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天才魔導士とカナンの猟犬  作者: もにみぃ
魔導士アレットと誓いの腕輪
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第1話:再出発

 ギルドのカウンターで阿呆みたいに首を傾げるアレットに、とても宮廷魔導士の風格はなかった。どこからどう見ても、身持ちのよくて裕福そうな見た目の世間知らずの娘であった。

 受付嬢に困ったような表情を向けられ、アレット自身、己が世間知らずであることを痛感していた。


「えっと……ギルドにも種類があるってこと?」


「そうです。ここは冒険者ギルド、向かいは商人ギルドの受付になってます。以前はもっと細分化されていたのですが……大陸に現れたドラゴンの討伐を急務として国がギルドの制度を変えたため、他のギルドも“冒険者ギルド”に統合されました」


「ど、ドラゴンの討伐?!」


 五年前、突如飛来したドラゴンの群れにより、隣国のカナン王国が滅んだ。多くの犠牲者が出た大災害であり、ほんの少し前まではほとんどの領主、領地民が頭を抱えていた状態であった。避難民の受け入れによる経済的な負担はもちろん、労働市場や治安の荒れ、貿易市場を失ったことによる貧窮など、同盟国だったラヴィア王国は様々な問題を抱え込んでしまった。

 そんな状況でもアレットの父は領主を説得して避難民をトルクア領へ受け入れさせ、新しい事業を始めて荒稼ぎしてたらしいが……すぐ隣のサリア領の領主は避難民の受け入れを固く拒み、緊急事態による対策として魔導アカデミーを閉鎖した。入学して間もないアレットはアカデミーに閉じ込められてしまい、姉からの手紙で世間の混乱を知ったのである。


「……そのギルドに登録するしかないの?」


 最近は混乱も落ち着いてきたように感じていたが、まさか国がドラゴン討伐を掲げているとは思わなかった。国を滅ぼしたドラゴンの群れは立ち去らず、焼け落ちたカナン城に巣食っていた。そのドラゴンを排除しなければ国の復興は難しい。カナン王国でも比較的被害の薄い領地の民でさえ、ドラゴンの被害を恐れて他国へ移り住んでいた。そうして大陸一の軍事力を誇っていたカナン王国は、見る影もなくなってしまったのである。

 さっさと隣国の復興を促し、その上で生き残った有権者から一刻も早く謝礼金を巻き上げたいのだろう。王国の思惑はすぐに見抜けたが、あまりにも下策だった。ラヴィア王国のどこにも、好き好んでドラゴンの討伐を引き受ける命知らずなどいないだろう。どんなに褒美を与えられたところで、命を失ってしまえば意味がない。


「はい。残っているのは、向かいの商人ギルドのみになります」


「商人ギルドっていうと、納品依頼とか?」


「納品依頼もあるとは思いますが……ギルドの仲介業者の殆どが解体され、仕様が変わっておりますのでご注意ください。以前は仲介業者が報酬と商品の受け渡しを代行していたのですが、今は依頼主と直接やり取りをする形になりました」


「えっ、……そうなの?」


 金品の受け渡しに第三者がいなければ、商売人としてのスキルが必須になる。

 アレットの父ドミニクはやり手の商人だが、彼女はその商才を受け継がなかった。父の才能と母の美貌は姉のアシュリーが一身に受け継いだのである。競争相手にもならなかったアレットは特に両親の期待を背負うこともなかったが、その代りに貴族との結婚が強制されていた。自分に他の利用価値があることを示さなければならなかったアレットは魔導の道へ進んだが、それも必死に勉強をしただけで、特に才能があったわけではない。


「ちなみに、ギルド側は報酬金や商品についての揉め事に一切関与いたしません」


「……」


 わざわざ釘を刺すということは、それだけ揉め事が多いということである。

 魔導の知識で魔鉱石や薬品は作れても、商才のないアレットにはその品を上手く売り捌くことはできない。初期投資に金をかけて下手に店や工房を構えたりするよりは、日雇いや派遣で徐々に資金を増やしていく方が安全だった。それに、ずっと王都に留まるかどうかもまだ決めていなかった。


「ええと、冒険者ギルドの仕事って、ドラゴン討伐以外にはないの……?」


「もちろん、ござますよ。最初は初級の依頼からこなしていく方が殆どです。仕事を受けるには冒険者としてお名前をギルドに登録していただく必要がありますので、お手続きは必須ですが……」


「他の仕事も受けられるなら、冒険者ギルドに登録するよ」


「承知いたしました。ですが、一度登録されると上級ランクの冒険者証の発行まで、期限内のランクアップが必須になってしまいますのでご注意ください」


「ら、ランクアップ……?」


「王国がドラゴンの討伐に総力を挙げているので、冒険者には補助金が降りるようになったんです。そのおかげで冒険者ギルドへの登録者数は増えましたが、期限付きのランクアップ制度が導入されました」


