二つの世界の狭間
来た時と同じ、暗い廊下を2人と歩いていると、
ふと疑問が沸き上がってきた。
連れてこられた時は一瞬の間に見知らぬ風景に代わって
大きな教会のような場所に来たんだっけ。
カイルが飛んでいるという混乱も相まって
自分がどこにいるのか見当もつかなかった。
「あ、あの。ここってどこなんですか?
なんか、普段生活してる街とは思えないっていうか・・・」
先を歩く2人に向かって疑問をぶつけてみた。
「んえ!?カイルのやつ、何も説明しないで連れてきたの?
拉致じゃん!怖かったよな?ごめんな?」
リアが申し訳なさそうに手を合わせる。
「ここは、ノクスホール。以前は天界とつながっていたけど、今は切り離されてる。
地理的な場所で言えば・・・ん~まあ東京のどこか?」
少し私への警戒心がほぐれてきたのか、エルが答えてくれた。
しかし、返ってきた答えはよくわからないものだった。
「東京のどこか」と言われても全くピンと来ない。
「あたしらも今いるここが地上で言うどこかってのは正直よく分かってないんだけど・・・
ほら!ついたぜ。」
リアはそう言いながら目の前の大きな扉に手をかける。
扉が開いた先には想像を絶する光景が広がっていた。
暗闇に包まれた空間には、小さな星のような光が点々と浮かんでいる。
道らしきものはどこにもないのに、自然と足が進む方向だけが分かる。
「わぁ、これは・・・?」
「ここは中間領域みたいなもんかな。ここと瑠衣たちの世界をつなぐ道。」
リアが振り返りながら答える。その顔には少し楽しそうな表情が浮かんでいた。
「私たちはここを通らないと、人間界に行けないの。」
エルがリアのほうに駆け寄りながらそう言った。
歩きながら、光が柔らかく揺れるたびに周囲の景色が少しずつ変わっていくのが分かった。
最初は暗闇だったのに、やがて足元には透明な水のようなものが広がり、波紋が音もなく消えていく。
「・・・すごい。」
私は知らず知らずのうちに声を漏らしていた。
この光景は現実離れしているけど、どこか温かさを感じる。
「綺麗だと思う?」
エルが振り返って少し笑う。
その瞳は、水面の光を反射してきらきらと輝いていた。
「はい。でもなんか夢を見てる気分。」
安らぎと同時に少しの恐怖も感じるようなこの空間は、本当に不思議だった。
「ここは心の境界にも似ているからだろうな。
何もかもが不確かで、曖昧。それでも、進むしかない。」
リアがぽつりと言ったその言葉にはどこか重みがあり、
少し胸が締め付けられるような感覚を覚え、立ち止まりそうになった。
けれど、二人の背中がゆっくりと前に進んでいくのを見て、足を止めることはできなかった。
次第に周囲の景色が色づき始めた。木々や草花がぼんやりと形を成し、空には月のような光が浮かぶ。
そして、ふと気づけば足元はアスファルトの感触に変わっていた。
「ここまで来ればもうすぐだよ。」
エルの声が聞こえると、いつの間にか私たちは私の暮らす街の近くに戻っていた。
街灯の明かりがやけに現実的で、先ほどまでの幻想的な光景が本当に夢だったかのように思える。
「今日はいろいろ混乱してるでしょ。
瑠衣の家には私が結界を張っておくから安心してゆっくり休んで。」
エルは無表情だったが、彼女の優しさを感じた。
「エル、リア。ここまで送ってくれてありがとう。」
「おぅ。瑠衣がどんな決断をしても、あたしらは変わらず人間たちを守るからさ。
あんまり気負いすぎなくていいからな!」
リアは私の肩を軽く叩いて笑った。その明るさに、ほんの少し気持ちが軽くなる気がした。
そして2人は背を向けて歩き出した。
私は2人の背中にぎこちなくお辞儀をした。
少しの間見ていると、2人は翼を広げ飛び立ったかと思うと
あっという間に闇夜に姿を消した。
(あれ、リアの羽・・・。)
私は玄関に入ると途端に座り込み、深いため息をついた。
私たち人間の世界とラフェル達堕天使の世界――
どちらも現実で、さらには悪魔の世界まで存在しているなんて考えたこともなかった。
今日の話を思い返すと、私は狭間に立たされていることを嫌でも実感してしまう。