与えられた「力」と彼らの正体
私は今、カイルに導かれるまま暗い廊下を歩いている。
(どこへ向かっているんだろう?ていうかこの人空飛んだんだけど・・・何者?
最後逃げるって言ってたけど”何”から?私はこの後どうなるんだろう。)
彼の足音は静かで、まるでこの世界の音すべてを吸い込んでしまいそうなほど静寂に包まれている。
さっきまでの明るい様子とは打って変わり、何かを真剣に考えこんでいるようだった。
私も何となく声を出せないまま、頭の中でぐるぐると目まぐるしく浮かび上がる疑問と葛藤していた。
「到~着。」
カイルはそう言うと立ち止まり、重い扉を押し開けた。
その先には、天井の高い広い部屋が広がっていた。
壁には奇妙な符号や古代の文字が刻まれており、
よく分からないが何千年もの歴史を感じさせ、まるで異世界にでも来たようだった。
床は冷たく無機質で、やけに広く感じられた。
部屋の中央には大きな木製のテーブルがあり、
これまたものすごく美しい4人の男女が座っていた。
「はい、ここ座って。」
カイルに促され、テーブルの前の椅子に腰掛けた。
カイルが隣に座ると、美男美女の視線が一挙に私に集まる。
その目線に圧倒され、私はただ視線を手元に落とすことしかできなかった。
「お前が瑠衣だな。」
自分の名前を呼ばれそっと視線を挙げると、
白金の長い髪を一つに束ね、気品溢れる佇まいをした長身の男がじっとこちらを見ていた。
白いシャツの隙間からは古い傷跡が見えている。
一見怖そうに見えるが、纏うオーラが柔らかく不思議と安心感が得られた。
「私はラフェル。ノクス・エグゼイルのリーダーだ。」
「え?ノクス・・・・エグ??」
突然の横文字に、思わず聞き返す。
「ははっ!急に言われても分かんねーよな?
ラフは気が利かなくて困るわ!
あたしはアゼリア!リアって呼んで。」
アゼリアと名乗ったこの人は目を見張るような赤い髪と屈託のない笑顔が印象的だ。
彼女もとてもきれいな顔をしているが、体のいたるところに傷跡が見える。
「リア。私は瑠衣、です。」
差し出された彼女の手を控えめに握り返した。
「リア、引かれてるわよ。私はセラフィナ。
基本的にここの問題児たちの指導係?やってるから
瑠衣も何かあったら私を頼るといいわ。」
セラフィナはアゼリアとカイルを見ながらくすっと笑った。
彼女もまた透き通るような白い肌に髪と同じ色をした水色の瞳が優しく光っていて
とても暖かいエネルギーを感じた。
「最後は私か。えっと、エリュエルです。みんなの怪我治したりしてる。
みんなエルって呼ぶから瑠衣もそう呼んでくれたら嬉しい。」
セラフィナに隠れながら小さい声で自己紹介してきたエルは一段と小柄で
ピンクの髪がよく似合う可愛い美少女だった。
「俺はさっきも言ったけど、カイルねー!改めてよろしく。」
次々に自己紹介が進む中で、彼らが自分とは異なる存在だということを実感し始めていた。
彼らがビジュアルを含め、普通の人間と違うのはもちろんだが、
それに加えて、どこか悲しみを背負っているような雰囲気が漂っていることにも気づいた。
カイルが自己紹介を締めくくると、本題だといわんばかりにラフェルが話し始めた。
「私たちは、かつては天界の一員だった者たちだ。訳あって天界から堕落し、堕天使となった。」
「我々は人間を守るために戦っている。」
「お前はただの人間じゃない。お前には、私たちと同じ天使の血が流れている。」
「今、人間の世界では異常に自殺者が増えている。原因は魔王が率いる悪魔の集団【アビス・コンクラーヴ】」
私はあまりにも現実離れした話の内容に正直、全く理解が追いつかなかった。
ラフェルが話した内容はこうだ。
彼らはかつて神に仕える天使だった。しかし約100年前、ある出来事がきっかけで10人の天使が天界を追放され、人間界へと落とされた。そしてそのうち5人の天使たちは己の欲望を満たすため、さらなる力を求めた結果、悪魔へと堕落してしまった。5人の天使を悪魔へと堕落させるのに大きく関与しているのが、魔王エリス・ナイヴァ。彼女もまた元は天使だったのだとか。エリスは悪魔へと堕ちた彼らを束ね【アビス・コンクラーヴ】と名乗り、人間界の完全なる支配、そして天界の滅亡を目論んでいるのだ。人間の負のエネルギーを糧に力を蓄える彼女らは、特殊な能力を使い、人間たちを絶望へと導き、日々その魂を刈り取っているのだと。その計画を止め、人間たちを守るために戦っているのがラフェル達【ノクス・エグゼイル】という話だった。
そして、私がここに呼ばれた理由。それは先日亡くなった私の祖母はかつて天界に仕えていた最高位天使であり、私にはその天使の血が流れており、特別な力を宿している。祖母の力によって封じられていたが、祖母が亡くなったことにより封印が解かれる時が近い。だから一緒に戦ってくれというものだった。
ラフェルは話の最後にこう言った。
「お前の力が目覚めることで、この世界を救うことができるかもしれない。
力を貸してくれないか?」
この問いに即答なんてできるはずがなかった。
私はこの世界が大嫌いだ。
みんな死ねばいいと思ったことだって何回もあった。
世界が終わってくれないのなら自分が、自分の人生が終わればいいと思った。
そんな私が、この世界を救うために戦う?
誰も私を救ってくれなかったのに?
天使の血?特別な力?
じゃあ何でおばあちゃんは何も教えてくれなかったの?
何で私はこんなつらい人生を歩んできたの?
みんなだって私と同じ苦しみや孤独や悲しみを味わえばいいのに。
不幸続きだったこの人生。
神様を恨むことはあっても感謝することなんて何一つない私に世界を救う義理なんかない。
「ちょっと何が何だか・・・。
いったん家に帰らせて下さい。少し1人になりたいです。」
「あぁ、突然のことで混乱するのも無理はない。
ただ悪いが今のお前を一人で帰すことはできない。
リア、エル家まで送ってやれ。」
ラフェルの指示に二人が頷き、私は帰宅の途についた。