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天才魔導士とカナンの猟犬  作者: もにみぃ
魔導士アレットと誓いの腕輪
19/24

第18話:運命の回り道

「きゅ、宮廷魔導士だって?!」


 戻りが遅れた事情を説明するなり、驚いてひっくり返ったテリーを見て、アレットはジャンを睨んだ。

 二人が教会を離れている間、クリス宛てに中央教会から手紙が届いたらしい。クリスが奥の居住スペースでその返事をしたためている間、暇を持て余してしまった二人はテリーと供に教内の掃除をしていた。


「どうりで強ぇわけだ……負けたのも納得だぜ」


「そこまで驚くほどのことではないけど……まぁ、魔導士を名乗る他の冒険者たちと一緒にして欲しくはないかな」


 アレットは少しだけ気を良くした。誰だって褒められて悪い気はしない。だが、ジャンはテリーの反応に呆れて、大袈裟に溜息を零した。

 

「オメーだけじゃねぇ。他の連中もやられちまってるんだぞ? その時点で察しはつくだろ」


「いやいや、俺様は手前の目で見たものしか信じねーのよ。連中がやられったって話も疑ってた。上級市民の嬢ちゃんがお遊びで冒険者ギルドに登録ってのも、珍しくない話だろ?」


 アレットが中級ランクの依頼を受けた際、雇った冒険者の中にそういう人物がいたことはあった。もっとも、お嬢ちゃんではなくお坊ちゃんだったが。生活に余裕があると根無し草の冒険者という職に夢を見るのか、テリーの言う通り一定数いることは確かである。


「貴方のせいで、”お嬢ちゃん”は減ってるみたいだけどね」


 嫌味のつもりだったが、アレットの言葉にテリーは胸を張ってふんぞり返った。


「おうよ! 怪我しねーうちに現実を教えてやらねぇとな!」


「オメーはいい加減、懲りろ。毎回運がいいだけで下手したら捕まっててもおかしくねーんだぞ?」


 アレットには彼が捕まらない理由もなんとなく察しはついていた。娘たちは自分の愚かな失敗を親に言えないのだ。もしアレットのように親の決めた結婚が嫌で家からの逃亡を図ろうとしていたら、冒険者の資格を取ろうとするのも理解できる。もしそうだとしたら、口を閉ざすしかないからだ。

 改めて考えるほど、テリーの悪行はアレットにとって許せないものであった。


「いつか罰が当たるよ。たとえ裕福でも、貴方達が思ってるほど恵まれてない子もいるから――」


「そりゃ経験談か? やっぱアンタも金持ちなんだな。で、どれぐらい金持ちなんだ?」


 瞳をキラキラと輝かせて詰め寄ってくるテリーを見て、アレットは絶句した。悪気はないのだろう。ただ、同じレベルで会話が成り立たないだけだ。アレットがそれを痛感していると、その小さな肩にジャンの手が優しく触れた。

 

「バカ相手にまともに会話しようとすんな。俺もコイツにゃバチが当たって欲しいと常々思ってる」


「あー! ジャンてめぇ、俺様のアレットに気安く触ってんじゃねー!」


「誰がお前のだ!」


 収集がつかなくなった会話を元に戻そうと、アレットは手に持っていた箒を突き立てて、仕切り直した。


「私が宮廷で働いてた魔導士だろうが、今は関係ないよ。依頼主に遭遇しちゃったってことの方が問題であって――」


「は? ……いつ?」


 今度はジャンが目を丸くする番だった。アレットは彼の反応を見て、肝心な部分を説明していなかったことに思い至った。


「町で会ったでしょ? あれが王国の依頼主だよ」


「はぁ?! おいテメー、そういうことは早く言え!」


「特に興味なさそうだったじゃん……」


「どう考えても共有事項だろうが! なんでもっと媚びておかなかったんだよ……あんなに怒らせちまって、減額どころか遺跡調査の報酬までなくされてもおかしくねーぞ!?」


 寧ろ下手に媚びる方が報酬を減らされる可能性がある。レクトの性格を知っているアレットにはそれが分かっていた。彼に対しては変に媚び諂うより、完璧な報告書を叩きつけてやった方がよっぽど効果的なアプローチなのである。それでも報酬はなくなるかもしれないが、媚びた上に報酬がないよりはマシだ。


