスは畑で仕事をしていた若者に、村長の居場所を尋ねた。
待つように言われたので、三人は厩に馬を預け、その場で待機した。しばらくすると、村長が村の娘を連れてやってきた。
「神官様、我々のためご足労いただき、ありがとうございます」
深々と頭を下げた村長に、クリスも礼を返した。それをみて、アレットも慌てて頭を下げる。どうしても視線の先にいた村娘が気になって、アレットはクリスと村長の長い挨拶を話半分に聞いていた。
パッとしない顔立ちだが、なかなか豊満な身体つきをした少女だ。終始怯えたように肩を震わせ、真っ青になりながら下を向いている。どうみても尋常ではない様子だった。
「こちらが、いなくなったデュオンと一緒にいた、娘のベレニスです」
少女は軽く会釈した。クリスが事件のことを訪ねると、彼女は言葉に詰まりながら震える声で喋り始めた。
「あ、あの日は……明後日の収穫祭に使うモランの実を取りに、二人で森へ……私たち、立ち入ってはいけない場所があるなんて……知らなかったんです!」
許しを乞うように身を縮めてクリスに頭を下げる少女が、とても憐れに見えた。
「知れば面白半分に立ち入る者もいますからな。知らなかったのであれば仕方のないことです。そこで何があったのか、聞かせていただけますか?」
少女は驚いたように顔を上げた。大方、先行した神官達に酷く叱られたのだろう。彼女の反応をみれば、だいたい察しがつく。
「えっと……彼が急に、誰かが助けを呼ぶ声がするって言い出して――で、でも、私には全然そんな声は聞こえなくて……」
その声に導かれるように草を掻き分けて進む青年を追って、気が付けば大きな屋敷の門前にいた。ベレニスは、まるで森の中に突然屋敷が現れたように感じたという。
「門も所々錆びついていて、随分古いお屋敷だったので……人の気配なんてしませんでした。でも彼は、中から人の声がするって――まるで憑りつかれたみたいに門を飛び越えて入って行ってしまったんです」
門を潜って追いかけたが、屋敷には鍵がかかっていて入れなかったらしい。枯れた庭園を一通り探し回ったが、不思議なことに青年の姿は何処にもなく、ベレニスはしばらく門の外で待っていた。しかし、それでも青年が戻ってこないので、仕方なく村へ戻って応援を頼むことにした。そして彼女は、そこで初めて禁域の存在を知り、自分達が禁忌を犯したことを知ったのだそうだ。
「彼が門を飛び越える前、助けを求める声は、女性のものだと言ってました。私には聞こえませんでしたが、それなら村へ戻って応援を呼ぼうと言っても聞き入れてくれず……彼の様子も、少しおかしかったように思います」
少女は眼元を赤くして、泣き出しそうな声で付け足した。
「収穫祭で、同じモランの実を飾ろうと約束していたのに……彼の態度はまるで……その女性を必ず自分の手で助けたいようでした。行かないでって呼び止めたのに、私の声なんて聞こえてないみたいに――」
やがてしくしくと泣き出してしまった少女の涙は、日の光に反射してキラキラと輝いた。そんな憐れな様子をジャンが放って置く筈もなく、彼は馴れ馴れしくベレニスの肩に手を回すと、明るい口調で言った。
「まぁ泣くなって、お嬢さん。デュオン、だっけか? ソイツはアンタの前でいいとこ見せたかったんだろ。同じ男だから分かる。安心しな、俺達がソイツを連れ戻してきてやるよ!」
「は、はぁ……」
戸惑う少女の肩を抱き寄せ、過剰にべたべたと肌に触れた。途端、右腕の腕輪が光りを放ち、ふいに空から降って来た物体がジャンの額に勢いよく当たった。
「だぁッ?!」
ジャンは額を抑えてしゃがみ込み、痛みに耐えた。振って来た物体の正体は、卵ほどの大きさの木の実であった。空を見上げたアレットは、鳥がジャンの頭上を旋回し、落とした木の実を諦めて飛び去って行くのを見送った。
「まさか、女体に触れることすら許されないとは……」
クリスに同情の目を向けられ、どうも格好のつかないジャンをアレットは珍しくフォローした。
「その男の言う通り、私達が必ずその人を連れ戻すよ。できれば、えっと……収穫祭? っていうのに間に合うように」
