第19話:叡智と戒律
章設定機能を知り、シリーズで分けるのをやめて、タイ変しました(;'∀')
皆どうやって章で区切ってるんだろうという疑問がようやく解消されたorz
「アレット殿は、なぜ公爵家の跡地がサリア領にあることをご存知だったのですか?」
荷馬車の中から農村の景色を眺めていたアレットは、訝し気なクリスの視線にびくりと肩を震わせた。
「えっと……」
アレットは視線を泳がせ、毛布を肩までかぶり鼾をかいているジャンを見た。昨晩もまともに眠れなかったのだろう。
昨日、一定の距離を保ちつつ各々の準備を終え教会へ戻った二人は、既に馬車の手配を済ませたクリスと合流した。彼は戦闘用の法衣を身に纏い、すぐにでも出発できる態勢であった。特に急かされたわけではないが、準備の早い彼に気が焦り、ジャンとアレットは宿へ預けた荷物を慌てて取りに行った。宿代を浮かせるため、教会の硬い床で夜を明かしたせいか、アレットは身体中が痛かった。
「魔導アカデミーにいたとき、噂を聞いたことがあって」
悩んだ末、アレットは自身が魔導アカデミーの卒業生であることを隠さず打ち明けることにした。
「なるほど、魔導アカデミー出身者でしたか。どうりで知見があるわけです」
ガタガタと揺れる馬車の振動が、凝り固まった関節の痛みに響いた。まだ王都を出発して数刻も経っていない。これから三日間もこの揺れが続くと思うと、アレットは早速うんざりしてきた。
「それで、どんな噂なのですか?」
クリスはアレット自身について追求しなかった。彼なら不躾に踏み込んでこないと分かっていたが、アレットは内心ホッと胸をなでおろした。アレットが自身のことを隠そうとするのは幼い頃からの癖であった。なにせ大陸屈指の富豪の娘である。一度、姉が誘拐されかけてからは特に気を付けるよう言われてきた。
ジャンのこともクリスのことも信頼していないわけじゃない。自らリスクのある行動をとる気になれないだけで、アレットは聞かれれば答えるつもりでいた。
「よくある怪談話だよ。公爵家の別荘跡地には皇帝に嫁いだ公爵令嬢の遺体が腐らず美しいまま保存されてるとか、夜になるとその遺体が生者の血を求めて邸宅の中を歩き回るだとか」
クリスは窮屈そうに詰襟を直しながら「ふむ」と呟いた。アレットとて、本職相手に学院生が創作したであろうこの手の話を聞かせるのは気恥ずかしかった。
「少し捻った話だと”絶世の美女と謳われていた公爵家の令嬢は自身の美しさに固執し、禁術に手を出した。その結果、生き血を吸う化け物になってしまった”なんて設定もあったかも――」
「アレット殿は、その噂が作り話だと思うのですか?」
「え……?」
真剣な表情でアレットにそう問いかけたクリスは、胡坐を掻いて腕を組んだ。彼女はその時になって初めて、彼の身体が少しも揺れていないことに気付いた。
「まったく情報というものは、一体何処から漏れるのでしょうな……」
「もしかして、作り話じゃないの? まさか本当に遺体が動くなんて言わないよね?」
アレットは死霊をその眼で見たことがなかった。その手の話がめっぽう苦手なアレットは、死霊の討伐依頼を避けていたし、出ると言われている場所に自ら近づくこともなかった。
「すべてがその噂と一致するわけではありませんが、邸宅の地下に置かれていた棺から腐らぬ遺体が発見されたのは確かですな」
「……、……」
「あそこは以前から、行方不明者の報告が絶えない地域でした。解決のため調査へ赴いた数名のうち、女性の神官だけが生きて帰って来ました。彼女の報告をもとに総出で一帯の封印を行ったのです。もっとも、その時の私はまだ神官になり立てだったので補助として同行しただけですが」
「その女性の神官は、棺の中の遺体を見たの? たまたま条件が揃ってミイラ化してたのを錯乱して見間違えたとか……」
「その可能性もあるかもしれませんな。なにしろ、酷く怯えて話を聞ける状態じゃありませんでした。よっぽどショックだったのか心の病を患ってしまい、今は中央教会の療養施設におります。ただ、邸宅に良くないものが棲みついているのは事実です。私を含めて封印に向かった神官全員が、その気配を感知いたしましたので」
アレットは無意識に唾を呑み込んだ。浄化できないほど強力な死霊がいるのであれば、再び一帯を封印するしかないだろう。詳細は伏せられていたが、協力するからにはクリスに課せられた任務の内容を知る必要がある。
「封印のための人員がいるから要請が来たんだよね? その手の結界は魔導とは種類が違うし、私もジャンも手伝えないけど人数は足りてるの?」