「冒険者ギルドに登録するとランクアップが必要で、期限内にランクアップできなければ、補助金は降りなくなる……ってこと?」


「端的に言ってしまえば、そうです。初級から中級までは半年、中級から上級までは一年と期間が決められていて、上級になればランクアップの必要はなくなります。上級ランクの冒険者には無条件で補助金が降りますが、一度ランクアップに失敗した中級者が上級ランクの冒険者になった場合、補助金の申請手続きが必要です」

 

 おそらく、高ランクの冒険者に国税を注ぎ、ドラゴンの討伐を促そうという魂胆だろう。


「もし誰かがドラゴンを討伐したら、この補償金制度ってなくなる可能性もあるんだよね?」


「それは……あまり大きな声では言えませんが、おそらくそうなります。ドラゴンの討伐を達成すれば、少なくともその冒険者には一生かけても使いきれないほどの報酬金が支払われるでしょう。ただし、ギルドの制度を変えたのも試験的なものだと思いますので、ドラゴンが討伐された後はランクアップ制度も補助金も、なくなる可能性が高いです」


 ついさっきまでギルドのことすら知らなかったアレットは新制度や新システムの説明を聞いたところで、変化の程度が分からなかった。だが、いまなら期間限定で、どのランクの依頼を受けても補助金が降りるということは分かった。それなら、商人たちの独壇場になっている商人ギルドより、冒険者ギルドの方が幾分マシに思えた。


「もっと言ってしまえば、三年ごとに制度の見直しがあるので、三年以内にドラゴン討伐を成し得る者が出ない場合、補償金の制度はなくなる恐れがあります」

 

 登録するなら今がチャンスということだ。少し迷ったが、アレットは結局、冒険者ギルドに名前を登録し、初級ランクの冒険者証を受け取った。


「実戦の経験がなくても受けられそうな依頼はないかな?」


 魔導アカデミーでも模擬戦闘の授業はあったが、アレットには実践の経験は一度もなかった。王宮でも研究が優先されていたので、アレットだけは魔導士部隊の訓練も免除されていた。自分の腕に自信がないうちはなるべく安全な仕事をたくさん受注する方がいいと考え、アレットは受付嬢に仕事の紹介を頼んだ。


「契約金なしで、いま受けられるものですと……薬草の採取や害虫の駆除、害獣の巣穴除去などが比較的、簡単な仕事ですね」


「じゃあ、それ全部受けるよ」


「承知いたしました。報酬額は全部で銅貨20枚になります。更に、国からの補助金が上乗せで銅貨30枚つきます」


「まって、依頼の報酬額より補助金の方が多んだけど……」


 驚いて聞き返せば、受付嬢は笑顔で頷いた。確かにこれは美味しい制度かもしれない。

 アレットはカウンター横のボードに視線を向ける。そこには下級から上級までランク付けされた張り紙がズラリと並んでいた。受注したのは最低ランクの仕事だ。王都の宿の一般的な価格帯は銅貨20枚である。三食分の食事も合わせると大体、銅貨30枚。依頼をすべてこなせば、今日一日を乗り切ることはできそうだ。


「ランクアップってどうすればいいの?」


「今日から半年経つまでの間に一度でも中級ランクの依頼を受け、それを成功させていただきます」

 

「もし依頼中の負傷が原因でランクアップどころじゃなくなったら……?」


「危険度の高い依頼になるとそれだけ報酬も高額になります。そのため、万が一の手当として契約金と保険料を引いた資金が前渡しされます。しっかりと準備をして臨めるメリットがあるほか、怪我をされた場合でも予め支払った保険料で賄うことができます。更に契約金を支払うことで、治療費が保険料で間に合わなくても契約者に請求することができますよ。また、上級の冒険者になると治療費なんかもある程度融通されます。ドラゴン討伐の可能性が高い者には、それなりの待遇が保障されてるんですよ」

 

 アレットの目的は、もちろんドラゴン退治ではない。自由を得ることと、魔鉱石の研究を続けることだ。もちろん、戦力を補強するためなどではなく、もっと有益なことのために研究を続けるつもりだ。冒険者ギルドへの登録は、あくまでそのための資金稼ぎにすぎない。依頼書の中身をざっと確認したところ、上級ランクになればそれなりの報酬と待遇が約束されている。

 冒険者証は他の町のギルドでも有効らしく、王都を出ることになっても問題はない。アレットが王宮から追い出されたという情報が父ドミニクの耳に入るまでに、なんとか稼いで遠くへ逃げることも可能である。

 いざという時の選択肢を広げるためにも、地道に冒険者のノルマをこなしランクアップ制限のない上級冒険者を目指す。いまのアレットにできることはそれしかなかった。

 

「親切に教えてくれてありがとう。どんどん依頼をこなして、上級冒険者を目指すよ」


 アレットの言葉に、受付嬢は愛嬌のある笑顔でにっこり笑った。

 

「ご健闘をお祈りします。それではいってらっしゃいませ」


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