第19話 再び訪れた試練
ベーカリーが復活して1週間が経った。
相変わらずお店は毎日お客さんで溢れていた。
もうすぐ夕方になるという頃、少し客足が途絶えた時間に私は休憩がてら外に出た。
「うーん!今日もお客さんたくさん来てくれたなぁ」
伸びをしながら辺りの景色を見る。
すると、ベーカリーから少しだけ離れた場所に何やら新しい建物を建てている様子が目に入った。
「あんなところに何の建物が出来るんだろう?」
私は疑問に思いながらも、休憩を終えてベーカリーの中に戻った。
次の日の朝、ベーカリーにやって来た女性客がフィリップに声をかけた。
「フィリップさん。そこを少し行ったところに新しいベーカリーが出来るって噂があるのよ。知ってた?」
フィリップはそんな噂があるのは初めて知ったと女性に言う。
「なんでまたこんなところに……」
困惑するフィリップを見ながらジェーンは考えていた。
「もしかして、不動産屋の仕業かも……」
「えっ?また?」
横で女性の話を聞いていた私は、昨日不審に思った建物の辺りを眺める。
「とりあえず相手がどんな手を使ってくるか様子を見ましょう」
ジェーンはそう言って私とフィリップにウインクした。
私たちは不安を抱きながらも再び仕事に取り掛かるのだった。
近所に突如現れた新しいベーカリーは急ピッチの作業をしたらしく、数日後には開店し始めていた。
パンの種類も豊富で、フィリップのベーカリーのお客さんもそちらに流れていってしまっている。
フィリップはその様子を見ながらため息をついた。
「はぁ、せっかくななかちゃんとジェーンがこのベーカリーを復活させてくれたのに。また元に戻ってしまった。すまないねぇ」
そんなフィリップを見てジェーンが励ますように言った。
「ちょっと私、ななかさんと一緒にあのベーカリー見てくるわ!敵情視察ってやつよ」
ジェーンは私を引っ張って新しく出来たベーカリーへと向かった。
新しいベーカリーはここら辺の古いお店と違い、大都会にあるような近代的な建物だった。
大きなガラス張りの作りの部屋からは何種類ものパンが店内に置かれているのが見える。
お客さんたちは楽しそうにパンを選んでいた。
「ジェーンさん、こっちのお店のパン買ってみますか?」
「そうね!フィリップさんにも食べてもらいましょう」
私たちは店内に入る。
「いらっしゃいませ!」
大勢の店員が一斉に私たちに挨拶をした。
(なんか下町には似合わないお店だな……)
どこもかしこもきらびやかな店内に疲れてしまう。
パンはというと数が大量にあるせいか全く美味しそうに見えない。
「大量生産だからどこかで作って運んできてるみたいね」
ジェーンはそう言いながら、数種類のパンを適当に何個かトレーに乗せていった。
私たちはそれらを買うと、すぐにフィリップのベーカリーに戻った。
買ってきたパンをみんなで試食する。
確かに美味しいのだがやはり機械的な味がした。
「やっぱりパンは手作りがいいですよね!」
私がそう言うとフィリップもうなづく。
「焼きたての美味しさは大量生産では味わえないからね」
その隣で、新しいベーカリーのパンを見つめていたジェーンが顔を上げた。
「さて、お客さんにまたこちらに来てもらうにはどうすればいいか考えないとね」
お客さんの活気がなくなり、静かになった店内で私たちは考え込むのだった……。
それから数日後。
最後のお客さんが帰ったため、店じまいの片付けをしていると店の中にガラの悪い男が入ってきた。
「すみません。もう今日は店じまいなんです」
私が男にそう告げると、男はニヤッと嫌な笑いをし近くにある椅子にドカッと座った。
「このベーカリー、最近は客が全くいないじゃないか。どうだい、フィリップじいさん。そろそろこの店を手放す気になったか?」
男はフィリップに向かってそう言うと、椅子から立ち上がり椅子を思い切り蹴飛ばした。
「どんなことをされてもここを売る気はないよ」
男の行動に恐怖しながらも抵抗をするフィリップ。
そんなフィリップを庇うように、ジェーンが前に出、男と向かい合うのであった。