「おお、そうでしたな。まだ詳細をお伝えしておりませんでした」
慌ただしく王都を発った三人は、重要な摺り合わせを終えていない。アレットは出来る準備を怠りたくなかった。
「実は教会から私に課せられた仕事は封印ではありません。ジャン殿は休まれているので、また後で私から詳細をお伝えしますが――」
そうして、クリスは一連の事件について語り始めた。
「禁域に足を踏み入れ、結界を解いたのは近隣の村に住むある若い男です。若い者の中には禁域についてよく知らない者もいます」
絶対に入るなと言われれば、入りたくなるのが人の心理である。ただ秘することでトラブルを避けようとしたのが中央教会の過ちであった。
「その若者に付き添っていた村娘の話によれば、朽ちかけの屋敷から助けを求める女の声がした――と。いくら待っても男が戻らないので、娘は一度村へ帰り助けを呼んだそうです。それを知った村長の知らせを受け、中央教会から神官が派遣されましたが、その者達も戻ってこないのだそうです」
クリス曰く、封印魔法とは人ならざるものを封じ込めると同時に、外部からの侵入も防ぐ、いわば制約のようなものだという。しかし、生きた人間が出入りすれば、その制約が破られ結界は解けてしまう。邸宅へ入った人間を助け出さなければ、その一帯に再び封印魔法を施すことも不可能らしい。
「封印魔法がかけられないということは即ち、邸宅へ入った若者と神官はまだ生きているということです。私に課せられた任は、できるだけ調査隊を集めて先行した部隊の救助へ向かうことです」
ほとんど”死にに行け”と言ってるようなものだ。なぜ中央教会から離れたはずの、それも王都とはいえ移民街の教会に身を置くクリスの元へ要請が来たのか、アレットはその思惑を想像して嫌な気分になった。
「王都の神官達にも声を掛けたの?」
「はい。一応は宮廷直属の神官に出発の時間と場所を伝えたのですが……」
結果はアレットも知っている。馬車が出発する時間になっても、アレット達以外の人間は見当たらなかった。その神官が連絡を怠ったか、或いは皆、知った上で来なかったか。
アレットは鼾をかいているジャンに視線を移した。彼はこうなることを予想していたのだろうか。少なくともジャンはアレットよりクリスの事情に詳しい。
「みんながみんな、貴方みたいな真っ当な神官じゃないってことは知ってるつもりだったけど……救世の女神の使徒が聞いて呆れるね」
「同じ神官でも、その目的は女神に使える者の数だけありますからな。信仰の力で、できるだけ多くの人々を救うことが私の目的、というだけのことです」
魔導士のアレットに言わせてみれば、信仰など気休めでしかない。困窮した経験のない彼女にはまやかしも同然だった。
この大陸の神話では、かつて人と神は同じ大地にいたとされている。やがて人々が資源を巡り争いを始めると、神は人を見放し大地を去った。この大陸で信仰されている救世の女神とは、長く続く戦争による資源不足や権力者の圧政による貧困に救いを求めた人々が生み出した神だ。神はいつか人の大地に戻って来て、正しい道を示してくれる。それを心の拠り所にしているのだ。
「信仰は直接人を救うものではなく道徳心を説くものでしょ。心の救いって意味じゃないの? クリスは直接人助けしてるように見えるけど……」
「傷ついた人を助けるのは私が神官だからではありません」
アレットは自身の愚かな質問を恥じた。魔法を使うのは、魔導士だからか? と聞かれるようなものである。
「すみません、バカな質問でした。貴方みたいな神官、初めて見たから……」
「いえ、いいのです。神の教えを説く者と心理を探求する者の考えは、相容れぬものですからな」
両者が相容れないというのはよく聞く話だ。魔導アカデミーでも神官が扱う術については触れられなかった。しかし、平たく言えば彼らが扱う術も魔法の一種である。
「えっと、その封印っていうのも原理は魔法と同じなんだよね?」
「ええ。神の御業とするか、人類の叡智とするかの違いだけです」
魔法とは体内のエネルギーを具現化させたものだ。だから”念じる”という工程が必要になる。体内エネルギー(魔力)はどんな人間にもあるが、それを具現化させるには、才能が必要である。くどいようだが、アレットはそれほど魔法の才能があったわけではない。彼女が優れた魔導士として評価されたのは、魔鉱石を駆使し”念じる”という面倒な工程を踏まずに魔法を発動する術を編み出したからだ。魔力を魔鉱石へ流すことさえできれば、魔法の才がない者でも簡単に魔法の使用が可能になる。問題は発動できる魔法が魔鉱石の種類によって決まっていることと、魔力を魔鉱石へ流すという技術にコツがいることだ。しかし、その課題がクリアできれば、魔法は全人類にとってもっと身近で一般的なものになるだろう。
