第16話 ホテル潜入
黒塗りの高級車がホテルのエントランスに到着する。
レオンはうやうやしく頭を下げながら車のドアを開けた。
中から降り立ったルビーはホテルを見上げてイラついた声をあげる。
「ちょっと、ここ『ホテル グランド』じゃない。なんで隣国まで来なきゃいけないのよ」
「たまにはドライブもよろしいかと思いまして」
レオンがニコッと微笑んで車のドアを閉めた。
「レオンと2人きりならまだいいわよ。でもなんであなたまでいるわけ?」
そう言いながらルビーは私をギロッと睨む。
先にホテルに到着していた私はホテルのエントランスでルビーたちを待っていたのだった。
「従者は多いほうがよろしいかと。さあ、昼食の予約を入れてありますのでそちらに向かいましょう」
レオンが機嫌を取るようにルビーをエスコートし、私たちはホテル内のレストランへ向かった。
ホテルの一室では今まさにお見合いが行われようとしていた。
ハリソン家のノアは気がのらないような顔をしてテーブルに運ばれたコップの水を飲んでいる。
隣にはノアの母親が座り、正面にはお見合い相手の女性が女性の母親と共に座っている。
コンコン
部屋のドアがノックされるとホテルのスタッフが紅茶のティーポットを運んでくる。
スタッフが人数分の紅茶をサービスすると、和やかな雰囲気になりそれぞれお茶を楽しみ始めた。
ノアはその様子を見ながら、早くこの時間が過ぎればいいと思っていた。
そもそも自分は結婚などする気がない。
あの日からずっとその気持ちは変わらない___。
給仕を終えたスタッフはノアを後ろから見つめていた。
そろそろだろうか。
スタッフの思惑通り、ノアの母親、お見合い相手、そしてお見合い相手の母親がバタバタとテーブルに伏せていく。
「え、みんなどうしたんだ?」
ノアが突然の出来事に慌て、席から立ち上がる。
そんなノアの肩をスタッフが掴んだ。
スタッフの顔を見たノアが驚いた声をあげる。
「お前うちの屋敷の、たしかレイとかいうメイドじゃないか!」
レイはノアの口に指を立てて静かにするよう促す。
「ノア様、このままここに座っていてください」
レイの真剣な表情にノアは声をあげるのをやめ、再び席につくのだった。
レイからの連絡がレオンのオールに入る。
画面を素早く見たレオンはお見合いが行われようとしていた部屋にルビーを誘導していた。
「ねぇ、レストランってこんな場所にあったかしら?」
長い廊下を歩きながらルビーがレオンに尋ねる。
「ええ、こちらでございます」
レオンはそう言いながらある部屋の近くで止まった。
部屋の前にはボディーガードの男が腕組みをして立っている。
レオンはそれを確認するとルビーと私にここにいるよう言った後、男のところに歩いていった。
「なんだ、お前」
レオンの姿を見た男がそう問いかける一瞬の間に、男のみぞおちにボディーブローが叩き込まれた。
「ぐぅ……」
男は苦しそうなうめき声をあげてその場に倒れる。
「ちょっと寝ててくれよ」
レオンは自分の手をパンパンと埃を払うように叩くとこちらに戻ってくる。
「何してるのよレオン!」
レオンの突然の行動に驚くルビーに手招きし、レオンは男が伸びている横のドアを優雅に開けるのだった。
部屋の中に入るルビーとドアが開いた音に振り向くノア。
その瞬間、2人の時が止まった。
「あっ、」
「なんで君がここに」
同時に声をあげる。
お互いの顔を見た途端に懐かしく愛しい記憶が蘇ってきた。
「ノア!!!」
ルビーはノアに駆け寄り、その胸に顔をうずめる。
「会いたかった……」
自分の気持ちを素直に表したのはいつぶりだろう。
もう離したくなくてギュッとノアの服を掴んだ。
そんなルビーをノアも信じられないという顔で愛しげに見つめた。
「僕もだよ……会いたかった」
2人はお互いにもう一度見つめ合うと強く抱きしめあったのだった。
「なんでお前が泣いてんだよ」
レオンの声で自分が涙を流していることに気づく。
「だっ、だって、良かった、って」
「はいはい、良かったな。泣いてるとこ悪りぃが、そろそろここから逃げたほうが良さそうだぜ」
レオンはそういうとボディーガードの男を見る。
男はうぅ、と声を出し、今にも起きだしそうだ。
「ななかちゃん、レオン、行きましょ!」
レイが給仕服を脱ぎ捨てる。
そんな私たちを見たノアが私たちに声をかけた。
「ここは僕に任せてください。もうルビーを決して離したりしません。本当にありがとう」
深々とお辞儀をするノアにルビーが寄り添う。
そして私に声をかけた。
「ありがとう、ななか」
初めてちゃんと名前を呼んでくれた。
「お幸せに!」
嬉しさで胸がいっぱいでそれだけを言うので精一杯だった。
ルビーとノアの笑顔がいつまでも続きますように。
それだけを願って凛と高くそびえ立つホテルを後にしたのだった……。