【なろう小噺】異世界ハーレムライフ、その後……
ガキの頃、パン職人の見習いに出されて一年くらいか。魔物が大発生しているという噂が流れ出したのは。
雰囲気はどんどん暗くなった。周囲の村がやられた。今度は町が落ちた。いや、まだこの王都は大丈夫だ。しかし男手は兵隊に取られ、人気はまばらになる。王都ですら、物資が少なくなってきた。
気づけば傷ついた兵の姿も増えている。魔物の群れは着実に王都へ近づいていた。もしかして、この世の終わりじゃないか。ガキにも絶望感がただようのは分かった。
そんな時、王城から光の柱が立ち上った。
何でも、あれは古代の禁じられた魔法。別世界から勇者を召喚するものらしい。そして、それは成功したらしい。
その日から、聞く噂が希望にあふれたものとなる。強力な魔物を倒した。村を、町を取り戻した。
どうやら魔物の群れを操っている黒幕がいる。黒幕の名前は魔王という。魔王には強力な配下の四天王がいる。
そして勇者様は今、その四天王との死闘を繰り広げているらしい。
勇者様は少数精鋭で動いていた。
剣聖の称号を持つ姫将軍。宮廷魔術師の娘で、賢者と名高い魔法使い。法王庁から派遣された聖女。
パン屋の丁稚として必死に働きながら、たまに聞こえる勇者様の武勇伝に胸を躍らせた。
そして、とうとうあの日が来る。自分にも聞こえた。世界中、全ての人に響いた断末魔。説明されるまでもない。
勇者様が遂に魔王を倒したんだ、って分かったさ。
それからは、もう王都中がお祭り騒ぎよ。
勇者様一行が魔王討伐の旅から帰還した際なんて大変。国民が総出で祝勝パレートを見ようとしたもんだ。
その時、初めて勇者様のお姿を見たんだ。変わった風体だな、と覚えている。髪なんて黒色でさ。黒い髪なんて見たことなかった。
以後、勇者様は魔王討伐の仲間三人を嫁にして、貴族となった。そして王都そばの、魔王に滅ぼされた領地の経営を任されたそうな。
しかし勇者様は政治家としても優れていたらしい。どんどん知らない知恵を出して、新たな発明品が作られたり、様々な方面で改革が起こった。
この頃になると、すっかり景気も良くなっていた。後に魔王戦争と呼ばれる最中、ずっと親方の手伝いに忙しかった結果、俺もウデが立つようになっている。
職人として独り立ち、親方の娘と結婚して、店を継ぐことになった。
ただ、どうやら勇者様は俺らとは違う種族だったということだな。
この間にも、みるみる年老いてしまって、早々に死んでしまった。
ただ嫁が三人もいたからじゃないが。子供はたくさん残して。
勇者の血を引く子孫は、勇者に似た黒髪と容姿を持っていた。そして、どうもその優秀な能力も受け継いでいたようだ。寿命は短いが、各分野で重用される。
魔王が倒された後の平和な時代だ。
平和な時代の間に、勇者の子孫はどんどん増えていった。彼らは特徴的な耳の形から「丸耳」と呼ばれた。
ただ「丸耳」は差別語だということで、あまり表だっては喋られなかったが。
せがれが成人し、連れてきた嫁も丸耳だった。産まれた孫も丸耳だった。嫁も孫も可愛かったのは確かだ。
しかし、どこか不気味というか、理由のない不安を感じていた。
気づけば世の中はすっかり変わってゆく。
俺もすっかり老いた。パン屋を引退する頃合いが来る。せがれも一人前のパン職人だ。そこは何の不安もない。
けど、隠居してからの暇潰しに散歩すると、「丸耳」の人間しかいない。さっきも丸耳の子供とすれ違った瞬間、
「あっ、長耳だ。珍しい」
と小声で振り向かれた。そう。今や俺たち「長耳」の方が少なくなっていた。
昔は普通にいた、俺らの種族。金色の髪に長い耳。勇者様は「エルフ」と呼んでいたらしいが。
俺には丸耳の方が、人の形をしているだけで、同じ人間とは思えない。
魔王との戦いで世界は救われたというけれど。本当だろうか。代わりに何か別の脅威を呼び込んだのではないか。
我々、エルフはもしかしたら、何世代かしたらいなくなるのではないか?
実は勇者様がお忍びでウチへ来店したことがある。その時の、ふとした言葉が忘れられない。
「外来種にならないかな?」
あれは、どういう意味だったのか。もしかして、あの時どうにかすれば。
いや、自分ももう老いた。世の流れは止まらない。パン屋の隠居ごときに何か出来ることもなし。
全てはもう遅い。