まさに人類の叡智を体現した夢みたいな話だが、アレットにはそんな夢のような目標があった。
「その理論だと、魔導士も神官の魔法を使えるってことになるけど……」
「扱えるとは思いますが、それなりに修業は必要ですな。アレット殿は魔法を使用する際、どのように念じていますか?」
「えーと、具体的なイメージを思い浮かべて……それでも難しい時はイメージしやすいように詠唱するかな」
「我々が扱う魔法は、女神の経典を元に、戒めや制約を具現化するのです」
クリスの説明ではいまいちピンとこなかった。それでは経典とは、魔導書と同じなのだろうか。魔導書には単純に魔法を扱う方法が記されているが、経典というと戒律が記されているものだとばかり思っていた。首を傾げるアレットに目ざとく気付いたクリスは、もう少しだけ神官の扱う魔法について掘り下げた。
「もちろん、経典に記されている戒めをイメージだけで具体化するのは非常に困難です。ですから、神官達は己の肉体で戒めを受け、厳しい修行の中で魔法を体得するのです」
「なるほど……確かに魔導士の魔法は物質を具現化する場合が殆どだから”習得”できるけど、経典の教えは”体得”しないと扱うのが難しいんだ。戒律を具現化してるから神官達が扱う魔法は”人”に作用するものが多いんだね。種類的には呪術とも近いから、解呪もできるってことか」
「流石、理解が早いですな。その通り、原理は同じでも種類が違うので習得方法も異なります」
「じゃあやっぱり、一朝一夕ってわけにはいかないか……」
治癒魔法も使えたら便利だと思ったが、いまから経典の戒律を実践してまで扱えるようになりたいかと聞かれれば否である。
「ただ、魔法の心得があれば完全に無から体得するよりは楽でしょうな。興味がおありなのですか?」
「あ、いや。全然! 別にそういうわけじゃ――」
道端の石に車輪が当たったのか、荷馬車が大きく揺れた。その揺れを封切りに、大人しく寝ていたジャンがまた魘され始めた。よくみれば、額に汗が浮かんでいる。魘される前から質のいい睡眠がとれているとは言えない状態だったのだろう。
アレットは魔除けの水晶を懐からだして自身の魔力を込めると、ジャンの手に握らせた。確信があるわけではないが、今のところこれが一番効いている気がする。
「その水晶は……?」
「魔鉱石と一緒に調達した”魔除けの水晶”だよ。注いだ魔力を溜め込める性質があって、魔鉱石と違って使っても削れないから便利なんだ。普段は魔力切れに備えて魔力を貯蔵してる」
「魔力を溜められるのに”魔除けの水晶”という名なのですか?」
「これを買ったとき、商人がそういう名称で売り出してたんだ。正式名称は蒼水晶。ラヴィア王国の鉱山からもよく採れる結晶だけど、魔除けの効果があるかどうかは謎だね」
「では、どういうものであるかは分かっていて、購入した時の名称を使っているのですか?」
「うん。単に蒼水晶とか紫水晶とか呼ぶより特別感があっていいなって……全種類の石にもっとかわいい名前を付けてくれたらいいのに」
アレットは鉱石に拘りがある。研究対象として扱っている内にそうなってしまったのか最初からそうだったのか、もはや本人も思い出せない。鉱石は種類によって効能が違い、中でも魔鉱石と呼ばれるものは魔力を流すだけで魔法が発動できる。使える魔法は限られているので、勝手の悪さから見向きもされてこなかった分野である。しかし、親しみ易い名前があれば認知度も上がるのではないだろうか。
「持ち主はアレット殿です。名ぐらい勝手に決めてしまっても良いのではないですか?」
「私が名付けるの? えっと……魔力貯蔵石とか」
「それは名ではなく役割ですな」
「じゃあ、魔力備蓄石」
アレットのネーミングセンスは壊滅的だった。覚えやすいシンプルな響きや人を惹きつけるインパクトのある名前など、彼女には到底思いつかない。その自覚がある分だけまだマシだった。
「うむ。”魔除けの水晶”と言われれば、そこはかとなく魔を寄せ付けない輝きがありますな」
「センスないってはっきり言って……気を遣われる方が辛いから」
いつの間にかジャンの呻き声は静かな寝息に変わっていた。
クリスとアレットは彼の規則的な呼吸を聞きながら、時折他愛のない会話を交え、退屈な馬車の旅をそれなりに満喫していたのだった。




