第23話 忍び寄る戦の影
「ななか様のお着替えが終わりました」
侍女たちが部屋から出てくる。
私はその後ろからそろりそろりと前に出た。
打掛が長すぎて転びそうなのだ。
(歩きにくい!)
私が四苦八苦していると、近くに正座をして座っている颯が下を向いて笑っている。
(颯さんひどい!)
そんな颯もいつのまにか着替えており、肩衣袴がよく似合っている。
侍女に手伝ってもらい、やっと畳の上に座った時に誰かが部屋の中に入ってきた。
「和歌のお勉強を始めましょう」
そう言って私の前に座ったのは、歌人の紅葉だった。
(なんか学校の先生みたいな女の人だな)
「いいですか、ななか様。女性にとっても和歌は教養になります。この先、嫁ぎ先で和歌の歌会があるやもしれません。しっかりお勉強しましょう」
「は、はい」
私は緊張して背筋を伸ばした。
「さて、ななか様は好きな和歌や知っている和歌はございますか?」
(えー。百人一首しかわからないし、どんな和歌があったかなぁ)
私は少し考え込む。
そして、うっすらと思い出した和歌を口にした。
「しのぶれど 色に出でにけり わが恋は 物や思ふと 人の問ふまで」
(合ってるかな?)
すると紅葉はうふふ、と私に笑いかける。
「もしかして、ななか様は誰かに恋をしておられるのですか?」
「え?」
「これは平兼盛が読んだ歌で、いわゆる恋愛の歌なのです」
(うそぉ。知らなかった!)
その後、紅葉は恋愛の和歌について熱く語り、私は寝そうになりながらそれをなんとか聞き終えたのだった__。
「疲れた〜〜〜!」
打掛を脱いで、小袖姿になりながら畳の上に寝転ぶ。
私は自分の部屋で大の字になっていた。
お姫様がこんなに疲れるとは思わなかった。
そう思いながら、今日1日の出来事を振り返ってみる。
「おい、姫君がそんな格好で寝そべるな」
部屋に入ってきた颯が、上から私を見下ろして笑った。
「颯さん!入ってくるなら声をかけてください!」
私は慌てて起き上がり、襟を正した。
「しーっ。誰かに聞かれると面倒だろ?」
颯はそう言うと、真面目な顔で私の前に座った。
「お前が和歌の勉強をしている時、家臣の連中と話をしていたんだが、最近ここから近いところにある城が次々と陥落させられているらしい」
「それって戦ってことですか?」
「そうだ。この城も何があるかわからない。でも安心しろ。俺が必ずお前を守る」
「ときめいてもいいですか?颯さん」
「ふざけてる場合か。旅行客を守るのも俺たちの仕事なんだよ」
そう言って颯は私のおでこにデコピンした。
「痛い!」
痛がっている私を笑いながら颯は立ち上がる。
「明日からもたくさんお勉強があるだろ。ゆっくり寝ろよ。おやすみ」
「おやすみなさい」
颯が出ていく姿を見ながら、私は再び大の字に寝転んだのだった__。
城の外に出向いていた使者が早馬に乗って城に飛び込んでくる。
バタバタと騒がしい音に家老の次晴が顔をしかめた。
「何事だ?」
「はっ、失礼いたしました。実は、郷野貞宗がこの城にも目をつけた様子。取り急ぎ、次晴殿にお伝えしたく……」
使者は片膝をつきながら頭を下げた。
「なんだと、郷野が?」
次晴は怒りの様相で、周りに控えている家臣たちに声をかける。
「これより戦評定を行う。皆を集めよ」
「はっ!」
家臣たちが次晴の命令でバタバタと城の中を走り回る。
颯も次晴に呼ばれ、戦評定に参加することになったのだった。
郷野貞宗は、最近この一帯で力をつけており、数々の城を陥落させている戦国大名である。
天下統一を狙っており、ついにこの柊里城にまで目をつけたという。
「次晴殿、今敵に攻め込まれても我が軍の数では太刀打ちできません。ここはやはり、他家と手を結ぶしか…… 」
軍師の俊昌が次晴に提案する。
次晴は、苦渋の表情で何も知らずに侍女たちと話をしている私のほうを見つめた。
城の外の空には雲がゆっくりと移動する様が見え、少しずつ戦が近づいているような嫌な気配を感じるのであった……。