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14 走り

 誠士郎が共に暮らしている女性が愛している果歩ではないことを知られてしまった現場を見た理歩は、一気に血の気が引いた。

 心臓が耳障りな音を立てる。こんな音、消えてしまえばいいのに。

 あったはずの未来を壊してしまった自分ごと。



「ごめ、なさっ……」



 かろうじて出た言葉は謝罪。

 騙していた誠士郎に対して。失敗してしまった家族に対して。そして、姿を借りていた果歩に対しての言葉だった。

 全てを知られてしまった理歩は、この場所にはいられないと、荷物を持つことなく誠士郎と暮らしたマンションを駆けて出た。


 もう、家族は路頭に迷う。自分のせいでそうなるのだと、理歩は自分を責めて走った。



(どこに行けばいい? 私はどうしたらいい?)



 走りにくいヒールの音が、夜に響く。


 今すぐにこの場から離れたい。

 その思いだけで、理歩の足は動く。


 ちゃんとしたランニングシューズでなら、果歩が亡くなる前まで毎日走っていたから体力はあると過信していた。

 しかし、慣れない靴ではスピードは出ず、体力をどんどん削っていく。

 息を切らし、痛む足に耐えながら、理歩は走り続けた。


 太陽はとっくに沈んでおり、空は真っ暗。

 冬の冷たい空気が理歩の体を冷やす。

 それでも都会であるせいか、こうこうと灯りが灯っているので、視界は暗闇におおわれることはない。


 明るさは一定以上保たれていても、気温は一桁だ。

 吐く息は白い。

 そんな中を薄い服装で走る理歩を見て、仕事や外出から帰ろうとするすれ違う人々はなんだなんだと理歩を見る。

 しかし、ちらっと見るだけで誰も理歩に声をかけることはない。



「はぁっ、はぁっ……」



 安心できる場所に帰りたい。理歩は助けを求めるように、終電が近づく駅へ向かっていた。

 日中に比べれば格段に人気が少ない駅。ましてや翌日は多くの人が仕事や学校があるため、遅くまで電車を利用する人は少ない。

 それでも電気がついている駅に駆け込む。


 現金はない。

 だが理歩は体から離さず、お守り代わりに持っていた通信機能は一切使えない、自らのスマートフォンをポケットから取り出した。

 そのケースの中には、以前会社で働いていたときに使っていたICカードが入っていたのだ。その中にはある程度のお金がチャージされている。

 それを使い、改札を通り抜け、扉が閉まりかけている目の前の電車に飛び乗った。



『――駆け込み乗車はおやめください……』



 車内アナウンスは明らかに理歩への注意だ。すでに乗車していた乗客の視線も理歩へ集められる。

 いつもの理歩なら、このようなこともしないし、注目を浴びて恥ずかしくなる。

 だが、今の理歩にそこまで気にする余裕がない。

 肩で息をしながら、閉まった扉に背中を預け、ずるずると座り込んだ。



(どうやって、生きていけばいいの……? 生きていいの……?)



 ガタンガタンと揺れる電車。理歩は心も体も揺られ、放心状態のままだった。


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