「あ、ありがとうございます……」
少女は恥ずかしそうに頭を下げた。
「祭りの準備で皆忙しなく、大したもてなしはできないのですが……前に来た神官様たちが使っていた空き家があります。綺麗に片付けておりますので、どうぞそちらで休まれてください。ご案内いたします」
村長の後に続き、三人は空き家へと歩き出した。ベレニスはもう一度深く頭を下げると、畑の方へと小走りで去って行った。アレットはその背中を見送って、村長に疑問をぶつけた。
「収穫祭って、この時期にやるんですか?」
ラヴィアでは収穫祭といえば、冬が来る前に開催される祭りである。不作の時期を迎えるにあたって、最後の収穫を蓄えとし、その実りに感謝するのが収穫祭の目的である。殆どの地域がそうだと思っていたので、アレットはベレニスの口から収穫祭という言葉が出てきたときに、少しだけ違和感を覚えたのだ。
「この村では、収穫祭が二度あるんですよ。一度目は初夏の時期に、二度目は秋の暮れに行います。本来この時期に行っていたのは、死者の魂を鎮め、悪霊を追い払う祭りでした。禁域の封印前は特に行方不明者の絶えない村でしたから。祭りを廃止するわけにもいかないので、若者達に事実を伏せるため、麦の収穫時期にちなんで収穫祭と呼んでいるんです」
「そ、そうだったんですね……」
知らなかったとはいえ、かなりデリケートな話題を振ってしまった。何も言えなくなってしまったアレットの代わりに、ジャンが新たな疑問を投げかけた。
「ベレニス達が集めてたっていう、モランの実ってのは確か食用じゃねーよな? その祭りに必要なものなのか?」
「よくご存じですね。モランの実は中身をくり抜いてランタンを作るのに使うんです。死者の魂が道を失わないよう、明りを灯すのです。ランタンを村中へ飾りつける代わりに、霊が家に入ってこないよう、家の灯りを全て消します」
アレットは、たくさんの手作りランタンの仄かな灯火が、夜の村をぽつぽつと照らしている光景を想像した。
「それは素敵ですね。ちょっと見てみたいかも……」
「興味があるならモランの実をいくつか差し上げますので、作ってみてはいかかでしょう。ランタンの形は自由ですので是非気兼ねなく。若い娘たちの間では、恋人と形を揃えて飾るのが流行っているんです。まったく誰が言い出したのか、幸せな夫婦になれるなんて迷信まであるんですよ」
「では、私達もその祭りに参加してよろしいのですか?」
「もちろん、いくらでも滞在し、祭りを楽しまれて行ってください」
「それは有難い! 無論、生きて戻って来れたらの話ですけどな」
クリスなりの冗談だったが、村長は笑うどころか萎縮してしまい、謝罪を繰り返した。
「我々どもの不始末の所為で、ご迷惑をおかけして本当に申し訳ありません。命がけであの場所を封印してくださった教会の神官様方には、本当に合わせる顔がありません。我々はどこかで、油断していたのです。あの恐ろしい場所のことを忘れて過ごそうなんて……これからは若者たちにも禁域のことをよく言って聞かせます。明後日の祭りは、そのいい機会となりましょう」
「あ、いや……その」
珍しく、ジャンがクリスの腕を肘で小突いた。
「その必要はないぜ。行方不明者の救助だけなんてみみっちいことは言わず、屋敷に巣食ってるアンデッドも俺達でぶっ倒してくるからな! この地域から禁域なんて無くしてやるよ」
「ありがとうございます。なんと力に満ちた心強いお言葉でしょう。しかし、ここ一帯では昔から同じような事件が絶えなかったのです。私のような年寄りにとって、あの禁域はある種の教訓のような……そんな身近なものとして存在しています。それほど前から、もう誰にもどうすることもできないのです」
ジャンの大口に対し、村長は力なく微笑んだ。
「我々は失うことに慣れています。デュオンはもう手遅れかもしれません。その時は構わず貴方の命を優先してください。無事に戻ってこられることを心から祈っております」
その全てを諦めたような暗い瞳に、アレット達は言葉を失った。流石のジャンも返す言葉が見つからなかったのか、それきり口を閉ざしてしまった。




