第4話 10年に1度現れる化け物
村での暮らしは穏やかだった。
日課の朝の祈祷をこなせば後は自由だ。
季節は秋なのだろうか。
田んぼには稲穂が豊かに実り、トンボがあちらこちらで気持ちよさそうに飛んでいる。
散歩がてら村を見て回っていた私とカエデは自分たちの部屋に戻ってきた。
「すごくのんびり出来るね〜カエデちゃん」
「いい村ですよね〜!わたしも癒されてます」
そう言って2人で部屋で寝そべる。
スローライフとはこういうことなのだろう。
心地よい空気に包まれ、うとうとと眠くなったその時、下から可愛らしい声がした。
「あさひさま!ご飯のじかんです!」
上から下を覗くとその少女は笑顔でお母さんと一緒に私たちの食事を運んできてくれた。
「あ、律ちゃん!いつもありがとね!」
私とカエデがこの村に来てから食事はいつも律が持ってきてくれている。
律はこの村で生まれた7歳の少女だ。
将来は私のような巫女になりたいという。
「今日はおいしそうなお魚がとれたので焼きました」
律はそう言うと焼き魚がのった大きなお皿をお母さんと一緒に運んでくれる。
他にもぶどうやりんごなどの果物もたくさん用意してくれた。
「うわぁ美味しそう!いただきます!」
脂がのった焼き魚は身がホクホクしていてとても美味で、果物も新鮮で美味しかった。
「ご馳走様でした!」
満足して手を合わせたところでふと思い出すことがあった。
「そういえば、もうすぐ年に1度のお祭りだよね?」
「はい。わたしも村のみんなとお祈りします」
律はそう言いながら祈る真似をした。
彼女は祭りをすごく楽しみにしているようだ。
しかし、その姿を見ながら律のお母さんが何故か悲しげにうつむいたのには誰も気づかなかった……。
ニ日後に約束通り長老が私のところにやってきた。
「早速ですが、五穀豊穣を祈る祭りのお話を」
長老は私の前に座ると少し小さな声で話し出した。
「ご存じだとは思いますが、今年はいよいよこの村の番が回ってきます」
「え?この村の番?」
私は何のことか分からず首をかしげた。
「もしや、お忘れになっているのですか?」
長老は信じられないという顔で私を見つめた。
「あ、うん、ごめんなさい。あはは、、、」
私が焦って返事をすると、やれやれというあきれた表情で長老が説明を始めた。
10年に1度、特別な五穀豊穣の祭りが執り行われる。
それはこの辺りの山奥に住む大蛇に生け贄を差し出さねばいけないというものだった。
大蛇の名前は黒呂といい、その名の通り深い黒色をした蛇の化け物であるという。
黒呂は太古の昔からこの地域を支配しており、人間たちは祟りを恐れてそれに従ってきた。
そして今年がこの村の番だというのだ。
黒呂に生け贄を差し出せば、その村の農作物は10年間豊かに実ることが約束され、逆に差し出さなかった場合は天災が降りかかる。
村を守るためにはどうしても生け贄を差し出すしか方法がない、と長老は力無くうなだれた。
「それで今年ですが、律を差し出そうと考えています」
「えっ?」
急に知っている名前が出てきてさらに焦ってしまう。
「律ちゃんを?何で?あの子はまだ7歳ですよ!」
「黒呂は子供の生け贄を好むのです。律は頭のいい子ですからきっと村のためだと分かってくれます」
長老は仕方がないのだ、というように話を続ける。
「特別な五穀豊穣の祭りは3日後です。旭陽様もそのおつもりで当日は黒呂と向き合い、村のために祈祷をお願いいたします」
そう言うと長老はお辞儀をし、そそくさと帰っていった。
私は今聞いたことが嘘であって欲しいと思いながら長老の去っていく後ろ姿をしばらく眺めていた……。
「ななかさん!ななかさん!大丈夫ですか?」
耳元でカエデの声がする。
私はしばらく放心状態だったらしい。
「あ、カエデちゃん。ごめん。私……」
「いいんですよ!こんな話を聞いたらどうしていいか分からないですよね」
カエデが優しく背中をさすってくれる。
「私……」
「はい」
「私許さない!!!!」
「え?ななかさん?」
「私絶対に律ちゃんを守るから!黒呂なんてやっつけてやる!!!!」
悲しみよりも怒りが増してくる。
化け物に屈するんじゃなく、村を助けるのも巫女の仕事なんじゃないのか。
そんな様子の私を見てカエデが微笑む。
「分かりました!わたしもななかさんと戦います!」
そうして私たちは3日後の祭りに向けて対策を考えるのだった……。