「心配しなくても、レクトには完璧な対応をしたつもりだよ。それよりも、アイツがあの場にいたことが問題なんだよね」


 これまでも復帰の打診はきていたが、とうとう同僚で一番年の近かったレクトまで訪れた。今度こそ、本格的に圧力をかけてくるかもしれない。アダン家は大陸でも有数の富豪であるため、いくら王国といえども簡単に手は出せない。家族をダシに脅されることはないが、解雇の事実がドミニクへ伝わるような事態になれば、今のアレットには復帰以外の選択肢がない。自分を陥れた人間がいる場所になど、戻りたくないと思うのが普通である。

 

「王都を離れるなら上級ランクの冒険者証まで手に入れてからって考えてたけど……そうも言ってられないかも」


 アレットは独り言のように小さく嘆いた。彼女の事情に興味がなさそうだったジャンも、なんとなくアレットの置かれた状況を察しているのか珍しく茶化さず黙っていた。


「お待たせしました」


 空気が重くなりかけたタイミングで、用事を済ませたクリスが掃除に励む三人の元へ戻って来た。彼はアレットよりも険しい表情をしていた。眉間の皺が深すぎて、目元に影が差している。


「返事は書けたのか?」


 ジャンの問いに、クリスは悩まし気な溜息を吐いた。

 

「それが、二点ほど問題がありまして。どう返事をしたものか……」


「俺達はアンタに大恩があるんだ。なんでも言ってくれ」

 

 クリスは言葉を探しながら、手紙の内容をアレット達に伝えた。


「実は中央教会から緊急の要請が来てしまいまして……暫くの間、ここを離れなければならなくなりました」


「げっ!? ま、マジか……」

 

「一つの目の問題は、長期間この教会を誰かに任せなければならないということ。そして二つの目の問題は、私が生きてここへ戻れるか分からないということです。もし戻って来られなければ、ジャン殿たちの腕輪の件にも協力できなくなってしまいます」


 どうやら、かなり危険な任務の要請だったようだ。それを知った三人は息を呑んだ。

 

「アンタほどの強者が生きて戻って来れないなんて、冗談もほどほどにしてくれよ」


「それが、冗談ではないのです。事の発端は、中央教会が指定した禁域で発生した事故です。詳細は伏せますが、我々の張った結界が剥がれ、既に何人もの死者が出ているそうです。事態の収拾のため先行した神官も、戻ってきていないとか」


 聞きかじった程度であったが、教会指定の禁域に関してはアレットも知っていた。死霊アンデットの中でも特に危険な個体がいる。そういった死霊たちは浄化することが出来ず、聖なる力で死霊の発生区域ごと封印するしかない。

 つまり”禁域”とは、どんなに優秀な神官の力をもってしても浄化できない、強力なアンデットが封印されている場所のことである。


「それ、クリス一人で行かなきゃいけないの?」


「いえ、できるだけ協力者を募って現地に赴けと書かれていました。王都の教会にいる神官達にも私から協力を要請することが前提なのでしょうが、果たして首を縦に振る者がいるかどうか……」


 クリスから一通りの話を聞いたジャンは、なんてことないかのように言った。


「じゃあ、俺が一緒に行く。教会のことならテリーに任せておけばいい。ここには酒も女も金もねーから、悪いことはできねーしな」


「ああ、ジャン殿……なんと心強い。しかし、そう言っていただけるのは有難いのですが――」


 クリスの視線が一瞬だけアレットを捉えた。おそらく、彼女の事情や腕輪のことを気にしているのだろう。腕輪がどんな代物か分からない以上、アレットはジャンと離れるわけにはいかない。それはジャンも然りである。

 ジャンがクリスの急務に同行するということは、当然アレットもついて行かねばならない。互いに恩のあるジャンはともかく、今まで特に接点もなかった上に、神職でもないアレットを連れていくことに、クリスは抵抗があるようだった。なにしろ、命の危険が伴う任務である。


「私も行くよ。ちょうど王都を離れたいと思ってたし」


 期待通りのアレットの言葉に、ジャンはクリスよりも嬉しそうに声を弾ませた。


「おうよ、そう来なくちゃな!」


 クリスはアレットの言葉に驚き戸惑い、喜ぶジャンを制止した。


「ま、待ってくだされジャン殿! アレット殿……よくお考えください。要請が出ているのは非常に危険な場所なのです」


「腕輪の件にはどうしても中央教会の書庫に入れる貴方の協力が必要だし、死なれたら困るからついて行くって言ってるんだよ。貴方に恩のあるジャンと違って私は善意で協力するわけじゃないから」


