第20話 口コミの力
前に出たジェーンが不動産屋の男を睨みつける。
「な、なんだよ、お前」
男は少し怯んで後ろに下がった。
「私に提案があるの」
ジェーンが男に挑む様に告げる。
「明日から1週間の売り上げの対決をしない?負けたほうはベーカリーをたたむ。どうかしら?」
ジェーンの提案を聞いて男が笑い出した。
「ガハハ。客も来ないのに勝つ気でいるのか?お笑いだな」
「あら。そんなのやってみなくちゃわからないでしょ?」
ジェーンが強気に答える。
すると男はチッと舌打ちすると、ジェーンに大声で怒鳴る。
「あとで後悔しても遅いからな!1週間後覚えてろよ!」
そう言って逃げるようにフィリップの店から出ていった。
私はその様子をただ見ているだけで何も出来なかった。
「ジェーンさん、あんなこと言って大丈夫なんですか?」
「そうじゃよ。お客さんも来ないのに勝てるわけないだろう」
私とフィリップがジェーンに同時に問いかけると、ジェーンは肩をすくめる。
「そんなに責めないで!それに、さっきも言ったけどやってみなきゃわからないでしょ?」
私は先程の男とジェーンのやりとりを思い出す。
「そうですね。さっきは私、何も出来なくて悔しかった……。作戦を考えてみます!」
「ありがとう、ななかさん!」
絶対に負けられない。
私たちは新しいベーカリーに対抗する手段をあれこれ考え始めた。
どれくらい時間が経ったかわからない。
ふとある考えが私に浮かんだ。
「口コミはどうでしょう?シンプルな方法ですけど、やっぱり人の噂って伝わるのが早いと思うんです」
「それ、いいかもしれないわね!早速出張所総出で各地にここのベーカリーのいい噂をばら撒いてもらうわ!」
そう言うとジェーンはオールを取り出し、出張所に電話をする。
「全米各地にここのベーカリーのいい噂を流してほしいの。明日から1週間以内が勝負だからよろしくね!」
電話を切るとジェーンがこちらを向く。
「OKよ!私たちは私たちで出来ることをやりましょう」
きっとお客さんは来てくれる。
それだけを願って私たちはこの勝負に備えるのだった。
ある大学では、片田舎の平凡なベーカリーの噂が学生たちの間で飛び交っていた。
「あそこのベーカリーのロールパンを食べると幸せになれるんだって!」
「俺は金運が上がるって聞いたぞ」
「うそ!恋人が出来るって誰か言ってたよ」
「どれが本当か行ってみようよ!」
仲の良い学生たちは笑顔で話を続けていた__。
ある会社の食堂では、テーブルを囲んでいた女性社員たちがロールパンの噂で盛り上がっていた。
「あのベーカリーのロールパン、焼きたてですごく美味しいんだって!」
「味が他のとこのロールパンと何か違うんでしょ?」
「え〜気になる!」
「買いに行ってみようか」
女性社員たちの噂話は止まることがなかった__。
あるテレビ番組では、ゲストの男性俳優が気になる話題としてあるベーカリーのことを話していた。
「これは知人に聞いた話なんだけど、とある片田舎のベーカリーのロールパンが最高に美味しいらしくてね。僕も食べてみたいんだ。場所はこの辺りなんだって……」
男性俳優のファンを筆頭に、テレビの視聴者にもこの話題は広がっていった__。
噂を広めてから二日後。
私がベーカリーの掃除をしようと店から出ると、大勢の人たちが店の前に集まっていた。
私はそれを見て慌てて店内に戻る。
「ジェーンさん、フィリップさん、見てください!お客さんがたくさん押し寄せています」
「なんと。驚いたよ」
フィリップはカーテン越しに人混みを見て驚く。
「効果抜群だったわね!さあ、たくさん売るわよ!」
ジェーンは腕まくりをしてロールパンを焼く準備をする。
「はい!頑張りましょう!」
私も気合いを入れてお客さんの対応を始めた。
対決から1週間が経った。
ジェーンと私は、不動産屋の男がいる新しいベーカリーに乗り込んだ。
「こんにちは。あれから1週間が経ったわ。どう?売り上げは」
「ふ、ふん!うちの店が負けるわけないだろう」
男にもフィリップのベーカリーの噂は耳に入っているだろう。
明らかに動揺している男の後ろにいる店員から売り上げ表を受け取る。
「こら、勝手に渡すんじゃない!」
男が怒鳴る横で表を確認する。
「うちの店の勝ちね!ほら、これがうちの売り上げ表よ」
ジェーンが男にフィリップのベーカリーの売り上げ表を見せる。
そこには、男のベーカリーとは一桁ほど違う高い金額の数字が並んでいたのだった。