 アレットはあくまで自分の都合のために付き添うだけだ。それに、暫く王都を離れられるなら、この上なく好都合だった。クリスはアレットの言葉に再び目を丸くしたあと、意味深な笑みを浮かべて言った。


「だからなにも気にするな、と? お二人はそっくりですな! どうやらジャン殿は良き出会いに恵まれたようだ」


 それが嫌味ではなく、心からの言葉だと分かるだけに羞恥心が煽られる。アレットが慌てて訂正する前に、ジャンが割って入った。


「否定しても無駄だぜ、アレット。たとえオメーが本当に自分のことしか考えてなかろうが、クリスはお前の行動を善意と受け取る。何故なら、クリス自身がそう信じたいと思っているからだ」


 己が信じたいものを信じる。確かに女神を信仰する神官として、その思い込みの激しさは必要な素養である。


「神官らしいと言えばらしいけど……元から薄かった理知的な印象が更に薄くなったかも」


 ジャンの知り合いには直情型の人間しかいないのだろうか。そして見た目は全員もれなくラウディ系である。


「テリー、お前もいいよな? 暫くの間、教会で慎ましく留守番するだけだ。できねーとは言わせねぇぞ?」


「なめんな! 掃除だけじゃなく、怪我人や病人の世話も手伝ってんだぜ? 恩には報いるさ」


 テリーは力こぶを作り、綺麗に片目を瞑ってみせた。彼の悪行を知っても、出会った時と変わらない人好きのするその笑顔が、アレットは少しだけ恐ろしかった。価値観というものは、よっぽどの切っ掛けがない限り、生まれ育った環境に依存する。アレット自身も己が偏った価値観の持ち主である可能性を否定できなかった。


「そうと決まればさっそく準備に取り掛かるぞ。明日には出発だ!」


「なんで貴方が仕切ってるの? ……クリス、禁域ってそもそもどこにあるの? 私の認識では、特定の場所を指す言葉じゃないはずだけど」


 アレットの疑問に、クリスは感心したように頷いた。

 

「よくご存知ですな。そうです。禁域と呼ばれる場所はいくつかあります。今回の要請は特に危険と名高い”ダンジェ公爵家別邸跡地”です」


 その名には聞き覚えがあった。ダンジェ公爵といえば、まだラヴィア王国が建国されていなかった二世紀ほど前にサリア一帯を治めていた人物である。次期皇帝とされていたが、前皇帝に嫁いだ娘が懐死した後、一族が途絶えたといういわくつきの家紋だ。ダンジェ公爵家の別邸とは、皇帝に嫁いだ長女がサリア領の北部に建てさせたという邸宅で、二百年余り経った今でも朽ちずに残っているという不気味な建造物である。アカデミーにいた時はお決まりの怪談話として有名だった。アレットはその手の話が苦手だったので、どんな噂があったのかはよく知らない。だが、”行ってはならない場所”というのはそれだけで人の好奇心を掻き立てるものだ。いつだったか、あまり成績の良くない暇な生徒が肝試しと称して近場をうろつき、大目玉を喰らっていた。


「サリア領まで行くなら、最低でも馬の手配は必要だね。馬車で行ければいいんだけど」


「サリア領だと? 通行証がないと入れねーじゃねぇか」

 

「通行証は手紙に同封されていましたので、検問所は問題なく通過できますぞ」


「じゃあ、やっぱり移動手段の手配からだね。サリアまで馬車が出てないか確認してくる」


 そう言ってすぐに教会を出ようとしたアレットをクリスが止めた。


「待たれよ。そちらは私が行きます。中央教会からの手紙があれば融通してくださるやもしれません。お二人は長旅の準備がありましょう」


 確かに、遺跡調査よりも長旅になるだろう。アレットはクリスの言葉に甘え、商店街で準備を整えることにした。

 アレットにとって、新たな旅が始まろうとしていた。上級ランクの冒険者証を手に入れるため、先ずは腕輪の問題を解決しなければならない。そのために、クリスの任務を手伝う。回り道ではあるが、一時的にでも王都を離れることができるため、アレットはそれほど悲観していなかった。

 まさか、この旅の終わりに新たな回り道が発生しようとは、まったく思ってもみなかったのである。

 

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